異世界転生、その末路
※このお話は、主人公の好感度を下げるために
「ぼくがかんがえたさいきょうのくず」を意識して
作成しているので、読んでいて不快になったり苛ついたりするかもしれません。
読了後の誹謗・中傷は受け付けませんので、不安が残る方は読まないことをお勧めします。
御手洗 太郎、二十六歳。
ベッドに転がってスマホで電子書籍を読むのが俺の日課だ。
スマホをスワイプして、次のページへ。
『待ってください、勇者様♡』
『ちょっと、近いわよ! 勇者の隣はアタシが歩くのよ!』
『あはは……みんな、喧嘩はやめてよ』
『大変! 勇者様!』
『どうしたマリン!?』
主人公の勇者が驚いて振り向いたところで、一話が終わる。続きを読むならポイントが必要だという案内にイエスをタップする。
『ポイントが足りません』
チャージを確認すると、ポイントは一桁しか残っていなかった。
「……めんどくさ」
俺はため息を吐いて立ち上がり、財布とスマホをもって家を出た。
俺は御手洗太郎、二十六歳。
大学を留年しながらなんとか卒業し、やりたい仕事がなかったから就職しないまま卒業。
二年間は親も何も言わなかったが、さすがに働けと言われてアルバイトを始めた。でもいまいち俺向きの仕事じゃなかったから半年で辞めた。
今は形ばかり就活をしながら、親のすねをかじっている状態だ。食費を払ったりはしていないが、小遣いは自分のバイト代と、ゲームやDVDを売って工面している。それもそろそろ心もとなくなってきたが。
「あーめんどくせー」
もう家の外だというのに、思わず声に出てしまった。
あらゆることが面倒だ。働くことはもちろん、課金の為にコンビニへ向かっていることも面倒だ。
仕方ないから向かっているが、うちからコンビニまでは歩いて十五分はかかる。そのうえ途中、信号が二つもあるからかなり面倒なのだ。
案の定、信号で捕まってしまった。ここの歩行者信号は赤の時間が長い。
この待ち時間すら煩わしく、スマホを開いて、先程読んでいた電子コミックを起動する。
『異世界転生したら最強無敵の勇者でした!』というタイトルのこの漫画は、現代で事故死した主人公が、転生したら異世界の勇者だったという、今ではありふれた設定の漫画だ。
イケメンに生まれ変わった勇者は神様にチートスキルをばかばか与えられているせいで努力もせずに馬鹿みたいに強く、旅の途中で仲間になるのはタイプの違う美少女ばかり……とこれまたご都合としかいえない展開である。
「いいよな、俺も異世界転生したいよ」
そうしたらこんなつまらない人生におさらばして、無双してモテて……楽しく暮らせるのに。
そもそも、主人公は何の苦労もせずにチートスキルを手に入れてイケメンになって……女の子にモテてって、ずるいだろ。
こんな奴がただ冒険してるところ見てても何も楽しくねぇよ。俺はこいつがコケるところが見たくて課金するんだ。
「つーか最強無敵ならさっさと魔王倒せよ」
ぼやいたところで信号が青に変わった。さっさと渡って、次の信号では引っかからないようにする。
でも、その時。
「は?」
左側からものすごい衝撃を受けて、俺は意識を失った。
「……すか?」
誰かの声が聞こえる。
「……聞こえますか?」
女だ。でも母親じゃない。誰だ?
「私の声が聞こえますか?」
がばりと体を起こすと、目が合った。
金髪に、青い瞳。露出の高いファンタジー衣装にナイスバディな女。
「あんた……」
「お目覚めですか?」
「誰?」
「私は女神、エルトゥーシャ。あなたから見れば、異世界の女神です」
「異世界……?」
「はい」
顔がにやけているのが自分でも分かった。
異世界。異世界!
「俺を! 異世界に転生させてくれ!」
しがみつく勢いで立ち上がると、女神は目を丸くしながらもふわりと俺を避けた。体重を感じさせない動きだ。
「そのつもりでお話に来たのです。死した魂が見えたものですから、ぜひ私の世界へ転生してほしくて」
「……き」
「はい?」
「きたああああああああああ!!」
俺は堪らず、ガッツポーズで叫んでいた。
だって、これが興奮せずにいられるか!?
夢にまで見た異世界転生! それが叶うなんて!
転生するということは、あの世界での俺は死んだということだが、それはどうでもいい。あんな苦しい世界で生きていくなんて馬鹿馬鹿しい。
俺は、異世界で楽しく暮らすんだ。
学校に行かなくてもいい、就活もしなくていい。冒険して無双して、それで金を稼げる夢のような生活!
