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第26話 瓢箪から駒

 俺を見て、アリッサが猿ぐつわの奥で「う~、う~」と唸る。


「取ってやれ」


 オークがアリッサの猿ぐつわを外した。


「あっ、あんた……魔物の手下だったのかい?!」


「失敬な」


 開口一番、何を言うかと思えば……。


「魔物が、俺の手下なんだ」


 蹴り飛ばす。


「なっ――」


 何かを言いかけ、アリッサは無様に転がる。

 しかし、すぐさま芋虫のように体を捩って上半身を起こした。


「そ、そんな……あんた、魔族なのかい?!」


「生まれも育ちも人族で、ただの村人だ」


 ならなんで魔物を従えてるんだい? とでも言いたげな顔をしているが、何日か一緒に冒険をしただけのこいつらに俺の物語を語ってやる筋合いはあるまい。


「それよりもどうしてここにいる?」


「あ、あんたを探していたんだ。上流の方に行ったきり戻ってこないから……そしたら、穴蔵の中に不思議な門を見つけて……」


「なんとなく入ってみたと?」


 アリッサは苦々しく頷いた。今さらながらに失敗を悟ったって顔だな。


「……好奇心は猫をも殺す、ってな」


「あ、あたしらをどうするつもりだい!」


「俺の秘密を知られたからなぁ……ゴブリンにでもくれてやるろうか? 夜這いが趣味のようだし、意外に相性があったりな?」


「じょ、冗談だろ?」


「だといいなぁ」


「アリアン、アリアンだけは開放してくれ! あたしらはどうなってもいい! ただでさえ先のない人生なのに、その短い一生をゴブリン共の慰み者で終えるなんてあんまりだ! 頼む! 頼むからアリアンだけは開放してくれ! なあ! 頼むよ!」


 アリッサはそう言って何度も何度も床に額を擦りつける。

 なかなか豪快な土下座だが、訳の知らないハティやミミルはただただドン引きしている。


「ねぇ、話が見えないんだけど?」


 お義姉さんがそう言うので、アリッサたちの事情を説明してやった。


「どんな魔物だった?」


 アリッサは視線でシャロンに説明するように促す。

 ああ、そうだった。悲劇はアリッサが留守のときだから見てないのか。

 オークに命じてシャロンの猿ぐつわも外させた。


「黒い毛をした山羊の獣人、背中に漆黒の翼が生えてた」


「サテュロスか?」


「『サタナキア』よ~」


 俺の質問に答えたのは、どこからか飛んできたチェルシーだ。

 質問に答えると、チェルシーは俺の頭の上にぺたんと腰を下ろした。


「サテュロスの頭は人だから違うわ」


「し、知ってるのか?」


 アリッサが食いつく。


「山羊獣人が魔法特化で進化した種族よ。同位に、物理攻撃特化で進化した『レイナール』って種族がいるけど、人の寿命や感情を奪うあたり『サタナキア』で間違いないわ」


「強いのか?」


 俺の質問に、チェルシーは足を遊ばせ、べちべちと俺の額を打った。


「厄介な相手よ。あいつらの祖先は神様から禁術を盗み出したと言われているわ。以来、《サタナキア》に進化した個体は血の記憶から禁術が使えるようになるそうよ。でも、もっともたちが悪いのはあいつらの性質ね。覚えた禁術であいつらは世界をよくするためでもなく、また破滅させるわけでもなく、ただ弄ぶの。小さな子が砂山を築いたり崩したりするみたいにね。可哀想に、あなたたちの村はあいつの遊び場に選ばれてしまったのね」


「――くっ!」


 悔しげにアリッサが下唇を噛む。

 怒ったり、土下座したり、悔しがったりと忙しい奴だ。


「なかなか愉快な連中のようだ」


「愉快なものか!」


 俺の軽口に噛みついてくる。


「怒るなよ、シワが増えるぞ?」


「貴様っ!」


「残念ながらアリアンは開放しない」


「なっ――」


「俺の秘密を知られたからにはお前ら四人はここで終わりだ」


 もうちょっと縁が深ければ話は変わっていたのだろう。

 だが、たかが数日、一緒に冒険した程度の仲では、俺は自分の秘密を守ることを選ぶ。

 秘密がバレたときの不利益に比べれば、こいつらの命はよほど軽いと思えるからだ。


「全員、ゴブリンのはらみ腹にしてやる。よかったな、姉妹仲良くゴブリンに可愛がって貰えて。仲良く不幸で、幸せだろ? 何匹産めるか競争とかしたら楽しいんじゃないか?」


