第5話 こいつアレだ、かなりのアホだ
稽古場を出た俺達は、縁側に腰掛けた。
「で、何が聞きたいんだ?」
日に当たって気持ちよさそうに伸びをしながら、オストが聞いてくる。
さて、まずは6日後に起こる出来事が人災か天災かを判断したい。
もし人災なら、他国との戦争やクーデターあたりが怪しいか。
国際情勢、他国との友好関係について聞きたいけど……、直球で聞くとまた変に怪しまれるかもしれないな。
勝手にスパイ疑惑かけられたし。
適当にそれとなく理由をつけて聞き出そう。
「ほら、俺って記憶喪失だろ? このままって訳にもいかないし、記憶が戻る手がかりを探す旅に出ようと思っているんだけど……」
「じゃあとりあえずガラナイアを色々回ったら? ガラナイアって広いし。全部回れば手がかりの一つや二つ見つかるでしょ」
近隣諸国の話でも聞いてみようと思っていると、ミサが口を挟んできた。
「……ガラナってどこだ?」
「ガラナ王国、この国の名前ですよ」
テスターが小馬鹿にする様に鼻で笑いながら教えてくれる。
コイツの性格は俺が思った通りのようだ、この状況なら使えるな。
俺は心の中でしめしめと思いながら、テスターを煽て始める。
「テスターは知識量に自信があるって言ってたよな。この国について、色々教えてくれないか?」
「やれやれ、仕方ないですね。何が聞きたいんですか? どんな質問でも答えてあげますよ」
テスターはメガネをクイっと上げながらそう言った。
その後、俺の問いに得意げに答えていくテスター。
その間、俺は適度に「へえ〜、そうなのか」「よく知ってるなそんなこと」などと呟き、感心した様子を見せる。
褒められて嬉しいのか、テスターは饒舌ぶりにどんどん拍車がかかっていった。
さて、テスターから色々教えてもらい、ガラナについてまあまあ知る事ができた。
そして今なら対して疑われず、自然に他国との関係が聞けそうだ。
「……ガラナの王都周辺には地下鉱脈が大量にあるため、世界でも有数の鉱石採掘地帯として名を馳せて……」
「ついでに他国のことも聞いていいか? いつか行くことになるだろうし、ガラナの近国の話とかさ」
「ええ、いいですよ。まず、ハッシュから真南、ガラナ平原をずっと進んで行った所に、聖王国ミグルゼシカがあります」
ハッシュとはこの地区の名前だ。
「ですが、あの国はオススメしません。典型的な封建国家で、貴族と王族以外のほとんどはかなり酷い扱いを受けているそうです」
テスターの発言に、オストとミサも同調する。
「ガラナに亡命してくる人間も結構いてな。相当な人数を匿っているから両国の関係はかなり悪い。もしガラナから来たなんて言ったらどんな仕打ちを受けるか……」
「パパが仕事でミグルゼシカに行ったことあるんだけど、至る所で食べ物を恵んでくださいって縋られたらしいよ。超ヤバくない?」
なんだその怪しさ超満載な国は。
聖王国ミグルゼシカか、詳しく調べてみた方が良さそうだ。
「この国は南をガラナ平原、他の三方向を大龍山脈に囲まれています。ハッシュはガラナの最南にあるためかなり遠いですが、大龍山脈を超えると獣人国バンダルと妖精国エルフィーナがあります」
獣人! 妖精!
異世界って感じがする、ぜひ見てみたいな。
そして大龍山脈という名前が引っかかる。
龍ってことはつまり……。
「大龍山脈ってところは、名前の通りドラゴンが生息していたりするのか?」
「ええ、いますよ。滅多に出てこないようですけど、出会った以上ほぼ確実に命はない人ですね。一応護衛にSランク以上の冒険者がいる馬車に乗れば安心ですけど、乗るにはもちろん大金が必要になります」
つまり今の俺に行くことはほぼ不可能っていうことだ。
「そうだな。ひとまずガラナ中を見て回ることにするよ」
ガラナの北、東、西は大龍山脈に囲まれていて、鉄壁の守りになっている。
敵国が攻めてくるなら南、ガラナ平原に面しているここ、ハッシュだろう。
……今俺がするべきことは大体整理できた。
さて、かなりの時間喋っていたと思うのだが、いつまでこの三人の相手をしていればいいのだろう。
稽古場の方からは、ビシバシと木刀がぶつかり合う音が響いてくる。
まだかかりそうだ。
「……なあ、エルだっけ? 少しいいか?」
「ん? あぁ、どうした?」
どうしようかと悩んでいると、オストが声をかけてくる。
オストが腰を上げると、それに釣られて他の二人も立ちあがろうとした。
が、オストはそれを止めると。
「二人はここで少し待っててくれ。エル、あっちで話そう」
「お、おう」
何か気に触るようなことでも言ったか……?
