第39話 レベリング3日目 後編
言う間にも、映像に劇的な変化は起きる。
火の粉が舞い踊り、地面が突如として二つに割れる。
地の底から無数のツタが飛び出し、火の粉を纏いながら見る間にその姿を変える。
根を足に、無数のツタを腕に、大樹のような体に、ワニのような巨大な顎門を開くその姿。
『プラントドラゴン』の最上位種『イグドラシルドラゴン』の派生種が1つ――
『イグドラシル・アイビードラゴン』――その名は『ブエル』。俺のお気に入りの1体だ。
「いかん! 逃げろ!」
伝わるはずがないが叫ばずにはいられない。
しかし俺の願いは虚しくリッシュは勇猛果敢に挑みかかる。
「――バカっ! 戦うな!」
勝負にすらならない。
あっという間に無数のツタがパンツァーラビットを絡め取る。そして、巻き付いた箇所から、じゅ~と水が蒸発するような音を鳴らして、見るも有毒な紫色の煙が立ち上る。
ツタから分泌された毒液がパンツァーラビットの装甲を腐らせているのだ。
慌ててアリッサたちがツタを切ってパンツァーラビットを開放しようとするが……。
切れない、切れない、まったく切れない。
……無理もない。
一見すると植物のツタのようだが、あれは鋼鉄の強度にゴムの弾力性を兼ね揃えているのだ。怪物級の剛腕か、達人の技量でもなければ切断はまず無理な代物だ。
『リッシュ! 脱出しな!』
『ハッチが、ハッチが~、空かないっす!』
メキメキメキッ、と鋭い音を鳴らして、パンツァーラビットの形が歪む。
アリッサは泡を食って剣を振り下ろすが……、
数度目の挑戦で剣は中途からポッキリ折れた。毒液で腐食させられたのだ。
『ぎゃ~っす! 死ぬ~、死ぬっす~!』
リッシュの絶叫が響き渡る。
と、そのときだ。
リッシュとブエルの間を、光線が駆け抜けた。
「なんだ?!」
あれほどまでに強固だったブエルのツタが易々と断ち切られ、パンツァーラビットはゴムで弾かれたかのように吹っ飛ぶ。
『……』
声帯を持たないブエルは、ただ恨めしげにそっちを見る。
そこにいたのは……、
『お邪魔だったかな?』
信じられん。
ルー・ルーだ……薬草を積んだ籠を小脇に抱えたルー・ルーがいた。
ブエルのツタがルー・ルーを敵と見なし、即座に伸びる。その形状はパンツァーラビットを絡め取ったような生やさしいものではない。牙を生やした食虫植物のような形状だ。
生身のルー・ルーではひとたまりもない。
一噛みでも受ければ、その体は腐れ果て、泥人形のように崩れ落ちるだろう。
『乱暴ね』
何を呑気に……と、思った瞬間。
上空から放たれた光線が、一息にブエルのツタを薙ぎ払った。
「なん、……だ?」
鋼鉄の強度とゴムの弾力性を併せ持つブエルのツタが散り散りになり、パーティリボンのように吹き飛ぶ。
「あら、楽しいことになってるじゃない」
ちょうど良いときにロザリンドがやってきた。
「解説よろ」
「解説もなにも、ただの光精霊よ」
「光精霊?」
「あの子、異常に光精霊に好かれやすい体質なのか、魔法契約を必要とすることなく光精霊を使役することができるのよ。使役……というか、ほとんど光精霊のお節介だけどね」
「ルー・ルーにそんな特技が……」
しかし、うちのブエルだって負けてはいない。
散り散りとなったツタからまき散らされた毒液は空気に触れると蒸散し、「うぃるす」と呼ばれる目に見えないくらい小さな生物となって毒を運び、ツタの破片は何百、何千、何万というムカデやゲジゲジなどの多足の毒虫となって地を覆い尽くす。
いくらルー・ルーが光精霊の恩恵を得ようと流石に、この数は――
「……」
――消えた。
ぱっ、ぱっ、ぱっ、とルー・ルーの周りで光が瞬いた瞬間、地を這う無数の虫は塵と化し、目に見えない「うぃるす」は……多分、灰色の薄膜のような埃となってかき消えた。
「んなっ、馬鹿な!!」
「ね? 言ったでしょ? この子がいたらせっかくの冒険もピクニックになるって」
なぜ、勝ち誇ったように……いや、それよりもだ!
