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第五章 函館編その5 撮影秘話

今回は例の写真についてのお話です。

函館編はまだまだ続きます。長丁場ですがお付き合いください。

 その日の夕方、奉行所の中庭に大量の武器が並んだ。多くの士官が集まる中には、土方と鉄之助の姿もあった。

「ははぁ……これがグラバー商会の武器ですか、色々あるんですねえ」

 見覚えのある銃から、何に使うのか見当がつかない物体まである。集まってきた士官たちは思い思いの銃器を手に取り、覗き込み、目を輝かせていじくりまわしている。自分の命を預けることになるのだ、自分の目で調べたいのは当たり前である。だが同時に、幾つになろうと男は永遠の男児である、こういうものが好きでたまらないのだ。同じく覗き込みながら鉄之助。

「やっぱり高いんですか?こういうのって」

「多分な。これは見本品だから、詳しい額はわからん」

「見本?これ全部ですか?」

 鉄之助がすっ頓狂な声を揚げるのも無理はない。一体何人分の武器なのかわからない。向こうには大砲まで並んでいる。京都新撰組の基準なら、総出撃準備の物量である。もちろん蝦夷共和国の方がずっと規模が大きいのだが、それにしても規模が大きい。

「ああ、商売上手なんだろうな、抜け目ない。だが……なかなか難しいもんだな」

 並んだ武器と手元に抱えた溢れんばかりの冊子を覗き込みながら、土方は顔をしかめた。

「そうなんですか?」

「例えばこの銃。銃床の裏から弾を詰める、十六発も連射できるんだが、動作が不安定で暴発が多い。まあ可動部が多けりゃ壊れやすいかもな。その横は……信頼性は高いが、入る弾数は七発。しかも銃剣がつかんぞこりゃ。その横は使いやすくて銃剣が付くが、単発だとさ」

「ええ……なんでそんなの判るんですか?」

「説明書きがある」

 土方が見せたのは、抱えた冊子の一つであった。

「なぁんだ、そんなモノあるんだったら見せてくださいよ……え?これ外国語じゃないですか、読めるんですか?」

「バカ言え、読めてたまるかこんな呪文みてえな字」

 榎本のような高級官僚ならともかく、農民生まれの土方には読めるはずもない。

「知ってる単語と挿絵、後は辞書の首っ引きで推し測るしかねえだろ」

 懐から取り出したのは小さな辞書が二冊、フランス語と英語、どちらも小口は手垢で真っ黒である。幸い説明書きには挿絵も多い。推測は簡単ではないが、少しでも情報は欲しいのだ。

「……意外と知的なとこありますよね土方さん」

「馬っ鹿野郎、俺は昔っから新撰組の頭脳だろが。

 ヌヌヌ、全部最新式にするのも考えものだな」

「新しけりゃいいって訳でもないんですね」

「そりゃそうだ。特に銃なんか泥にまみれたりもするだろ?壊れにくさとか、整備のしやすさも無視できん。それに種類が多いと、その数だけ使い方を覚えなきゃならん。先込め銃しか知らん奴に元込銃寄こしても使えんし、その逆もそうだ。かと言って両方教えると時間と手間が倍かかる。種類が増えれば増えるだけ手間が増える。そんな余裕はない。弾丸も違うしな」

「……違うんですか?」

「違う。お前は蕎麦に味噌塗って食うか?食えなかねえけど違うだろ?銃はもっと贅沢ってことだ。こっちは五十六スペンサー弾、あっちは四十四ヘンリー弾」

「違う弾丸を入れるとどうなるんです?」

「まともに飛ばねえ、下手すりゃ故障、最悪暴発して大怪我だ。もちろん弾が小さけりゃ威力も落ちる。

 ああ、こっちは元込め銃で紙薬莢か……すぐ湿気るからちょっとなぁ?あ、安いと思ったらこっちはエンフィールドか……うーむ。まーた鍛冶屋動員して元込めに改造させちまうか?いや、弾が足りなくなりそうだ」

