第22話 2日目 昼
朝。
「あ、アシェルさん?!」
朝飯の干し肉と格闘しているとアリアンが荷台から起き出してきた。
「おう、おはよう。随分、お寝坊さんだな」
「ご、ゴブリンは?」
荷台から下りると、アリアンはきょろきょろとあたりを見渡す。
「ゴブリン? 何の話だ?」
「――ふぇ?」
「ゴブリンなんてどこにもいないだろ? 怖い夢でも見たのか?」
「そ、そんな……確かに……」
「寝ぼけすぎだな。さっさと顔を洗って朝飯を食べるべきだ。そうすればおかしな妄想も消し飛ぶことだろうよ」
「……むぅ、そうします」
ふぅ、これで一安心、……ん?
視線を感じて後ろを振り返る。シャロンとアリッサが俺を見ていた。
シャロンはすぐに視線を逸らしたが、アリッサはじ~っと睨むように見てくる。
「どうした?」
「……いや、なんでもないよ、なんでもね」
妙に含みのある言い方だ。
やれやれ、面倒ごとを増やしてしまったかね。
昼。
街道を移動中に黒い狼の群を見つけた。
放っておけば難なく通り抜けられたのだろうが、アリッサはそれをよしとしなかった。
黒い狼の討伐報酬目当てか、それとも街道の近くを魔獣が跋扈する危険性を鑑みてか。
「行くよ」
アリッサのただひと言にシャロンが続く。
俺はタバサとアリアンの後衛組の護衛を任された。
タバサが支援魔法を、アリアンが声援を飛ばす。
青魔法使いなんだから魔法を飛ばせば良いのに……まあよそ者の俺にはうかがい知れぬ事情って奴があるのかも知れないから、郷に入っては郷に従うが。
「あら? ガルムに進化してるじゃない」
チェルシーが飛んできて、俺の頭の上にとまった。
「知り合いか?」
「前にあんたが追い払ったブラックウルフの群よ」
「あん? そうなのか?」
……まったく気がつかなかったが。
「あの子に見覚えがあるもの」
「どの子?」
「今、女の子と戦ってる子」
「……すまん、まったく見分けがつかない」
ぶっちゃけるとみんな同じ顔にしか見えない。
せめて模様でもあれば見分けがつくのだが。
「目まで不器用なの? なの~?」
「見分けられるお前らがおかしい」
「まあいいわ。きっとあんたが恐怖を植え付けたからガルムに進化したのね。これで狼系の魔獣は困難に対する選択肢で進化先が分岐することが立証されたわ」
「左様で」
「ねぇねぇ、何匹か……ううん、群ごと捕獲してよ。あれ、欲しい」
「ああん? この前、お前がいらん言うから追い払ったんだろうが」
「ガルムに進化したのなら話は別よ。良い使い道があるの」
「――なに?」
「秘密~♪ 今度、戻ってきたら教えてあげるわ♪ わ♪」
「わかった……しかし、どうしたものか」
下手に攻撃すると昨夜のホブみたいに殺しかねないからな。
手加減して痛めつけてもアリッサかシャロンにとどめを刺されそうだし……困ったな。
「あんたの恐怖は覚えているはずよ。追い払ってくれたらあとはこっちで捕獲するわ」
「簡単に言うなよ」
影の中から弓を取り出す。
アリッサとシャロンの隙を遠巻きにうかがっているやつを狙って……打つ!
むぅ、見事に外れた。当てるつもりだったのに……腕が鈍ったか?
