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その2 ヴリトラ島

 やってきましたヴリトラ島。

 全長は10キロメートルちょい。浮遊島では小型の部類に入る。

 主な施設は、ヴィオラ島からも見えた「バベル棟」。

 遠目だと台形に見えたが、近づいて立体的に見ると円柱状の建物であることがわかる。


「あの建物は?」


 あの、とお義姉さんが指を差したのは「バベル棟」から歩いて5分のところにある、高さこそ二階建ての建物ほどだが、奥にひたすら長い長方形の建物だ。


「あれは……魔物工場だ」


 正確には「魔物生産工場」というべきか。


「魔物の生産と治療が主な、――なに?」


 女性陣からの視線がみょ~に痛いんだが。


「あ、あたし、知ってるよ! アー君!」


 顔を真っ赤にさせたルー・ルーが怖ず怖ずと口を開いた。


「――ん?」


「鎖で縛り付けた女の子を魔物に、……そ、その、エッチ……させて、女の子に、ま、ままっ、魔物の赤ちゃんを産ませる施設でしょ?」


「――は?」


 何その施設、酷い!


「アー君の鬼畜! 人でなし! 女の子の敵! 」


「よせよせ、そんなに褒めるな」


「でも、そんなアー君も素敵!」


「そうだろうとも」


「何このバカップル……」


 呆れるお義姉さん。 


「で? 本当のところはどうなの? 場合によっては、――いいわよね?」


 言う間に、お義姉さんの手の平に巨大な火の玉が生まれた。

 ルー・ルーが言う方法で本当に魔物を生産していたら即座に魔物工場をぶっ飛ばす気だ。


「もちろん。どっかの悪い魔法使いじゃあるまいし、そんな方法で魔物は生産していない。主に、……錬金、科学? に基づく人畜無害な方法だ」


「興味深いわね、あとで見学しても?」


「今は稼働していないから空っぽの人工子宮がずらりと並んでいるだけだぞ?」


「あら、残念」


 稼働しているときにまた出向くとして、まずは「バベル棟」だ。

 自動で開くドアを抜けると、すぐに最上階まで吹き抜きのロビー。

 ロビーの中心には、天突くような大木。

 建物の内壁に沿うようにして螺旋階段状の通路が延々と最上階まで続いている。

 確か、最上階まで200メートルを超えているはずだが……。

 昇降機の類は……ない! 施設を使うのが、ほとんど妖精だからだ。


 あいつらは立派な羽根で飛べばいいだけだから、地べたを這いずる奴の気持ちを知らんのだ。……まあ俺自身、この施設を利用することはほとんどないから良いんだけど。


 通路沿いに等間隔で無数のドアが並んでいる。すべて研究所や倉庫だ。

 妖精が休むときは、ロビーにある大木の枝葉で適当にごろ寝するらしい。


「どんな研究をしているのかしら?」


「ちょっと待ってくれ。――お~い、ミルキー!」


 近くを通りかかった妖精を呼び止める。

 綿飴のようなピンクの髪をかかとまで伸ばしたぽっちゃりめの妖精だ。


「あらあら~、アシェルじゃない~、珍しい~!」


 のんびりといた声に、おばちゃんのような仕草。

 しかし顔は、おばちゃんじゃない。美形揃いの妖精に違わない、可愛い系の顔立ちだ。


「お義姉さんたちにこの施設の案内してくれ」


「あらあら~、アシェルのお義姉さん?」