 当然ながら、弾丸は一発撃てばお終いだ。豊富な弾丸の確保は、水や食料に匹敵する必需品と言える。

「弾丸……ですか。そう考えると、旧式銃も使い道はあるんですね」

「そうだな。まあ、撃ちあいには弱いが……弾切れの鉄の棒よかマシかもな。

 金属薬莢は輸入もんだからな。弁天台場の工房でなんとか模造させてみたが、精度は落ちるし、結局雷管の材料が国内にほぼない。

 黒色火薬は一応国産できてるが……質は落ちるんだよなぁ」

 弾丸をばら撒くのは、自らの鎧をちぎって投げる行為と等しい。身を守るためにはやらねばならぬが、使い切ったら丸腰になる。だからこそ、慎重にならざるを得ないのだ。

「土方さん見てくださいよこの銃、銃口が六角形ですよ」

「本当だ……変わってんな。ほ、ほ、ホイットワース?ウィットワース?読めねえ、あってんのか?……元込めで紙薬莢?今さらこの手の銃を増やしても仕方ねえな、なんでこんな変わったことしてんだか。

 新型か、そこそこ手慣れた銃を増やすか……難しいとこだ」

 眉間に手を当てて考え込む土方に対して、鉄之助は気楽なものだ。

「土方さんが決めるんですか?」

「最終判断は榎本さんか大鳥さんだろうな。だが、あの人らは前線に関わるヒマがない。実際撃つ人間で、その二人に意見が出来るのは、俺と含めて十人くらいかな。ま、どれ選んだって一長一短だからな、どっかで折り合いつけなきやいけねえや」

「じゃあ……大砲もですか?」

「ああそうだ、こっちも見なきゃだよな」

 銃から一旦離れて、今度は大砲を見に行く。

「大砲は銃よりはましかもな。こっちは全部アームストロング砲だ」

「え?……全然違うじゃないですか、大きさが」

「弾の重さで分けてるんだ。小さい方から六ポンド、九、十二、二十、四十。百ポンドもあったような気がするが……まあ要らねえな。

 こっちは……鉄ならどうしたい?」

「自分なら……六ポンドと十二ポンドですかね」

 悪くない答えに、土方は、もう一歩踏み込んでみた。

「いいのか?でかい方が強そうじゃないか?」

 しかし鉄之助は、意外と冷静な反応であった。

「はい。この前の捕鯨砲で思ったんですが、大砲って動かすのも弾込めもすんごい大変なんですよ、狙うのなんか微調節も必要ですし。

 この前は船でしたが、陸戦では車を付けて馬で引っ張るわけですよね?それなら、人間相手は小さい六ポンドが取り回しが効いていいです」

「十二ポンドは何に使う?」

「遠距離からの砲撃ですね。上陸されても陣地攻撃とかできそうですし。

 あとは……弁天台場に四十があるといいかもですね。甲鉄だって、真上からぶち込めれば耐えられないでしょう。次は沈めてやります」

「そりゃあ頼もしい。いい答えだ、よく見てる」

「恐れ入ります……あれ?こっちは何ですか?砲弾……じゃないですね」

 大砲が並ぶ一角に鉄製の筒が並んでいた。鉄製で、先端が滑らかな円錐形をしている。太さは手首程度だが肩に迫る長さがある

「……俺も知らんぞ、なんだこりゃ?説明書きはどこだ?いかんな、多すぎてどれだかわからん」

 あれこれ広げすぎてわちゃくちゃになってしまった土方である。やはりこの男も、こういうのを見るのが好きなのだ。 

「これ、全部長崎から持ってきたんですよね?」

「多分な、港にはまだまだあると言ってた。商船で艦隊組んできたからなあいつ。何隻もの船に満載してる」

「何万両あっても足りないですよ、こんなの」

「そうだな、戦ってのは儲かるんだな……んん?おいおいガトリングもあるのかよ!欲しい、これは欲しいぞ。この前死ぬかと思ったからな……だが弾薬がなぁ」

 土方の武器談義はしばらく続きそうであった。

 

