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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

傍に居ていいのは、君のほう。

掲載日:2026/05/16

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第24弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「危険を感じるのは、君のほう。」の後の話です。


 時間の流れはあっという間だ。


(今月もあと一週間と少しか……)


 先月はかなりたくさんのことをした気がする。


(まあ、雨ばっかりで今月は家の中でほとんど過ごしてたしね)


 ノインは今日で魔物討伐という特殊な仕事が三日連続となる。


(連続は二日までだったのに……)


 記録を更新してしまった。


 風呂は焚いてあるし、竈に火も入れて食事の準備もできている。

 前もって予定がわかっていると楽ではある、けど。


(……なんか、今日遅くない?)


 たった三十分遅れたくらいで。


 オルガは居間の椅子に腰掛けて、こんなことくらいでそわそわすることを、恥ずかしく思う。


(ど、どーんと構えてたほうが、いいよね)


 たぶん。


 軽いノックの音の回数で、パッと顔を輝かせてしまう。


(うっ! 単純だな、私も)


 軽く首を横に振ってから玄関に向かう。


 外は雨なのだから。


(うわぁ……)


 びしょ濡れだ。


「すみません」


 小さく言ってから、ノインは少しだけ顔をしかめて外套を脱いだ。


 雨のせいだろう。

 外套の汚れが、いつもより酷くはない気がする。


 乾いていないから、異臭がしないだけかもしれない。


 布で頭を拭こうとすると、遠慮されてしまう。


「風呂に入りますから、大丈夫です」

「う、うん」


 あれ?


 軽く息を吐き出して、ノインは外套を渡してきて風呂へと直行した。


(…………視線)


 合わなかった?


 ほんの一瞬だけど。



(髪の毛、また拭いてないまま……)


 ぽたぽたと雫を滴らせたまま、一時間ほどの入浴の後に、彼は居間に現れた。


 やっぱり。


(反応が、なんか)


 少しだけ、遅い気がする。


 ノインがじっとこちらを見ているので、オルガは少しだけ「うっ」と洩らした。


(やっぱりキスかな。それとも先に抱きしめるのかな……)


 いや。


(キスかな)


「キス」


 ほら!


 食事を先にしたって、自分は逃げないのに。


 椅子から腰を浮かせた途端に、後ろから抱きつかれた。


「わあ!」


 驚いて、テーブルに両手をつく。


「……すみません。ちょっと」


 ちょっと!?


 急激に顔が熱くなってくる。


(抱きしめが先だった……! うう、しばらく我慢して動かないでいれば……)


 と。


 オルガは目を見開く。


「ノ」

「……もっと」


 耳元で小さく呟かれ、背筋が軽くぞくりとした。


(ひええ……)


 なにが?


 なにがもっと!?


(めちゃくちゃ体まさぐってるんだけど……)


 まさかこんな昼間からまた?


(いや、前は廊下だったし、あの時はたった五分であがってきてた、し)


 ぴた、と手の動きが止まって、オルガは息を吐き出す。


(あ。息止めてた)


 だって恥ずかしいし。


 ぐるんと体の向きを変えられた。


 ばっちり視線が合う。


「すみません、体勢が」

「?」


 ぐいっと顎を上げられると、口づけられた。


(こ、れは……)


 ノインの背が高いからどうしても、きつくなる。

 いつもは多少なりとも屈んでくれているのに。


 背後のテーブルに押し倒された。


(うわあああ!)


 一瞬だけ離れた隙に、呼吸をする。

 そのタイミングを見て、また塞がれた。


 深い! ちょ、ちょっと!?


 玄関ドアが乱暴に叩かれる音で、ノインがやっと離れた。

 怒りに満ちた瞳をしている。


(わ、わぁ……)


 つぅ、と銀色の糸が垂れたのを見て、オルガは恥ずかしさに瞼をぎゅっと一度閉じてしまった。


 ノインは玄関ドアに向かいながらこちらをちらっと見てくる。


「そのまま」


 えっ!?


(動くなってこと!? まだするの!?)


「ノイン先輩!」


 聞こえてきた若い声にオルガは思わずびくっと反応して、聞き耳を立ててしまう。


「マルコ……」

「副団長より至急招集です!」


 雨音に混じって聞こえるそれに、オルガは一気に現実に引き戻される。


「救援要請が入りました! 緊急討伐となりますが、あ、あの、討伐隊の一つが、囲まれているとのことで」

「わかりました。怪我人などはいますか。隊列が崩れたということでいいですか?」

「ぬかるみに足をとられた数名が怪我をしたとのことですが……」

「すぐ準備します。このまま待機」


 会話に、オルガは真っ青になる。


(緊急?)


 緊急討伐?

 こんな急に?


 戻ってきたノインが困ったように微笑んだ。


「すみません。急な仕事が入りました」

「……き、緊急討伐ってやつだよね?」


 なんかおかしくない?


