第7話 訳あり料理人と死なずの獣人
お義姉さんたちを乗せた馬車が走り去るのを木陰から見送り、ふぅ~、と息をつく。
あとできっと怒られるだろうが……怒り顔の方が泣き顔よりもずっといい。
なによりお義姉さんが元気だからな。
「さて、と」
ん~、と伸びを打つ。
ひとつの仕事は終わったが、まだまだ仕事は山積みだ。
とりあえず山賊のアジトを漁って金目ものはいただいておこう。
オークを2ダースほど召喚して、アジトのあらゆるものを「煤闇の世界」に運ばせる。
運ばせた物品はあとでチェルシーたち妖精に見聞して貰おう。金目のものは街で換金、お金にはならないけど使えるものは「煤闇の世界」で使う、って感じでいいな。
「あの~」
木陰から出ると太っちょが話しかけてきた。その後ろには女の子の姿。
お義姉さんを助けようとしてくれた、あの二人組だ。
「あれ? 馬車に乗らなかったのか?」
「ええ、少々訳がありまして……街には行けないもので」
「ふ~ん……」
何となく察するにお尋ね者なのだろうか? そんな凶悪犯には見えないが。
パン工場でニコニコしながらパンを焼いているのがよく似合いそうな顔なのに。
「何をした?」
場合によっては広場送り。太っちょの方は食いでがありそうだ。
「貴族様の皿に毒を盛りました」
「ほぉ、なかなかの大悪党だ」
「違う! おっとうはそんなことしてない!」
女の子がしゃしゃりでる。俺にもの申すとはなかなかに肝の据わったお子様だ。
「これ、止めぬか!」
太っちょが止める。
女の子は太っちょの尻に押し込まれるが、まだまだ不満たらたらな様子。
「訳ありか?」
「はい。わたしは神様に誓って毒など盛っていないのです。ただ、わたしの皿を召し上がった貴族様が泡を吹き、倒れた――これだけは逃れようのない事実です」
「ふむ、……それで?」
「あなたは並々ならぬ方のようだ。どうか、わたしたちを雇ってくれませんか?」
「雇う? 料理人としてか?」
「それしか能がありません。是非に」
頭を垂れる太っちょ、遅れで女の子もそれに倣う。
料理人が雇えるのは願ってもない幸運だ。
ヒト食堂は妖精が持ち回りで運営しているのだが、妖精というやつは焼くか煮るかしか調理法を知らん。そのうえ、調味料はその日のお天気と気分で変わるのだ。良ければ砂糖、悪ければ塩、どちらでもなければ香辛料たっぷり、って感じに。毎日が博打だ。
専属の料理人が作ってくれるのなら、砂糖たっぷりの焼き肉と、塩たっぷりのスープに怯えなくてすむ。こんなに嬉しいことはない! いや、マジで!
しかし、大丈夫か? という杞憂がないわけじゃない。
俺に雇われると言うことは、俺の軍勢と一緒に暮らすと言うことだ。
俺の軍勢にはゴブリンやオークはもちろん、こいつらが小猿にしか思えないくらいの凶悪で凶暴な奴がごまんといるのだ。はたして普通の人間の精神力であいつらと同居などできるのだろうか? 恐怖のあまり心が壊れてしまわないだろうか?
「雇うのは構わんが……大丈夫か?」
直球で聞いてみた。
「俺の部下は魔物だ。もちろん、棲み分けはさせるが、近くにそいつらがいて、おたくらは平気か? 心を病んでも責任とれないぞ?」
「街にいるよりもずっと安心できます。魔物はわたしの懸賞金などには興味ないでしょうし、そもそも人語を話せぬ魔獣なら密告などしないでしょうから」
なかなか刺激的な毎日を送ってきたようだな。
人より魔物のほうが信じられるとは。
「事情はわかった。雇ってやろう」
「あっ、ありがとうございます!」
太っちょが頭を下げる。同時に女の子も。今度はぴったりだ。
「名前は?」
「わたしはカランチョ、娘はミミルです」
「では、アジトから必要な道具をもってくるといい。『煤闇の世界』には、あとで妖精に案内させる。必要なら何匹かゴブリンを連れていけ」
「このご恩は一生忘れません! 腕によりをかけて美味しいものを作らせていただきます!」
荷物運びも一段落したので、街に戻る前に一度「煤闇の世界」に足を運ぶことにした。
広場はどうなっただろうか? そろそろ宴もたけなわって感じかな?
広場に近づくにつれて、濃厚な血臭が。
どれどれ、広場の様子はどうかな? おおう! 盗賊の死体で広場は死屍累々。
……お? 魔物の死体がちらほらと混じってるじゃないか。
虎の子のゴブリン・アーサーも死んでるし……これは、ちょっと誤算だ。
今は、最後の1人とバファロタウロスのハーゲンティが戦っている。
といっても、もはや佳境だ。
ハーゲンティに頭を掴まれ、あとは握りつぶされるのを待つだけ。
まだ戦っているというのにゴブリンたちは早々の死体の片付けを始めている。
「あっ、アシェル!」
チェルシーが飛んできた。
「事後承諾になるけど、何人か女の子がいたからゴブリンにあげたからね」
「なに?! ……美人か?」
「ケバい」
「ならいい。それよりもなかなか骨のあるやつらがいるようだな」
ゴブリンやオークなど知能の低い魔物を従える軍団長が欲しかったから、もし生きているようなら勧誘してもいいな。山賊だけど、使える人材なら歓迎だ。
「やつらじゃないわ、やつよ」
チェルシーが俺の頭に腰掛ける。
「どいつ?」
「今ハーゲンティと戦ってる子」
「あん? あいつがアーサーを倒したのか?」
「そう」
「なんで連戦してるんだ?」
勝ち抜き戦ではなく、一体でも倒せれば解放する約束のはずだが?
