第21話 1日目
馬車に乗ってレンブランの街を目指す。
御者はシャロンという名前の狩人の少女がやっている。
黒髪ボブカットの可愛らしい顔をした少女だ。
なんでも実家は農場をやっていて馬の扱いには慣れているのだとか。
笑えばさぞ可愛いのに、何でかずっと無表情。
俺に思うところでもあるのかと思ったが、どうやら素で無表情らしい。
お仲間の誰が話しかけても表情を変えたところを見たことがない。
「これ、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
荷台で適当にくつろいでいると、目の前に座った女の子がお菓子を差し出してくれた
ありがたく受け取る。
チョコクッキーのようだが、一口囓ると苦みが口いっぱいに広がった。
どうやら普通のクッキーの失敗作っぽいが……まあ食べられないこともない。
お菓子をくれた彼女はアリアン。アリッサの実の妹で青魔法の使い手らしい。
アリッサと同じ銀髪を腰まで伸ばし、アリッサと似た綺麗な顔立ちをしているが、姉ほどに尖ったところがない。いつもにこにこ、無邪気に微笑んでいる。
貰ったお菓子をぼりぼりと食べる。
……むぅ、妙な視線。
振り返ると、金髪を鳥の巣のようにボサボサにした少女が俺を見て笑っていた。
何がおかしいのか……俺か? 俺がおかしいのか?
しかし、俺には笑われる覚えはない。
ほっぺに菓子でもついているのだろうか、と触れてみるが何もついてないし、鼻毛でも出ていたのか、とこっそり探ってみるが、やっぱり出ていない。
身なりだって綺麗だ。格好だって悪くない。今朝、ルー・ルーに選んで貰ったものだからな。若干、センスが田舎くさいかもしれないが……笑われるほどではないと思うのだが。
「ああ、気にしないでくれ」
いい加減、笑っている理由でも聞こうか、と口を開きかけたところに、アリッサが割って入ってきた。
「タバサは頭がちょっとアレなんだ」
「アレ?」
「昔、オークに強かに頭をぶっ叩かれてしまってね」
「ああ、そういうことか……」
納得。というか、納得するしかない。……視線はやっぱり気になるが。
「それよりも早速、武勇伝を聞かせてくれよ」
アリッサが肩を寄せ、くっついてくる。
甘い香油の匂いが鼻をくすぐる。
女冒険者ってのは冒険のときも香油をつけるものなのだろうか?。
……お義姉さんやハティにそんなことなかったと思うが。
「本当に大したことはしていない」
ちょっと距離を取る。
離れた分以上に距離を詰められ、密着される。
……むむっ、意外に柔らかい。
女戦士はもっとゴツゴツしているものだと思ったが、なかなかどうして悪くない、
「嘘だね。街中の清掃や害虫駆除を一晩で完璧以上にやり遂げてしまうなんて……なぁどんな手品を使ったんだ? 教えてくれよ~」
甘えた声で言ってくる。
ここが酒屋で、片手にエールでもあれば、本当のことをゲロってしまいそうだが、生憎とここは馬車の中で、隣にいるのは革鎧の女戦士だ。まだまだ理性は保つ。
「手品なんて使ってない。ちょっと人手を雇ってやらせただけさ」
「あんな《鴉》級の依頼なんかで人を雇ったら赤字だろ?」
「目的は昇級だったからな、依頼料は二の次さ」
「はぁ、大したもんだねぇ。あたしらが《鴉》から《梟》に上がるだけで三ヶ月もかかったっていうのに……あんた、どっかの御曹司か何かかい?」
「いやいや、ただの村人さ。村にはもう帰らないつもりだったから土地や家財を売って資金にしたんだ。人を雇うのに、その資金を使った、ってだけのつまらない話さ」
「なぁ~んだ、本当につまらない話だね」
アリッサはため息と苦笑い。
……我ながら大したものだ。
実際は、お義姉さんの入れ知恵。魔物を配下に加えているなんて知られたら、ろくなことにならないだろうから、常軌を逸した俺の活躍から足がつかないように、さっきみたいな言い訳を考えて貰ったのだ。俺はただその言い訳を暗記して朗読しただけだ。
「《梟》級に上がってからの魔獣退治はどういうカラクリなんですぅ?」
アリアンが興味津々とばかりに聞いてくる。
「それも大したことじゃない。村では農作物を守るために魔獣とやり合うのは日常茶飯事だからね、弓矢の腕前はもちろん、魔獣用の罠の設置なんてのもお手のものさ。相手が魔獣だったら後れを取ることはまずないね!」
「ほぇ~、村人さんって凄いんですねぇ~!」
「そうだろうとも!」
「でも、流石に魔族が相手ではそう上手くいかないでしょう~?」
「オークやゴブリンと戦ったことは?」
アリアンに続き、アリッサが聞いてくる。
「もちろん、あるさ」
「あんた1人で?」
「基本、ソロだからね」
「あいつらは群れるのが基本だろ? どうやってソロで倒したんだい?」
……基本、グーパンですが?
