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第五章 函館編その2 坂本竜馬は二度死ぬ

今回は以前のキャラが再登場します。ぶっちゃけ函館編は長丁場です、お付き合いください。

 それから数日後。武器弾薬確保の為の交渉と、郊外での調練を視察して戻った土方は、五稜郭の片隅で乗馬訓練している鉄之助を見つけた。泥だらけの様子からして、朝からやっていたのだろう。かなり熱中していたのか、声を掛けるまでこちらに気付かなかった。

「精がでるな、鉄。一息いれよう」

 井戸のそばに腰を下ろし、餅菓子を広げる。

「選べ」

「いいんですか?!いただきます!」

 井戸でのどを潤した鉄之助は、勢いよく豆大福を頬張った。こいつのように美味そうに物を食うのも一つの才能かもしれないな……とその様子を眺めていると、いつの間にか真顔になっている。

「ん?美味くないか?」

「いえ、美味しいですッ……その、聞きたいことが」と切り出してきた。

「どうした?」

「この前の榎本さんの演説、良かったですよね?」

「ああ、良かったんじゃないか。総裁の器ってやつかね、俺には向かない」

「その割には、雰囲気暗くないですか?幹部の皆さん」

「ああ……まあな」

 蝦夷共和国の船出は難航続きであった。

「選挙も、宣言も問題はなかった。状況を考えればこれ以上ないだろう。だが、それは結局内輪の話に過ぎんのだ」

「新政府が何かしたんですか?」

「もっと外、諸外国だ。

 榎本さんは、どうやら蝦夷に上陸する前から、欧米各国に独立国として、あるいは新政府に対する国際法上の交戦団体としての特権の承認を求めていたようだな」

「交戦団体?……ですか?」

 ここからは政治の、しかも国際政治の話になるため、土方にも詳しくは分からない。それでも、自分の知る限りを説明することにした。

「うーんとだな……我らはただの犯罪組織や、政治犯ではなく、目的があって戦を起こした団体ですよ、義がありますよ、と世界的に認めてもらう、くらいの感じだと思え。かなり大雑把だから厳密には知らんぞ、詳しくは榎本さんに聞け。

 で。これを認められれば、諸外国が『蝦夷にいる自国民の救援』という名目で蝦夷共和国と接触しても、新政府はこれに口出しすることが出来ない。紛争地域にいる自国民の救援は各国の権利だからな。非公式に支援を受けられるわけだ。

 更に戦が大規模になった場合、各国は新政府と蝦夷共和国に対して中立国としての権利と義務を負う。これによって蝦夷共和国は各国に公平なる不援助を求める権利が手に入る」

「こ、公平なる……不援助ですか?」

 首をひねる鉄之助である。土方も理解に苦しんだ単語であった。

「簡単に言やあ『この喧嘩は俺たちのもんだ、どいつもこいつも口出しすんな!』って世界的に言えるんだ……本当に大雑把だからな、間違ってるかもだから自分で調べろよ?」

「いえ。とっつきやすいのでお願いします。いいじゃないですか交戦団体、いいことづくめだ」

 ふうむ、と一息。草大福をかじって続きを組み立てる。

「だが……残念ながら、承認されていない。俺にも詳しく分からんのだが、無礼をやらかしたとかなんとか。それが全部じゃないだろうけどな」

「ええ……そこが一番重要じゃないですか」

「だから榎本さんに聞けって言ったんだ。外国とのやりとりなんかわからん」

「じゃあ……自分たちは国際法上は犯罪者集団なんですかッ?」

 鉄之助から陽炎が湧きたつような熱気が生じた。こいつはこのままだと榎本に怒鳴りつけかねない。がっしと鉄之助の頭を掴んて土方は続けた。

「そうじゃない。交戦団体としての特権は認められなかったが、少なくともイギリスとフランスからは〚事実上の政権〛として認められているそうだ」

「……何ですかその奥様かと思ったら祝言あげてないんで内女房ですみたいな言い方」

 極めて雑な鉄之助の言い回しだが、絶妙に的を射たせいか、土方は少し吹き出した。

「雑な奴だなお前は……まあ、いいか。とにかくそういうことだ。諸外国は現状、蝦夷共和国を……と言うか、この戦に自由に介入する余地を残したまま、どっちに肩入れするか様子を見てるのさ」