 事実、この頃蝦夷共和国は経済面では脆弱と言わざるを得なかった。米穀が経済の中心であった当時の日本において、蝦夷は経済的に豊かな土地ではない。もちろん毛皮や海産物、材木や地下資源などによる交易はあったのだが、十倍の勢力を誇る新政府を返り討ちにする戦力を養うにはとても足りない。フランスなど一部の国や、地元商人からの支援を受け、やっと運営していたのだ。そんな蝦夷共和国に、もはや莫大な軍資金は残されていない筈だった。

 そこのところも、やはりグラバーは只者ではなかった。 

「ンンー、資金もなんとか都合を付けまショウ!ミーは投資家ではありまセンが、投資家の知り合いはいマース。彼らに話をつけまショウ。農地や鉱山を百年も貸し、開墾の権利をやれば、彼らは投資を惜しみまセーン!」

 投資家まで連れてきていたのだ。蝦夷の広大な土地と豊かな地下資源は、彼らにとって魅力的な投資商品でもあると、グラバーはそこまで見抜いていたのだ。


「俺は恐ろしいよ……グラバーが」

「え?……言っても商人ですよ?」

「ああ、もしかして俺たちはあいつの掌の上で遊ばれてるんじゃないかってな」

 本当は火の鳥などどうでもいいのかもしれない。それほどグラバーの手腕は鮮やかであった。

 そんなグラバーを疑っていながらも、その手を握らねばならない。土方はこの事態を苦々しく思っていたが、それはきっと榎本も同じであろう。


 それからしばらく、蝦夷共和国は守りを固めることに専念した。グラバーの紹介した投資家や資産家からは、広大な土地の借用権と引き換えに経済支援を受け、それによって武装は大きく強化された。新型銃砲を始めとした新たな兵器、それに対応する調練は熾烈を極めたが、文字通り地の果てまで追い込まれ、後が無い蝦夷共和国軍は死に物狂いで適応していった。

 グラバーの抜け目なさに舌を巻いたのは、彼が持ってきた武器だけではない。まさかの「それを積んできた船」まで売っていったことだ。

 さしものグラバーもいきなり軍艦を持ってきたわけではなかったが、それでもただの船ではない。しっかりと武装を施した、いわゆる武装商船というやつだ。

 甲鉄のような強固な軍艦と撃ち合いはできないが、やりようはいくらでもある。

 蝦夷共和国海軍は、これらの武装商船を駆使して、新政府軍の海運を攻撃した。

 武器弾薬に食料に水、大食らいの軍隊を支えるには、そこらの牛や馬で運べる量ではとても足りない、海運が必須だ。命綱とも言える海運による後方支援への攻撃は、艦隊の行動や港の復興を妨げるという意味では、地味ながら非常に効果的であった。かつてほとんど精神論の甲鉄強奪作戦を決行しようとしていた海軍は、あっという間に同じ連中とは思えないほどの目覚ましい進歩を遂げていた。

 それこそ何度かは港への攻撃も試みていたようだが……先日の宮古湾海戦が余程大打撃だったのか、残念ながらどの港も厳戒態勢で攻め入る隙がなかったそうだ。


 海軍は後方支援攻撃、陸軍は調練と防御陣地の構築に明け暮れた。

 函館、特に五稜郭を中心に防御陣地が何重にも敷かれ、要所要所に野戦城が構築されていった。ただ、土方の防御線はそれまでの常識とは少し違っていた。

「逆茂木、竹束、杭塀、あの辺のやつはいらん。堀だ、とにかく堀をガンガン作れ、馬鹿みたいに深くなくていい。人間が隠れられる深さと、飛び越えられない幅がありゃ十分だ」

