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妖げんげん  作者: ヒロユキ
第二話 動じない男
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其の八

少し投稿間隔が空きました。なるべく早く更新しようとは思っていますが、当初の予定であった二日間隔の更新が少々きつくなったので、今回からもう少し余裕を持って、更新していくことにします。最低でも五日に一回は更新していくつもりです。

 ピリリリリ――。

 キッチンタイマーのアラームが鳴っている。


 その音で、秋正は目を覚ました。ガタリ、と椅子から勢い良く跳ね起き、即座に右手を伸ばしてタイマーを止める。

 どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。ぶるぶると頭を振って眠気を払う。

 一体、どのくらい鳴っていたのだろう。数分だろうか。眠っていたからよく分からないことは当然なのだが、これはあってはならないことだった。

 慌ててうどんの麺を茹でている釜の中を見る。丁度良く湯で上がっていればと願ったが、すぐに、まずいと分かる。失敗だ。麺が伸びてしまっていた。


 秋正は頭を掻いた。

 一体、何をやっているのだろう。調理中に眠るなんて……。これでは料理人失格だぞ。そう自分を戒める。

 つい、椅子に座ってしまったのがまずかったのか。これでは作り直しだった。

 重いため息を吐いて、壁のカレンダーに目を向けた。黒く塗りつぶされている日付を見る。

 のっぺらぼうとの約束の日まで、もう二日しかなかった。そう思うと気が焦る。

 急がなくては。自分は、それまでに、新しいうどんを作ると決めたのだ。その決意を貫き通せないようでどうする。


 ふっと息を吐き、秋正は自分を鼓舞するつもりで、両手で思い切り頬を叩いてみた。ビリビリとした痛みが脳を震わせ、わずかに意識を覚醒させた気がした。よし、これで大丈夫なはずだ。

 秋正は隣の台の上を見る。残りの麺はまだ切り終わっていない。

 手早く切って、もう一度湯でなければ。

 傍らに置いていた包丁に手を伸ばす。持ち上げると、それがいつもより重いことに気がつく。普段なら、こんなことはないのに。

 やはり、疲れているのだろうか。

 そう思った瞬間だった。ぐわんと大きく視界がたわみ、足元から力が抜けた。

 あれ?

 体が重力に引っ張られて……意識が途切れ――。


 と、そこで秋正の体に何かがぶつかってきた。何かが、クッションになったようだ。


「おい、大丈夫かよ」


 背後から聞き覚えのある声がする。その人物に脇の下から腕で持ち上げられて、秋正は何とか、地面衝突をまぬがれたようである。


「あれ?」


 重たいまぶたを無理やりこじ開け、振り返ると、自分を支えてくれているのは、友人の夜彦であることが分かった。


「八守中……た、助かったよ」

「ったく、無茶してんじゃねえよ」


 そうして、彼は秋正を引っ張り上げると、しっかりと立ったのを確認して、手を離した。大きくため息をついて、呆れた顔で秋正を見ている。


「こんな時間まで、うどん作りか?」


 夜彦が時計を一度見てから聞いた。


「まあね。どうしても、中途半端で止めるわけにはいかなかったから」


 そう答えた後で、秋正は彼の背後に、物珍しそうに調理場の内装を眺めている葛葉の姿もあった。どうやら、二人で来ていたようだった。

 しかし、それには大いなる疑問が伴う。


「ところで、どうして、二人はここに?」


 秋正は訊ねる。いくらなんでも、こんな時間に二人して店に来るのはおかしい。まさか、遊びに来るはずがないし、夕方に来た際に何か忘れ物をして取りに来たという雰囲気でもなかった。