「あの子が勝手に他の子に戦いを挑んだのよ」
「というと、死んでるのは……全部?」
「そ。あの子ひとりでやったのよ」
「ほぉ~」
素直に感心だ。盗賊のくせに骨のある奴もいたものだ。
「気に入ったぞ」
立ち上がり、ぱんぱんっ、と手を叩く。
「そいつを連れてこい」
「御意」
ずぅん、ずぅん、とハーゲンティが手にそいつを持ったまま近づいてくる。
そして、俺の目前までくると俺の前にそいつを差し出した。
……驚いた。
頭を潰されるだけの半死半生かと思ったらそうじゃなかった。
そいつは頭を掴まれながら、ガジガジとハーゲンティの指に囓りついていたのだ。
「なかなかに骨のある奴のようだが……強そうには見えないな?」
腰まであるボサボサの黒髪のせいで全体は見えないが、腹は背にくっつきそうなほどに薄く、あばら骨は浮き出て、手足なんて古木の枝のように細いのだ。
これで、どうやってアーサーを倒したのだろう? 魔法でも使うのか?
「強くはない」
「――ん?」
ハーゲンティの意味深なひと言に首を傾げる。
「ただ、――死なない」
「死なない?」
「殺しても殺しても……生き返る」
「本当に? そういう種族なのか?」
チェルシーに聞くと、チェルシーも首を傾げた。
「獣人と何かのハーフかしらね」
「わかるのか?」
「狼か犬かわからないけど、それっぽい尻尾と耳があるわ」
あっ、本当だ。腰まで届くボサボサの黒髪に紛れてわからなかったが、よく見ると頭には耳が、尻には尻尾がついていた。おまけに顔立ちは綺麗。酷く薄汚れてはいたが。
「もしかしてメスか?」
そいつのズボンを剥いで確かめようとしたら思いっきり蹴りが飛んできた。
うむ、どうやらメス……いや、女の子らしいな。
「一体でも倒せば解放してやるといったのに……なぜ、連戦している?」
質問してから、あれ、もしかして人の言葉わからないのでは? と思った。
「ツキミは強くならなければならない! だから、戦う! だから、喰らう!」
杞憂だった。……何か訳ありっぽい。
「お前、死なないそうだな?」
「ツキミは死なない! 悲願を達成するまで死ぬことは許されていない!」
「試してみようか? ――ハーデンティ!」
俺の号令に、ばきっ、と鈍い音が響く。
どこから?
ハーゲンティの手の中――ツキミの体内からだ。
ツキミの目から光が消え、全身から骨を抜かれたように力が消える。
「さてどうなるかな♪」
ツキミの死体を横たえる。
しばらくするとばきばきと音を鳴らしてツキミの砕かれた頭部が復元される。
ツキミの目に光が戻る、と、同時に――
その矮躯が跳ね、牙を剥いて俺に躍りかかってきた。
「おっ――」
凄い牙だ、こんなので噛みつかれたらさぞ痛かろう。などと考えた次の瞬間。
ハーデンティの鉄塊のような拳骨が躍りかかるツキミを叩き潰した。
ばきっ、べきっ、ぼぎぃん! と歪な音が響く。
ハーゲンティの腕の下から血溜まりがゆっくりと広がっていく。
「面白いな、不死身か?」
「一族の無念を晴らすまでは……ツキミは、死ねない!」
ツキミは全身をバキバキ言わせながらハーゲンティの腕を押し上げ、立ち上がろうとした。
「おいおい、口から子袋が飛び出るぞ?」
「その前に下から飛び出ると思うけど……」
チェルシーの冷静な突っ込みは無視して、と。
「お前の事情など知ったことではないが、俺の役に立つというのならお前をもっと強くすることができるぞ?」
「――な、なにぃ?」
「不死身を利用して魔改造してもいいし、さらなる進化先を模索してもいい」
「うそだ! 騙されない! 小汚い男たちはそう言ってツキミを良いように使った!」
「嘘じゃない。嘘ついたら針千本飲んでもいい」
……針千本飲んでも俺は死なないけどな~。
「俺の手下になるならここで毎日こいつらと戦わせてやる。盗賊に飼われるよりも有意義だと思うが?」
「ここで? こいつらと? 毎日?」
きょろきょろするツキミ。
「本当か?」
「本当だ。死ぬのに飽きるまで戦わせてやる」
「わかった」
ツキミが恭しく頭を垂れるのに、ハーゲンティが拘束を緩める。
「今日からお前がツキミのボスだ」
頭を垂れたまま、ツキミは俺の靴に舐め……舐めた?!
うぉ、びっくりした! 屈服の証か?
妙にゾクゾクしていけない扉が開いてしまいそうになった。
「盗賊のお頭から屈服の証にそうしろと教えられたのだが? 違うか?」
……まったく、良い趣味してやがる!