 従来の防御線に使われた逆茂木等は、騎馬武者の突撃や弓矢、単発銃を防ぐのには十分であったが、銃砲の進化により急激に変化した戦では効果が薄い。これは、鳥羽伏見から奥羽の経験則であった。

「堀だ、空堀がいい。掘った土は土囊にして積み上げろ、防塁だ。銃弾を防げる」

 ここ数十年、欧米諸国の多くの戦では、こうした堀が効果的であったという結果が出ている。弾除けであったり、進軍速度を遅くしたりと、効果的な割に資材がほとんど要らないという優れものだ。

「全部をぐるりと堀で一周囲う必要はない。一箇所破られたらおしまいだからな。数を掘って拠点ごとに何重にも掘れ。馬鹿みたいにデカくなくていい、歩兵や砲兵が進みにくくなれば十分だ。

 んで鉄、釘縄は?」

「はいッ。函館周辺の鍛冶屋と漁師の協力で、ガンガン作らせてます!」

 釘縄。これはとにかく大量の釘や針を作らせ、それらを嫌と言うほど編み込んだ太い縄である。これを堀と合わせて何重にも張り巡らせれば、人も馬も簡単には通れない防御陣地が手軽に作れるという寸法だ。兵器のように高度な加工技術も要らないし、日常的に網の手入れをしている漁師が大量に住んでいる蝦夷では、容易く大量生産が可能であった。

 本当は簡単に切られない様に鋼線にしたかったのだが、そこまで潤沢な鉄の確保が難しく、残念ながら縄で妥協するしかなかった。

「毎日毎日堀作って柵立てて釘縄バンバン張り巡らせて……俺は自分が軍人だと思っていたが、最近土工なんじゃないかと思えてきた」

 土方のぼやきに、鉄之助は密かに吹き出した。

  

 斎藤が陸軍府に姿を見せるのは久し振りであった。

「あ、斎藤ニシパ」

「やあ、カピウ君。久し振りだね……市村君は?」

 あたりを見渡しても鉄之助の姿が無い。あの生真面目な少年がここの来客を見落とすのは珍しい。非番だろうか?

「土方ニシパの部屋だよ。二人ともいるから、中で待ってようよ」

「では、上がって待つとしますか」

 いつもの茶飲み部屋で待っていると、襖の向こうがなにやら騒がしい。

「……?揉め事ですか?」

「さあ?……それより珍しいね、軍服なの」

 監察として正式加入した斎藤には詰襟の軍服が仕立てられていた。叩き上げの実績持ちということで、金モールとラインの入った肩章のついた、士官の軍服である。流石に土方ほどではないが、仕立てもかなり良い。

「ああ、最近は部隊の調練で山に籠もりきりでしたからね。慣れるとこちらの方が機能的だ、動きやすいし、余計な物が入ってこない」

「ふぅん……斎藤ニシパの部隊って……父さんがいる部隊だよね?」

「そうです。

 アイヌの男たちには驚かされますよ。山での動きや銃の扱いが、常人より遥かに優れている」

「そっか……」

 かつてカピウは気配を消した斎藤をあっさり見つけたが、アイヌの戦士達はそれ以上に鋭く、また山を知り尽くしていた。彼らが本気で隠れると、斎藤ですら見つけるのに苦労するほどである。

 土方直轄である斎藤の率いるアイヌ別働隊は、陸軍の中でもかなり特殊な立ち位置になりそうだ。本隊のフランス式戦術に迎合せず、流動的に動き、敵の動きに合わせて前線を支援する奇襲部隊である。

 ここしばらくで格段に戦闘力に磨きをかけている蝦夷共和国であるが、それでも圧倒的な兵力差がある。真っ向勝負では勝ち目がない。アイヌ部隊のような流動的で局所的な戦法でどれたけ粘り強く戦えるかは、かなり重要なことでもあるのだ。