(だ、だって前の緊急討伐も、いつもと同じように帰ってきたのに)


 魔物討伐用の制服に着替えて、なんでもないようににっこり見てくる。


「明日の昼までには戻ります」

「え……」


 うまく反応できない。


 待って。


 ノインは身を翻して、乾いているべつの外套を羽織った。


「行ってきます」


 まだ。


(お昼ご飯も、食べてないのに)


「増援は明朝予定ですが……間に合わないので先輩を先に。今回は三日かかると副団長が」

「他の固定メンバーにも伝令は」


 ばたん、という扉の閉じる音と同時に会話が途切れた。


(…………いってらっしゃい、って言えなかった)


 それに。


(三日かかる、って言ってなかった?)


***


 足音が聞こえて、オルガは椅子を蹴るように立ち上がって玄関に急ぐ。


 扉を勢いよく開けると、そこにいたノインがノックをしようとした姿勢で停止し、こちらを見下ろしてくる。


「おかえりなさい!」

「……………………はい」


 浅い息を吐いて、微笑む。


 その、少しだけぎこちない笑み。


 時間は、予告された通りだった。


 でも。


 小降りの雨の中佇む彼を、家の中にオルガが引っ張り込む。

 外套を脱がせてから動きが止まった。


「…………」


 服が。


(裂けてる)


「怪我、して……」

「……浅い裂傷です」

「…………」


 脇腹のところもかなり裂けてる。


「そこは打撲ですから触らないでくれると」

「打撲!?」


 驚いてしまうが、ノインは平気そうだ。


「強打しただけです。すぐに治ります」

「待って! 包帯取ってくるから!」


 きびすを返し、薬箱を取りに引き返す。


 馬鹿だ。


(私、馬鹿だ)


 もっと心配するべきだった。

 もっと、気を遣うべきだった。


 寝て欲しいと思っても、嫌がるからってそのまま放置するべきじゃなかった!


 自分がいなかった去年の雨季、きっとノインは。


(討伐から帰ったら、ゆっくり体を休ませてたはずなのに)


 私がいるから。

 ここにいるから。


 薬箱を抱えて戻り、軽く睨む。

 まだ、泣くべきじゃない。


(どうしよう)


 なにより優先させるべきなのは。


 たぶん。


(眠ること)


「座って」


 居間の椅子に座るように言うと、ノインは少し困ったような顔をしながら腰かけた。


(医療知識のあるノインが大丈夫って言ってても、心配なのは変わらないし)


 血が滲んでいる裂傷を見て、胸が痛む。


「脱いで」

「…………」


 黙ったまま制服を脱ぐノインは、小さく囁く。


「問題はないですから」


 問題は。


(大ありだよ……!)



 寝室に引っ張って連れて来ると、ノインをそのままベッドに向けて歩かせる。


「あの……?」


 怪我の手当てをして包帯を巻かれたノインは、不思議そうだ。


「まだ陽が高いんですけど……。あと、風呂に入りた」

「寝てないでしょ!」


 鋭く言い放つと、ちょっと黙ってしまう。


(それに、歩き方がちょっとおかしいんだって)


 いつもと違う。


(こんなにあからさまに、はっきりわかるなんて……)


 三日かかるところを、一日もかけずに戻ってきた。


 どういう手品を使ったのかはわからない。


(でもたぶん)


 緊急討伐っていうのは、ふつうはもっと日数がかかって、大変なものなのだ。


 だから、緊急、っていうのがつく。


 呑気にしていた自分が、恨めしい。


 短時間決行で戻って来る魔物討伐だって、すごい集中力を使うはずだ。


 雨の日のほうが魔物は活発になる。

 そんな中で戦うこともあるのだし。


 戦えない自分だって、相手の弱点を探りながら戦闘をすることが難しいことくらいは、わかる。


「今日はここで寝て!」

「…………いえ、俺は」


 かすれた声に、頭にさらに血がのぼった。


 どんっと背中を押すと、ノインがよろめいてベッドに倒れ込む。


 寝室の扉を閉めると、勢いに従って強い音が鳴った。


 ここから出すものか。


「ダメ! 今日はここで寝て!」

「…………」


 うっすらと、彼は視線をオルガに向ける。戸惑いと疲労の色が強い瞳だ。


 オルガはばっとワンピースを脱ぎ、肌着姿になってそのままノインを引っ張ると布団に入った。


「……あの」

「これでいいでしょ」


 え? とノインが戸惑ったように瞳を揺らした。


「…………だめ、です」


 軽く頭を横に振る頑固さにオルガはイライラする。


「なにがダメなの!? 私と一緒でもダメってこと!?」

「……………………」


 泣きそう。


(どうしたら大人しく眠ってくれるの。だってノイン、ふつうに寝たら……)


 眠りを惜しんで、起きてしまう。


 本当はもっとたくさん寝て、回復に努めるべきなのに。


(言葉が)


 とどかない。


「…………一緒にねたら」

「?」


 目頭が熱くなってきたとき、ノインがゆっくり口を開いた。


「離れて、ねるの、むり……になりそうなので」

「っ」


 そんなの。


「そんなのいいよ!」

「……いえ、危険……」


 また!?


