第32話 ちん入者
結論から先に言えば、順位戦で手足を失った魔物にブラッディスライムで仮の手足を与えようというルー・ルーの案は不首尾に終わった。
――喰っちまうのである。
手足に移植しようとしたブラッディスライムが、核を抜いた肉片だけなのに、御馳走を与えられたとばかりに手足を失った魔物を取り込み、骨さえ残さずに。
魔生物学を専門とする妖精のシルキーに理由を聞いたところ「当たり前~」と呆れられた。
「ブラッディスライムは自分よりも進化段階が低い魔物をご飯としか見なさいの~、だから、食べられちゃうのは当たり前~、前~」
ちなみに進化段階とは文字通りの進化の段階のことだ。
第一次、第二次、第三次……、と進化を繰り返すたびに数字は増える。
当然、高い数字のものほど強力な進化を果たしたことを意味する。
ゴブリンを例に挙げると、初期種族のゴブリン・ノービスは第一次進化、次のゴブリン・ソルジャーは第二次進化、その次のゴブリン・エースで第三次進化となる。
ブラッディスライムの進化段階が第五次進化だから、かなり高次の進化を遂げたゴブリンでもなければ、軒並みブラッディスライムに喰われるということか……。
「人には普通に移植できるのに?」
聞いてみた。
「それはボスが人種族だからよ~、よ~」
「どういうことだ?」
「ボスが人種族だから、人種族は食べない、そんだけ~、だけ~」
……いまいちピンとこないが、そういうことらしい。
「手足を失った子はどうなるの?」
バベルからの帰り道、ルー・ルーがぽつりと言った。
相手がルー・ルーでなければ「魔獣の餌だな~」と笑って言うのだが……。
「ブラッディスライムは無理だが、ほれ、義足とか義手とかでもいいんじゃないか?」
相手がルー・ルーでは俺とて言葉を選ぶ。嫌われたくないからな。
しかし、なかなか、これ、悪くないのではなかろうか?
しょぼーん、としたルー・ルーを慰めるための、ただの思いつきだったんだが。
「魔物に義手や義足を?」
「リッシュなら生身に負けない手足を作ってくれるかもな……」
奇妙奇天烈な籠手を作っているくらいだから義手くらい余裕だろう、……多分。
「さっそく相談してみるよ!」
「そうだな、ちょうどヴリトラ島にいるし――」
一緒にリッシュの工房に行こう……と思ったのだが。
「すまん、用事があった!」
いい加減、《門》を閉じないと。
そろそろ、あのふたりも戻ってきているだろうしな。
「いいよいいよ、あたしひとりでも大丈夫だよ」
「あとで話を聞かせてくれよ」
帰り道でハティと会い、人食堂にミミルがいることを確認してから《門》から外に出る。
門番のゴブリンは立派に酔っ払いを演じ、路地の入り口付近で寝転がっていた。
うむ、改めて見るとこれは、……酷い。
汚物まみれの服に、薄汚れた包帯を全身に巻き付け、酒瓶を抱き枕に横たわる、まさに曰く付きの酔っ払い。神にも人にも見捨てられ、後は朽ちるだけの人の形をしたゴミ。
見事な演技だ! ゴブリンは人を欺すものだから、そういう才能もあるのだろうか?
よしよし、面白かったから報酬をはずんでやろう。
「お疲れ、もう戻って良いぞ」
労いの言葉を掛け、《門》に入るように促す。
「……」
返事がない。居眠りでもしているのだろうか? この状況でよく眠れるものだ。
「お~い」
汚物まみれの服に触りたくないので、爪先突っつく。
「……」
起きない。というか、反応さえない。……おかしい。
「どうした?」
意を決して肩を叩く。衝撃でゴブリンにかぶせていた帽子が落ちた。
「……」
すまん、ちょっと待ってくれ。
何が起こったのか、ちょっと整理してと……うん、よし!
