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22時51分の祝福

作者: タクロー
掲載日:2026/04/13

夜のファミレスでのことだ

22時51分、隣の席の会話を聞いていた。

どうでもいい話だったが、なぜか心に残った。

「この間の飲み会でトイレに言ってる間に後輩に何か食べ物頼んでおいでって言ったら、そいつ白飯頼んでたのよ。」

僕は白飯で酒は飲まないと思ったが、それはただの固定概念かもしれない。

そんなことを考えていたら隣の席の人達は消えていた。

さっきまでの声の余韻だけが、まだそこにあった。

顔は思い出せないのに、その会話だけは残っている。

僕は読みかけの小説に視線を戻した。

今は夜の22時51分。

もうすぐ23時になる。

夜が深くなるにはまだ早い。

ファミレスという場所は不思議だ。

ドリンクバーの氷が落ちる音、どこかのテーブルでは誰かがおめでとうと言っている。それに対比するような店員の無機質な「ごゆっくりどうぞ」の一言。スプーンが皿に当たる乾いた音。

ふと、窓を見ると僕の顔が反射して写っていた。

駐車場の車の中には人影が見える。

外は闇に包まれているというのに、照明の光とコーヒーの匂いが時間の感覚を狂わせた。

口に含んだコーヒーは少しぬるかった。

もう一度時計を見たが時間は変わらず22時51分だ。

「まいったな。」

小さく呟いた時、隣に誰かが座った。

こんな時間なのに、他の席はひとつも空いていない。

座ったのは僕と同じくらいの年の男。

20代半ばと言ったところ。

「すいません、ビールを一つ。」

メニューも見ないで男は店員に注文をした。

すぐにビールがやってきて、彼はそれを一気に三分の一程度飲んだ。

何故だろう、僕は彼が少し気になった。

こんな時間に1人でファミレスにやってきてビール。

彼は細身で髪は昔のロックスターのように長くてボサボサだ。

不思議と、汚い印象はうけない。

彼の雰囲気にとてもマッチしている。

ボロボロのジーンズを履き、白いTシャツの上から緑のカーディガンを着ていた。

耳には大きなピアス。

チャックテイラーのコンバースを履いている。

どこがで見たことのある匂いがした。

それくらい観察したところでちょっと飽きたのでまた小説に戻ろうとした時だ。

「ねぇ、このあと時間ある??」

最初は何か呟いているのだと思った。

彼はもう一度言った。

「ねぇ、このあと時間ある??」

どうやら、僕に言っているようだ。

「なんで、そんなことを聞くんだ?時間があればなんなんだ?」

彼は続けた。

「ちょっと手伝って欲しいことがあってさ、彼女と喧嘩して彼女が家出して探してるとこなんだけど、全然見つからなくて、ちょっと疲れたからビール飲んでるんだ。これ飲んだらまた探しに行こうと思うんだけど、時間があるなら一緒に探してるくれないかなぁと思って。」

「探してる途中でビールなんて余裕だね。」

 僕は皮肉たっぷり言ってやった。

「ほら、運動後のビールは美味いっていうだろ。走って探してたから軽く汗かいちゃって。それで手伝ってくれるの?くれないの?」

 彼は試合後のアスリートが水分を取るような感じで話した。

「悪いけど、そんな暇じゃないんだ。」

 ホントは暇だけど。

「暇だからこんなとこで本なんか読んでるんじゃないの?」

 なかなか、鋭い男だ。

「とにかく、手伝う気はないよ。」

暇だとしても、そんなわけのわからないことに巻き込まれるのは僕の性分ではない。

「そうか、じゃあオレが彼女を見つけることを祈っておいてくれよ。」

彼はそう言った後にビールを一気に飲み干して去って行った。

なぜ、喧嘩したのか?

音楽をやっているのか?

カート•コバーンが好きなのか?

少しだけ、彼が気になったがその考えをすぐに頭から消した。

彼は夜に似合っていた。

それだけで、充分だった。

それ以上、考える必要はない気がした。

「まぁ、いいや。」

僕は読みかけの小説に視線を戻した。


しばらくしてだ、どれくらいたったろう。

時計は11時51分を指している。

1時間たったってことだ。

また、例のチャックテイラーを履いた男が入ってきて隣の席に座った。

「なぁ、悪いんだけど一緒に来てくれないか?」

「なぜ?」

「1人で探すよりふたりで探すほうが効率いいだろ?