「俺の世界、俺の本当の世界! これを待っていたんだよ!」
「……何だかお喜びいただけているようで何よりです。それでは、手続きに入りましょうか」
女神はにこりと微笑んで、両手を広げた。空中にゲームのステータス画面のようなものが展開されたが、俺には読めない不思議な文字だった。
それよりも、転生する世界がゲームのような世界観なのだと確信してわくわくした。
「スキル! スキルくれるんだろ!?」
「スキル……という概念はありませんが、異世界からの転生者には私からギフトをプレゼントしています」
「何だ、スキルないのかよ。魔法は? あるの?」
「存在します。ですが残念ながら、この世界の魂ではないあなたには、まだ魔力が宿りません」
「はぁ!? 何だよそれ!」
魔法があるのに使えない!? 何だそれは。どんなバグだ。
「この世界での生を全うし、転生を繰り返すうちに魂が馴染んで、魔力が宿るようになると思いますが……最初の生では辛抱していただくしか」
女神の説明を受けても、納得いかなかった。だが何度聞いても、女神は世界のシステムは自分でもどうしようもできない、と自分が無能であることを繰り返すばかりだった。使えない女神だな。顔と胸しか取り柄がないようだ。
「最悪。……でも、生まれて自殺してを繰り返せば魔法使えるようになって生まれるの?」
「自殺は生を全うしたとは言えません。あくまでも、寿命を使い切るということが必要になります」
「ほんとに最悪。じゃあ、でもまぁ、それなら女神のギフトってやつ? 一番強いのちょうだい。最弱だと思ったら実は最強でしたとかじゃない、誰が見てもチートなやつ!」
スキルがない異世界、しかも魔法があるのに使えないということに若干テンションが下がったが、まぁいい。ゲームみたいな世界観だから、ファンタジー要素はたっぷりだろう。
女神はこてんと首を傾げる。
「……そうですね。では、身体能力を底上げしましょう」
「おっ、いいねぇ」
魔法が使えなくても身体能力最強で無双……どこかにそういう話もあった気がする。そういうのも面白いかも。
「体も頑丈にしておきましょう。不死とは言いませんが、ちょっとやそっとじゃ死なないように」
「いいねいいね!」
身体能力最強で防御力チート。魔法が使えないのにどんなモンスターと戦っても無傷で帰還……とか、いいな。
こう考えると、魔法が使えないのも面白いかも。
まぁ、使えるようになったら魔法でチート無双決定だが。
女神がステータス画面のようなものに色々書き込んでいる。やがて、その画面が全て閉じられた。
「――お待たせしました。転生の準備が完了しましたので、早速転生しましょうか」
「待ってました!」
「転生したら、現在の記憶……転生後は前世の記憶ですね。それが残るかもしれませんが、私との意思疎通は不可能になります」
「はいはい」
「それから……」
「はいはい、いいから。分かってるから。さっさと転生させて。俺の世界が、俺を待ってるんだからさ」
女神の面倒な話を最後まで聞くつもりはない。
生まれ変わったら一般人と変わらないと言いたいのかもしれないが、そんなことはない。現代の知識を持って、身体能力最強で転生する俺が、主人公が一般人なわけないのだから。
俺がひらひら手を振って先を遮ると、女神は困った顔をしながらため息を吐いた。
「全く、仕方ないですね。分かりました。それでは転生者、異世界エルトゥーシャへようこそ」
「よっしゃ! 待ってろよ、俺の世界!」
拳を握って掲げるのと同時に、俺の体は光に包まれた。
いよいよ、俺は異世界の人間になるんだ。ファンタジー世界で冒険して、チートで無双して英雄になる。
期待を胸に抱いて、俺は光に身を委ねた。
――二十六年後。
地球で御手洗 太郎として生を終えたのと同じだけの時間を、異世界で過ごした。
俺は……俺は、元の世界へ戻りたかった。
「帰りたい」
二十六年前、俺は異世界エルトゥーシャへ転生した。
異世界転生と言ったら無条件で貴族の家へ生まれるものだと思ったけど……俺が生まれたのはごく普通の、平民の夫婦の家だった。食うには困らないが裕福でもない、中途半端な家庭。
俺はそれが大層気に食わず、何度も家出して、貴族の家に拾われようと躍起になった。わざと貴族の馬車の前に飛び出してみたり、屋敷の前で行き倒れようとしてみたり。
しかしこういった企みは一つもうまくいかなかった。無視されるか、滅茶苦茶に怒られるか……気が付けば、俺は問題児として有名になっていた。
俺の両親は、貴族に拾われたがる俺に謝ったりすることはなかったが、叱ったりすることもなかった。ため息を吐いて、不憫そうに俺を見る。元の世界の両親が、働かずに一日中家にいる俺を見る目と似ている気がした。
