女神のほほえみ
女神視点のお話。
営業スマイルも疲れるぜ。
彼女にだましたつもりはなく、
どうせ話を聞かない相手に色々説明するのが面倒なのだ。
天に向かって叫ぶ声が聞こえた。
それが誰のものか。女神エルトゥーシャはわざわざ水晶を覗いたりしなくても知覚できる。彼女は文字通りの全知全能神である。
女神を呪うその声を尻目に、お茶の香りを楽しんでいた彼女はそっとティーカップを置いた。
「何か言っていますねぇ……」
その微笑みが、およそ女神とは思えないほど歪んでいく。
「質より量とは思っていますけど、それにしても最近多いですね。『俺の世界!』とか言いながら喜んで転生してくる人間」
命の総数は決まっている。
世界に100の命しか同時に存在できないとして、地球に60の命が存在していたら、こちらの世界には40の命しか存在できないことになる。エルトゥーシャの世界は、存在する命が地球と比べて圧倒的に少なかった。
自分の世界を豊かにするには、命を増やすのが近道。しかし命を増やすには他の世界から運んでくるしかない。
だが、世界から世界を越えることは非常に難しい。大抵が世界の壁を越えられずに死ぬ。そして死んだ魂は基本的に元いた世界の輪廻の輪へ戻っていくから、無理やり攫っても意味がないのだ。
そこでエルトゥーシャは、死んだ命の転生先を自分の世界へ誘導することを思いついた。人間が世界を越えることは難しいが、体を持たない魂なら別の話である。更に魂に自らの意思で世界の転生を選ばせれば、その魂が死んでも、辿り着く輪廻の輪はこちらの世界のものだ。
はじめはなかなかうまくいかなかったが、ある時から、妙にうまくいくようになった。口をそろえて、喜んで転生したいと言う。
そんな彼らが総じて口にするのが「チートスキルをくれ」「異世界無双ができる!」といったもの。そして。
『俺の世界!』
自分が主人公だと、勘違いして喜ぶ彼らが口々に言うセリフ。
それを聞くたびに、エルトゥーシャは笑顔を作る努力をしなければならなかった。そうでもしないと、口の端が歪んでしまう。
「私の世界だっつーの」
エルトゥーシャという名の世界。その世界を見守る女神エルトゥーシャ。
見聞きしようとせずとも、この世界で起こったことは全て把握している。
世界が彼女のものじゃなくて、誰のものだというのだろう?
試みを始めたばかりの頃に転生させていた人間には、元いた世界とエルトゥーシャの世界の違いから、身体能力の強化が必要であることを説明していた。彼らは納得して転生していき、不慣れな世界で堅実に生きていた。
しかし勘違いして能力をせがむ人間が現れてからは、女神からの特別なギフトだということにした。
彼らは喜んで転生していき、現実を思い知って女神に悪態をつく。
「なんで楽して生きられると思ったのか知りませんけど……そんなわけないでしょう。あんた達にギフトをくれてやるくらいなら、元からこの世界に生まれた人達にギフトを渡しているわ」
そんな人間が増えてきてから、転生してきた人間への感謝は薄れた。むしろ、彼らが苦しんでいるのを見るとざまあみろという気持ちさえ生まれる。
エルトゥーシャの世界が、彼らが元居た世界より「劣っている」と思い込んでいることも気に食わなかった。
命の総数が少ないのだから、文明の発展が遅いのも当たり前のこと。仕方ないことだが、彼らはそんな事情知らないはずなのに、転生する前から「異世界の文明水準は低いから、現代の知識で無双できる」と思い込んでいる。実際にそういった技術を持って実現してくれる人材なら歓迎だが、いまだにそんな人間は現れない。「こういうものがあると便利」と言うだけで、実現する能力がない奴しかいない。
「まぁ頭数にはなるからいいですけど」
エルトゥーシャはお茶請けとして出していたクッキーに手を伸ばした。ほろほろと口の中で溶けるクッキーが、今のエルトゥーシャのブームである。
彼らの苦しみも、今生限りだ。凡庸に生まれ育ち、次に転生したら、自分が転生者だということは忘れている。本当に、凡人になる。
「666回。転生を繰り返したら、この世界を離れるチャンスが訪れるかもしれませんよ。頑張ってくださいね」
まぁ、覚えていないでしょうけど。
エルトゥーシャは美しく微笑んだ。
女神のほほえみ。
転生した人間の苦しむ様子を見ていて思わずこぼれた、女神のほほえみである。
世界の命とかなんかややこしい話が出てきましたが、要は女神は女神で自分の世界を繫栄させるために頑張っているということです。
最初は新入社員のように四角四面に一から十まで全て説明して頑張っていたけど、年月が経つにつれてスレていった。
人間が苦しむのを見て喜ぶ邪神とかではないです。
この話は女神が「何が俺の世界だ私の世界だバーカ」というところが書きたくて書きました。