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第42話 獣神教会

 

 あの2人を一緒に連れ歩くのは無理そうなので、1人で獣神教会を探すことにした。


 ラヘル同様、知らない場所は冒険者ギルドで聞けば一発、と思ったが辞めた。


 巨人退治がまだの手前、矢の催促を受けそうだったからだ。


 しょうがないので道行く守衛さんに聞くと、知名度が低いのか、何人かにたらい回しにされた挙げ句、五人目でようやく街の郊外にあることを突き止めた。


 で、行ってみた。


「……ぼろい」


 第一印象はまさにその一言に尽きた。


 一応、教会という体は保っているが、現役なのかも怪しいほどにボロボロで、半分は自然に呑み込まれ、ここ、と教えられなければ見事に見過ごすほどに一体化していた。


 とりあえず扉を「こんこんこんっ」とノック。


 扉は斜めで、隙間から意図せず中を見ることができるが、一応はね、初対面だし。


「は~い」


 ……お、返事がきた。


 中から誰かが扉に近づき、ぎぎぎぎっ、と悲鳴のような軋みを上げて扉を開ける。


「どちら様でしょうか?」


「……デカい」


「はぃ?」


「いや、失礼」


 思わず第一印象が口から転げ出てしまった。


 扉を開けたのは、修道服を着た獣人の女の人だ。


 何の獣人か……腰まである銀髪に黒のメッシュが入り、彼女が獣人だと一目で知らしめた尻尾は太めで、やっぱり銀毛に黒の線が入っている。


 銀色の黒の組み合わせは珍しいが、虎柄……だろうか? 少なくとも縞模様ではない。


 彼女の顔もどことなく猫っぽいから、多分、猫科の獣人なのは間違いなさそうだ。


 しかし、それにしても、……デカい。そう、デカいのだ。


 180センチ近い俺よりも頭1つ分以上ある身長もだが、……う~む、なんとも悩ましいボディライン。細身のロザリンドや、お子様体系のハティにはない、なんという肉感!


「あの~」


「ああ、これは失礼」


 思わず女性のたわわな部分を凝視してしまった。


「ここは獣神教会……ですよね?」


「ええ、そうです。当教会は12柱の獣神様を祭っている獣神教会です。何かお困りでしょうか?」


「え~っと……連れがですね、今度、進化するので獣神様にひと言ご報告したい、と言っているのですが……」


「まあ、それはおめでとうございます♪」


 ぱんっ、と手を打ち、女性の顔がぱっと華やぐ。


「ここに連れてきてよろしいでしょうか?」


「ええ、是非、当教会にお立ち寄りください!」


「では、さっそく呼んできます」


 女性に失礼して教会の脇に移動する。


 人目がないのを確認してから《門》を召喚。


 門番は……いらんか。呼んでくるだけだし、人も通らなさそうだしな。


「……あん?」


 戻ってみると、……いない。湖畔で待っているように言っていたのに!


 ただ、森の入り口で途方に暮れるハーゲンティの背中があった。


「あっ、主」


 俺に気づくと、ハーゲンティは慌てた様子で駆け寄ってきた。


「2人は?」


「消えた」


「ああん?!」


「わっ、悪かった。チェルシー様と二言三言話している間に……多分、森に行ったと思う。戦いで勝負が付かないなら狩りで勝負をする、とか、言ってた、から……」


「マジかよ……」


 獣神教会では珍しく何も起こらなかったのに……。

 たまには何のトラブルもなしにトントン拍子にいかんもんかねぇ、まったく!


「連れ戻してくる」


 森に向かって駆け出すハーゲンティ。

 ……さて、どうするか?


「じゃねぇ!」


 とてもじゃないが、ただ待っていられるような気分じゅない!


「俺も行く」


 俺が探した方が早そうだしな。

 ……さっさと見つけて拳骨くれてやる!


 魔物だらけの森で特定の誰かを見つけるのは簡単な話ではない。


 五感に頼った魔力感知では特定の魔力を見つけるのは至難だし、他の五感に頼って探そうにも、そう簡単に所在を知らせないのが、魔物の処世術というものだ。


 ハティやツキミは魔物じゃないから簡単ではないか?


