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第8話 下っ端冒険者 

 村の冬越えのための資金調達は、俺にとってそれほど重要な案件ではなかった。

 もちろん、村の女が娼館に売られてしまえば良い、ということではない。

 ハクア大森林で手に入れた魔物素材や、アギオンがため込んでいたお宝を売ってしまえば簡単に片がつくと思っていたからだ。


 しかし、物事はそう上手くはいかなかった。


 アギオンがため込んでいたお宝は相場がわからないから後に回して、まずは手っ取り早く魔物素材を売ろうと思ったのだが、そうは問屋ならぬ冒険者ギルドが許さなかった。


 魔物の素材の売り買いは冒険者ギルドが一手に担っているのだが、素材を売るためにはまず冒険者登録しなければならないらしい。売主の身元を確認するためとかで。

 凄く面倒臭かったが、しかたないので冒険者登録をした、凄く面倒臭かったが。


 これで晴れて素材を売って、うはうは~――とはいかなかった。


 ハクア大森林に生息する固有種の素材を売ろうとしたのが悪かったのか。

 どこにでもいる魔物の素材だからとやたらに大漁に売ろうとしたのが悪かったのか。


 滅茶苦茶、怪しまれた。


 もう盗人を見る目で「これはどこで手に入れた?」だの、「これはどんな魔物のどこの素材だ?」だのと根掘り葉掘り聞かれて、挙げ句に「本物かどうか鑑定に回す」と言われて、素材だけ没収されてしまった。鑑定結果が待つまで一ヶ月以上待たないとダメらしい。