 だが、それをカピウに伝えるのは気が引けた。キムンコルが如何に高潔な精神と覚悟を持っているとしても、カピウの父親が人を殺すのを期待している、とは言いづらい。

「斎藤ニシパ……一つ聞きたいんだけど……」

「何でしょうか?」

 いつになく重苦しいカピウの口調に、斎藤もぎょっとした。キムンコルが人を殺す事について、どう濁したらいいものか。ところが、カピウの質問は予想と大きく違っていた。

「新政府軍ってさ、元は南の方の藩が手を組んでたんだよね?」

「そう……ですね。薩長土肥は割合南の方の藩です」

「その、土って、トサ?リョーマが生まれたトサのこと?」

 カピウの声が僅かに震えている。しかし、キムンコルの事を聞かれずに済んだと安堵した斎藤は、そこに気づけなかった。

 斎藤は知らないのだ、カピウが竜馬に抱いた巨大な感情を。土方や鉄之助が、嫌な予感がすると、カピウからのこの手の質問を濁していたことを。

「リョーマ?坂本竜馬ですか?ああ……私は面識がないのですが、そういえば、確かに彼は土佐藩士でしたね」

 しまった、と斎藤が気付いた時には遅かった。カピウはギリギリと歯を食いしばり、握った手をわなわなと震わせていた。

「やっぱりそうだったんだ。トサが……トサが攻めてくるんだ……リョーマを苦しませて、裏切って、殺した連中が……」

「落ち着いて下さいカピウ君。一体何があったんですか?」

 その答えを聞く前に、ここと土方の執務室を隔てる襖がスパァンと開いた。

「おや」

「テツ……軍服?」

 そこに立っている鉄之助は、軍服を着ていた。斎藤と同じく仕立ての良い詰襟である。

「かっ!カピウに斎藤さんまで!」

 気恥ずかしいのだろうか、顔を赤くする鉄之助であるが、二人は素直に褒めた。

「似合ってるよ!ねえ斎藤ニシパ」

「そうですね、なかなか凛々しいですよ」

「ほぉら、似合ってんじゃねえか」

 続いて部屋から出て来たのは、仏頂面の土方である。

「俺からの褒美だっつってんだろうが。折角仕立ててやったんだ、ありがたく着やがれ。俺なんか榎本さんのお古だぞ」

「う……た、宝物にします」

 どうやらさっきまで騒がしかったのは、鉄之助が軍服を着る着ないの騒ぎだったらしい。新しい服が照れくさくてごねるとは、鉄之助にも随分子供のようなところが残っているようだ。

「照れくさくなどありませんよ市村君。二日も着れば慣れます」

 既に何年も来ていたような馴染み方をしている斎藤に言われて、鉄之助は一応気恥ずかしさを堪えることにしたようだ。

「おや?……士官候補生、なんですね」

 斎藤が目をつけたのは肩章である。飾緒は金モールではなく簡素な紐、肩章にラインも入っていないことから、士官候補生であることが見て取れた。

「まあな。俺は士官にしたかったんだが、大鳥さんに止められた。一応そこからにしてくれとよ。まあ、足軽連中に舐められることが無くなれば、色々と動きやすくなるだろう」

 鉄之助の年齢を考えると、それでも異例の大抜擢と言ってもいい。その活躍は、共和国首脳陣も認めているということだ。

 鉄之助が土方の命令で動く際、稀に現場が鉄之助を舐めて動きが遅くなることもあった。今まではどうにか大ごとにはならなかったが、これからもそうとは限らない。これからの激戦に備え、少しでも円滑に進むようにと、士官に匹敵する仕立ての軍服を、土方が私費で手配したのだ。

「よし鉄、日当たりのいい部屋、一つ空けとけって言ったよな?できてるか?」

「はい、この部屋の隣が空いてます。なにするんですか?」

「写真だ、そろそろ撮影技師が来る」

「しゃ、写真ッ?!」

 この時代、写真は薬品を塗ったガラスを露光させて像を写す、湿板と呼ばれる方式であった。日当たりのいい屋内の場合なら、完全に動きを止めるのは十数秒といったところか。鉄之助の軍服姿残しておきたくて、こちらも土方が個人的に手配した撮影であった。