 ――逆だ。


 魔物ほどに強烈な匂いを放つわけでもなし、遠目に目立った外観をもつわけでもない奴らの痕跡は、個性豊かな魔物の痕跡に紛れると、途端にわからなくなってしまうのだ。


 では、どうやって見つけるのか?


「……」


 俺は一応、ここでは一番偉いから、その権限を利用して「聞き込みだ」と、答えようと思ったのだが、……うむ、これはどうしたことか、さっさから誰とも会わない。


 ゴブリンでもいいのだが、……いた! あ、ダメだ、死に――いや、伸びている。


 よく見るとそこら辺にゴブリンやオークが野放図に転がっているのだが。


 ハーゲンティの仕業か? いや、流石にネームドの奴に戦いを挑むバカはいまい。


 それに、一度、挑もうものなら死体は真っ二つが定番だ。


 ハーゲンティは愛用の戦斧でことごとくを真っ二つにしてしまうからだ。


 転がっているゴブリンやオークは昏倒しているだけ。


 頭部の一発、二発で昏倒ているのを見るに……間違いない! 


 ハティとツキミの仕業だ。グーパンと、盾の一撃で昏倒させたのだ。


 こいつらを辿っていけばいつかはハティかツキミに辿り着くに違いない。


 昏倒したゴブリンやオークを辿って森を進んで進んで、また進む。


 結構、森の奥まで来た。


 ここら辺はもうネームドの縄張りだから余計な諍いを起こしてないといいのだが。


「……む?」


 歌が聞こえる。


 くさくさした心を癒やすかのような歌声で、思わず聞き惚れてしまいそうになるが、歌の効果を知っている俺は立ち止まらずに、真っ直ぐ歌声の方に進む。


 獣道のなり損ないのような悪路を進み、藪を抜けると開けた場所に出た。


 案の定だ。


「あら、主様、ご機嫌よう」


 前足を優雅に組み、スカートをたくし上げるように手を持っていき、上体を沈めるように頭を垂れる。


 まるでどこぞの貴族様のような所作だ。


 田舎者の俺には生憎とその所作の良し悪しはわからないが、敬意くらいは伝わってくる。


「やっぱりお前か……」


 もっとも、いくら貴族様の真似事をしようとそいつは貴族様でもなければ人間でもない。


 上半身こそ年端もない少女のそれ。


 薄紅色のもこもこの髪に、薄紫の肌、器量も悪くない。頭部に羊のそれのように渦を巻いた角を生やしていなければ、あどけなさを残した、愛らしい顔立ちの女の子だ。


 だが、下半身は決定的に人のそれではない。


 彼女の下半身は羊だ。もこもこの羊毛に覆われた、まさに羊のそれ。


 平たく言えば、ケンタウロスの羊バージョン。


 ――そう、歴とした魔物だ。


 彼女の名前は、アム。


 本当は「アムドゥスキアス」という、ありがたい名前を与えたのに「可愛くない」と駄々を捏ねて勝手に「アム」と改名した、俺のお気に入りに1体。


 体毛の色こそ違えど、ぱっと見、シープ・ケンタウロスと呼ばれるケンタウロスの亜種族にそっくりだが、、チェルシーも賢者大猿の長老もこんな種族は知らないという。


 その道に詳しいパックルに言わせると「キメラ」ではないかとのこと。


 大筋で間違っていないと思う。


 なぜなら、アムを見つけたのは、とある錬金術師の荷馬車だったからだ。


 彼らは、軍事目的でキメラを製造する、どこぞの国の宮廷錬金術師の一団だった。


 製造したキメラの実用試験を彼らはハクア大森林で行っていたのだが、運悪くその行いが転生して傭兵をやっていたピトさんに見つかった。


 生命の創造は、ピトさん……いや、創造神アリスティア様の領分だ。


 人ごときが勝手に行って良いことではない。


 本来ならピトさん本人(本神?)が天罰を下すところだが、転生した傭兵少女のピトさんに彼らを誅するだけの力はなかった。そこで白羽の矢が立ったのが俺の軍勢だった。


