第25話 侵入者
「よ、よし! 俺についてこい!」
ガミジンの手を取り、一緒に門をくぐる。
お義姉さんは……いないな。人食堂かな?
ガミジンの手を引いて人食堂に向かう。
「ガミジン、ここで何をすれば良い?」
「何もしなくていい。いつも通りに呑気に暮らして、俺に呼ばれたら来い」
「戦闘か?」
「そうだ」
「ガミジン、戦闘苦手。役立たず」
「なに、難しいことはない。俺の敵に噛みつくだけでいい」
「それなら簡単。ガミジン、噛みつくの得意」
「結構なことだ」
人食堂に到着し、扉を開ける。
「頭に気をつけろ」
「気をつける」
ガミジンが器用に頭を垂れて扉をくぐるのを見届けてから人食堂に顔を向ける。
「ロザリン――」
ロザリンドはどこにいる? と聞こうと思ったのだ。
「何よ?」
うぉ、すぐ目の前のテーブルにいた! 優雅にティーカップを傾けてやがる。
貴族でもあるまいし、生意気な……と言いたいところだが、美人は何しても絵になるな、
……ちくしょー。
俺がガミジンを立たせたまま、ロザリンドの真向かいに座る。
「チェルシーから話は聞いてるわ。今度はリザードマンを飼うんだって? それはアリゲーターのようだけど?」
俺が何か言うより先に先手を打たれた。意気込んできた気組みがガラガラと崩れる。
「あ、ああ、そうなんだ」
あとには、謎の後ろめたさを引く罪悪感が残される。
悪いことは何一つしていないはずなのに……なんか、やっちまった気分だ!
「ダメよ」
「な、なんでぇ?」
「どこで飼うというの?」
「ヴィオラ湖で……」
「ダメよ」
「な、なぜ?」
「あそこはみんなの水場だもの。リザードマンなんかを住まわせたら水が汚れるじゃない」
「し、しかしリザードマンを住まわせるにはあそこしか……」
第二候補としてマゴニア島の地底湖があるが、リザードマンが住むには寒すぎる。
は虫類よろしくリザードマンもまた変温動物だからだ。
「捨ててきなさい!」
「ちょ、リザードマンだぞ?!」
リザードマンの利点をあれこれと説明してやった。
兄貴と結婚する前は冒険者だったんだから今更言うまでもないと思うが。
「ダメなものはダメよ。水場を巡っての争いなんて月並みに良くある話なんだから」
「そのうち水資源が豊富な浮遊島を見つけてくるから!」
「そのうちじゃ困るのよ」
「今行けと?! 都合の良い浮遊島が通りかからないことにはどうにもならんぞ?」
「一匹だけグリフォンがいるじゃない、黒い奴。あれに乗って探しに行けば良いと思うんだけど?」
「シトリーのことか? 無理だ。あいつは飛べない」
「グリフォンなのに?」
「長い話になるが――」
元来、ハクア大森林にはグリフォンは生息していない。
大森林という地形がグリフォンの生態に合わなかったのか、それとも血で血を洗う縄張り争いに敗れて、どこか他の場所に移ってしまったのか。
グリフォンと縄張りが被るような魔獣はいなかったから、おそらくは前者だと思うが、いずれにせよグリフォンは生息せず、シトリーを見つけたのは賢者大猿の食料庫だった。
なぜ、グリフォンの幼体がそんなところにいたのか?
想像の域は出ない。ただ、賢者大猿はハクア大森林の外でも食料調達していたから、そのときにどこからか頂戴してきたのだろう。シトリーか、もしくはグリフォンの卵を。
賢者大猿との抗争に勝ち、俺は賠償金代わりにシトリーをいただいた。
ちなみに配下となった賢者大猿の群はハクア大森林に置いてきた。
俺が留守の間、ハクア大森林の統治を任せるためだ。
ほっとくと魔王を僭称する魔物が勝手に縄張りを主張するからな。
俺の縄張りであることを統治によって主張し続けなければならないのだ。
話を戻すが、シトリーを手に入れた俺は有頂天だった。
何せ、伝説にも謳われたグリフォンを手に入れたのだ。
戦力アップはもちろん、これで煤闇の世界を自由に飛び回れると思った。
……誤算だった。
シトリーはすぐに俺に懐いてくれたが、いっこうに飛ぼうとしない。
俺の覇業に幾度となく付き合い「グリフォン・ネメシス」に進化してもだ。
戦闘では獅子の体を躍らせようと、せっかくの翼を腕のように使うばかりだった。
なぜか?