不思議そうにこっちを見る二人を尻目に、俺は少し緊張しながらオストに付いていった。
◆
「なあ、俺ってやっぱり邪魔か?」
道場の縁側からかなり離れたところで、オストは足を止め、振り向き様に、俺にそう言った。
一瞬何の事かと思ったが、なるほどそういうことか。
「まあ真面目に稽古している奴らからしたら邪魔かもな。なんだ、そんなに気にしていたのなら今からでも謝ってくれば……」
「違う違う! あの二人の事についてだよ。ほら、アンタならもう全てお見通しなんだろ?」
「……? 何のことだ?」
マジでさっぱりわからん。
「ほら、ミサとテスターって両思いだろ?」
「え、そうなのか?」
「え? 気づいてなかったのか?!」
そんな感じには見えなかったんだが。
むしろ……。
だが、オストの言いたい事は分かった。
「お前がいると二人がイチャつけないから煙たがられているんじゃないかって事か」
「……まあ大体合ってる」
「側から見てもそんな感じはしなかったけどな。というか何でいきなりそんな話を?」
相談事なら会ったばかりの俺じゃなくていいだろうに。
「ほら、エルって人を見る目あるだろ? テスターの性格を瞬時に見抜いていたじゃないか」
「いや、あれは随分分かりやすい性格していたからな。多分誰でも見抜けるぞ」
割とよくいるタイプだしな。
「え、そうなのか……? やばい、エルならいいアドバイスをしてくれると思って、二人が両思いな事バラしちまった……」
取り返しのつかないことをしてしまったとオロオロするオスト。
ああ。
こいつアレだ、かなりのアホだ。
「すまん、今の話は忘れてくれ!」
オストが手を合わせ頭を下げてくる。
「別に言いふらしたりしないから安心してくれ。それと、お前がいて二人が嫌がっているなんて事はないと思うぞ。よくよく考えてみろ。一緒にいるのが嫌なら、お前がさっき立ち上がった時、二人も付いてこようとしたのはおかしいだろ」
「た、確かに!」
その発言にオストはハッとすると、嬉しそうに目を輝かせながら俺を見つめてきた。
だが、その笑顔の奥に、確かな陰りが見えた。
「ありがとうエル! いや、兄貴と呼ばせてくれ!」
早い早い。
まだ会って数分だぞ俺達。
どこにそんな慕われる要素があったんだ。
「いや、それはなんかむず痒いからやめてくれ」
「ところで兄貴ってどこから来たんだ? 黒髪黒目なんて珍しいよな」
全然聞いてないし。
「何一つ覚えていないって言っただろ? 年齢もも家族構成も人間関係もさっぱりだ」
「そっか、大変だな。俺でよければいつでも兄貴の力になるぜ! これでも王国軍に入隊するのが夢で、毎日鍛えてるから腕っぷしには自信があるんだ」
オストは右腕に力瘤を作ると、それを左手でバシバシと叩きながら得意げな顔をする。
そんなオストの発言を聞いていて、俺は疑問に思った。
「じゃあなんで稽古はサボるんだ?」
「ここでしか二人に会えないからな。木刀を振るっているよりも、二人と話していたいんだ。俺、他に友達いないからさ」
そう言って寂しそうに笑った。
「俺の今の親はさ、本当の親じゃないんだ。本当の親は、小さい頃に山賊に襲われて死んじゃって、顔すら思い出せない」
「……そうなのか」
ずっと誰かに話したかったのだろう。
オストはそれだけでは止まらず、嫌な物を吐き出すかのように言葉を連ねる。
「それで、孤児院にいた俺を拾ったのが今の親なんだけどさ。子供に恵まれなかったから、俺を後継にするために習い事三昧、俺の意見なんて一つも通らない」
後継、ということはそれなりに格式高い家に引き取られたのか。
「俺は頭が悪いからさ、いつも叱られてばかりで……。最近、もっと頭のいい養子を迎え入れようって話をしているのが聞こえてきて……」
オストは顔を歪ませ、声を震わせながら絞るように言った。
オストはまだ子供、一人ではこの状況をどうする事もできないだろう。
相談された俺も、彼の現状を打破できるような力はない。