「我らが負けると思われているのですか?」

「そう見ている国もあるだろう。俺には、いずれ勝ちそうな方に恩を売りたい、そう思っているように見える。大体こんな感じか……うれしくねえだろ?」

 鉄之助は少なくともバカではない。この説明で理解はしたようだが、それは納得にまで至らなかったようだ。

「なんか汚くないですか?諸外国」

「そんなモンなんだろ」

 土方は残りの草大福と一緒に、残りの推測を飲み下した。思うに、諸外国も必死なのだ。何しろ国同士の争いというものは、それを収め、調停する上の存在がいない。最悪の場合どちらかが滅ぶまで激烈化し、共倒れすらあり得る。だからこそ、こうしてなりふり構わない手段に出るのだろう。国際社会まで出張っても、どうやら世間は大概世知辛いらしい。

「甘いのなんか、大福だけだな……ん?」

 奥にある奉行所から見慣れない一団が出てくるのが見えた。どいつもこいつもなにやら奇妙な模様の着物であるが、どこかで見たことがあるような気がした。

「なんだありゃ……芸人か?」

「この一帯のアイヌの代表者たちらしいです。この前の演説が響いたらしく、共和国に協力してくれるみたいですよ。あと、食料も売ってくれたりするらしいです、昆布とか」

「アイヌ……そうか」

 やっと思い出した。懐から取り出したのは、火の鳥の血の入った皮袋であった。遠目に並べて見ると……なるほど、模様が酷似している。

「何ですかそれ?」

「昔知り合いにもらったお守りでな、たしかこれもアイヌ由来だった筈だ。ああ、よく似てらあ、あの娘の模様とよく似て……」

 と、見比べていたところ、その一人が一団から抜けて、こちらに駆けてくる。袋の模様と見比べていた若い娘である。それがとういうわけか、鬼の形相ではないか。

「なんかめちゃくちゃ怒ってませんか?」

「は?嘘だろ、何もしてないぞ」

「――――!!!」

 その娘は口早に何かを怒鳴り、駆けつける勢いそのまま殴りかかってきたではないか。女にしては上背がある、存外重い拳であった。

「うおっ?!」

 全く予想できなかった一撃に尻もちをつく土方だが、娘の怒りは収まらないようで、更に何発も殴ってくる。

「なんだ?なんなんだこの娘は?!」

 アイヌ語で何かをまくし立ているようだが、もちろん何を言っているのかわからない。そのくせ涙を流しているのだから、まったく意味がわからない。あまつさえ短刀を抜き、振りかぶった。

「――――!!!」

「やめろ!」

 流石にそれはシャレにならない。鉄之助が即座に横合いから蹴り飛ばした。そこで他のアイヌ達が駆け寄り、娘を羽交い締めにして抑え込んだ。雰囲気からして『何やってんだお前!』『急にどうした?』『離せ!』『バカなことはやめろ!』のようなやり取りに見える。

「済まない和人のニシパ、娘がいきなりとんでもないことをした」

 どすどすと駆け寄って来たのはひときわ大柄なアイヌであった。拳骨に小さな鼻とギョロ目をつけ、立派なもみあげと髭を伸ばした強面の男だ。

「鉄待て!……いい、大丈夫だ。おおごとにするな」

 まずは人を呼びに行こうとした鉄之助を呼び止めた。貴重な協力者を、いきなり失うわけにはいかない。

「ご心配なく、擦りむいただけだ」

 埃を叩いて立ち上がる。抑え込まれた娘はまだ何か喚いている。

「なんだと言うのですか?……私がなにか無礼を?」

「本当にすみません、私たちも何が何だか。カピウ、いや娘がいきなり走り出して……」

 と、そこで気付いた。おそらく罵倒なのだろう、涙を流しながら凄まじい勢いで浴びせてくるアイヌ語の中に、ギリギリ聞き取れる単語があった。

「娘さんは今……竜馬と言ったように聞こえた。まさかあんたら、坂本竜馬の知り合いか?」

「そうだ!」

 娘―カピウは日本語で怒鳴り返した。

「その革袋!それは私達がリョーマにあげた物だ!なぜお前が持っている!お前が……お前がリョーマを殺したんだろう!よくもリョーマを!リョーマを返せ!」

「早とちりだ、馬鹿野郎。俺じゃねえよ」

 土方は天を見上げた。全く、あの男はこんな地の果てまで来て何をしていたのやら。

「それじゃあ……リョーマはどこ?」

「死んだ……仲間割れらしい」

「仲間割れ?じゃあ、トサの連中に?」

「……よくは知らんが、そうらしいな」

 それを聞いた瞬間、全身の力が抜けたカピウは崩れ落ち、大粒の涙をボロボロこぼし始めた。

「リョーマ……やっぱり死んでたんだ……酷いよ、酷すぎるよ……」

「……なんなんだよ……」

 もう手に負えない状況だ。今すぐ逃げ出したい土方であるが、陸軍奉行並が現地協力者と揉めて逃げ出した、などと噂が広まっては信用に傷がつく。

「取り敢えず……あんた、この娘の親父さんなんだよな?話を聞く、部屋に来てくれ。

 鉄、稽古中悪いがお茶淹れてくれるか」



 アイヌを陸軍府に招いた土方は、敵意がないことを端的に示すため、真っ先に腰の大小を外してみせた。そうして二人以外のアイヌは他の部屋で待たせ、この父娘だけを執務室へ通した。

