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第6話 決闘裁判

 我らが「煤闇の世界」は大きく分けて3つの要素から成り立つ。

 一つは目、上にも下にも果てしなく広がる空。

 二つ目は、空のただ中にたたずむ太陽に似た何か。

 そして、三つ目は、空に浮かぶ大小様々な島々――浮遊群島だ。

 浮島群島のうち、俺が領有しているのは三つ。


 主要施設を集めたヴィオラ島。

 島全体が食料庫のマゴニア島。

 危険な実験と研究を行うヴリトラ島。


 はて? どこを見ても「煤」でも「闇」でもないのに、なぜ「煤闇の世界」なのか?

 チェルシー曰く、ヴィオラが最初にこの世界を見つけたときのことだ。

 たまたま雨雲の中で、視界が煤を撒いたみたいにぼやけていたから「この世界は全部こんな感じなんだろう」と早合点したヴィオラが「煤闇の世界」と名付けたのだそうだ。


 あとあと改名すれば良いものをヴィオラはこのギャップを気に入り、「煤闇の世界」を正式な名前としたが、……今となっては亡きヴィオラに敬意を払って改名はしないけどさ。


 向こうの世界で門を開き、「煤闇の世界」に入る。

 さて、盗賊たちはどうなっただろうか? 入植から数ヶ月、ヒト食堂と魔物食堂、島の水源である湖と魔物が住処とする森しかない寂しい島だが、楽しんで貰えているだろうか?

 何分か歩くと、群がる魔族や魔獣、魔植物の背中が見えてくる。

 場所は、ヴィオラ島の南端に近い広場。

 俺の召喚に応えるため、軍勢の一部が待機場とするところだ。

 俺に気づいた魔獣の1匹が道を譲る。

 目敏い1匹に倣い、別の魔獣が、魔族が、魔植物が道を譲る。

 そして、俺の前で等しく膝を折り、頭を垂れる。

 俺は出来上がった一本道を行く。

 俺が通り過ぎると、1匹、また1匹と、頭を上げ、膝を直す。

 魔物の群の中心にいたのは、件の盗賊たちだ。

 蛮勇を誇り武器を構えるもの、口汚く罵り虚勢を露わにするもの、ただガタガタと怯えきっているもの、放心してここでないどこかを眺めるもの……、まあその様子は様々だ。

 見たところ害された様子はない。

 偉い偉い、ちゃんと「待て」ができているみたいだな。


「拡声器を」


 ゴブリンから拡声器を受け取る。

 ……ん~、目線が同じ高さだとやりずらいな。


「グシオン!」


 俺の呼びかけに無色透明のぐにゃぐにゃしたものが地面から染み出た。しかも大量に、

 こいつはグシオン。キングオブキングス・スライムのグシオンだ。


「台になってくれ」


 言う間に台形を象る。気が利くことに階段つき。

 遠慮なく登らせて貰った。


「あ~、テステス、聞こえますか~、どうぞ?」


 俺の戯けたひと言に、魔物どもが一斉に静まりかえる。

 盗賊は俺を見つけてきょとん顔。まあ無理もない。


「盗賊の諸君、ようこそ『煤闇の世界』に。俺の名前はアシェル、名字もない卑しいものだが、ひとつよろしく頼む。短い付き合いだろうけどな。さて諸君には――」


「て、てめぇ何者だ!」


 俺の言葉を遮り、生きの良い奴が声高に叫ぶ。


「だから、アシェルだ」


「んなこたぁ知ったことか! 俺らをこんなところに集めて何をするつもりだ!」


「いや、だからそれを今から説明――」


「何のつもりか知らねーけど、覚悟しておけよ!」


「はぁ……」


「お頭が戻ってきたら、てめぇ……死ぬぜ?」


「そうなのか?」


「たりめぇよ! お頭にかかればてめぇなんぞものの数じゃねーんだよ!」


「それは楽しみだ……ところでそのお頭はどこに?」


「近くの村だ! ドデカい仕事の前の景気づけに村を襲いに行ったのよ! へへへっ、お頭にかかれば村のひとつやふたつ、とっくに焼け野原よ!」


「ふ~ん……」


 どこの盗賊もやること同じかよ、くだらね~!