 くるくるとお義姉さんの周りを踊るように回る。


「あたしはミルキーよ~、よろしくね~、ね~」


「ええ、こちらこそ。わたしはロザリンドよ」


 ハティとルー・ルー が続けて挨拶する。


「あらあら~、ご丁寧にどうも~、恐悦至極だわ~、だわ~。じゃあ、さっそく……あらあらら~? はてさて、どこから案内しようかしら~、困ったわ~、困ったわね~」


 落ち着きなく空中をくるくると回るミルキー。


「どんな研究をしているのかしら?」


 ……あっ、お義姉さんのひと言にミルキーが戻ってきた。


「色々よ。魔法学全般に、魔法工学、生体工学、魔生物学に、精霊学、魔道進化学に、冶金、生体の錬金術、薬草学、超古代考古学などなどね~、お勧めは魔道進化学よ~?」


「魔法学の研究室を見てみたいわ」


「わかった~、すぐそこよ~。それより魔道進化学を見てみたくない~? ない~?」


「――え?」


 お義姉さんが何も言わずに俺を振り返る。

 え? 何でそんなに押してくるの? とでも聞きたそうな顔だ。


「ミルキーは魔道進化学の大家なんだ」


 ちなみに魔道進化学とは魔物の進化を研究する学問だ。

 どんな魔物が、どんな条件を満たすと、どんな進化を果たすのかを研究するらしい。


「悪いけど、先に魔法全般の研究所を見せて貰うわ」


「いいのよ、いいのよ~、――こっちよ~」


 ミルキーの後を追い、螺旋階段状に続く通路の上り口にあるドアに辿り着く。


「ここ、ここよ~」


 ミルキーに続いて中に入る。

 一歩、室内に足を踏み入れた途端、空気が変わった。同時に、視界は白一辺倒に塗り潰され、あれやこれやと議論する妖精たちの声が騒音となって耳朶を打つ。


「……ここは?」


「魔法研究所だろ?」


 お義姉さんの愚問にそう答える。お義姉さんは呆気にとられている様子。

 他の二人にいたっては口をぽかーんと開けて何も言えずにいる。

 ……まあ無理もない。

 ドアを開けたらいきなり無限に続く白い空間に出たのだから。

 ここでの1年が外の世界の1日であるかのような趣だが、事実、別空間という意味では間違いではない。《門》を召喚する魔法を応用して別空間に行き来できるドアを作ったのだ。


「あっ、アシェルじゃない! 珍し~!」


 俺に気づき、チェルシーが飛んでくる。


「お義姉さんに島を案内している」


「ようこそ! ようこそ! ゆっくりしていって~、お茶はでないけど~」


 嬉しそうに俺らの周りをくるくると回る。

 すると、勝ち気なお義姉さんには珍しく怖ず怖ずと手を上げた。


「いくつか質問、いいかしら?」


「いいわよ~、わよ~」


「まず、――ここはどこ?」


「どっかの亜空間!」


「ど、どっかの亜空間?! いきなり凄いわね、空間を操るなんて最上位レベルの魔法じゃない。それで、どんなことを研究しているの?」


「さいきょーの魔法を作ってるの!」


「最強の魔法?」


 改めて研究室を見渡してみるが、あるのは1つの机と、2つのグループに分かれる妖精が数十体ほど。研究室はかくあるべしという見本は知らんが、実験器具の類は一切ない。

 せいぜい、机を囲む妖精の手に羽ペンがあるくらい。

 あとは、机の上に気味の悪い装丁をした本が開かれてある。

 ――あれは……ギブ・モアか?


