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第6夜

 テーブルの上には缶ビール。その傍らでアジポンが頬杖をついている。畳の上ではイケが大の字になっていびきをかいている。開け放した掃き出し窓を通して、松林から虫の音が聞こえてくる。縁側ではツヤカがダンスの練習をしていた。


「ワン、ツー、スリー、フォー、スリーフォ、スリー、フォー」


「おまえ、さっきから何やってんだ?」


 アジポンの問いかけが聞こえないのか、はたまた、わざと無視しているのか、ツヤカは動きを止めない。


「おい、ツヤカ、いったい何やってんだ?」


 やや苛立たしげな声を受け、ツヤカは片足立ちで一回転した後、ようやく両手を広げてピタリと止まった。


「パフォーマンス」

「どこで覚えてきた、その言葉?」

「三丁目の斎藤さん家」

「誰だよ、それ。ってか、なんでまた、熱心に練習してんだ?」


 その質問には答えず、ツヤカはテーブルに寄ってきて缶ビールを手に取り、残りを飲み干した。


「あっ、こら。俺んだぞ」


 抗議をものともせず、空き缶をテーブルに置く。そして、アジポンに向き合うように腰を下ろすと、逆に質問を始めた。


「この辺りはテニスのメッカなのか?」

「テニス?」

「そうだよ、テニスだ」

「どうしてまた、そんなこと思いつくんだ? こんな山奥で」

「その山奥でさ、テニスやってる奴らがいたんだよ」


 ふご、とイケが、そうなのかと言わんばかりに飛び切り大きないびきをひとつかく。


「昼間、自転車でフラッと行ったろ? そしたら、街に入ったとこにコートがあってさ、大学のサークルらしき連中が汗だくんなって練習してたよ」


「そういや、ここいらの民宿はスポーツ系の合宿を目当てにしてるところが多かった気がするな。町もそれ用にグラウンドとか整備してるみたいだし」

「そうだったのか」

「で?」

「で、って?」

「テニスサークルなんだろ? ギャルが大勢いたんじゃないのか?」

「ああ、たくさんいた。そして、聞いて驚け。俺、そのうちの一人と友だちになってきたぞ。黄色い服着てて、あんま練習しない娘」


 アジポンはサングラスを掛け直し、改めて嘗め回すようにツヤカを見た。


「聞き捨てならない発言だな」

「だろ?」


 アジポンはしばらく腕組みをして何やら考えていたが、突然、ポンっと両手を合わせると、ツヤカを見てニヤリと口角を上げた。


「おまえ、その娘にいいとこ見せようと思って、ダンスの練習してたんだろ?」


 ツヤカの目が一瞬泳ぐのを、アジポンは見逃さなかった。


「どどど、どうしてそんなことを」

「相変わらず、わかりやすい奴よのう」


 そこに、切ったスイカを山ほど盆に載せて、民宿のおばさんがやってきた。


「スイカ切ったけど、おまえさんらも食わんかい?」

「ありがとうございます」


 ツヤカがすかさず手を出す。こんな時は場を切り替えるに限る。アジポンの追及はねちねちとしつこいのだ。


 矛を収める代わりに、アジポンは明らかに一番大きなスイカを取った。ツヤカは比較的小さめのものにした。恨めしいが仕方がない。今日のところは譲れるものは譲るしかないだろう。


「ところで、あんたたち、いつまでいるんね?」


 自分でもスイカにかぶりつきながら、おばさんが訊く。


「そうだなあ。ここも厄介になってもう一週間近く経つし、そろそろ移んなきゃな」

「おや、そんなに遠慮しないでもいいんだよ」


 ツヤカは壁のカレンダーに目をやった。一枚で一ヶ月分、日付の数字だけが記載されている昔ながらのタイプだ。


「じゃあ、次の区切りまで。明日来る子供たちって三泊四日なんでしょ? その子たちが帰る時、俺たちも発ちますから」

「居たいだけ居てくれて構わんけどね。あたしらもあんたたちに手伝ってもらって、随分と助かっとるけん」

「だから、おばさん、それ、どこの方言?」


 食べ終えたスイカの皮を盆に戻すと、ツヤカは新しい一切れを取る。


「気持ちは嬉しいけど、やっぱり一箇所に長く留まってるわけにはいかないよ」


「そりゃまた、何でかね?」

「うーん、自分探し、かな」

「自分探し?」


「俺たちはまだ、自分が本当は何をやりたいのか、わかっちゃいないってこと。何をやりたいのか、何ができるのか、何をするべきなのか。それを見つけるために、こうして旅をしてるんだと思う」


 新しいスイカを手に持ったまま、ツヤカは語る。その脇で、アジポンが早くも三切れ目に手を伸ばす。


「同じところに留まってたら、それ以上、前に進めなくなっちゃいそうでさ。明日は何をやってるのか、自分でも予想できないけど、何でもやれる可能性がある。その可能性を目一杯引き出したいんだ。目に入るものは何でも見て、耳に入るものは何でも聞いて、触れられるものにはできるだけ手を伸ばしてみるんだ。可能性を探るために。そして、それができるのは今しかないと思うんだ」


「よくわからんけど、あんたら、ただの遊び人ってわけじゃなさそうだね」


 おばさんは淡々とスイカにかぶりつく。


「それじゃ、子供たちが帰った後の大掃除までやってくれんかね?」

「ラジャー」


 ツヤカは右手をこめかみにかざし、敬礼のポーズをとる。


「そりゃそうと、どっか次に行く当てはあるんかいね?」

「行く時になったら決めようと思います。なあ」

「棒でも投げて、ね」


 三切れ目を食べ終えたアジポンが飄々と答える。


「あんたら、きっと大物になるよ」


 おばさんは大仰に拍手をすると、よっこらしょ、と立ち上がった。盆の上にはスイカが二切れ残っている。


「残りはそこの大の字におあげ。あたしらばっかりで食べてちゃ悪いだろ? それじゃ、あと三日はしっかり働いてもらうよ。お寝み」


 ひょこひょこと軽い足取りで出ていく後姿を見送ると、ツヤカは思い出したように手元のスイカに視線を戻した。


「ひょっとして、カッコ好過ぎたか?」

「あるいはな」

「それにしても、あんな大見得切ったけど、俺たち、次はどこへ行きゃいいんだろうな」

「さあな。それこそ、本当に棒でも投げて決めりゃいいんじゃねえの? 自分たちの進むべき道なんて、ギリギリになんないと見えてこないもんだぜ。それよりも」


 アジポンが眠ったままのイケを見る。サングラスの奥で瞳がキラリと光る。


「ああ、わかってる。寝てるイケをわざわざ起こすのは、非人道的というべきだ」

「本当に幸せーっちゅう顔しとるもんな」


 無言で顔を見合わせると、次の瞬間、二人はどちらからともなく残っているスイカに手を伸ばした。

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