 鉄之助が茶を淹れて戻ってくると、父親が机に額をこすりつけて謝っていた。

「共和国のお偉い方とは知らず、娘が大変無礼を働いた。これは全て、父である私の責任です。どうとでも裁いていただきたい」

 父はキムンコルと名乗った。ここから少し離れたシリマと呼ばれる地域のアイヌの顔役らしい。強面だがどうやら話の通じる男らしい。鉄之助は、土方が内心安堵したのが分かった。

「……すみませんでした」

 それに従い、カピウとかいう娘もか細い声で頭を下げた。

「……」

 父親はともかく、娘は随分と情緒不安定だ。何をしでかすかわかったものではない。鉄之助は二人の死角から、いつでも刀を抜ける体制で控えた。しかし、土方は手で強くそれを制した。顔には『絶対にやめろよ』と書いてある。

「お二人とも頭を上げてください。怪我もないし、気にする必要はありません。何度も言いますが、おおごとにするのは避けましょう、互いに損だ」

 京都にいたころと比べて、土方の口調は随分柔らかくなっていた。それでも、薄皮一枚の下に刀が光るような迫力はあるのだが。

 土方は二人の前に革袋を置き、彼にしては優しい口調で続けた。

「先に答えておこう。これは坂本が死ぬ半年くらい前、酒の席でもらったものだ。

 娘さん、取敢えずこれで俺の疑いは晴れたかな?」

 竜馬の死を聞いてすっかり落ち込んでしまったカピウは、頷くとか細い声で答えた。

「ニシパは……リョーマの友達?」

「付き合いは短かったが……成り行きで飲みに付き合わされてな。えらく気に入られた」

「教えて欲しい……リョーマのこと……」

 見上げるカピウは、目を真っ赤に腫らしていた。万が一彼らが新政府の回し者だったら……と思っていたが、そんな器用な真似ができるようには思えない。どうやら土方は、話し相手になってやるつもりのようだ。

「それじゃあ……順番に聞こうか。蝦夷に坂本が来ていたのか?」

「では、それは私から話しましょう……」

 キムンコルが、竜馬の蝦夷での足取りを語ってくれた、

 毛皮商人との騒動で知り合ったこと。

 北前船で来たらしいこと。

 奉行所に追われて村に匿ったこと。

「それで……」とカピウがぽつぽつと補足する。

 祖母から火の鳥の不死身の伝説を聞き、その血のお守りを渡したこと。

 火の鳥を探しに火山へ行ったが、竜馬が倒れて帰ってきたこと。

「その後……」とキムンコルが更に続ける。

 竜馬から大量のマスケット銃を買い付け、その訓練をつけてもらったこと。

 しばらく逗留した竜馬と再会の約束をして別れたこと。

「なるほど、そういうことか……」

 この娘にとって、たった一日の竜馬との冒険が、人生で最も美しく、輝かしい思い出の一つだったのだ。だからこそあれだけ取り乱したのだ。

 竜馬が当時のアイヌに大量のマスケット銃を売ったのは……本来なら治安を揺るがす大問題なのだが、今さら蒸し返してもどうにもならないと、土方は聞かないフリをした。

 しかし、全く不明であった火の鳥の血の出どころが分かったのは驚きであった。

「それじゃあ、俺が知る限りの、坂本の話をしよう」

 坂本竜馬は、当時の幕府にとって危険人物の一人だった。そのため、新撰組でもおおまかな動向は――まさか蝦夷にまで行っていたとは知らなかったが――把握していた。討幕だの勤皇だのの話は、彼らにとって然程重要ではないだろうと、思想の話は省いて語った。

 おそらく竜馬は、シリマの砂金を元手に長崎で商売を始めたのだろう。それなりの成功をし、ちょっとした実業家でもあったこと。

 有力な武器商人とつながりを持ち、日本中を飛び歩いていたこと。おそらく土方と出会ったのはその時期だ。京都で竜馬と出会った。市の商いにケチをつける不逞浪士を片付けたことから、飲みに引きずり込まれたこと。

