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第31話 都合の良い取引

 

 別の路地裏を集合場所にして二人と分かれ、ロザリンドと一緒に冒険者ギルドに向かう。

 程なくして何の飾り気もない大衆食堂みたいな建物にたどり着く。

 吊り看板には「冒険者ギルド レンブラン支部」とある。どうやらここっぽい。

 両開きの扉を押し開き、中に入る。

 途端に、喧噪が出迎え、空気を吸うだけで酔いそうになるほどの酒の匂いが漂ってくる。

 どうやらラベルの街の冒険者ギルド同様、酒場を兼用しているらしい。

 けど、ラヘルの冒険者ギルドと違い、まだ昼間だというのに酒場は冒険者で一杯だった。


 入り口付近にいた何人かの冒険者に見送られながら壁際の依頼板に向かうと、驚いたことに依頼板にはまだびっしりと依頼書が残されていた。


 ラヘルの街の冒険者ギルドでは考えられないことだ。


 ラヘルの街の冒険者ギルドでは昼過ぎともなれば、ほとんどの依頼がはけ、ろくな依頼が残っていないというのに。よほど「3K」な仕事ばかりなのだろうか、……いや、違った。


 しっかりと討伐系の依頼も残っているじゃないか。


 そのくせ、居残っている冒険者はたくさん。どれくらいかというと十はある五人掛けの丸テーブルのほとんどが埋まり、カウンターにいくらか空席があるくらい。


「捌ききれないくらい依頼があるってことか?」


 素朴な疑問を、率直に口にすると、隣のロザリンドに「ふっ」と鼻で笑われた。


「討伐依頼はほとんど巨人関係よ」


「だから?」


「依頼料はまあまあだけど、巨人1体を倒すのに並の冒険者が10人は必要だから、分け前はかなり少なくなる上、巨人の素材は大して高く売れないから、巨人退治は苦労の割に儲からないのよ。そのうえ、リスクだけはバカ高い。やるのは、功名心欲しさにバカをやるバカか、腕試し目的のバカ、もしくは何も知らないバカな新人くらいね」