「ふざけるなっ!」


 縄にぐるぐる巻きにされた不自由な体ながら歯を剥いて躍りかかってくる。

 一か八か、俺の首筋に食らいついて、でっかい血管でも食い破るつもりなのだろう。

 ……まあ無駄だがな。

 飛び掛かってきたアリッサの顔面を掴み、押し返してやる。

 アリッサは強かに床を転がるが、すぐに起き上がり、また――


「ちょっといい?」


 躍りかかろうとしたところで、俺とアリッサの間にロザリンドが割って入ってきた。


「わたしに良い考えがあるわ」


「考え?」


「クランを作りましょう」


「――クラン?」


「知り合いのクランを当てにするつもりだったけど、なかなか連絡がつかなくてね、それなら自分達でクランを作って情報を集めた方が早いと思ったのよ」


「それで?」


 俺の質問には答えず、ロザリンドは膝を屈めてアリッサの顔を覗き込んだ。


「パーティと言わず、あなたたちクランを作ってみない?」


 藪から棒のお義姉さんのひと言に、アリッサはぽかーんとした。

 それから、何秒かして、んぐっと唾を飲み込む。


「そ、それは願ってもないことだが……あんたたちに何の得が?」


「あるわよ。ひとつにうちのバカの秘密を守ることができる。一度、クランを組んでしまえば、あなたたちにとっても他人事じゃなくなるから、嫌が応にも秘密を守らなければならないでしょ? もうひとつは、わたしたちもある人物を探していてね、どうせ世界中を探し歩くのなら、どっちがついでにしろ、一緒に探して貰った方が都合が良いじゃない?」


「そりゃそうだが……何を企んでいる? 話がうますぎて怖いんだが」


「何も。わたしたちは人よりも魔物の方が多くてね、人里で人捜しをするのに不便なのよ。だから、誰かいないかな~、と思っていたところに、あなたたちがやってきたのよ」


「運がよかったですね」と、これはハティ。


「悪いが、信じられない。ゴブリンの孕み腹にされた方がまだ現実味があるくらいだ」


「――なぜ?」


「あんたらにあたしらを仲間に入れるうま味がない。秘密を守りたいなら、あたしらをさっさと殺して、あたしらよりも有能な冒険者を仲間に入れるべきじゃないのか?」


「あら? 人なら誰もいいわけじゃないのよ?」


「どういうことだ?」


「あなたには妹さんを助けたい、という絶対の目的があるじゃない?」


「もちろんだ」


「だからよ。少なくともそれが達成されるまでは、あたたちは裏切らない。それだけであなたたちを仲間に引き込む理由としては十二分過ぎるわ」 


「しかし!」


「有能無能はどうでもいいのよ。どうにでもできるからね」


「――!?」


「何かあるんでしょ?」


 俺に、ではない。これは頭にとまっているチェルシーに向けての問いかけだった。


「ただの村人をこんなデタラメにしたくらいだしね」


「あるにはあるけど、――いいかな? かな~?」


 チェルシーが俺の頭の上から、俺の顔を覗き込んで聞いてくる。

 俺としてはゴブリンの孕み腹一択なのだが、ロザリンドの考えも悪くない。

 ダメ元でやらせてみたもいいんじゃないか、と思えるくらいには。


「俺が使わない奴を適当に見繕ってやれ」


「わかった。用意しとくから後でヴリトラ島に来て~」


 チェルシーはそう言い残して飛んでいった。


「もう縄を解いてやれ」


 ハティとオークがアリッサたちの縄を解く。


「本当に、いいのかい?」


 縄の跡の残る手首をさすりながら、アリッサがびくびくしながら問いかけてくる。


「何が?」


「まだ現実味がないよ。こんな法外な幸運にありつけるなんて夢を見ているみたいだ」


「これから嫌ってほど味わうだろうよ。ところで――」


「何さ?」


「――クランって何だ?」


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