「ノインが危険なわけないでしょ!」


 逃げようとするので、彼の体にしがみつく。


 脚を絡ませ、腕を首に回してホールド状態にした。


「ぅ……だ、だめ、」


 この頑固者!


 ぐ、っと胸の奥が重くなる。きっと、いま、言うべきだ。


「ノイン」

「?」

「好き」


 ノインがゆるく、目を見開く。


「……………………は?」

「好き。大好き。好きなの」


 たぶん、ノインの言う「好き」にはまだ届いてないけど。


「…………え」

「キスしたらいい?」

「い、いえ…………」

「口あけて!」

「っ、だ、」

「ほら」

「寝ます、から」


 視線を逸らされる。


「寝ます……抵抗しません」


 大きく息を吐いてから、ノインは瞼を閉じる。


 驚いたことに、そのまま、すぅ、と寝息がすぐに聞こえてきた。


「……………………ね、寝ちゃった」


 ホッ、と、オルガは息を吐く。


「ふふっ、ベッド狭いから、くっつかないと落ちちゃうね」


 良かった。


「ノインみたいにできる気しなかったしね、キス」


 さすがにあんな風にはできる気がしない。


 年齢相応のあどけない無防備な表情で眠っているノインを見つめて、今さらながらに顔が赤くなった。


(好き、かぁ)


 確かに、好意は抱いている。


 あそこで言わなければノインは降参しなかった。


(ノインを真似してみたけど、恥ずかしい……!)


 好きを連続で言うことに慣れる気がしない。


 じーっと見ていて、明るいことと近いことからか、顔にもところどころ、小さな切り傷があるのがわかった。


(脇腹には触らないようにしないと)


 離れたほうがいいかな?


(……はなれたく、ないなあ)


 この場所がすごく安心する。

 聞こえる心臓の揺れも、穏やかな寝息も。


 ぜんぶ、心地良い。


(さわりたい)


 もっと。


 唇に、軽く。


「………………」


 いま。


(えっ)


 ぎょっとしてから、オルガは視線を泳がせた。


(ん!?)


 やってしまった。


(……なる、ほど?)


 ……自分からしたのに、とても、照れる。


 照れる、なあ。


(………………………………ノインはなんで平気でできるの)


*****


 翌日。


 ぼんやりと瞼をあけて、ノインはびくっと反応した。


「…………」


 ちかい。


 瞬きを、する。


「………………」


 そっと指を動かした。離れなくては。


 なんで寝室に。


「うー、ん」


 唸ってから、背を受けていたオルガが身じろぎし、ぐるっと体の向きを変えた。


 そのままノインの胸元に頭をこすりつけてから、すーすーと寝息をたてられる。


「………………………………」


 寝室の小さい窓から入ってくるのは、朝の薄い光だ。

 眠っていた時の記憶はない。ぐっすり寝たのだけはわかる。


 しかし。


「……まずいだろ」


 これはまずい。


 一緒に寝てしまうと、歯止めがきかなくなるから居間で寝ているのに。


 夜じゃない。ランプの光じゃない。だから。

 見えすぎる。


「……………………はあ」


 大きく息を吐いた。


 失態だ。


 三日連続の魔物討伐はまだ、大丈夫だった。


 集中力がかなり下がっていた時にうまく回復ができれば、こんなことにはなっていなかったはずだ。


 雨の中で、急がなければと思って……油断した。

 すべての判断を最適にし、最速にしなければ、と。


 視界は確かに悪く、足元など悲惨そのものだった。


 いつものメンバーにも連絡が行っていたが、揃う前に自分だけは先に行動を開始しなければならなかった。


 人命がかかっていた。

 怪我人もいた。


 判断を遅らせると被害が大きくなるのは明白だった。


 だから。


 終わらせた時には、傷を負っていた。仕方のないことで、いつもなら避けれた攻撃だった。


 集中力を欠き、焦ったせいだ。


 未熟。


 ただそれだけだった。


 無理はしてない。

 してない。


 だって、せっかく君がいるのに、目を離す時間がもったいなくて。


 一緒の時間が、大切で。


「………………………………」


 ぼんやりと、オルガのくすんだ亜麻色の髪を見つめる。


「惜しいことした……」


 せっかく彼女からキスをしてくれそうだったのに。


 でも。


「………………………………」


 はあ、と大きく息を吐き、片手で顔を隠すように覆う。


「……………………俺が危険なんだって……」


 でも。


 口許を、ゆるめる。


 手をどけ、そして自分の胸元に顔をうずめているオルガの額にキスを小さく落とした。


「俺のほうが、君を好きですよ」


 少しくらいは、つよく抱きしめても、許して欲しい。


「君の『好き』は、まだ、魔法に届かないですから」


 俺を一撃で射落とす、その魔法を。


 どうか。

 いつか。


 使って欲しい。


「それまでは待ちます」


 これほどまでに辛抱強いのは。


(君にだけ)


 囚われているのは――――俺のほう。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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