「俺らは?」


「そうね、功名心欲しさにバカをやるバカの類かしら?」


「……具体的に何をするつもりなんだ?」


「もちろん――」


「あ、あの~」


 そのとき、誰かが、何かを言いかけたロザリンドを遮った。


「もしかしてラヘルの冒険者ギルドから派遣されてきた冒険者の方でしょうか?」


 振り返ると、瓶底のような眼鏡に鳥の巣のような頭をした女の子がいた。

 ラヘルの街の冒険者ギルドと同じ受付嬢の制服姿から、どうやら受付嬢っぽいが……。


 妙に、小汚い? 髪は、くせ毛と言えば通りそうな案配だが、制服は薄汚れて着崩され、白いワイシャツには飛び散ったインクや血の跡がそのまんま残されてあった。


「あなたは?」


 ロザリンドの質問に、女の子はぴぃんと居住まいを正した。


「ここで受付嬢をしているミリティア・ミル・ミ-ティです。ミリーとお呼びください!」


 それから、びしっ! と音がするかのような敬礼。

 村人の俺でも思わず返礼したくほど見事な敬礼だった。……やらなかったけど。


「確かに、わたしたちはラヘルの街の冒険者ギルドから派遣してきたものだけど?」


 もったいぶるようにロザリンド。

 その瞬間、ミリーの鳶色の眼がキラン☆と輝いた……ような気がした。


「そ、それでは巨人退治を?!」


「ええ、もちろん、そのために来たのですから」


「では、さっそく依頼の受領を――」


「待って。わたしたちはまだここに来たばかりなの」


「は、はぁ……」


「相手が巨人なのに地形も何もわからない状態じゃ対処のしようがないわ。巨人の生態や、あわよくば弱点とかも調べたいしね」


「お、おしゃっる通りです」


「万全を期すために一ヶ月の調査期間は欲しいわね」


「いっ、一ヶ月つぅ!?」


 受付嬢の大声に、冒険者ギルド中の音という音が、一瞬で静まりかえった。

 代わって無遠慮な視線が方々から寄せられる。

 ほどなくして音は戻るが、話し声は何やらこそこそとしたものに変わっていた。

 大方、俺らの話題であろう。嘲り半分、同情半分って感じか。


「……じ、事情はわかりますが、なんとか、なんとか! 一週間にまかりませんか?」


 両手をもみもみしながら、受付嬢は引きつった笑みを浮かべて、そう言った。


「なぜ?」


「領主様からさっさと巨人を討伐するようにと矢の催促を受けていまして、はい……」


「一週間ねぇ……」


 ロザリンドは口元を手で隠して考え込む。

 ……悪い奴だ。

 隠した口元に、うっすらと不敵な笑み。


「今張り出されてい巨人関係の依頼を一週間かそこらですべてこなしたら……見返りを期待してもいいかしら?」


「も、もちろんです! 当冒険者ギルドでできる限りのことをやらせていただきます!」


「聞いた?」


 と、これは俺にだ。


「聞いた」


「わたしたちクランを作りたいのよね」


「クラン……ですか?」


 受付嬢は小首を傾げた。急な話の転換に、ちょっと困り顔だ。


「でも、みんなまだ《鳶》級じゃないの。巨人討伐が達成された暁にはみんなを《鳶》級に昇格させてくれないかしら?」


「え? でも、巨人討伐は《鳶》級から……いえ、いえ! 今はそんなこと言ってられませんね! わかりました! どっちみち巨人を退治できる実力者なら《鳶》級に相応しいはずです! 巨人討伐が達成された暁には、皆さんの《鳶》級昇格を認めましょう!」


「ありがと。じゃあ、巨人関係の依頼を集められるだけ集めてくれる?」


「喜んで~!」


 叫ぶように言うと、受付嬢は飛ぶような勢いでカウンターの奥に消えた。


「上手くいったわね」


「だな。俺が巨人を討伐するだけでアリッサたちも《鳶》級に昇格できて、クランもできて、なかなかいい流れじゃないか。この調子で、敵やらサタナキアやらを――」


「何を言っているの?」


「――何、とは?」


「あの子に言った通り、アリッサたちに巨人を討伐させるわよ?」


「え? まじで?」


「どっちみち巨人程度を退治できないようじゃサタナキアは難しいだろうし、クランを作ったら色々な依頼を受けなきゃなんだから、この機会にちゃんと強くなって貰うつもりよ」


「ふ~ん……じゃあ、俺は何をすれば良いんだ?」


「チェルシーから仕事を貰いなさい」


 俺、軍勢で一番偉い人なんだけど……まあいいや。

 巨人兵団は一週間のお預けだが、なんやかんややることはあるだろう。



 巨人関係の依頼書の束を受け取り、帰路につく。

 待ち合わせ場所の路地裏につくが、ハティとミミルの姿はなかった。

 あいつらが遅い、というよりは、こっちの用事が早く終わってしまったのだ。


「どうしよ?」


「ぶらぶらしてきたら?」


「いや、ルー・ルーに呼ばれているんだ」


「なんで?」


「――え?」


 聞かれるとは思っていなかったので変な声が出た。

 なんか……ロザリンドの声は俺を責めるような感じなんだが、――逆に、なんで?


「いや、順位戦で手足を失った魔物が不憫だからなんとかならないか、って。ラティンたちの手足をブラッドスライムで治した話を聞いたらしい」


「ふ~ん……相談だけなら、……いや、あの子はなかなか肉食系だから――」


「何か?」


「別に。それよりも困ったわね。《門》を開けっぱなしにするのは怖いわ、さっきの子供たちの一件もあるし……」


「門番でも置いとけりゃいいんだが……」


 流石に路地裏とはいえ街中にゴブリンやオークを置いとくわけにはいかんしな。


「路地裏の入り口あたりに、ゴブリンに人の格好をさせて、酒瓶を持たせて寝かせておくのはどうかしら?」


「それに何の意味は?」


「酔っ払いが寝転がる路地裏に足を踏み入れたいと思う?」


「なるほど!」


 路地裏を利用する奴なんて、後ろめたいことをする奴と相場が決まっている。路地裏に酔っぱらいがいたのでは後ろめたいこともできない。当然、近づくこともない。


「しかし、ゴブリンだとばれたらまずいのでは?」


「顔に包帯でも巻いて酷い声で鼻歌でも歌っていれば誰も声をかけてこないわよ」


 ふむ、ただでさえお近づきになりたくない酔っ払いに、さらに訳ありの風体を装うわけだ。

 なるほどなるほど。少なくとも一般人はその訳ありそうな難儀な事情に好んで足を突っ込もうとはしないだろう。相手にするのは、よほどの聖女か、勤労な衛兵くらい……あっ!


「衛兵に見つかったらまずいだろ?」


「心配性ね、適当に追い払われるだけよ。誰も素性まで探ろうとはしないわ」


 そんなもんだろうか? ちぃとばかし不安を覚えないでもないが……。

 まあ、人生経験豊富なロザリンドの言うことだ、間違いあるまい。


「今何か失礼なことを考えたでしょ?」


「別に。流石、年長者だと思っただけ、――いだっ!」


 思いっきり足を踏まれた!


「年は関係ないから!」


 ……そういうことにしておいた。


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