結露から言うと、ゴブリンは居眠りをしていたわけではなかった。
頭にでかいたんこぶをこさえ、目をぐるぐると回していたのだ。
これが何を意味しているのか、――そう! ゴブリンは気絶していたのだ。
正確には、気絶……せられていたのだ! 何かに、もしくは誰かに。
自然自然と《門》を見るが、特に変わった様子はない。
しかし、妙な気配が路地裏の入り口から《門》に続いている。
これは、……不味いな。
ゴブリンを昏倒させて、誰かが《門》に入ったっぽい。
「う、う~ん……」
これは不味い、か?
いや、誰かが侵入したのに、あっちでは特に何も起こっていなかった。
もちろん、そのような報告も受けていない。
「侵入して、すぐに魔物の餌食になった?」
いやいや、侵入者を見つけたらまずは俺に報告が来るはずだ。
報告が来ていない、ということは? まだバレてない?
……んな馬鹿なっ!
魔物の五感は人よりも秀でているのだ。
魔物があちこちにいるのにまったくバレないはずが……。
まさかっ! いやいや、そんはなずがない。
俺の軍勢がそんな間抜け揃いとは思いたくないが。
「とりあえず追いかけてみるか」
数分ぶりにヴィオラ島に戻り、侵入者の気配を探る。
気配、とひと言で言っても様々だ。
匂いに、足跡、手跡、空気に流れに、物音などなど、存在した痕跡全般。
今回探るのは、主に足跡、手跡の類だ。
地面をぱっと見では何の痕跡も残っていないようだが、よく見るとわずかな窪みがある。むき出しになった岩肌には、うっすらとだが誰かが素足でつけたと思しき汚れも。
気のせいレベルだが、顔を近づけると饐えた臭いが鼻をつく。
ゴブリンの巣穴の臭いを何倍にも希釈したような臭いだ。
しかし、ここにゴブリンが来ることはないので、十中八九、侵入者の臭いだろう。
しかも足跡の種類はひとりふたりではない。
見たところ、ふぃ、ふぅ、みぃ~……と侵入者は七人。――七人?!
いやいや、ちょっと多過ぎだろう。
……まあいい。とりあえず追跡を開始。
足跡はふらふらしながらも、ほぼ一直線に人食堂に向かっているようだ。
人食堂に到着し、窓から中を覗いてみる。
食堂の長テーブルに、数体の妖精と、あとはハティの姿。
給仕をしているミミルが食堂と調理室を行ったり来たりしている。
侵入者は、……いた!
長テーブルの下に三人、ハティの椅子の下に一人、死角となる物陰に二人……。
あれ? ひとり足ら……いた! ミミルの影にぴったりくっついている!
「なぜ? あれでバレない?!」
ミミルが間抜けなのか、それとも侵入者が凄いのか。
――おそらく後者だ。
俺でさえ予測不能なミミルの動きに、侵入者のひとりは影となって付き従い、常に死角に位置しながら、隙を見てはミミルが運ぶ皿から残ったおかずをつまみ食いしているのだ。
その気になればミミルを暗殺できるほどのスキルだと思うが、使用目的がつまみ食いとは……まあ無理のない話なのかもしれない、なぜなら、その侵入者はまだ子供だったからだ。
「というか、あいつら……」
ああ、間違いない。路地裏でロザリンドに集ってきた、あのときの猫獣人の子供だ。
なるほど、門番のゴブリンを昏倒させたのも、あいつらか。
「――あっ!」
ハティの声に、咄嗟に視線をハティに戻す。
どうやらフォークで口に運ぼうとしていた肉片をうっかり落としたようだ。
慌ててハティが屈んで肉片を拾おうとするが……。
「あれ?」
ハティは首を捻った。床に落ちたはずの肉片を見つけられなかったからだ。
続けて、椅子の下や長テーブルの下を探すが、やはり見つからなかった様子。
椅子に戻ると「ん~」と今度は反対側に首を捻っている。
「……すげぇな!」
一部始終を見ていた俺はただただ感嘆するばかりだ。
端から見ていると喜劇でしかない。
種を明かせば、床に落ちた肉が見つからなかったのは、何て事はない、ハティの椅子の下に隠れているやつが拾って食べたからだ。
そして、ハティがあちこち探したのに、肉どころか侵入者も見つけられなかったのは、そいつが即座にハティが座る椅子と背中合わせの椅子の背もたれに隠れたから。