生まれがどうしようもできないなら、女神のギフトで身体能力を底上げされた力を発揮して、モンスターとか相手に無双すれば英雄になって楽して有名になり、金持ちになれると思ったけど……これが大きな間違いだった。
女神のギフト、身体能力の底上げは、この世界の基準に沿うために必要な、最低限の準備のようなものだった。
この世界に生きている魂は、身体能力も魔力も最初から馬鹿みたいに高い。前世ではオリンピックに出場していた選手が出すような速度や膂力を、みんなが当たり前に持っている。
女神によって身体能力を強化された俺と、ただこの世界で平凡に暮らしている農民が、ほとんど変わらない能力を有しているのだ。魔力があるから、あっちが上と言ってもいい。
この世界では、誰もが当たり前に身体能力が発達しているのだ。異世界から転生してきた俺はその時点でハンデを背負っており、女神のギフトはハンデを帳消ししてくれたに過ぎない。
つまり、俺はごく普通の一般人でしかないということだ。しかも魔法が使えない。
チートも無双も、何もない。
それに気付いた俺は、絶望した。
平民は学校に行かないから、家の手伝いをして一日働く。大人になっても同じことの繰り返し。
都会に行きたい、学校に行きたいと言っても、金がないの一言で切られる。この世界で、教育は平等ではないのだ。
ならばモンスター討伐をして名を上げようと考えて村の自警団に入れてもらったが、平和な村にモンスターは滅多に現れない。それでも一度だけ村の近くに現れたモンスターを追い払うのに同行したが、モンスターにぶつかられただけでものすごく痛かった。怪我こそしなかったが、足がなくなっていてもおかしくなかったのにと言われてぞっとした。
村人は俺の頑丈さに驚いて、肉盾、囮として使えるかもなんて囁いているのを聞いてしまい、しばらく逃げ隠れした。
元の世界の知識を活かして革命だと騒がれたり、発明をして有名になったりと考えたこともあったが、俺の中途半端な知識では何も実現できなかった。政治も非難はしても実際は税金の全ての使い道を知っていたわけでもないし、冷蔵庫などの便利な道具も、電気で動いていることは知っていても、どうやって冷却と排熱を実現していたのか分からない。
俺がやりたかったことは、何一つ実現できなかった。チートも最強も、無双も有名になることすら。
不貞腐れてゲームをしたくても、この世界にはゲームも漫画もない。貴族でもない限り娯楽を嗜む余裕はなく、働かなければ食べさせてもらえない。
虐待だと言っても通用しなかった。この世界では、子供が学校に行かず家の為に働くのは当たり前のことなのだ。働かない俺がおかしくて、働けと叱る両親が正しい。おかしいだろ。
「ちくしょう……帰りたい……」
俺が悪いのか。
いや、女神だ。あいつが大事なことを伏せて、俺を騙して転生させたんだ。
楽しいはずの異世界転生が、どうして元の世界にいた頃よりつまらなくて苦しいんだ。
「女神! おい! 聞こえてるんだろ!?」
空に向かって、あらん限りの声を張り上げる。
転生した後は、意思疎通できないと聞いたけど、そんなの知るか。要は、俺から話しかけることができないだけで、あっちは俺の声が聞こえているはずだ。曲がりなりにも女神を名乗っているのだから。
「こんなの詐欺だろ! もっとちゃんとしたチートをよこせ! 誰にも負けない、最強チート!」
唾を飛ばして叫ぶ。こんなの、約束が違う。
「俺の世界で、何でこんな思いをしてるんだ! 早く無双させろ! それができないなら……帰してくれ」
最後の方は、尻すぼみになっていた。絶対に言いたくなかった言葉だ。
元の世界への未練はない。そう思っていた。なのに、こんなに懐かしい。
両親の顔は、まだはっきりと思い出せる。うだつの上がらない俺に、「焦らなくていい」と言ってくれた。
たくさんダウンロードしたゲームは、どうなっただろう。最後に読んでいた、あの漫画の続きは。
「こんな……こんなはずじゃなかったんだ」
努力しなくても楽して強くなって、世界最強になるはずだったのに、どうしてこんな惨めな思いをしているんだ。
魔法を使えるようになるには寿命を全うすることを繰り返さなければならない。自ら死を選んでも意味がないし、そもそも怖くてできない。
俺は天に向かって咆哮し、大声で泣くことしかできなかった。
異世界転生→よっしゃ!
みたいな奴に痛い目を見せたくて、こんな話を書いてしまいました。
個人的には異世界ものって好きなのですが、転生よりも転移ものが好きなんですよね。
ちなみに私が考えるこいつのむかつきポイントは、「礼儀がなっていない」ことと
「自己中心的」なことです。
働かないのも、夢を見るのもいいのよ。でも人としての礼節と思いやりは必要でしょ。