遺言
物語は奇妙な1通の封筒から始まる。
♢ ♢ ♢
今日は祖父の命日である。そして今日、遺体のない葬儀が終わった。祖父は7年前の今日、突如行方不明となった。
行方不明となってから7年が経ち失踪宣告され法的に死亡したことが認められた。
告別式が終わり、自宅に戻り、骨壷のない祖父の仏壇に線香を立て手を合わせる。
「和人、あなたに郵便よ」
玄関の扉が開くと同時に母親の声がリビングまで届いた。
怪訝そうな顔をした母親が「変な郵便ね。 はい、あなたへよ」と言いながら黄十字の特徴的なマークが入った茶封筒を手渡して来た。僅かに底の方に重みを感じる。
消印もなければ切手も貼られておらず、差出人の名前すらない謎の封筒。
だが、封筒の表面には『和人へ』と確かに俺の名前が書かれていた。
普通であればこんな正体不明の封筒など誰も信じないだろう。しかし俺はこれを信じた。
封筒の表面に書かれた特徴的な黄十字のマーク。
これは祖父が俺にお菓子やお小遣いをくれる時にいつも使っていたマークだからだ。
祖父は必ず封筒にカラーペンでこのマークを書いてから俺を渡していた。
何度か祖父に「このマークに何か意味があるの?」と理由を聞いたことがあるが、祖父は「いつかわかる」とだけ言い。その理由を教えてくれなかった。
ご丁寧に今じゃ使う人はほとんどいなくなった赤い封蝋が押され、密封されている封筒を開封すると中には、三つ折りにされた紙と、鍵が一本入っていた。
紙には知らない住所が書かれていた。
だがこの大岡経済都市という名前は聞き覚えがある。
ここから電車で1時間ほどの距離にある国内最大の経済都市だ。
♢ ♢ ♢
翌朝早朝、俺は朝食を作っていた母親に一言、「出掛けてくる」と言い残し貯金箱に入っていた有り金全てを財布に押し込み、ICカードと充電満タンのスマホ、昨日の封筒を持ち、通学用のリュックを背負い家を出た。
♢ ♢ ♢
早朝の電車ということもあり、ロングシートに寝転がれるほど乗客の数は少ない。
目的地である大岡経済都市駅は昔、帰省の時、祖父の家に行くために来たことがある。
祖父の家は駅から徒歩6分ほどの好立地に建てれた平屋だ。
その昔、祖父が子供の頃は駅の名前も大岡駅と言い、田んぼが広がる田園地帯だったそうだ。
祖父は米農家であり見える範囲ほとんど全ての田んぼを所有していた。
だが50年ほど前に近くを流れる豊流川が氾濫し祖父の田んぼは水に浸かり米農家としての再起は諦めざる負えない状況となった。
これだけ広大な土地だ。収入が無くなれば税金を払うことはできず、先祖代々付け継いできた土地の大半を友人に売却したと言っていた。
その友人は大手商社の重役であり、祖父から買い取った土地を開発し大岡経済都市を造り国内最大の経済都市へと成長させた。
♢ ♢ ♢
電車から降り、スマホ片手に書かれた住所を頼りに歩き回っていると高層ビルの隙間にポツンと取り残されたような平屋の家を見つけた。
スマホに表示された住所と紙に書かれた住所が一致する。記憶の中にあった祖父の家と同じだ。
呼び鈴を鳴らしてみるが反応はない。もう一回鳴らしてみるがやはり反応はない。
仕方なくドアノブを回すが鍵が掛かっているのか開かず、封筒に同封されていた鍵を鍵穴に差し回すとガチャリという重い音がした。
祖父の家は玄関の扉を開くとすぐにリビングに繋がる特殊な作りをしている。これは昔事故に遭い、足が不自由だった祖父が使いやすいようにと設計された家だからだ。
リビングには長方形のテーブルと椅子が2脚、少し離れた位置にソファーとテレビが歩いたってシンプルなリビング。
その長方形のテーブルの上にまたも「和人へ」と書かれた黄十字のマークが入った封筒が置かれていた。