 腹が立ったが「郷に入っては郷に従え」だ。

 鑑定結果を待つまでの間、せっかく登録したのだから冒険者をやろうと思った。


 素材を没収された帰り足で依頼板に向かい、自分の等級に見合う依頼を探す。


 俺は村人なので最初は《鴉》等級からだった。

 ちなみに等級は《雀》《鴉》《梟》《鳶》《鷹》《鷲》の六等級。ジョブが「奴隷」だと《雀》級からで、「戦士」や「魔法使い」などは《梟》級から始まるらしい。

 村人の《烏》が良いのか悪いのかはわからないが、仕事終わりの冒険者から揶揄されたり、受付嬢の冷たい反応を見る限り、かなり冷遇されているのではなかろうか。

 幸か不幸か、《鴉》等級の依頼はたくさんあった。


『路地裏の掃除』

『薬草の採取』

『下水道の害獣退治』


 うむ、見事なまでに「きつい、汚い」仕事ばかり。そのうえ、依頼料は最低限。

 危険がないだけで、ただの下男の下働と大差ない。

 ゴブリン退治ならいくらでもできるが、生憎とゴブリン退治は《梟》級から。

 ……さて、どうすべきか。

 素材を売ったお金で村の冬支度ができれば良いが、足りなかったら事だ。

 それに「煤闇の世界」を充実させるためにも、あといくつか便利な施設が欲しいし、軍勢を強化するためにも武具を揃えたい。稼げるなら、いくらでも稼いでおくべきだろう。


 ありったけの《鴉》級の依頼をボードから引き千切り、受付に持っていく。


「これを受けたい」


「こんなにたくさん……大丈夫ですか? 期日まで終わらないと罰金ですよ?」


「構わない」


「罰金で破産しても知らないですからね!」


 ぺたん、ぺたん、と依頼書に「受領済み」のデカ判子を押していく。


「ありがとう」


 依頼書の束を受け取り、冒険者ギルドを出る。

 次に向かったのは、人気のない路地だ。


「チェルシー」


「あによ?」


 影からチェルシーが飛び出し、俺の肩に止まった。


「オーク5体編成を10部隊用意しろ。ゴブリンとコボルトも同じ数でよろしく」


「街でも襲うの?」


「馬鹿、――逆だ」



 一週間後。

 朝、いつものように冒険者ギルドに向かう。


「おう、おつかれさん!」


 冒険者ギルドの扉を抜けると、開口一番でそう挨拶された。

 見れば、一週間前に「村人は雑務がお似合いだ!」と俺を揶揄した冒険者だった。


「おつかれさん」


 社交辞令でそう返し、いつものようにボードに向かう。


「あっ、アシェルさん、こっちです!」


 受付嬢に手招きされ、ボードを素通りしてカウンターに進む。


「アシェルさんご指名の依頼を集めておきました!」


 一週間前は「けっ!」とか言って、俺を親の敵みたいに嫌っていたのに、今やその顔に嫌味のひとつもない。すっかり毒気を抜かれた、屈託のない笑顔があった。


「ありがとう」


 受付嬢から依頼書を受け取る。

 うむ、ちらりと見ただけでもやっぱり「清掃」と「駆除」の依頼が多いな。


「アシェルさんのおかげですっかり街はピカピカです。ネズミなんてしばらく見ていませんし、これだけの依頼を完全にこなすなんていったいどんな魔法を使ってるんです?」


「ああ、頼りになる仲間がいるんでな」


「尊敬です! 誰もやりたがらない依頼を率先して受けるだけじゃなくて、求められた以上の成果で応えるなんて、なかなかできることじゃありませんよ!」


「そんなに大したことじゃない」


 ちょちょいと命令するだけだしな。


「それよりもそろそろもっと上の等級の依頼を受けたいんだが?」


「功績は十分なのですぐに昇級できると思いますので上に掛け合ってみます」


「よろしく頼む」


 冒険者ギルドを出て裏路地に進む。

 人がいない、来ないことをイービルアイに見晴らせて、と。


「……《門:召喚》!」


 煤闇の世界への門を開き、さっさと中に踏み入る。

 依頼を受けたが、活動時間は深夜であるためそれまで時間つぶしだ。

 とはいえ、ただのんびりだらだらするわけじゃない。

 今日の予定は、確か……そうそう、探索だ。

 安全ヘルメットにツルハシという格好のゴブリンが俺を出迎えてくれた。

 ゴブリンに先導されて進むと、ヴィオラ島の末端に辿り着く。

 一歩踏み出せば空の彼方に落ちかねない断崖絶壁の先には、極太の鎖に繋がれたまだ名もなき浮遊島が気流に揺られてあった。

 名もなき浮遊島は先日、ヴィオラ島の真横を通り過ぎようとしたところを特大の錨を撃ち込み、係留されたものだった。

 今日はあの浮遊島を探索して生息する動植物や鉱物資源を調査する予定だ。



 深夜。

 門を通り抜け、元の世界に帰る。


「ふぅ~」


 なかなか充実した1日だった。

 調査した浮遊島は、浮遊島そのものが鉱物資源の塊であったため、ヴィオラ島に係留したまま、のちのち有効利用することになった。

 というのも、俺の軍勢には鍛冶仕事できる人材がいないためだ。

 軍勢の強化のためにも金属製の防具は欲しいので、いつかは人材を確保しなければならないが、とりあえずは今できることをする。


「状況は?」


「いつでもいけるわ」


 チェルシーが答え、俺の周りをくるりと回ってから頭に腰掛けた。

 場所は、裏路地にある、ちょと広めの空き地。

 居並ぶのは、人にあらざる偉業の影――オークやゴブリン、コボルトたち(正確には、コボルト・イェーガーだが)。その数、5体編成25小隊――総勢100体ちょうど。


