その3 マゴニア島
「次はマゴニア島だ」
鉄鎖橋を渡ってマゴニア島に移動する。
「マゴニア島。全長50キロの大型の浮遊島で、6割を大森林、4割を平原で構成され、地下には巨大な地底湖がある」
「良いところね、お日様が暖かい」
ルー・ルーが雲ひとつない青空に目を細める。
「三つの浮遊島のうち、もっとも太陽っぽい何かの近くを回るからな」
「どうしてここを本拠地にしなかったの?」
お義姉さんの疑問に、俺は肩を竦めた。
「実り豊かだからだ。入植時から平原には牛や羊、山羊なんかが生息していたし、森では色々な果実や木の実が採れる。地底湖は海産物が豊富だし、今では畑から野菜や小麦も収穫できるんだぜ? 本拠地にするより天然の食料庫にした方がいいだろ?」
「確かに……」
ちなみに平原に生息している牛や羊、山羊は一定数を下回ることはない。
捕っても捕っても、次の日には元の数に戻るのだ。
――何故か?
森の奥に、牛と羊と山羊の成る木があるからだ。いや、まじで。
捕った分だけ、森からやってくるのを訝しみ、調べてみたら、そうだったのだ。
「「「……」」」
話題の一つに話したら、3人から思いっきり阿呆を見る目で見られた。
「疑うなら調べてみると良い。森はトレントの一族に管理を任せているから、やつらに言えば連れて行って貰えるぞ?」
本当なんだが……阿呆を見る目は変わらない。失敬な!
「ところでこの広大な農地は誰が耕しているのかな?」
ルー・ルーにそう聞かれ、手をひさしにして農地に目を向ける。
地平の果てまで続く広大な農地に、麦わら帽子を被った人影が、点々と見て取れる。
「オークだ」
「オーク?!」
「なぜ、驚く?」
「魔物に農作業ができるの?」
「酷い誤解があるようだが、魔物だって教えればちゃんと農業できるぞ?」
「オークでも?」
「オークでもだ」
「あの太っちょがせっせと働いている姿を想像できないんだけど……怠けたりしないのかな?」
「オークという種族に何か誤解があるようだが、意外とオークは生真面目な種族だぞ」
「そうなんだぁ~」
「初めはゴブリンやコボルトにもやらせようとしたんだ。けど、ダメだった。ゴブリンはすぐに怠けるわ、作物を勝手に喰うわ、鍬を与えると同族で殺し合うわでろくでもなかった」
「たっ、大変だったね……」
「コボルトにいたっては農作業そのものができない。忠実っちゃ忠実なんだが、種族柄、植物を育てるという脳味噌がないのか、何をやらせても雑なんだ。おまけに自分が喰わないからか作物を大事に扱わない。ひょっとしたら雑草と区別できてなかったのかもな」
「穴掘りなんて得意そうですけどね」と、ハティ。
「やらせてみたさ。深かったり浅かったりと使えたもんじゃなかったがな。その点、オークは正解だった。馬鹿力とタフネスで数人分の仕事を1体でこなして、朝から晩まで黙々と畑を耕すんだ。仕事ぶりから多少のつまみ食いぐらいは見逃してやろうかと思ったが、やつらは収穫物には一切手をつけない。ボス格に聞いてみたら、こう言われた――」
人差し指で鼻を押し上げ、オークに似せた豚鼻を作る。
「『洗っていないものを食べるなど豚の所業だ!』」
「生意気ですね、オークのくせに!」
「だろ? で、その気概に免じて農作業全般をオークにやらせているわけさ」
「でも、あのオークたち、他のオークとちょっと違うみたいだけど……」
人差し指と親指で丸を作り、丸の中を覗きながらお義姉さん。
遠望の魔法でも使っているのだろう。
「ああ、普通のオークじゃない」
農作業に勤しむオークの肌色は、普通のオークが茶色系の肌色なのに対して、健康的なピンク。下顎から突き出した牙は丸み帯、一方で豚っ鼻は普通種よりも肥大化している。
「――オーク・ファーマーだ」
「オーク……ファーマー?」
阿呆を見るような目差しで俺を見つめながら、お義姉さんは小首を傾げた。
「オークに金属製の鍬を与えたら進化したんだ」
「聞いたことがない進化ね」
「普通のオークは農作業しないからな」
狩りはするらしいが、物資の調達は主に略奪だからな、こいつらは。
「……何か特殊能力でも?」
「もちろんある。耕した土地を肥えさせたり、収穫量を倍加させたり、生育を促進したりと、農家垂涎のスキルが天こ盛りだ。おまけに防虫、防病、防草も完備。自慢の豚っ鼻で天候も読めるらしいから、天災対策もばっちりで、万年豊作を約束されたようなものさ」
「これだけの農地の収穫物なら一財産築けそうね」
悪知恵でも働いたのか、にやりとしてお義姉さん。
「大半が軍勢の腹に収まるからそうでもない」
「魔物が農作物を食べるのですか?」と、これはハティ。
「何を驚くことが?」
「人しか食べないと思ってました!」
「人なんて、どこにでもいて、鹿や兎を捕まえるよりも簡単に捕まえられるからな。腹が減ったときに目の前に豆があったら喰うだろ? そんな感じで食ってるだけさ」
「「「……」」」
「――なん?」
微妙な笑みを浮かべるお三方。愛想笑いを引きつらせたみたいな笑い顔だ。
「あたしたち……大丈夫かな?」
ルー・ルーがカチコチの愛想笑いで聞いてくる。
「大丈夫、とは?」
「魔物に襲われたりしない……かな?」
「ん~……」
改めて聞かれると、どうだろう?
順位戦上位の魔物は魔物食堂が開放されているため、好き好んで人間を襲って喰おうとは思わないだろう、魔物食堂に行けばもっと美味いものが喰えるからな。
問題は、下位の魔物だ。あいつらには魔物食堂が開放されていない。
あいつらの主な食い物はヴィオラ島の森に生息している虫だ。
他に、豆や果実、小動物で腹を満たすことだけはできるが……、
そんな食生活だから、たまには人間が喰いたくなる、……か?
野菜ばっかり喰っていると無性にお肉が食いたくなるみたいに。
そういえば……ロダン村を襲った盗賊は残さず奴らの腹に消えたっけ。
「まあ大丈夫じゃないか?」
「な、なんで疑問形かな?」
「流石に、喰えば死ぬ、とわかっているものを喰わんだろ」
正確には、喰えば殺される、だがな。
「どういう意味かな?」
「俺が許さない。――そんだけ」
「アーくん~!」
むぎゅっ、と抱きつかれた。
むむむっ、なかなかにたわわな感触!?
「あたしたちを守ってくれるんだね!」
「それでもまあ気を抜かないことだ」
「善処するよ~」
……やれやれ、だぜ。