「群れているあいつらにわざわざ喧嘩を売るほど、俺はうぬぼれていないよ。まずは罠を張って、奇襲をしかけて、逃げて逃げて、罠にはめて、まずはとにかく数を減らす。真っ向からなんて斬り合わない。俺は戦士じゃないからね。奇襲、夜襲、強襲は当たり前、毒はもちろん、火攻め、水攻め、煙攻めで数を減らして、無理ならさっさと逃げて、相手が追跡を諦めたところに、背中に襲いかかるんだ。――冴えた方法だろ?」
「せこいです!」
「最高の褒め言葉だ」
「ずっこいです!」
「よせよせ、そんなに褒めるなよ」
そのとき、不意に馬車が止まった。
「少し馬を休ませる」
誰に言うでもなくシャロンがそう言った。
「体を伸ばしてくるよ」
アリッサがそう言うと、タバサの手を引いて荷台から下りた。
アリアン、俺の順で後に続く。
馬車を降りるとシャロンと鉢合わせになった。
「30点」
「――はぃ?」
「具体性に欠ける」
「な、何の話かな?」
「次はもうちょっとがんばって」
むぅ、流石、狩人だ。俺の実力をちょっと看破できているみたいだな。
……まあ本当にちょっとだがな。
夜。
アリッサ、シェロン、俺の3人で交代に見張り番をすることになった。
他の二人?
アリアンはまだ幼く、タバサは信用できない、ということだ。
「――む?」
手持ち無沙汰に焚き火を消さないように薪をくべると、妙な気配気がついた。
これは……ゴブリンだ。
女4人の色香を嗅ぎつけたか?
誰かを召喚して……いや、辞めておくか。
立ち上がり、尻についた土埃を軽く払う。
荷台をちらりと覗くとみんな眠っているようだ。起きる気配はない
ん~、伸びを打つ。
「ずっと馬車に缶詰だったからな、ちょっとは運動しないと」
足音を立てずにゴブリンの気配が漂ってくる方に向かう。
夜空は曇り、月明かりの乏しい夜だ。
焚き火から数百メートルを進むと、暗黒に浮かぶいくつもの赤い目が俺を出迎えた。
「軍勢に加えたいところだが、もう野良はいらん、って言われているからな」
コキコキっと首を、肩を、拳を鳴らしてゴブリンの群に近づく。
「悪いが死んでくれ。死体以外は必要ないんだ」
直後、ゴブリンが一斉に襲いかかってきた。
「なかなか生きが良い。蛮勇ではあるがな」
ジョブ、ジョブ、アップ-、左ストレート、右ストレート、左ブロー。
小技ばかりで恐縮だが、見る間にゴブリン共はミンチとなって吹っ飛ぶ。
開戦から数秒で、数十体ほどを肉片に変えただろうか。
なぜ、素手で戦っているのに倒した数があやふやなのか?
なぜなら、俺の一撃一撃に衝撃波が生じ、一撃で複数体のゴブリンが仲良く肉片となるからだ。ちなみに衝撃波があらかた吹っ飛ばすから返り血も浴びていない。
しかし、なかなか統率の取れた群れた。
俺の上段を誰かが攻めれば、すかさず別の誰かが下段から攻め、誰かが左に回り込めば、別の誰かは右に回り込み、誰かがやられればその血潮を隠れ蓑に躍りかかってくる。
野生のゴブリンのくせに、いっちょ前に獲物の隙を狙って連携してきやがるとは。
「上位種が指揮を執っているのかな?」
ゴブリンの群の強さを決めるのは、それの群を率いるボス格だ。
ボス格が脳筋ならその群は恐れを知らない戦士のように戦い、ボス格が小賢しければその群もまた小賢しい戦い方をする。この群は、まさに前者と後者の中庸といえるだろう。
「どこだ? どこだ?」
殺して殺して、さらに殺す。
もう群の半数は血溜まりに沈んでいるのに逃げ出す気配がない。
……むぅ、残念だ。
これだけでこの群を率いるボス格の質が知れるというもの。
頭の良い個体なら2割の損耗で逃げ出す算段をつけるはずなのに、半数を殺されてもまた戦闘を続けるなど、よほどの阿呆に違いない。
「ぎしゃあああああ!」
――いた。
手下のゴブリンよりも頭ひとつもふたつも大きな個体。
これは……ホブか? ホブゴブリン。
100匹に1匹は生まれてくるというゴブリンの変異種だ。
確率的にそんなレアな個体ではないからうちにも何体かいるが……さてどうすべきか?
「一応、拉致っとくか……レアだしな」
デコピンで気絶してくれるといいんだが……、
この前、捕獲予定のやつの脳味噌をパーンしちゃったから、ちょっと自信ないが。
「きゃああああああ!」
「――うぉ?」
突然の悲鳴に不覚にもビクッとしてしまった。
弾かれるように悲鳴の方を見ると……あれは、アリアン?
なんでアリアンが? いや、考えるのは後だ。
何を考えたのか、ホブゴブリンがアリアンに向かって駆け出したのだ。
おっ、なかなか足が速い。ひょっとしたらいい血統?
って、呑気にしている場合じゃない!
走る。走る。あっという間にホブゴブリンの背中に追いつく。
「まて、こらっ!」
腕を伸ばしてボブゴブリンの首根っこを、――掴んだ!
――ぶちぃん!
「あっ」
瞬間、ホブゴブリンの首が高々と宙を舞った。
迂闊! 力加減を間違ってボブゴブリンの首を千切ってしまった!
……ま、まあ、これでアリアンは無事……ではない。
頭部を失ったホブゴブリンの首から血が噴水のように噴き出す。
俺は、咄嗟に飛び退いて血の一滴にも汚れることはなかったが……。
すまん、アリアン。
アリアンは血のシャワーを頭から浴びることになった。
アリアンの呆けていた顔が見る間に青ざめ、ぐるんと白目を剥く。
そしてそのまま、ぱたんと後ろに倒れた。
「だ、大丈夫か?」
声を掛けてみるが、うんともすんとも言わない。ダメだ、完全に伸びている。
……ある意味、好都合ではあるが。
「……やっちまった」
とりあえず誰かを呼んでアリアの世話を。
「――ん?」
今、誰かいたような……いや、まずはアリアンだ。
ゴブリンの死体も片付けさせないといけないしな。