まあいい。狙われた奴は俺の方に顔を向けた。睨む。めっ、って感じに。
すると、睨まれたガルムは腰砕けになりきゃんきゃん泣き叫びなら遁走した。
「良い感じだだ」
昨日のホブも物理じゃなくて精神的に痛めつけて屈服させるべきだったな。反省。
同じ手口でアリッサたちと直接戦っている以外のガルムを遁走させる。
「だいたい逃がしたが、これからどうするんだ?」
「イービルアイに眠らせてから、オークに回収させるわ」
「見つからないようにしてくれよ?」
「善処する~!」
絶対、善処する気ないだろ、こいつ。
……まあいい、
見つかったら見つかってで素知らぬ顔で自分ちのオークをぶっ殺すだけだ。
俺の正体がばれる面倒を考えれば、オークを惜しむ理由なんてないのだから。
「アシェルさん、手が止まってますよ! それに、ちゃんと狙ってください!」
「悪い悪い」
アリアンに怒られた。怒った顔もまた可愛い。
とりあえず謝りながら、明後日の方角に矢をぶっ放す。
アリアンは「あ~」とか言いながら、俺の矢を目で追っていく。
その隙に影の中に《門》を召喚。同時に《射出機》を展開して、せっせとイービルアイ20匹とオーク10体をガルムたちが逃げていった方に射出する。
「じゃ、行ってくる~! る~!」
チェルシーが後追って飛んでいった。
さて俺は……不味いな。
アリッサとシャロンに視線を戻すと目に見えて苦戦しているのがわかる。
二人の連携も見事だが、ガルムたちの連携はさらに上だった。
右に、左に回り込み、アリッサに隙あらば牙を突き立て、爪を薙ぐ。
一撃を加えると、さっさと下がる。決して深追いはしない。
せいぜい、薄皮一枚を裂く程度の攻撃だが、ふたりの手足はすでに血塗れだった。
本能か、知性かはわからないが、やつらは知っているのだ。
ただただ血を流させれば、勝手に獲物が弱ることを。
腕から流れ出た血は腕力を、足から流れ出た血は脚力を奪うことを。
そうして、抵抗も、逃走もできなくなったとき、首筋に必殺を喰らわせる腹なのだ。
「いけ! そこ! あ~ん! いま、いま! やった~!」
必然、アリアンの応援にも熱が入る。
……青魔法で援護しろや、とは思うが。
しかし、見応えのある姉妹だ。
姉の苦戦に、妹は渋面で応え、姉の好機に、妹は笑顔を爆発させる。
まるでアリッサの心情を、アリアンが全身で表現しているみたいだ。
よっぽど仲が良いのだろう。
「あっ、あっ、あっ、だめ! やめて! ダメ! ダメだってば!」
アリッサが押し倒される。ガルムが一斉に群がる。
シャロンが助けに入ろうとするが……ダメだ、3匹のガルムに行く先を塞がれてしまった。
「あ、アシェルさん! 助けて!」
アリアンに泣きつかれた。
……困ったぞ。
助けたいのはやまやまだが、俺の真の実力はできれば隠しておきたい。
どうにかガルム共をこっちに振り向かせられれば、……そうだ!
「君の青魔法でやつらの注意をこっちに向けるんだ!」
「でも、お姉ちゃんが魔法使いは真っ先に狙われるから魔法は使うなって……」
「好都合だ! このままだとお姉ちゃんは八つ裂きにされるぞ!」
俺のひと言にアリアンはハッと息を呑み、呪文の詠唱を開始する。
「――《ウォータ-・ボール》
次の瞬間、巨大な水球がアリッサに群がるガルムたちを直撃した。
「やっ、やたっ!」
ずぶ濡れとなったガルムたちが一斉にこちらを振り向く。
本来なら水の質量を武器に、攻撃対象に手傷を負わせる魔法なのだろうが、俺には何が悪かったのかはわからんが、単に水をぶっかけただけに終わったようだ。
「――ひぃ!」
ガルムたちから向けられる敵意に、アリアンが息を呑む。
だが、それはガルムたちも同じだった。
アリアンを見て――正確にはその後ろで仁王立ちする俺をだが――血眼は一気に冷めた。
そして、腰砕けになるもの、失禁するもの、白目を剥いてぶっ倒れるもの……、様々な反応を見せながら、最後にはきゃんきゃんと泣き叫びながらガルムたちは遁走した。
これで、一件落着……とはいかなそうだ。
視線を感じて振り返ると、逃げるガルムたちを見向きもせずに、じ~っと俺を見つめるシャロンと目が合った。
とりあえず愛想笑いを浮かべて手を振っておいた。