 まあ、盗賊だからな。盗んで襲って犯してなんぼの職業だしな。


「ちなみにその不運な村の名前は?」


「ロダン村よ」


「――ロダン村?」


 聞き覚えがあるな。どこで聞いたっけ。……あっ、俺の村だ。


「もう地図にも残っちゃいねーけどな、――はっ!」


「……」


 思わず頭を抱えたくなった。


「ちなみにそのお頭さんの名前は?」


「ギルダン様よ!」


 もしかして村について早々にぶっ飛ばした、アレかな? ……アレが、お頭かな?

 うろ覚えだが、それっぽい名前を名乗っていた記憶があるような、ないような……。


「チェルシー」


 チェルシーが頷き、どこかに飛び立つ。

 ややあって何かを抱えて戻ってきた。


「デザートに残しておいてくれたみたいで……かろうじて半分残っていたわ」


 触りたくもなかったが、しかたがない。受け取る。

 うううっ、魔物の唾液と腐肉でぬちょぬちょしてる~!

 さっさとこんなものとはオサラバしてしまおう。


「あ~、もしかして君たちのお頭さんはこの人かな?」


 片手に持ったぬちょぬちょを高々と掲げる

 すると、あれほどまでに威勢の良かった盗賊たちは一斉に顔を青くして押し黙った。

 然もありなん。

 俺が掲げているのは彼らが全幅の信頼を寄せていたお頭さんのお頭だからだ。

 半分骨が見えるほどに食い散らかされ、脳味噌がぽたぽたと滴り落ちているけど、人相の判別が可能なくらいに肉は残っているから問題はあるまい。

 親切な俺は、お頭さんの頭を彼らに投げ返してやる。


 我ながらナイスコントロール。盗賊たちのど真ん中にお頭さんのお頭がゆるやかに落ちていく。そして、誰ひとりとして受け取ることなく、盗賊たちのど真ん中に生まれた空洞にお頭さんのお頭は吸い込まれるように落ち、べちょん、と強かに闘技場の石畳に叩き付けられ、割れたスイカみたいになった。


「あ~あ、カワイソウ~」


「――て、てめぇ!」


「同じ目に遭いたくなかったらよく説明を聞くように」


 一斉に押し黙る盗賊たち。


「俺はただの村人なので、君たちがどんなに悪党でも、どこかの王様のように君たちに裁きを下すようなことはできません。そこで君たちの運命を神様に委ねたいと思います」


 ざわざわ、わざわざ。


「うちの軍勢から12名の精鋭を用意しました。そのうちの1名を選んで戦い、勝ってください。勝った人は神様の許しを得たと見なして開放します」


 俺の合図に盗賊たちを囲う魔物の群から12体の魔物が一歩前に出る。

 その姿に、お通夜モードだった盗賊たちが一気に色めき立つ。

 大方、自分達の幸運を確信しているに違いない。

 選出された12体は、コカトリス、グリフォン、ヒドラ、キマイラに、樹木巨人のエントン、ミノタウロス、ガルム、ワームなどの名うての冒険者でも舌を巻くような魔獣に、スライム、ゴブリン、オーク、コボルトなどの定番の雑魚魔物を加えた面々だ。

 盗賊たちが色めき立ったのは、十中八九、対戦相手にゴブリンやオークがいたからだろう。定番の雑魚に勝つだけでこの地獄から抜けられるとなれば、はしゃぎたくもなるものだ。