 いろいろ探してみたんだけどどこにもいないんだ。」

 彼はさっきよりも幾分くたびれて見えた。

 きっと、この夜の中走り回ったのだろう。

「なぜ、僕に頼むんだ?他にも人はいっぱいいるよ。」

 そうなんだ、一体なぜ僕に頼むのか。

「君、アフターダークってバンドのタクだろ?

 この間のライブ見たよ。

 なかなかいいギター弾くから印象に残ってるのとオレもバンドをやってるんだ。

 だから親近感あって頼みやすくてさ。」

 僕の彼への好奇心が少しだけ上がった。

「君は何か楽器をやっているの?」

「オレは楽器はできないし、そんな才能はない。

 だから、歌うのと歌詞を書いてるんだ。

 メロディーは兄貴とメンバーに任せてさ。」

「へぇー。」

 やれやれ、カート•コバーンではなく、リアム・ギャラガーだ。

「探すのに手伝ってくれたら、今度のライブに招待するからさ、他に今頼れる人はいないんだ。なぁ、頼むよ。」

 僕は少しだけ考えた。

 彼への興味がそうさせた。

「どんな音楽をやってるの?」

「おっ、興味出てきた?

 それは無事に彼女を見つけたら教えてあげる。」

「ここのお代払ってくれる?」

「もちろん、お安いご用だよ。

 じゃあ、一緒に探してくれるの?」

 僕は重い腰を上げて一言、

「やれやれ。」

 そういって彼のことを助けることにした。

「ありがとう。

 そうと決まれば行こう。」

 僕らは深夜のファミレスを後にした。

 店内のBGMでは、ストロークスの12:51が流れている。

 さっき見た時間が頭のどこかに引っかかっていた。

 ジュリアンがオレはもう大人だよというあのメロディー。

 いつの時代もオレは大人だよというやつはまだ子供だ。

 そろそろ夜が深くなるところだ。


 季節は10月の終わり頃だったが、このくらいの時間になると少し肌寒い。

 僕はチノパンに、チャンピオンのスウェットという格好だったが少しだけ寒い。

 スニーカーを履いてきてよかったと思った。

 探し回るにはスニーカーが最適だ。

「ねぇ、君のファッションとてもいいよ。」

 不意に彼が誉めてきた。

「君のスタイルもなかなか良いよ。

 カート・コバーンが好きなの?」

「いや、ニルヴァーナは嫌いだ。

 あんなネガティブな曲ばかり書くなんて信じられない。

 オレの着たい服や髪型がカート・コバーンと被るだけ。

 オレはリブフォーエバーみたいな曲が好きなんだ。」

「ふーん。」

 やっぱり、リアムだったのだ。

「そう言えば自己紹介がまだだった。

 オレはリョウ。赤川リョウだ。」

「僕はタク。寺田タク。」

「改めてよろしく、タク。」

 リョウが手を出してきたので僕は握手をした。

 その時、リョウがまぶたをわずかに上げたのがわかった。

 僕はその反応の意味がわかっている。

 それは慣れていることで、それについて説明する気も弁解する気もなかった。

「彼女の特徴を教えてくれ。」

 彼のまぶたが通常の位置に戻ったのが見てとれた。

「彼女は身長160センチで痩せ型、顔が隠れるくらいのボブカットで茶色のメッシュを入れてる。出て行った時の服装は黒いナイロンジャケットを着てグレーの長いスカートを履いてドクターマーチンのショートブーツを履いてる。」

 リョウは必死になって彼女の姿を反芻している。

「名前はベッキー。」

「ベッキー?」

 ニックネームか何かだろうか?

「彼女はアメリカとのハーフなんだ。

 本名は高橋ベッキー佑。」

「へぇー。」

「タクは街の中心部を探してくれないか?

