第38話 レベリング3日目 中編
午後になり、湖の湖畔でアリッサたちとリッシュを待つ。
「なんですか? あれ?」
声を上げたのはハティだ。
「ここにはゴーレムもいるんですか?」
――ゴーレム?
「いや、いないぞ?」
「じゃあアレは何ですか?」
アレ、とハティが指差す方を見る。
ちょうど、森とは反対側、人食堂の方角だ。
「……なんだろ、あれ」
途端に答えに困った。
俺にも覚えがないものだったからだ。
遠目に見れば、足よりも腕が長く、横に広い――猿人のような体型の何か。
全身が黒いのは、そういう毛並みなのかな?
いや、違う。
漆黒だ、漆黒の鎧を着ているのだ。つまり漆黒の鎧を纏った猿人の魔物か?
いや、違う。
100メートル圏内に入り、……兎? 兜が、兎だ。
ついに目の前まで来る。
鈍重な一歩ごとに、うぃ~、うぃ~、と妙な音を鳴らして。
「お待たせしたっす」
リッシュの声が、その兎の兜の奥から聞こえた。
「リッシュか?」
問うと、うぃ~、と兎の兜が上に開き、胴体が真っ二つに割れた。
中には、金属の贓物に抱かれるようにしてリッシュの姿。
「なんだい、それは?」
アリッサの呆れたような質問に、ぴょんとリッシュは中から飛び出した。
「パンツァー・ラビットっす」
「……」
アリッサは顔に苦笑いを張り付かせ、パンツァー何とかをしげしげと見つめる。
「こいつは何を――」
言いかけて、止めた。
――こいつは何ができるのか?
そう言いたかったのだろうが、途中で愚問に気づいたのだろう。
鉄塊そのものあるかのようなメイスを持ち、城壁のような盾を背負っているのだ。
どっからどう見ても物理アタッカーだ。
「ちゃんと動けるんだろうね? 武器はメイスだけかい?」
「駆動に問題はないっす。あと、火を吐くことができるっす」
「火を?」
「魔法には及ばないっすけど、中規模くらいだったら焼け野原に――」
「――やめろ」
全員の視線が、一斉に俺に振り返る。
「すまん」
思わず鋭い声が出てしまった。
「ほら、森だからさ。火はヤバいだろ?」
「た、確かにそうっすね。燃え広がったら大変なことになるっすね」
「……まあ、そういうことだ」
それだけじゃないんだが、……まあいい。
本当はもっと恐ろしいことが起きるのだが、変に怖がらせる必要もあるまい。
「さっそくお手並み拝見と行こうか?」
アリッサはそう言うと、小馬鹿にするように肩を竦めた。
野暮用があると嘯いて人食堂で観戦と洒落込む。
片手にはしゅわしゅわ、もう片手にはポテトと抜かりはない。
はてさて、どうなることやら。
イービルアイが映し出す映像には、……ああ、さっそくか。
さっそく12体編成のゴブリン小隊とエンカウントしたアリッサパーティの勇姿が。
数日前までだったら迷わず撤退を選んでいた相手だ。
しかしこの日のアリッサパーティは違った。
『リッシュ! 蹴散らしておいで!』
『了解っす!』
うぃ~、がしゃん! うぃ~、がしゃん!