賢者大猿の長老に尋ねたところ大いに笑われた。
『親であるお主が飛ばぬのに、子が飛べるわけがなかろう』
目から鱗だった。翼があるのだから本能で勝手に飛べるものだと思っていた。
――そう、
雛が親鳥から飛び方を教わるように、子グリフォンもまた親グリフォンから飛び方を教わらねば飛ぶことができなかったのだ。
「……と、まあこんな感じだ」
「大して長くなかったわね」
「グリフォンの仲間でもいれば多分、飛べるようになると思うんだが……」
一応、飛べる奴は何体かいるが――騎乗には向かない中型か小型ばかりだが――奴らを倣って飛ぶような真似さえしない。人が鳥を見て、自分が飛べると思わないのと同じに、奴らを見ても自分までも飛べるとは思っていないのだろう。なかなか賢い奴だ。
「リザードマン用の浮遊島が見つけられないんじゃ話にならないわね。今回は縁がなかったと思って諦めなさい。そのアリゲーターくらいだったらいいけど」
「ぬぅ……」
せっかくのリザードマンなのに、もったいない!
「お水は一杯あるんだから、リザードマンが住める池を造ればいいじゃない!」
誰かと思えばカランチョの娘のミミカだ。
大人の話し合いに口を挟むとはおませさんめ……んっ?!
「今何て言った?」
「なっ、なによ!」
覇気でも出てたか、ミミカが剣の代わりにおたまで、盾の代わりに鍋蓋で構えた。
……お? こいつなかなか――
「ため池を造成してはどうですか?」
カランチョが厨房の奥からやってきた。
「水源である湖を使うのが問題なら、湖から水を引いてリザードマンのためのため池でも造成してはどうですか、と……ははははっ、料理人が出しゃばって、すみません」
「いや、採用だ! それでいこう。いいよな?」
最後のはお義姉さんにだ。
「水が汚れないのならいいわよ」
あっさり了承された。
さっそくチェルシーを呼んでオークに造らせよう。
「あんた、魔物には優しいわよね?」
「そんなことはないぞ、人にだってちゃんと優しい」
「本当かしら?」
不敵に微笑む。嫌な予感しかしない笑み。
しかし、優しい俺はちゃんと応える。
「本当だとも」
「言質はとったからね?」
「お、おおう……」
「それにしても何か騒がしいわね」
確かに……、
何やら外が騒がしい。
気のせい……じゃないな。どんどんと近づいてきているようだ。
「何でしょうか?」
カランチョが扉に向かおうとしたので下がらせた。
「下がってろ。襲撃だったらまずい」
「わっ、わかりました」
外の様子に興味津々のミミカをつれて、カランチョは厨房まで下がる。
同時に、ばぁ~ん、と扉が勢いよく開いた。
扉の向こうから現れたのは……ハティだ。後ろにはぞろぞろとオークを引き連れている。
「侵入者を捕まえました。褒めてください」
「おう、偉い偉い」
ハティの頭をぐりぐりとなで回す。
しかし、――侵入者?
いったいどうやって侵入してきたのやら。
「こいつらです」
ハティの命令に、オークが引っ立てた侵入者をぞんざいに床に転がした。
「……マジか」
侵入者は猿ぐつわをされ、縄でぐるぐる巻きにされていた。
……その様子に、頭を抱えたくなった。
侵入者は四人、どれもこれも見覚えのある顔だった。
「なんで来ちまったかな……」
侵入者は、――そう、アリッサ、シャロン、タバサ、アリアンの四人だったのだ。