 年齢や境遇、母の死因など、妙なことが似ていたもので、同席した人間が笑っていたこと。

 どういうわけかそこでいたく気に入られ、お守りとしてこの袋と中身、不死身をもたらす火の鳥の血を半分押し付けられたことを。

 どこまでも明るく、妙に広く遠い視野を持った、熱く、楽しい男であったことを。

「リョーマは……タマサイ、腕輪はしてた?」

「腕輪?……ああ、きらきらしたガラスのやつをしてたな、こっちは分けられんと言って……大事にしていた」

 それを聞いてカピウは一粒涙をこぼした。また大騒ぎするのではと土方はぎょっとしたが、カピウは静かに涙を拭い、嗚咽を飲み込むと「教えて下さい……リョーマのこと、もっと……」と続けた。

「いいのか?……これ以上は、あいつの最期の話しになるが……」

「いいから、知りたい……」

 現場にいなかった土方は、後日の検分しか分からないが……と前置きして語った。

 京都にいた坂本は、同郷の人間たちと何かで言い争いをし、決定的な仲間割れをしたらしいこと。

 坂本は剣の達人であったし、拳銃も持っていたが、相手はどうやら十人以上であったらしいこと。

 かなり激しい戦いの末……壮絶な最期を遂げ、京都に葬られたこと。流石に「頭を切られて脳漿が流れ出た」だの「数人からめった刺しにされた」などの余りに残酷な死にざまは伏せた。こんなことを聞けば、カピウの心は打ち砕かれ、この場で倒れてしまうだろう。

「本当は……分かってた……カムイが夢で教えてくれたから」

 カピウはあの夜の夢を信じていた。竜馬が神の国へ送られたのだと――涙を流しながらも、何とか受け入れていた。だが、先日の夢に「もしかしたら」と淡い期待を抱いてしまっていた。恐らくあの夢は、竜馬のことを知る者が現れる知らせだったのだとカピウは解釈した。

 しかし、それで気持ちが晴れる訳ではない。土方の話を聞くことで、カピウは二度も竜馬の死を受け入れねばならなくなったのだから。

「そうかい……戦が終わったら、いつか竜馬の墓参りに行ってやれ。きっと、喜ぶだろうさ」

「はい……ぐぅ、うぅ……くぅぅ……」

 顔を手で覆い、声を押し殺して滂沱の涙を流すカピウに、その場の男たちは何も声をかけてやれなかった。

 カピウの髪にはこの日も、かつて竜馬にもらったカモメの簪が刺さっていた。


 カピウの騒動は、あわやアイヌとの協力関係を決裂させる大事件になりかねなかったのだが、それはどうにか回避した。カピウには気の毒だが、坂本竜馬が死んだ事実を隠しても良くないだろう。土方達にできるのは、これしかなかった。

「そうなんだよ……一応丸く収まったんだ。そうだよな鉄」

「はい、あれ以上は……どうしようもありません」

「じゃあ、なんでこうなってるんだ?」

「知りませんよ……丸く納め過ぎたんじゃないですか?」

 目の前の来客に、土方は天を仰ぎ、鉄之助はげんなりしてしまった。

「二人も食べなよ、和人も鮭は好きでしょ?」

 どういうわけか、あれからちょくちょくカピウが陸軍府に遊びに来るようになってしまったのだ。随分と慣れてきたのか、今日は手土産に干し鮭を持って来る妙な気の回しようであった。

「今年はたくさん採れたから、これは売り物とは別にお土産。二人には迷惑かけちゃったから……」

 根は悪い娘でないらしい。そこがまた対応が難しいところだ。

「気にするな、怒ってないから。悪いがカピウ……俺と鉄は忙しいから……」

「あ、お構いなく。売りに来た食材の搬入の付き添いなんだ、さっき帳簿と照らし合わせて数を確認したから、今運び込んでるんだ。在庫管理ってやつだね。書くもの借りれるとありがたいんだけど、いい?」

 二人にとって都合が悪いのは、カピウがここに来るのも、重要な仕事であることだ。

 アイヌが売ってくれる昆布や貝などの魚介は、五稜郭にとって貴重な食料であった。もちろん榎本も彼らの協力を喜んでいるし、一部のアイヌは戦力になる意志すら見せていると聞いた。この状態で在庫管理までしているカピウに入って来るなとは、益々言えなくなってしまった。