 すると、夜彦は、なぜか目を泳がせつつ、こめかみを指で掻いた。


「あ、ああ、そのなんつーかさ、お前のことが気になったんだよ」


 彼の声が不自然に裏返った。


「気になった?」

「そうそう、夕方、お前がずいぶん遅くまでうどん作りの練習に力をいれてるって聞いてたしな。それで、様子を見に来たんだよ」

「そのために、わざわざ?」

「ああ」

「こんな時間に?」

「そうだぜ」


 秋正は目を丸くした。それは他人から見ればほとんど表情に変化はない僅かな感情表現ではあったが、秋正にとっては、大きな驚きだった。


「わざわざ、ありがとう」


 秋正は、夜彦がお人好しだということは知っているが、自分のためにこんな時間に見に来てくれるとは、思いもしなかったことだった。


「なに、このくらい、いいってことよ」


 彼は照れくさそうに襟首の辺りを爪で掻いた。


「友達のことだしな」


 しかし、秋正には再びある疑問が浮かぶ。


「でも、二人ともどこから入ってきたわけ?」


 周囲を見渡す。


「うん?」

「だって、店の入口も、裏の勝手口も鍵を閉めていたはずなんだけど」


 すると、そこで夜彦は予想以上の狼狽を見せる。


「そ、それは……」


 と口をもごもごと動かし、言葉を探しているように、曖昧に何かを言いかけては止めることを繰り返した。

 何だか、その視線が時々背後でうろうろしている葛葉に向けられているような気もするが、何かあるのだろうか。


「どうしたの?」

「い、いや、たまたま鍵が開いてたんだよ。だから、ちょっと入っちまったんだ」

「開いてた?」

「あ、ああ」

「おかしいな。確かに閉めたつもりだったんだけど」


 秋正は記憶を手繰って確認する。しかし、施錠はいつもの癖なので、ほとんど無意識の内に済ませるために、記憶に明確に残っていなかった。

 すると、ふいに――。


(まさか、葛葉に白狐の力で開けてもらったとは言えないよなあ)


 ぼそり、と夜彦が何か言った気がした。


「うん? 何か言った?」


 と慌てて問い詰める。


「え、いやいや、言ってねえよ」

「本当に?」

「そ、それよりも、お前、本当に大丈夫なのか?」

「え?」

「え? じゃなくてさ。今だってふらふらして、危なかっかしくて見てられなかったぞ。疲れてるんじゃないのか?」

「嫌だな、ハハハ……そんなわけないって」


 秋正は苦笑いをしてみせる。無論、大丈夫ではなかったが、そうして元気であるところをアピールし、彼に心配させまいとしたのだ。

 しかし、彼はそんな秋正ににこりともせず、真面目なままの表情で、というよりもかなり怒っているような顔つきでこう言った。


「何がハハハだよ。そんなもんで誤魔化すな。いいか、人間にはな、休息が必要な時があるんだよ。何でもがむしゃらにやればいいってもんじゃない。こういう時は、体に正直に寝むっとけ」

「うん、心配してくれて、ありがとう」


 心配してくれることは素直にうれしい。秋正はそう思う。しかし、秋正の手は再び台の上のうどん包丁を握った。


「お、おい。無茶するなって」

「大丈夫、今のはちょっと気が抜けてただけだから」


 言いながら、今度は落とさないように、しっかりと指先に意識を集中させた。

 途中で止めるつもりは毛頭ないのだ。最後まで自分が納得するまでやり切ることだ出来なければ、自分に負けてしまうような気がしているのである。

 夜彦が横から口を出す。


「俺から見れば、ちょっとどころではないけどな」

「全然、問題ないよ」


 そう言って、包丁を麺の上に下ろす。す、す、す、リズム良くうどんを切っていく。

 うん、いつもの調子だ。

 そのリズムを確認しながら、秋正は再び集中力を高める。後は意識をしなくても、体が勝手に動いてくれる。慣れたものだ。

 しかし――。

 しかし、そのリズムに急にノイズが入ったように、乱れていまったのが分かった。

 あれ、と思った次の瞬間、包丁の先が、秋正の指に触れていた。


「痛っ!」


 指先に痛みが走る。


「ほら、言っただろうが」


 慌てて、切れた指の先を見ると、そこからジワリと血が滲み出していた。じんじんと痛みが患部からつ伝わってくる。


「お前はもう疲れてるんだよ」

「そ、そうじゃないよ」


 無茶はさせまいとする夜彦に対し、秋正はあくまで強がった。

 すると、そこでそれまで調理場の様子を見ていただけだった葛葉がつかつかと秋正の方へ歩み寄ってきた。


「どれ、秋正、見せてみろ」


 と言う。


「え?」


 絆創膏でも張ってくれるのだろうか。秋正がそう思って、指を突き出すと、彼女はその指の上に手をかざし、何やら、ふんと力を入れた。

 途端、なぜか、指先から痛みが無くなった。もはや、消滅したといってもいいくらい突然に、たちどころに、痛みが無くなった。

 見てみると、傷口は塞がり、そこから溢れていた血は一滴も出ていない。彼女の行為は、超常現象レベルの治癒効果をもたらしたのである。


「そんな、どうやったの?」


 秋正は目を丸くして驚いた。


「何でもない。単なる応急処置だ」


 いつもと変わらない無愛想な表情で彼女は淡白な口調で言う。そして、耳にかかっていた髪を手で払った。綺麗な銀髪がしゃらりと宙に散る。

 そんな彼女を秋正は不思議に思って見つめていた。

 彼女が手をかざした瞬間、彼女の頭の辺りに、一瞬、妙な影が見えたような気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。

 まるで、彼女に動物の耳が生えたように、見えたのだけれど。

 うーん。それにしても、何だか葛葉ちゃんって、変わった子だよな。よく考えたら、苗字も知らないし、人間じゃないみたい。

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