同時に、長テーブルの下に隠れていた三人は、一人は長テーブルの天板の裏に引っ付き、一人はハティの死角に回り込み、もう一人はハティが長テーブルの下を覗き込んでいるのを幸いと長テーブルの上に躍り出て、無防備となったハティの皿を漁っていた。
時間にして、わずか数秒のことだ。
ハティが椅子に戻ったときには、三人は何事もなかったように長テーブルの下に戻り、一人がハティの皿から強奪してきた品々を仲良く分け合って食べていた。
ほどなくしてハティが食事を再開して、自分の皿から何品か消えていることに気づいたようだが、自分の記憶を探るように首を深く傾げたり、周りの妖精を疑いの目で見たりするだけで、肝心の侵入者にはついぞ気づいた様子はない。……なんて間抜けで、可愛い奴だ。
「何してるの?」
ちょうど良いところにロザリンドがやってきた。
俺が屈んで窓をのぞきんこんでいる横で、同じように屈んで窓を覗き込む。
「あれ見ろよ、路地裏にいた猫獣人の子供だろ? 面白いぞ」
「どれよ?」
「いや、ほら、ハティが座る椅子の下や長テーブルの下に――」
「……?」
いや、そんなもの凄い阿呆を見るような目で見られても……。
「もしかして見えてない?」
「何を?」
「まじか?」
もしかして俺だけが見えている幽霊……なわけがない。
あいつらにはしっかり足があって、足跡も、臭いもあったからな。
「だから何?」
「そうだな、物陰に隠れているような奴を見つけ出すような魔法ってあるか?」
「あるわよ」
「使ってみ」
何やら不満そうだったが、ロザリンドはぶつぶつと呪文を唱えて、人差し指と親指で輪っかを作ると、俺の視線の方を穴の中から覗き込んだ。
「いったい何が……なっ!」
「な?」
「あの子たち、そんな……まさか!」
ロザリンドは面白いように驚きながら穴の中と外とを交互に見比べた。
「まさか認識阻害?!」
「やっぱりか、だと思った」
――認識阻害。
相手の認識を阻害して、見えているのに見えていないように認識させない能力のことだ。
「ハクア大森林では小型の魔物は当たり前のように備えていた能力だが、まさかあんな子供が認識阻害まで使えるとはな、……猫獣人だからか?」
「適性はあるだろうけど、あんな子供がわたしを欺すレベルの認識阻害を使うなんて……信じられないわ!
「ほぉ~、そんなレベルなんだ」
「どうするの? 捕まえるの?」
「……どうしようか?」
正直、捕まえるのは難儀そうだ。
七人のうち何人かは捕まえられるだろうが、一度に全員は無理だ。
何人かには逃げられ、そいつらが島のあちこちに隠れたら……。
うぅ、考えるだけで面倒臭い!!
森にでも逃げ込んで魔物の餌食になろうものなら、もう最悪だ!
反対に、放置すればなかなかの喜劇が見れるという利点がある。
つまみ食いされた食事はその報酬と思えば安いものだ。
それに……誰かが気づいたらとき、そいつの顔が楽しみだ。
どんな顔をするのか、さぞ面白い顔でびっくりしてくれることだろう。
テッテレ~♪ って感じにな。
……監視用のイービルアイを設置しとかないと。
「よし!」
「決まった?」
「……放っておこう」
「いいの?!」
信じられない! とばかりにロザリンド。
「面倒くさっ……いや、綿密な作戦が必要だ」
――そう、七人を一度に捕まえられるような作戦が必要なのだ。
決して面倒臭いから放置するわけではない。
喜劇を見ているようで面白いから、でもない。
もちろん、見つけた誰かの驚いた顔が楽しみだから、とかでもない。
「……それ、わたしが考えようか?」
「いや、大丈夫。俺に考えがある」
「……本当に?」
じ~っと疑いの目で見られた。
「本当だ」
「だといいけど」
呆れたように言うと、ロザリンドは立ち上がり、人食堂の扉をくぐった。
新たな獲物の登場に、七人の無垢な眼に悪戯な光が宿る。
「せいぜい、楽しませてくれよ」
こうして人食堂にまた新たな楽しみが生まれたのだった。