「はい動かないで、顎を引いて息を止めて下さい。はいそのまま…………結構です」

 椅子に深く腰掛け、脚を開いて斜めに構えた土方は、慣れた様子で撮影を済ませた。

「なんで土方さん慣れてるんですか?」

「俺は建国宣言の時も撮ったからな。ほら、お前らも撮れよ。斎藤、アイヌ部隊は?」

「魂が取られると拒否されました」

「アイヌは興味津々で食いつくと思ったんだが……変なところで迷信深いなあの人ら……くっそ、言うんじゃなかったな」

 斎藤も卒なく撮影を済ませる。土方もそうなのだが、剣術の達人は姿勢を固定させるのが妙に上手い。鍛え上げた体躯の成せる業か、あるいは斬った人間の魂を背負う覚悟でも決めているのか……それは誰にもわからない。

「鉄!お前もだ、俺たちが撮ってお前が撮らないとは言わせんぞ。そうだ、カピウも一緒に入るか?」

 そう言い切るが早いか、既にカピウは鉄之助の襟首をむんずと掴んでいた。

「いいの?ほら鉄、映ろうよ、面白そうだよ?」

「ええ?キムンコルさんが嫌がってたのに、カピウは平気なの?!」

「目の前で見てたから……なんか平気そうじゃない?」

「むぐぐ、都合よく柔軟な態度を」

 追い詰められた鉄之助の顔を見て、土方は笑った。

「迷信深さも個人差があるようだな。どうした鉄?カピウが平気なモンを、お前は怖いのか?」

「ぐぎぎぎッ……わかりましたよ……」

 少々しかめっ面であったが、どうにか鉄之助の軍服姿も撮影に成功した。


 蝦夷に遅い春が来るころ、共和国海軍は窮地に立たされていた。

 かつては効果を上げていた武装商船による後方支援破壊は、軍艦の護衛によって以前のような効果を上げられなくなってきていた。それまで大きな軍艦が入る港は、無理をしてもせいぜい宮古、釜石、気仙沼、石巻程度であったのだが、いまや八戸、大湊、野辺地、三沢や蟹田と無数の港の整備が進められている。もちろん宮古湾の復興も日夜進んでいる。こちらの襲撃を見越した物量を流されては、とても止められない。蝦夷共和国は、真綿で首を締めるようにじわじわと追い込まれているのだ。

「大軍に計略なし……ってやつですか」

 鉄之助が呟いたのは、古代中国の武人の言葉である。

「……俺に言わせりゃあ、計略が成功してるから、大軍を賄えてるんだと思うけどな」

 陸軍もうかうかしていられない。海軍が圧倒されているのに、陸軍だけが都合良く押し返せるなんてことはあり得ないのだから。

 

 陸軍とて指をくわえて見ていた訳では無い。本州の港の破壊工作や陽動を幾度となく画策した。しかし、港の倉庫を一つや二つ焼いたところで焼け石に水である。

 火の鳥を餌にしたロシアやアメリカとの交渉は進めているようだが、グラバー以上の、国としての決定的な支援を取り付けるには至っていない。

「ここまでやっても足りないのか……時の流れが……まだ速すぎる……」

 隠れる場所もなく、資金力の差が如実に出る海戦において、奇策の出番は限られる。宮古湾のような奇跡は、二度も三度も望めない。

 回天や蟠竜、そして数多の武装商戦の決死の抵抗虚しく、蝦夷共和国が新政府軍の蝦夷上陸を許したのはその年の6月頭であった。



※ご注意

この作品は事実とされる出来事を元に大幅な脚色を加えたフィクションです。

おっさんのホラ話と思ってお付き合いください。


次回『第二開陽現る』ご期待ください。

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