だからこう言った。
「それって逆にラッキーじゃないか?」
「え?」
俺の返答が予想外だったのか、オストは驚いた顔でこっちを見る。
「親の金で色々な習い事ができるなんてお得じゃないか。他に養子を迎えるってことは、お前が後を継がなくても良くなるってわけだ。つまり王国軍に加入するという夢が叶えやすくなる」
「そ、そうだけどよ。もし他の養子が来たら、俺はお役御免だから、多分道場には通わせて貰えなくなる。それどころか家では人間として扱ってもらえなくなるかもしれないんだ……! 王国軍に入るなんて夢のまた夢、何よりアイツらと会えなくなるのが嫌だ」
最初にされた質問に答えた時、オストの表情が少し曇っていた理由が分かった。
あそこで俺が肯定していれば、道場を辞めさせられても。幾許か割り切れていたのかもしれない。
ミサとテスターがオストを嫌っていないと分かったからこそ、嬉しい反面、二人と会えなくなる事がより辛く感じてしまったのだ。
「頃合いを見て夜逃げでもすればいい」
「え……夜逃げ?!」
「冒険者でもしながら腕磨いてさ。夢を叶えて今の親を見返してやればいい。それに、二人にだって好きな時に会える」
「でも……俺みたいなバカが一人で生きていくなんて出来るわけ……」
「大丈夫さ。王国軍に入るためにずっと鍛えてたんだろ?」
とてつもなく不安だろう。
この世界に疎い俺が大丈夫だというのは無責任だ。
だがそれでも、このクソみたいな現状を打破するにはそれしかないだろう。
せめて少しでも安心できるように、俺は親指で自分を指差すとキメ顔で言う。
「魔力量がカスで記憶喪失な俺でも出来ているんだからな」
それを聞いたオストは、少しポカンとした顔をした後、思いっきり吹き出した。
「アッハハハハ! 兄貴みたいな乞食にはなりたくねえなあ」
「うるせえほっとけ。大体なあ、ネガティブに考えすぎなんだよ。孤児だったけど、独り立ちが出来る歳になるまで金持ちの家で美味い飯食えたし、習い事もたくさん習えて貴重な経験がたくさんできてラッキー! くらいの気持ちでいいんだ」
「アハハ! 確かに!」
オストの今の環境を変えてやることはできない。
だが、考え方を変えてやることはできる。
そういえば、オストって何歳なんだ?
オストはあの二人と違って背も高くかなり大人びているし、高校生くらいだよな?
俺の歳も変わらなさそうだし、やっぱり兄貴って呼ばれるのには違和感がある。
「なあオスト、お前って今何歳なんだ?」
「えっと確か……13だ」
「13?!」
日本だったらまだ中学入りたてじゃねえか!
「おいオスト、夜逃げの話はひとまず保留だ。流石にもう少し大人になってからの方がいい」
「え、なんでだ? もう帰ったら荷物をまとめる気満々だったんだけど」
「行動力お化けか! 親からまだ甘い汁を吸えるなら吸っておけ。いいか、人生ってのはずる賢い奴が得するんだよ」
「なるほど! さすが俺の見込んだ兄貴だ!」
兄貴と慕ってくれるのは悪い気はしないのだが、今日初めて会った得体の知れない奴に心を許しすぎな気もする。
所謂、子分気質ってやつなのだろうが……。
いつか悪い奴に騙されないか心配だ。
「なあ、あまり初対面の奴に自分の素性をベラベラ話すのはやめた方がいいぞ。世の中には人の弱みに漬け込んで悪い事を企てる奴がたくさんいるからな」
「俺だってこんなこと話すの、兄貴が初めてだ。なんか兄貴は話しかけられた時からやべえ雰囲気っていうか、ビビッときてよ! この人はやべえって」
……本当にコイツは英才教育を受けていたのかと思うほどボキャブラリーが貧弱だな。
まあとりあえず、俺がやべえ奴認定されていたってことだけは分かった。
確かに初っ端から子供達に不審者扱いされてたし、怪しい奴オーラが滲み出てるのかもしれない。
なら尚更なんで慕われているのかさっぱり分からん。
それをいちいち聞くのもなんか小っ恥ずかしいし、やめておこう。