「度が過ぎるわ!」
なおもブエルは口から毒液を噴水のように吐き散らす。
一滴でも浴びればルー・ルーの体は残らず朽ち果て、当たらずとも空気中にまき散らした「うぃるす」で、不可避の毒を与える、まさに「必殺」の攻撃だ。
『わっ、危ない!』
呑気に言った次の瞬間――、
5つもの光の球が五角形を描き、光の盾を展開。
ブエルの毒液を当たった側から消し飛ばす。
「……マジかよ」
毒液が届かないとなると、今度は地中からツタを伸ばす。
完全に不意を突いた攻撃……のはずが、ルー・ルーの周りを回遊する光の球は一切を見逃さない――閃光を走らせ、ルー・ルーに届くより先に根切りにしてしまった。
「圧倒的かよ……」
次なるボブエルの手は、……ああ、やばい。
強大な顎門を天に向け、一吠え。
直後、どどどどっ、と地鳴りを響かせ、画面がしこたま揺れ動く。
「何をしているの?」
ロザリンドの無邪気な質問に、俺は肩を竦めた。
「仲間を呼んだ」
果たしてブエルの隣に2つの巨大な影が舞い降りた。
1つは、体毛や鱗の代わりに全身に葉っぱを生やした飛竜のような魔獣。
1つは、いくつもの枝葉によって織りなされた巨大な地竜のような魔獣。
「あれは……リーフドラゴン? もう1体は……ブランチドラゴン?」
「ただの、じゃない。イグドラシル・リーフドラゴンとイグドラシル・ブランチドラゴンだ。名前は『ゼパル』、そして『ボティス』――俺のお気に入りのやつらだ」
……しかし、不味いな。
「3体に増えたところで勝てるとは思えないけど?」
「いや、あいつらはただの3体じゃない」
「どういう意味?」
「合体する」
3体のイグドラシルドラゴンを究極の1体とする奥の奥の手。
――巨龍樹合体。
かつてアギオンの軍勢を、ただ1体で文字通りに蹴散らした必殺の形態だ。
「……嫌な予感しかしないんだけど?」
「下手したらヴィオラ島が沈むかもな」
「悪い冗談ね」
「……」
「……冗談よね?」
「ははは~」
もはや笑うしかない。
「ちょ! 止めてきなさいよ!」
「もう間に合わんよ」
言う間に、ボティスの上にブエルが乗り、そのブエルの上にゼパルが舞い降りる。
そして、各々の形態を象る、葉っぱを、ツタを、枝葉を解き、混ぜ合うように、――合体!
かつてアギオンの軍勢を恐怖のどん底に落とした合体龍樹巨人が、ついに――、
『もしかして良くないことでも考えてる?』
――んなっ!
ルー・ルーの頭上に、5つの光球をまとめた、1つの巨大な光の球が!
「卑怯な! 合体途中で攻撃しようだなんて!」
「……普通じゃない?」
しかし、これは不味い!
「終わりね、相手が悪すぎたわ」
「バカ言え、あいつらがあれだけになるのにどれだけ手塩にかけたと思う! ちょ~大変だったんだからな!」
シトリー同様、あいつらを見つけたのは賢者大猿の食料庫だった。
世界樹イグドラシルの木片にあいつらはくっついていたのだ。
今でこそ立派な威容を誇るが、見つけたとき、ブエルは糸くずほどで、ボティスは小枝ほど、ゼパルにいたっては、ほとんど葉っぱと見分けが付かなかったほどだった。
ゴブリンよりも役に立ちそうになかったが、将来性を期待して、俺はやつらを育てた。
凄く大変だった。
ハーゲンティやシトリーも同じように育てたが、片やミノタウロス、片やグリフォンだったため、レベリング自体はそれほど苦労しなかったが、あいつらときたら、まあ弱い!
最初期のあいつらは半殺しにしたゴブリンさえ倒せず、9割殺しのほとんど死んでいるようなゴブリンを相手にしてようやく倒せるくらいほどだ。
来る日も来る日も、ほぼ瀕死のゴブリンを倒させて、レベルアップを図った。
「もういい加減、薪にしてしまえ!」
賢者大猿の長老が見かねてそう言うのに、何度、頷きそうになったことか。
もうゴブリンくらい倒せるだろう、と送り出し、なかなか戻ってこないのを見に行ったら、ゴブリン共のサラダになっているのを助けたのも一度や二度ではない。
火に当たりすぎれば干からび、水を含みすぎれば腐れるほどに軟弱で、そのくせ養分にうるさいから、好みの土を求めてハクア大森林をあっちこっち移動したこともあった。
「ちょ、ちょっといって止めてくる!」
ここから《メズルカンの具足》を使えば、ギリギリ間に合うか?!
最悪、消滅さえさせられなければ――、
「誰か来たみたいよ?」
「――ん?」
慌ててイービルアイの映像に視線を戻す。
『待て待て、待てーい!』
同時に、ルー・ルーと合体ブエルの間に、何かが転げ出た。
あいつは……、
「こんなところに……魚人?」
――そう、ロザリンドの言う通り「魚人」だ。
しかし、ロザリンドがひと言で断言できなかったのも無理はない。
鮫面はまさに「魚人」のそれだが、小山ほどの体躯に、僧服を着ているのだ。
魚人は、獣人とは違い、人種族の認識では『魔獣』に分類されるだけに、ロザリンドにはさぞ異質に映ったことだろう。例えるならゴブリンが燕尾服を着ているようなものだ。
「あれもネームドなの?」
「そうだ。魚巨人のフォルネウスだ」
助かる。これで多少は時間が稼げるぞ。
「あの魚人……強いわね」
ふふっ、とロザリンドが不敵に微笑む。
「わかるか?」
「精霊が渦巻いてるわ。ルー・ルーの水精霊版って感じ。わたしとは相性が悪いかも」
「頼むから、仲良くしてくれ」
とりあえず森に急ぐことにした。




