白いリボン
1794年フランシス、パリ。
「マリー・テレーズ面会だ。」
ここは牢獄、かつてフランス王妃でベルサイユ宮殿に咲く紅薔薇と呼ばれたマリー・アントワネットの長女マリー・テレーズが幽閉されている。
彼女はフランス国民が待ち望んだプリンセスであり、国王である父、王妃の母、そして弟と宮殿で幸せに暮らしていた。しかしフランスは貧富の差が激しく貧しい者達は王宮に反旗を翻した。テレーズは両親、弟、そして叔母と共にベルサイユ宮殿を追われた。両親と叔母はギロチンにかけられ、弟は革命委員会に連れていかれた。噂では平民として靴屋に育てられてるとも聞いた。そして自分は未だに独房にいる。
(お母様は何も悪い事してないのになぜ死ななければいけなかったのかしら?)
「マリー・テレーズ」
気がつくと監獄の扉は開かれ看守が立っていた。
「面会だ。」
「わたくしに?一体誰かしら?お通しして下さる?」
「入れ」
看守の1言で扉の奥から女性が出てくる。金髪のロングヘアにピンクのリボン、ピンクのワンピースに白いフリルのエプロンの女性だ。昨年処刑されたアントワネットよりも若い。
「10分だげだぞ」
看守は扉を閉め牢獄を出る。牢獄にはテレーズと女性が残される。
「マリー・テレーズ様ですね?」
「はい、そうですが。」
「私はコンシュルジュリーの牢獄で王妃様、いえアントワネット様をお世話しておりましたロザリー・ラ・モリエールと申します。王妃様の形見をお届けに参りました。」
ロザリーは持って来た巾着袋から白いリボンを取り出しテレーズに渡す。
「これは?!」
「アントワネット様が最期に私に下さったものです。」
「王妃様、本日のオクシはどのようにいたしましょうか?」
「そうね、いつもと同じで構わないわ。」
1793年、ルイ16世の処刑後アントワネットはコンシュルジュリー牢獄へと移された。そこで出会ったのが世話係のロザリーだ。
ロザリーは白いリボンでアントワネットの髪をお団子にして白いリボンを結ぶ。これが朝の日課だ。
「いかがでしょうか?」
ロザリーはアントワネットに鏡を渡す。
「とてもいいわ、ありがとう。」
アントワネットは鏡越しに微笑む。
「このリボンは娘の、マリーテレーズのお気に入りの物だったのよ。あの娘はいつもわたくしのところに来てお願いするねよ。お母様、髪を結って、白いリボンをつけてと。」
「懐かしいわ。」
テレーズはリボンを手に取る。
「幼い頃にお母様はいつもこのリボンで髪を結ってくれたの。」
テレーズはテーブルの上にある櫛を手に取り鏡の前で髪をとかすとリセニョンスタイルに結んだ髪に白いリボンをつける。
「ごきげんよう、王子様。一緒に遊びましょう。」
テレーズは白いドレスの裾をお辞儀をする。
「するとお母様は膝まずいてわたくしの手をとってキスしてくださるの。勿論です、私の可愛いお姫様といって。」
母の思い出話をするテレーズに笑顔が見える。
「アントワネット様もお話してくださいました、可愛いプリンセスがいると。きっとテレーズ様の事ですよ。」
「ロザリーさん、もっと聞かせて下さる?母の事。」
「はい。」
ロザリーはアントワネットから聞いたテレーズの話をする。森でお花を摘みに言って迷子になった事、ペローの眠り姫を読んであげたら魔女が出てくるシーンで泣き出してしまった事、アントワネットがオーストラリアからお輿入れの時に持って来た人形をいたずらで隠した事など。
「お母様ったらそんな事まで。」
テレーズは不貞腐れている。
「ですがアントワネット様はこんな話もしておりました。テレーズ様はアントワネット様のお誕生日に花の冠をプレゼントしてくださったと。貴婦人達がくれたドレスや宝石も嬉しかったがテレーズ様の花の冠が一番嬉しかったと。そしてあの日」