 さっきまでオレがそこを探してたんだけど、見落としてる場所があるかもしれない。

 オレは裏通りのほうをあたってみる。」

「わかった。」

 僕たちはベッキーを見つけた時の為に連絡先を交換した。

「じゃあ、頼むよ。」

「その前に1つ聞きたい。」

 リョウは少しだけ視線を上げた。

「どうして、出て行った後にすぐ追いかけなったんだ?そうすれば、こんな風に夜の街を探し回ることもなかったろうに。」

 リョウは視線を急激に下げた。

 その時の思いを反芻してるのだろう。

「恥ずかしい話だけど、出て行った後にその事実を受け入れるまでに時間がかかってしばらく動けなかったんだ。何かショックなことがあると体が動かなくなるなんて知らなかったよ。」

 話をしてるリョウはとても幼く見えた。

「そうか。そういうことね。」

「じゃあ、二手に別れて探そう。

 見つけたら電話をしてくれ。」

「わかった。」

 僕たちはそう言って別れた。


 さて、探すと言ってもどうすればいいのか。

 僕はこの街に産まれてからずっと住んでるが夜の街の景色は未知数な所もある。

 繁華街に来てみた。

 昼間のよく知ってる気色とは違って見えてくる。

 はしゃいでいる若者(はしゃいでる若者を見ると寂しそうに見えるのは僕が年をとったからからだろうか)、飲みつぶれて倒れてるサラリーマン(この人もなんだか寂しそうに見える)、呼び込みをしているキャッチ(彼らは何だかくたびれているようだ)、いつもより暗いネオンがそれを増長しているよう。

 僕の知ってる景色とは少し違ったように見えた。

 夜はどんどん深くなるばかりだ。

 ベッキーという名の女の子は一体どこで何をしているのか。

 僕はキャバクラのキャッチと思われる男の子に声をかけられた。

「お兄さん、キャバどうっすか?」

 それを無視して聞いてみた。

「今、女の子を探してるんだ。ボブカットの黒いジャケットを着てる子なんだけど?そういう子見なかった?」

 安物のスーツを着てる男の子は少し視線を下げて答えた。

「いやぁ、そんな子は見てないっすね。」

「ありがとう。」

 そう言って僕はその場を離れた。

 この街に長く住んでるからといってこの街のことを全て

 わかってるわけでは決してない。

 この男の子のことを僕は何も知らない。

 

その後もカラオケや24時間やってる飲食店にも顔を出したのだが、ベッキーと思わしき女の子には巡り会わなかった。


 僕は少しアルコールが欲しくなったので、知り合いがやってるバーでとりあえず一杯やろうと思った。

 リョウには悪いが急ぐ必要はない。

 夜には夜の時間の流れ方があるのだ。

「よぅ、タクこんな時間にどうした?」

 マスターが声をかけてきた。

 彼はいつも、暖かく僕を迎えてくれる。

「この間のライブはよかったよ。

 なんていうかタクにも深みが出てきたね。」

「ありがとう。

 ハイボールくれるかな?」

 店内ではビリーホリデーが流れている。

「実は人を探しててさ、ベッキーっていう女の子なんだけ ど。」

「なんでその子を探してるんだ?」

 マスターは作ったばかりのハイボールを渡して聞いてきた。

 マスターが作るハイボールは特別だ。

 いつか、マスターにどうやって作るのか聞いたけど、「大事なのは炭酸を加える時の繊細な度胸だ。」

 そう言っていた。

 それは、ギターを弾くのに少し似ていると思った。

 偉大なギタリストは皆、繊細で大胆だ。

「リョウっていう男に頼まれてさ、さっき知り合ったばかりなんだけど。」

 わけがわからないという表情でマスターは聞いている。

「力になりたいけど、オレにはわからないな。

 この街は夜になると違った姿を見せることもある。その子が変な事件とかに巻き込まれてなきゃいいけど。」

「ただの家出だよ。」

「なら、いいけど。

 夜の闇は人をいつもと違った姿に変えることもあるからさ。」

 マスターは思慮深い顔をしている。

 僕なんかよりも長くこの街を見てきているのだ。

「これを飲んだら、また探してみるよ。」

 

 その後も目に入った所をあれこれ探したが、ベッキーらしき女の子を見つけることはできなかった。

 

