其の一
どうも、初めましての方は初めまして。
他作品から引き続きお読み頂いている方は、また改めまして、よろしくお願いします。
作者のヒロユキというものです。
今回は作者初めてのホラーに挑戦してみることに致しました。全くの未開のジャンルであるために、これからどのような展開に向かっていくのか、全く検討もつきませんが、読者の方々にとって、少しでもいい暇つぶしにでもなればと願っていおります。
それでは、物語のはじまり、はじまり――。
どこからか、桜の匂いがしている。
そんな優美な魅力に満ちた、春の夜だった。
少女は、学校のとある教室にいた。
生徒の下校時間は、もうとっくに過ぎている。窓の向こうには、足音を立てず、忍び寄るような夜の闇が満ちてきていた。
早く帰らなければ。
少女は焦っていた。
気がつかないうちに、もうこんなに時間が経っていようとは思わなかった。
もしも教室にいることが教師に知れてしまえば、問題にされ、自分の所属している部が注意を受けてしまうだろう。そのためにも、早く教室を出ないといけない。
それに――。
少女は、そっと窓の向こうに目を遣った。
その教室から、校庭の脇に桜の花が植えてあるのが見えるのである。外灯に照らされた、見事な桜並木だ。
と、急な夜風に吹かれて、花びらがきらきらと光るように舞い散った。
高く、遥か空まで飛んでいく。闇に、吸い込まれていく。
それは誰が見ても、惚れ惚れとため息を零してしまうほどに、美しい絶景だった。
しかし、その少女は、身震いをする。
彼女は、その薄紅の闇の向こうに、得体の知れない何かが迫っているような気がしていたのである。
言葉では言い表せないが、何か、人にとって不吉なもの。人知を越えた、何か黒いものである。
少女は、それが来てしまう前に、逃げなくてはいけないと切実に感じていた。
心なしか、背筋に寒気が走る。幾分か、先ほどより、空気が冷たくなったようだった。
嫌な予感が、さらに色濃く少女の周囲を取り巻いた。周囲が、紫色に歪んでみえるような気もした。
急がなければ。
しばらくして、ようやく少女は荷物をまとめ終えた。後は帰るだけである。カバンを抱えると、焦って足に椅子がぶつかるのも気にせず、出口まで走った。スイッチで明かりを消す。
よし、これで安心だ。
そう思って、教室の扉を開いた時だった。
少女の背中に、
突如、
何者かの声が聞こえた。
「――」
びくり、と少女の首筋の筋肉が引きつる。踏み出そうとした足が硬直した。
気のせい、ではない。
確かに、聞こえる。
「――」
寂しげな、恨めしげな、『歌声』が。
「――」
背後の空間をじわじわと歪ませるように、それは響く。
少女は、背後の教室の闇に、確かに、何者かの気配を感じた。
しかし、そんなはずはない。部屋には、自分以外の誰もいないはずなのだ。
誰も、何も、いないはず、なのだ。
その事実が、少女の脳内で、やまびこのように、幾度も繰り返された。
でも確かに、不思議な桜の匂いと、寥々《りょうりょう》たる歌声が、漂っている。
嘘、嘘よ。
早く、逃げなくちゃ。
そう思った瞬間、背後の闇に追い立てられるように、少女は走り出した。ただ、何も振り向かずに、逃げ出した。声にならない悲鳴を上げて。
そして、再び、教室に沈黙が満ちる。
少女の背後の闇に潜んでいたのは、果たして人か化物か。
それは、とある高校に起こった、一つの怪事件である。