第5話 チェルシー作戦
チェルシーの立てた作戦は、こうだ。
まず3人の見張りのうち、2人を無力化する。
「ギブ・モア!」
『あいよ!』
影からギブ・モアを喚び出し、片手に装備。
「《ギルガモット》!」
俺の呼びかけに、影がもにょもにょと蠢き、巨大なハリネズミを形作る。
これが、ギルガモット。
見た目は、一抱えほどもあるハリネズミの魔獣だ。鼻先のドリルで地中を自在に移動し、獲物の死角から急所に向けて背中の棘を撃ち出す、天然自然の暗殺者。
「《ドーン・スパイク》!」
わしゃわしゃとギルガモットの背中の棘が蠢く。一本で短槍ほどもある棘だ。
狙いを澄まして、――発射!
どすっ、どすっ、どすっ、と見張りの心臓を、……あっ、しまった!
じ~っと睨み付けてくるハティの視線が痛い、
「どうして3人殺すんですか! 数数えられない人なんですか?」
さっき「脳筋肉」呼ばわりしたのを根に持っているのか、辛辣に言ってきやがる。
「ただのうっかりだ。うっかりやっちまっただけだ」
しかし、いきなりチェルシーの策が頓挫してしまった。
「どうして、今の物音はなんだ?」
――お? ラッキー~♪
見張りの3人が倒れる音を聞きつけたのか、中から誰かがやってくる。
「わたしに任せてください!」
廃鉱山内の暗がりから髭ずらの中年男性が姿を現す、と同時に。
ハティが躍りかかり、中年男性の顎を拳骨で薙いだ。
「――うぐっ!」
ばたんっ、と崩れ落ちる中年男性。
流石、やるじゃないか。
……と素直に感心したかったのだが、
「ダメじゃん」
中年男性に近づいてみてその気も失せた。
中年男性の顔は上下逆さまになっていたのだ。
つまり頭を地面に向け、顎の先で空を差すように。
顎を殴ることで脳味噌を揺らして気を失わせたかったのだろう。
……どう力加減を間違えればこうなるのやら。
「ぐぬぬぬっ、ちょっと失敗しただけです! 次こそは上手くやってみせます」
「却下だ! お前の練習台にされる盗賊があまりに不憫でならない」
「じゃあ、どうするんですか? やっぱり中に入って1人ずつ?」
「こうする」
見張りのひとりを生かしておく必要があったが代替案がない訳ではない。
チェルシーの作戦の第2段階を先に実行する。
まず廃鉱山の入り口に俺の影を肥大化させてかぶせる。
これで「煤闇の世界」と廃鉱山は直接繋がった。
「《ナンパオ》!」
影がもにゃもにゃと動き、小さな猿のような魔獣を形作る。
これが、ナンパオ。
小型の猿に似た魔物で、戦闘力は皆無に等しいが、大型の魔物の声真似ができるという特技で大森林を生き抜く、天然自然の大道芸人だ。
「《ボイス・チェンジャー》!」
あ~、あ~、あ~、とちょっと発声練習してと。
「みんな来てくれ! 凄いお宝があるぞ!」
俺の声とは似ても似つかない野太い声が出た。
ついでに廃鉱山の隅々まで届くようにで声量を強化しとく。
――さて、どうなったかな?
耳を澄ますと、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてくる。
どうやら効果はてきめんのようだ。
ちなみになんでこっちを先に使わなかったと問われれば、知った声の方が効果的だと思ったからだ。例えば、知らない人の声で「お宝だ~」と言われても「なんだ?」って思うだろ? でも知った声なら「俺もお宝欲しい~!」ってなるだろ? そういうことだ。
……まあ、まったくの杞憂ではあったがね。
「こっちだ! こっちだ!」
ダメ押しでもう一声。
「――何人入った?」
「23人ね」
チェルシーが「煤闇の世界」からの連絡を受けて答える。
「もう一押しか」
盗賊が好きなそうなものといえば金銀財宝ともう一つだな。
「うひょ~、美人まで! へへへ、たまんね~ぜ、俺、一番~♪」
痛い痛い、ハティの視線が痛い。
「――何人だ?」
「34人」
「これで、え~っと……ひぃ、ふぅ、みぃ……」
「57人です」
「あと10人か」
「見張り3人を引いて7人です」
小癪にもハティが教えてくれた。……わかってるってのに!
「なぜ、引っかからん? 残った10人は聖人か何かか?」
「アシェル、イービルアイ8号から緊急入電よ」
「あん? 映せ」
地図に別窓が開く。
牢屋? ……あっ、お義姉さんだ。どうやらお義姉さんの牢屋のようだ。
多くの盗賊が出払っている間に、お義姉さんに悪さしようって輩か?
いや、中年くらいの太っちょの男と……小さい女の子?
「盗賊はみんな出払ったようです。今のうちに脱出しましょう!」
お義姉さんの牢屋の前に来ると、太っちょが開口一番そう言った。
「お、実はいい人?」
ガチャガチャと鍵を開け、太っちょと女の子が牢屋の中に入る。
それからお義姉さんたちの足枷や手枷を外しに掛かった。
「あの人は見逃してもいいのでは?」とハティ。
「なぜ、見逃さないのが前提みたいに言う?」
「え? 本当に見逃してくれるんですか?」
「俺は恩を仇でしか返せないゴブリンじゃないからな」
「……もっと人でなしなのかと思ってました」
「失敬な。イービルアイ8号、扉を閉めろ!」
イービルアイ8号の体当たりに半ばほど開いていた扉ががしゃんと締まる。
「出られないように鍵穴を溶かしておけ」
イービルアイ8号の眼から熱線が放たれる。
太っちょと女の子は慌てて扉に駆け寄るが……もう遅い。
扉の鍵穴は溶接され、扉は壁の一部と化したあとだった。
「これでよし」
「閉じ込めてどうするんですか!?」
「あとでちゃんと出してやるって」
「他の人はどうするんですか?」
「殺す――」
「……っ!」
「――のは面倒だから放置だ」
一応、イービルアイに探らせてみるが、残っているのは老人か、子供ばかりだ。
老人はわからんけど、子供は……どこからかさらわれてきたのだろうか?
まあいい。放っておこう。老人や子供を放置したところ何の問題にもなるまい。
……問題を起こしたら殺せば良いだけだしな。
「そろそろグーを解いてくれると気が休まるのだが?」
「命拾いしましたね!」
「そのようだ」
ハティに殴られたら、まあ青アザくらいは覚悟せねばなるまい。
「さて、お楽しみの時間だ♪」