 そのときの報酬が「生命創造の許可証」だ。


 まったく新しい種族を作るのはダメ、でも既存の種族ならいくら造ってもいい、というもので、おかげで俺の軍勢は魔物工場で魔物を量産できるようになったのだ。


 そして、ピトさんの依頼で彼らを壊滅させた折、戦利品として徴収した彼らの荷馬車から見つけたのが、まだ小さかったアムだった。


 他のキメラ同様、ピトさんの不興を買った以上は生かしておく理由などなかったが、当のピトさんが「1体くらい良いよ、好きにしたら良い」とのことで今にいたる。


「主様、これからおやつなんです。一緒にどうですか?」


 ぽろぉん、と片手に抱いたハーブを奏で、アムは上機嫌にそう言った。


 ……もっとも、こいつがキメラだと確信を持って言えるのは別の要因があるのだが。


 まあ、この話は後のお楽しみと言うことで。


「……おやつねぇ」


 視線をちょいと下げれば、アムの足下ですやすやと寝息を立てる2人が。


 俺は肩を竦めた。


「お前に人食いの習慣があるとは思わなかった」


「まさか……人なんて食べません、美味しくありませんもの!」


「……それ、喰った奴の感想だからな?」


「冗談です」


「で? 何があった?」


「何も」


 くすっ、とアムは微笑む。


「いきなり犬っころと巨人もどきが襲ってきたので、……殺しても良かったのですが、主様に怒られたくありませんからね、ほら、ご覧のようにお休みいただいたのです」


「ご苦労。迷惑をかけた」


「もったいなきお言葉」


 前足をクロスさせ、優雅に会釈する。


「連れて行くぞ」


 ハティを肩に担ぎ、ツキミを小脇に抱える。


「はい、そうした方がいいでしょう。このままではゴブリンに孕まされても目を覚ますことはないでしょうから」


「……起きるよな?」


「もちろん。主様ならわたくしの魔力など一息で吹き散らしてしまうでしょうから」


 逆を言えば、俺がアムの魔力を吹き散らさなければずっと目覚めない、ということか。


 ……相変わらず厄介な力だ。


「今度、演奏会を開くので是非お越しください」


 ぽろぉん、とハーブを奏でる。


「そうする」


 俺がいないと永遠に目覚めない奴で出てきそうだからな。


「――ん?」


 と、そのとき。

 唐突に、爆発音が轟いた。


「なんだ?」


 咄嗟に音の方を振り返る。

 同時に、空に黒煙が舞い上がり、爆風にみしみしと木々が揺れる。


「誰かおいたでもしたのでしょうか?」


「さてな」


 雷鳴が轟き、空に亀裂ような稲妻が走る。

 一瞬、金色に輝く鷲のような魔物が視界を駆け抜けた。


「あれは、……イポス?」


 次いで爆発音が何重にも轟き、炎の塊が入道雲のように舞い上がる。

 同時に、炎を纏った鳥が何かに向かって火炎弾を吐き散らすのが見えた。


「フェネクスまで、……これ、順位戦じゃないな」


 やおら巨大な竜巻が立ち上り、先の炎と雷を呑み込む。


 竜巻の中心には、巨大な刃物を尻尾としたイタチに似た魔物の姿が。


「堪りませんわね」


「ああ、まったくだ」


 炎と雷を呑み込んだ巨大竜巻は灼熱と雷撃を帯びた暴風を吐き散らす超常となり、かなり離れているはずが、灼熱が肌を焼き、雷撃にピリピリと針で刺されたかのように痛む。


 俺でこれだからネームド以外は生死に関わるレベルの災厄だ。


 ……また無駄に数が減らなければ良いが。


「主様、行ってみましょう! 楽し……いえ、なにやら大事です!」


「ああ、……って俺を盾にするんじゃねー!」



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