鈍重な足取りでリッシュ……いや、パンツァーラビットが躍り出る。
呆気にとられるゴブリンズ。
が、すぐさまリーダー格の号令に、一気にパンツァーラビットを包囲する。
……正確には後方に回り込もうとしたゴブリンをハティが蹴散らした半包囲陣形。
リッシュは構わずに突進。
リーダー格と護衛の2体に対して巨大メイスを振りかぶる。
そして、一閃――、一息に薙ぎ払う。
ごぉう! と暴風をまき散らし、ゴブリン3体が木っ葉のように吹っ飛ぶ。
さらに、返すメイスで動揺して足を止めた他のゴブリンを一蹴。。
「ほぉ、なかなかやるじゃないか!」
初戦は圧勝。続けて二戦三戦も圧勝。物理アタッカーとしては申し分ない。
しかし戦ううちに弱点も露呈してくる。
まず動きが鈍い。間合いの外まで簡単に逃げられると、あの鈍足ではもはやどうしようもない。追いかけては逃げられ、逃げられては追いかけての不毛な追いかけっこ。
シャロンやアリッサが機転を回して、逃げ道を塞いだり、足を射って動きを鈍らせることでようやく追いついて、どかーん、というパターンが段々と増えていく。
まともに相手にできるのは守りを固めたオークくらいだろうか。
うちの軍勢のやつらは賢いから足が鈍いとわかれば息を吸って吐くかのように戦術を高速戦闘に切り替え、無力化してくる。
こうなると後衛がヤバいのだが、そのためのハティですよ。
ハティが城塞のように立ち塞がって後衛を守ると同時に相手の足を止めるから、追いついたリッシュが猛威を振るい、なんとか事故も起こらずやれている、という感じだ。
あと、もう一つ気になったのは、リッシュの技量だ。
団体相手にはメイスを奮うだけで多くは昼間の星となって吹っ飛ぶが、数体が生き残るともうどうしようもない。
少数を相手にするのがとにかく不得手なのだ。
攻撃が単調で、そのうえ、あまりに大ぶりなものだから簡単に回避されまくり。
当たらない、当たらない、また当たらない。
鉄塊そのもののようなメイスを片手で振り回せるほどの膂力があるんだからもうちょっとやりようがあると思うんだがなぁ。ほれ、巨人みたいにさ。メイスで地面を吹き飛ばして砂津波を起こすとか、単に地団駄を踏んで揺れで相手は動けなくなるとかさ。
アリッサが教えてやれば良いんだが……あいつも巨人と戦ったことがないのか、アドバイスのひとつもなく、どうにも持て余している様子だ。
終いには少数はアリッサが相手にするようになった。
まあ戦術としてそれもありなのだが、パンツァーラビット……いや、リッシュがそれに焦れているのがありありと見てわかる。回避されるたびに、攻撃が荒くなっているからだ。
ついにはアリッサの命令を無視して、同じ相手を付け狙い、その狂気じみた攻撃に相手が恐れ戦き、逃げてようやく一息……って感じだ。……あっ、案の定、怒られてらぁ。
『まだ慣れていないだけっす! 今度は上手くやってみせるっす!』
リッシュの意気込みは見事だが、ぜぇぜぇと息が荒い。
パンツァーラビットはよくやっていると思うが、リッシュは納得していないのだろう。
何事にも向き不向きがあり、パンツァーラビットは「小型少数の相手は苦手」というだけの話で、「大群」には無類の強さを発揮するのだから、それでいいと思うのだがな。
「意外に気性が荒いんだろうか?」
……まあいい。
「そろそろ進化個体の実用試験を再開するかな」
リストには、……うむ。
オークブッチャーには花丸が添えられ、ゴブリン・アーマーには「要検証」の3文字。
間にあるオーク・ガードの項目には何も記されていない。
そういえば最初にブッチャーを試験したんだった。
なら、まずはオーク・ガードからだな。
『リッシュ、そいつはもう放っておけ!』
――ん?
アリッサの声に視線を戻す。
1体のゴブリンに苦戦するパンツァーラビット。
「――ほぉ」
感嘆がでる。誰に? もちろん、リッシュ――じゃない。ゴブリンだ。
回避しては装甲の付け根を狙って剣を突き立て、決して深追いはせずに距離を取り、大ぶりな一撃を待ってから、それを回避、即座に装甲の付け根を狙って剣を突き立てる。
「やるな、あいつ……アーサーかな?」
前のゴブリン・アーサーはうっかりツキミに殺されたからな。
あいつは確保して、じっくり進化先を見守りたいものだ。
死なないように特注の防具を与えても良いな。
ああそうだ、進化条件を聞き出して、アーサーを量産するのも悪くない。夢が膨らむな。
よし、ハーゲンティに――
『ちょこまかちょこまかと! 許せないっす!』
――お?
一瞬、イビルアイが映し出す映像のすべてが真っ赤に染まった。
――何、だ?
映像に赤以外の色が戻り、……おおおおおっ?!
パンツァーラビットが火を吐いている?!
炎に巻かれ、ゴブリン・アーサーが一瞬にして黒炭に……。
「――んなっ!」
せっかくのアーサーが! いやそれどころじゃない!
炎が、森に、燃え広がってるぅぅぅぅぅ!
「使うな、って言ったのに!」
いかん! 愚痴っている場合じゃない!
イービルアイを通じて周囲にいるネームドに緊急入電。
「『ブエル』出現! 『ブエル』出現!」