その封筒を手に取り細工がないかを確認するがそのような痕跡はない。
この先につながるような手がかりはこれしかなく。仕方なく、封筒を開けた。
中身を確認するとまた、三つ折りにされた紙が入れられていた。それを取り出し開くとチラシを切り抜いたと思われる「二階へ上がれ」という文字が糊付けされていた。
祖父の家に二階などない。そう思った直後、天井からギィぃーという音が響き、白い天井に2本の直線が出来、二階に繋がる階段が降りて来る。
俺は何かに押されるようにその階段を登った。
♢ ♢ ♢
二階に上がると白いスクリーンの前に祖父が立っていた。否。立ってるのではない。本物と見間違うほど精巧な祖父の姿がスクリーンに投影されている。
「じいちゃん!」
俺が声をかけるとと映像の祖父がニコリと微笑む。
『声をかけてくれたのか、嬉しいぞ。ワシは。だが和人、お前の声はワシの耳には届いておらん。もちろんワシの目にはお前の姿は見えない。何故ならお前も薄々気づいている通り、これは録画された映像だからな』
『今、この映像をお前が見てると言うことは、ワシが送った封筒は届いたようだな、なんで、ワシはお前をここに呼んだのか理由は簡単だ。この大岡経済都市の全ての権利をお前にやるためだ』
「なんで?」
『はぁ、大層な遺言だな』
『オカイチは喋るな。すまんな、今の声はワシの友人のオカイチだ。この都市を発展させた男だ』
映像の祖父はカメラの後ろに回り込み、その友人オカイチをカメラの前に引き摺り出した。
『和人くん、君の祖父の友人の岡本喜一だ。略してオカイチ、捻りも何にもない、あだ名だ』
『和人、録画じゃ、何が何だかわからないだろう。今そっちにオカイチが向かった。あとは彼から聞いてくれ』
『また面倒なことを、押し付けやがって……』
その直後、録画が止まり、また最初から流れ出した。
それとほぼとか同じくして、誰かが階段を登って来た。逆光に目が慣れるとそこに居たのは先ほどの映像の人が老けたらこうなりそうな見た目の老人だった。
杖をついた老人はゆっくりと階段を上がってくると、胸ポケットにしまってあった名刺入れを取り出した。
「君の祖父の友人のオカイチ。岡本喜一だ」
これは私の名刺だ。と言い名刺を震える手で渡す。
その名刺には大岡経済都市共同知事 大岡喜一と書かれていた。その隣には祖父が使っていた黄十字のマークと「共に暮らし、共に働く社会へ」と言う県のスローガンが載せられていた。
「この黄十字……」
「あぁ、それか、若い時の嫌な思い出だ。若い時はみんなこう言う秘密結社のマークに憧れるもんさ」
俺の呟きに岡本喜一は思い出したくない思い出を思い出した時のような苦い表情を見せた。
だがその表情はすぐに消え去り、真剣な眼差しへと変わった。
「君の祖父と共に、この経済都市の知事をしている。まぁ、今日、法的に死亡が認定されたがな。何が何だか理解出来てないだろ。それは私も同じだ、7年前、大層な遺言を残し突如、行方不明となったんだからな。だが、君の祖父は生きている。いや、あれを生きているとは言えないな、突然のことで、済まないが私について来てくれ。もちろん車に乗せるつもりはない。徒歩でも構わない」
岡本喜一はそう言うと俺の返答も聞かずに階段を降りて行った。
♢ ♢ ♢
老人に無理をさせるわけにもいかず、俺は岡本喜一が乗って来たと思われる黄十字のマークが貼られた黒い車に乗り込んだ。
そして高層ビルに車ごと侵入し地下に向かう。
運転手が岡本が座っている方のドアを開けた。
「ありがとう。君はここで待っててくれ」
♢ ♢ ♢
岡本喜一に案内された先には電源の入ったパソコンが置かれていた。
その画面に祖父の顔が映し出されていた。
「久しぶりだな和人」
祖父の声をした何かが声を発した。