「では、任務を割り振るぞ。オーク第一小隊は第2区画の裏路地の清掃。ゴブリン第一小隊は第3区画地下の排水溝掃除。コボルト第一小隊はメノウ花の採集――」


 次々と依頼書の仕事を割り振る。

 豚がそうであるように意外と綺麗好きなオークには清掃業部全般。

 不衛生な環境をものともしないゴブリンには下水道の害獣害虫の駆除

 鼻と手が使えるコボルトには妖精同伴のもと、採集全般。


「では、諸君の健闘を祈る! 解散!」


「人に見つからないようにね~、見つかりそうにあったらすぐに逃げるんだよ~!」


 チェルシーが拡声器で注意を促す。

 深夜という時間に加え、仕事中は周囲をイービルアイで見晴らせているため、万が一にも見つかることはないと思うが、まあ用心に越したことはない。

 解散の合図に、バラバラと任地に向かう面々。


「さて、一仕事終わったし、俺はもう一眠りするか」


「あんたねぇ~、一体でも見つかったら大事だって自覚あるの? の?」


「大丈夫だ。見つかったら見つかったで……ふぁ~」


 あくびが出る。


「面白い」


「もぉ~!」


 チェルシーのお小言を子守歌に眠りにつく。



「起きて! 起きて!」


 べちべち、と頬を叩く音と衝撃に目を開く。


「んがっ!」


 体を起こすと、目の前には薄汚れた格好で整然と並ぶゴブリンやオーク、コボルトたち。

 顔の見分けはつかないが、依頼をこなしてきた連中だろう。ご苦労様だ。


「終わったのか?」


「滞りなくね」


 チェルシーの言葉に嘘偽りはない。

 各依頼は、妖精に見晴らせ、厳しくチェックさせてある。

 依頼内容はもちろん、それ以上の成果を約束するほどに。


「よし、いつものようにアレを」


 妖精から籠を受け取る。


「特別任務ご苦労! いつものように特別任務ボーナスを与える!」


 俺の言葉に、ゴブリン第一小隊から一列に俺の前に列を作った。

 実に見事な練度だが、それが「コレ」のためと思うと苦笑いを禁じ得ない。

 やっていることが餌のために芸を覚える犬猫と大差ないからだ。


「ご苦労、ご苦労」


 労いながら一体ずつに折り重ねられた赤い紙片を手渡す。


 貰ったゴブリンは緊張した面持ちから一転して満面の笑顔となり、俺に一礼して「門

」に消えた。他のゴブリンもたいだい同じ感じ。中には俺を拝みまくる奴もいたが。


 オークの場合は鼻息を荒くさせ、コボルトの場合は涎を滴らせたり、へっへっへ、と舌を出したりと種族ごとに差異はあるが「喜び」という感情は共通しているように思う。


 さて、これは何か? 文字通りの「薬」だ。

 ただし、ただの「薬」ではない。

 何でも欲望を叶えてくれる魔法の「薬」だ。


 性欲なら一口飲むだけで最高の形で発散させられ、抑えがたい殺戮願望なら一口飲むだけで百人を殺したのと同程度の快楽をもたらしてくれる、まさに魔法の――。


 ゴブリンなどの知能の低い魔族を従属させる最適解は「快楽」だ。


 本能に忠実な魔獣や知能の高い魔族は力で屈服させれば、以後は弱みを見せない限りは従順な僕となるが、ゴブリンなどの知能の低い魔物はその限りではない。


 やつらはどんなに圧倒的な力を見せつけても抵抗を止めない。

 仲間を見せしめに殺しても、自分事でない以上は文字通りの他人事。

 ならば、と痛めつければ、その時は屈服するが、背を向けた途端に襲いかかってくる始末。

 知能が低すぎて、やつらは抵抗の果てに自分が死ぬことを想像できないのだ。

 あるいは「死」というものが理解できないか。

 ただその時の憤りがすべてで、憤りを発散させることがそいつの生きる意味になるのだ。

 実に、度しがたい生き方だ。

 しかし、だからといってやつらを切り捨てるという選択肢もない。

 何故なら、軍勢は「数」が命だからだ。


 強力な将が何体いようと、一体で万の敵を葬れるわけでもなく、万の敵には、万の味方を当てるのが定石である以上は、こちらも万の味方を用意しなければならない。


 その点、数を増やすことで過酷な魔境を生き抜いてきたゴブリンなどの下等魔族は、軍勢の数を揃えるには打って付けだった。


 問題は、どうやって従えるか……その答えが「快楽」だった。


 チェルシーがハクア大森林の植物から「薬」を作り出し、ゴブリンなどの下等魔族に与えることで、やつらは驚くほど従順となった。


 ……それこそ「薬」のためならどんな仕事も厭わないほどに。


 もちろん、「薬」を奪い取ろうとする小狡い者もいた


 しかし、反抗するものには「薬」を与えない、とふれを出すとほとんど反抗するものはでなくなった。というのも、「薬」には一定期間、摂取しないと「体の内外が裏返るかのような激痛に襲われる」という強烈な副作用があったからだ。


 そのため、奴らなりの考えたのだろうさ。


 抵抗したところで「薬」を奪えないわ、激痛が体を襲うわ、良いことがひとつもない。ならいっそう、従順になった方が良いのではないか? 従順でいれば「薬」を貰えるわ、良い思いはできるわ、体は痛くないわ、良いことずくめではなかろうか――って感じに。 


 本当のところはわからないが、チェルシーの言いつけを守り、俺の前でお行儀良く並ぶやつらを見るに、そうそう的外れな想像でもないだろう。


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