 途方に暮れていた頃、人通りのあまりいない所に知らぬ間に足を進めていた。

 大きな公園だった。

 この公園は知っているけど、夜のここは何か初めて見る僕の知らない場所のように感じた。

 子供の頃にここで焚き火をしたのを思い出した。

 僕は何かに導かれるように歩を進めていた。

 そこで誰かが強い炎を燃やしているのが見えたのだ。

 夜の闇と強い炎。

 その中心に女の子が見えた。

 彼女は炎を見つめながら固まっていた。

「ベッキー?」


「誰?あたしはベッキーだけど。」

 彼女は僕の方を見もせず、ただ炎だけを見てそう言った。

 彼女の着ているナイロンジャケットが炎で少しだけ揺れている。

「リョウが君を探してるんだ。」

 彼女は少しだけ視線を上げて僕に言った。

「あなたのこと知ってる。

 アフターダークのタクだよね。

 リョウと一緒にライブ見たよ。

 綺麗なギターを弾くね。

 リョウがタクと知り合いなんて聞いてないよ。」

「さっき、知り合ったばかりなんだ。

 リョウに頼まれて君を探してた。」

 彼女はずっと炎を見つめていた。

「炎を見ると落ち着くんだよね。

 なんだか、守られてるような気がして。」

 彼女は目線を変えずに言った。

 ベッキーは静かに炎を見つめながら話始めた。

「最初は歌ってるリョウが好きだったんだ。

 でも、そのうちに彼が歌ってるとどんどん自分から離れていくみたいで。

 あたしの手の届かない所に。

 同じ場所にいるはずなのに、違うところにいるみたいで。

 あの人が歌うたびに、あたし、少しずついなくなっていくの。」

 ベッキーは必死に言葉を探しているようだった。

「リョウはどう思ってるんだ。彼はこの夜の中、君を必死に探してる。」

 ベッキーは僕のことは見向きもせず、炎を見つめながら

 切り捨てるように言った。

「ギタリストは言うことが違う。

 あたしにもあんたみたいな才能があればね。」

 ベッキーの表情は、まるでこの世の終わりのようだ。

 不覚にも僕はその横顔を素直に美しいと思った。

「僕には才能なんてない、ただギターを弾くのが好きなだけだ。誰かを高みに連れてこうなんて思ったことはないよ。きっと、リョウもそうなんじゃないかな。」

 誰かを高みに連れてこうなんて思ったことはないけど、ギターを弾いてると自分が高みにいるような気がすることは伝えないことにした。

 リョウも歌ってる時はそうなのかもしれない。

 自分がどこまでも昇っていけるような。

 ベッキーは黙っている。

 その沈黙が夜の闇を増している気がしたがそれは悪

い感じではなかった。

 沈黙は、彼女の中で思考が始まっているということなのだろう。

 僕はリョウに電話をした。

「見つけてくれたのか、すぐそこに行くよ。」

 そう言って電話はきれた。

「リョウは君を必要としてると思うよ。」

 僕に言えるのはそれだけだった。


 リョウがやってきた。

「ベッキー!」

 ベッキーは黙っている。

 燃えている炎が彼女の沈黙の深さと対比していて美しいと思った。

 リョウは、

「ベッキー帰ろう。」

 ベッキーは黙っている。

 沈黙が続く。

 リョウは僕に、

「探してくれてありがとう。

 次のライブやる時は連絡するから絶対来てくれ。」

「わかった。」

 僕はそれ以上何も言わなかった。

 ふたりのことはふたりに任せればいい。

 僕は僕の日常に戻るだけだ。

 ベッキーがリョウに何か言ってる気がしたけど、これ以上はふたりに立ち入らないほうがいい。


 時計を見たら時間は5時25分だ。

 22時51分からだいぶ遠くまできた。

 夜明けまではまだもう少し。

 小腹が空いたので目についたコンビニで何か買うことにした。

 この時間のコンビニも不思議だ。

 いつも行くコンビニとは違って見える。

 無駄に静かで誰もいない。

 店員は透明人間みたいだ。

 まるで、実感を感じない。

 夜がそうさせているのか、その人がそうなのか、そこで僕はまた考えるのをやめた。

 考えるには少し疲れていたのだ。

 でも、その疲労は嫌な疲労ではなく心地良い疲労だった。

 ツナマヨのおにぎりとお茶を買ってコンビニを後にした。


 僕がギターを弾いてるのはただ弾くのが好きだからだ。

 ただ、バンドを始めるとそれだけではなくなった。

 みんなのやりたいこと、方向性、それぞれのエゴ。ただ純粋にギターを弾いてるだけでは許されなくなった。

 それらに嫌気が差してふと夜のファミレスに来たら人探しを手伝ってくれと言われ、ベッキーという子を見つけた。

 ふたりがこの先どうなるのかはわからない。

 それでも、何かだけは残った。

 いつか、ふと思い出す気がする。

 リョウという、カート・コバーンみたいな男と炎を見つめるベッキーのことを。

 それか、白飯を頼んだ男の話かもしれない。

 もうすぐ、夜が明ける。

 僕は彼らに静かに祝福を与えた。

 なぜか、少しだけギターが弾きたくなった。

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