「王妃様」
1793年10月16日朝
いつものようにロザリーはアントワネットの独房にやってくる。しかし今日はロザリーの背後に革命委員会の兵士達もいる。
「ロザリーさん、ついに来たのね。」
「はい、最期のお支度をさせて頂きます。」
ロザリーは持ってきた鋏でアントワネットの長い髪を切る。
「カペー未亡人」
兵士に呼ばれアントワネットは立ち上がる。
「王妃様!!」
ロザリーが呼び止める。
「あの、こちらのおリボンは旅のお供に持っていかれますか?」
ロザリーが差し出したのはいつもアントワネットの髪を結っていた白いリボンだ。
「このリボンはわたくしの形見に貴女に差し上げます。どうかわたくしの事を忘れないで下さい。そして今までありがとう。Au revoir, mon derniere amie.」
1794年
「アントワネット様は最期まで微笑みを絶やさず断頭台へと向かいました。気高く尊く麗しい王妃に相応しい最期でした。」
「ロザリーさん、ありがとうございます。母の最期を看取ってくださり」
テレーズは頭を下げる。
「テレーズ様、顔をあげて下さい。私はただやるべき仕事をしたまでです。それに私は思うのです。アントワネット様の死は本当に正しかったのか。私は以前貴族のお屋敷で侍女をしていたベルサイユ宮殿の舞踏会に一度だけ出席したのですがアントワネット様は1人1人に優しい言葉をおかけになって処刑されるような人とは思えません。」
ロザリーの言葉でテレーズの目からは涙が溢れ落ちている。
「マリー・テレーズ」
再び先ほどの看守がやってくる。
「貴女は明日オーストリアに返される事になった。今日中に支度をしておけ。」
「ちょっと突然過ぎないかしら?それにわたくしオーストラリアなんて。見ず知らずの土地になぜ?」
「フランスとオーストリア政府が決めた事だ。」
「待って下さい。テレーズ様の気持ちも聞かないなんて理不尽ではありませんか?」
ロザリーが割って入る。
「黙れ、お前には関係ない事だ!!」
「きゃあ!!」
ロザリーは看守に突き飛ばされる。
「テレーズ様、なんなら着替えお手伝いしましょうか?」
看守がテレーズに近づいてくる。
「無礼な!!オーストリアには行く。ただし条件がありますわ。」
半年後
オーストリアのホーフブルク宮殿
「テレーズ様、ブーゲンビリア侯爵夫人から新しいドレスが届いきました。」
「分かったわ。ロザリー、着せて下さる?」
「はい、テレーズ様。」
テレーズは母の祖国オーストリアで暮らし始めた。ロザリーも一緒にという条件で。侍女のロザリーがプレゼントの箱を開けると濃い紫のドレスが出てきた。
「紫、こないだは濃紺でしたわ。あの方はのドレスはわたくしの趣味には合いませんわ。」
「午後のお茶会はブーゲンビリア侯爵夫人もいらっしゃるのでは?」
「構わないわ。いつもの水色の花柄のドレスで行くわ。だって紫にこのリボンは合わないわ。」
その日の午後、宮殿の庭園に貴婦人達が集まる。その中にテレーズの姿もあった。
「テレーズ様。ごきげんよう」
「ごきげんよう。ブーゲンビリア侯爵夫人。」
テレーズに挨拶してきたのは紫のドレスを送った貴婦人だ。
「テレーズ様、まだドレスは届いてないのかしら?」
「届きましたわ。だけどわたくしの好みではなかったので。」
水色の花柄のドレスにロールの髪を白いリボンで結んだテレーズが答える。
「まあ、なんて恩知らずなのかしら?」
「侯爵夫人。ドレスはテレーズ様がご自身でお選びになる物です。」
隣にいたピンクのドレスのロザリーが言い返す。
「何よ、貴女ただの御付きの癖に。」
「侯爵夫人。」
テレーズが呼びかける。
「彼女は御付きではありません。mon premiere amieです。」
Fin