 ……まあ、勝てれば、だがね。


「後は任せる」


 俺は忙しいので後のことはチェルシーたち妖精に任せて広場を後にする。


「あっ、そうだ。サキュロスの大工を何匹か寄越してくれ」


 去り際にそう言付けてから「門」に向かう。

 お? 足音が重なると思ったらいつの間にかハティが隣にいた。


「悪趣味です、悪趣味です」


「――なにが?」


 ぷっ、と失笑が漏れる。

 我ながらなんと白々しいことか。


「何が神様ですか、逃がす気なんてまるでないじゃないですか!」


「そうか? ゴブリンなんて手頃じゃない?」


「意地悪です。あれ、ただのゴブリンじゃないですよね?」


「おっ、本当にわかるんだ?」


 正解。あれは、ただのゴブリンではない。どういった条件で進化が開放されたのかは不明だが、ゴブリンはゴブリンでも、「ゴブリン・アーサー」と呼ばれる新種だ。


「盗賊の人たちは気づかなかったかもですが、わたしの目は誤魔化せませんよ! ミノタウロスは頭が牡牛じゃなくて水牛ですし、あのガルムだって首が余計についてました! それに、あのグリフォンは真っ黒でした! コカトリスなんて額にもう一つ目がありましたし。 他のは知りませんが、あそこにいたのはみんな普通じゃないですよね?」


「凄いな、正解だ……冒険者ってみんなそうなのか?」


「わたしはソロが長かったので。そういうのに聡くないと死んじゃいますから」


「なるほど。ご褒美に教えてやると顔が水牛のミノタウロスは、ミノタウロスの上位種『バファロタウロス』で、首が余計にくっついていたガルムは、進化種の『ガガ・ガルム』。漆黒のグリフォンは『ネメシス』、三つ目のコカトリスは『アポカリプス』」


 さらに言うならヒュドラは「デミュポン」、ワームは「パンゲアワーム」、エントンは「ユグドラシル・ブランチ」、オークは「オーク・カデット」とみんな上位進化種だ。


「なんのためにあんな茶番を?」


「気分転換ってやつさ。基本的に魔物は暴れさせておけば鬱憤は貯まらない生き物だが、たまには違った催しも必要だと思ってな」


「むぅ、人には優しくないくせに魔物には優しいのですね」


「お前にも優しいだろ?」


「それは……まあ否定しませんけどぉ」


「ひとつ、その優しい俺の頼みを聞いてくれないか?」


「悪いことですか?」


「とても良いことだ」


「信じられません」


「お義姉さんたちを村に送り返してくれないか?」


「――え?」


 ハティが立ち止まる。数歩進んでから俺は足を止めて振り返った。


「も、もう一度お願いします!」


「お義姉さんたちを村に送り返してくれ」


「ほっ、本当にいいことだった!?」


「だから、そう言ってるだろ」


「いいのですか? 姉弟の感動の再会では?」


「趣味じゃない」


 お義姉さんに会えば兄貴のことを聞いてくるだろう。

 そしたら俺は正直に話すのだろう。馬鹿だから、ありのままを。

 そしたらお義姉さんはきっと泣く。泣きじゃくる。……それが、嫌なのだ。

 お義姉さんの泣き顔なんて見たくもない。


「礼と言ってはなんだが、お義姉さん救出の功績は全部くれてやる」


「なんと! よいのですか? 確かにそれだけの功績があれば、冒険者として胸を張って返り咲けますけど」


 本当なら盗賊討伐の功績もくれてやりたいところだが生憎と証明する手立てがない。

 あるいは盗賊団の首をずらりと冒険者ギルドのカウンターに並べれば……。

 いや、やめておこう。

 並べた首が盗賊団のものだと証明できなければ、大量殺人で逆に捕まってしまいそうだ。


「構わん構わん。盗賊の馬を荷車に繋げて即席の馬車を作らせる。馬の扱いは?」


「それなりに」


「よし、馬車を作ってるからお義姉さんたちを迎えに行ってくれ。ついでに見逃していた年寄りと子供も連れて行ってくれ。作業の邪魔だから」


「わかりました」


評価のほどよろしくお願いします。

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