 借りた文机に取り出した帳面を広げ、小さな算盤まで弾き出したカピウは、さらさらと食料在庫を書き込んでいく。存外物覚えが良いらしい。

「カピウ……読み書きできるのか」

 アイヌの娘では極めて珍しい。ああ見えてキムンコルがよほど教育熱心なのだろうか。

「うん……いつか蝦夷の外に出たかったんだ……リョーマを探しに。だから勉強したんだ……無駄になったかと思ったけど、役に立つもんだね」

「そ、そうか」

 ただ感傷的なだけでなく、何が役に立つかを考えられる機転の良さを持っているというのは、見直すべき所であった。

「それにほら、ここには怖い軍人がいっぱいいるでしょ?でも、土方ニシパは意外と優しいし……リョーマのこと、知ってるし……できたら話したいな、って」

 目線を落とすカピウ。図々しいのか湿っぽいのか判断が難しい。特に情に引っ張られる女の話をバッサリ切ると、後で何倍も面倒くさくなる。京都時代、土方が女から学んだ数少ないことであった。

「鉄、どっか連れだして暇潰してこいよ。見た感じ同年代だろ」

 肘でつついて小声でそう言うと、鉄之助は震え上がった。

「嫌ですよあんなおっかない娘、早とちりで刃物出すんですよ?命がいくつあっても足りませんよッ」

 ひそひそ声でやり取りする二人に、カピウは眉を顰める。

「……何?鮭嫌いだった?それとも……迷惑?」

 ここでまた爆発されては堪らない。慌てて二人は干し鮭を手に取り、がしがし齧り始める。

「い、いやいやそんなことはない。うん、美味い。なあ鉄」

「そ、そうですね。えらく硬いけど味はいいですねッ。あ、お茶淹れましょうか!そういえば最近昆布の煮物がやたら美味いなと思ったら、あれもアイヌから買ってたんですね!やっぱり新鮮なんですねえ!」

「そうだよな、やっぱりこの辺の昆布は分厚くて美味いのかもな」

 柄にもなく明るい会話をして見せる二人を見て、カピウは微笑んだ。

「なら、良かった」

 こうして、五稜郭の生活に奇妙な北の花が添えられることとなった。


「こんにちわー。今日は芋団子だよ」

 数日に一度から、二日に一度と頻度が上がり、いつの間にかカピウはほぼ毎日顔を出すようになっていた。地味に毎回手土産を変えてくる気遣いが、いつしか嬉しくなっていた。

「軍人ってのはやっぱりたくさん食べるんだね、周辺の村も漁に大忙しだよ。どうせならヒグマとかシカも食べてみない?あれは体力つくよ?」

 それも遊びに来るだけではなく、しっかり在庫管理の仕事をこなし、その上じわじわと新しい食材の売込みまでかけてくるあたり、なかなかカピウも抜け目がない。

「ヒグマか……ウサギくらいなら食ったことあるが……慣れないとキツそうだな」

「そっか、じゃあシカにしようか。ヒグマより食べやすいから。今度少し持ってくるね。ウサギとかリスも美味しいんだけどね、一匹当たりが少ないから量を取るのが大変なんだよね。

 あ、待って。もしかして和人はシカよりニシンの方が良い?」

「ほう、ニシンが獲れるのか。なら、獣肉よりそっちの方がありがたいな」

 土方はがぜん身を乗り出した。長く京都に住んでいた土方にとって、ニシンと言えばニシン蕎麦であった。関東生まれで濃い味付けの好きな彼にとって、甘辛いニシンは大層口に合ったのだ。

「そう言えば、アイヌはニシンをどう食べるんだ?」

「煮たり焼いたりが多いかな、和人とそんなに変わらないんじゃないかな?干物にもするね。脂が多いところは傷みやすいから先に食べちゃうけど。私は焼いたのに甘辛いタレをつけるのが好きかな」

「ほう、そりゃあ美味そうだ」

 土方の反応を見て、カピウは帳面にニシンを書き加えた。

「わかった。手配しとくから、何日かしたら入るよ」

「楽しみにしておこう」

「よし、こんなところかな。ほらほら、芋団子食べなよ。土方ニシパ甘いの好きでしょ?今日のは甘いタレだよ」

 カピウの仕事がひと段落したところで鉄之助がお茶を出す。それがいつしか、三人の憩いの時間になっていた。

「あ、テツ気が利くね。このタレは渋いお茶が合うんだ」

「カピウの土産は結構味が濃いからね、渋い方が良いかと思って」

「うん、冬はどうしても保存食が多いからね。やっぱり味が濃くなる」

「なるほど、そこは内地と大して変わらんな」

 芋団子を齧る。口に広がる素朴な甘さを噛み締めていると、カピウは鉄之助に次々と芋団子を食わせていた。

感想お待ちしております。

※ご注意

この作品はフィクションです。事実とされる出来事をもとに大幅な脚色をくわえたフィクションです。ご了承ください。

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