「どういうこと?」


「――なぜ、俺に聞く?」


「あんたが命じたから最強の魔法を作ってるんでしょ?」


「違うぞ、妖精たちが勝手にやっていることだ」


「理由を聞いても?」


 今度はチェルシーに問いかける。あっちこっちと忙しい奴だ。


「もちろん! さいきょーの魔法の完成こそ、ヴィオラ様の研究の完成だからよ!」


「……。……どういうこと?」


 今度は俺に聞いてくる。


「かくかくしかじか、だ」


 ヴィオラのことを説明した。……面倒なので、かなりしょっ引いたが。


「魔導書の完成なんだからページを全部埋めればよいのではなくて?」


「それも考えたが、――そもそも世界中に魔物って何種類いると思う?」


「世間一般では数万と言われているわね」


「だろ?」


 ミルキーに言わせると、スライムの種類だけでも数百種から数千種あるそうだ。


「ギブ・モアのページは数千ページしかないんだ。ページを全部埋めたって、世界中の魔物を網羅しないんじゃ、あまりに中途半端だろ? これで完成か? ってな」


「なるほどね。だから、――最強の魔法、か」


 ふむふむ、と頷くお義姉さん。


「具体的には、どんなことをしているの?」


 ギブ・モアに群がる妖精の上から覗き見る。


 俺らが覗き込んでいることにも気づいていない様子で、妖精たちはあーだ、こーだと喧嘩腰で議論しながら、ギブ・モアにあれこれ書き込んでは消し、またあれこれと書き込む。


「今は魔法の修正作業中をしているのよ~」


 チェルシーが説明してくれたが……。

 俺には落書きに見えない。俺がずぶの素人だからだろう。


 お義姉さんとルー・ルーなんかは書き込まれる内容に、一々ほぉほぉと梟みたいな声を上げているから、もしかしたら凄いことが書き込まれているのかもしれない。


 ちなみに、ハティはぴょんぴょんと跳び跳ねたり、つま先立ちで背伸びしたりして、なんとかギブ・モアを上から覗き見ようとがんばっている。


 妖精たちの間に割り込めば、普通に見えるだろうに、……何の意地だ、それは?


「魔法、というと……さっき説明してもらった魔法?」


「ああ、ギブ・モアが魔物を喰って生み出された魔法だ。とはいえ、進化のたびに喰ってたんじゃあ軍勢が成り立たないからな。今は魔力の20%で手を打っている」


「それで魔法ができるの?」


「同じ進化をした五体から魔力を奪えばな。まあ、喰えば一体で済むらしいが」


「――あっちの一団は何をしているの?」


 あっち、とお義姉さんが指差したのは、もう一つの妖精グループだ。


「実験よ~、よ~」


 チェルシーが説明する間に、件のグループに所属する一体の妖精の影が、弓矢を持ったゴブリンを象る。そして、次の瞬間、――ひょん! と影のゴブリンは矢を放った。


 放たれた影の矢は、ゆるやかな放物線を描いて、ひゅるひゅると飛んでいく。


 数十メートル先の的に、ぱしゅん! と吸い込まれるように当たったのは、それから数秒後のこと。


 周りの妖精から「う~ん、う~ん」と呻くような声が上がる。

 どうやら実験の結果は思わしくないようだ。


「精度はいいけど、威力がいまいちよね~」


 実験の結果に、ギブ・モアに群がる妖精たちの議論が激しさを増す。

 矢を火矢にすれば良い、とか。ゴブリンを増やせば良い、とか。けんけんがくがく。


 ちなみに、ギブ・モアが習得した魔法は、俺の専売特許ではない。

 ギブ・モアが認めれば、誰でも使えるし、何人でも使えるのだ。そのうえ、魔導書に複写すれば、もはやギブ・モアの承認は必要ない、単一の魔法として活用できるのである。


「……そういえばギブ・モアが静かだな?」


『――あん? 呼んだか?』


 ギブ・モアのページが閉じられ、表紙のぎょろ目がぎょろりと俺を写す。


『なんだ、アシェルか……』


 がっかりしたようなギブ・モアの声。

 しかし、堪らないのは妖精たちだ。

 突然、ギブ・モアが閉じるものだから、ページに身を乗り出していた妖精の数体が挟まれ、助けようとする妖精の怒号と巻き込まれた妖精の悲鳴が飛び交い、大惨事の、大混乱。


『新しい飯はまだか? ゴブリンやオークはもう食い飽きたぞ~』


「この前、巨人を喰わせたばかりだろうが」


 片手間にギブ・モアのページの間から挟まれた妖精を引っ張り出す。

 手足がくにゃっと曲がっていたりと、意識不明だったりと、なんとも酷い有様だ。


『ああ、あれは酷い味だった! 大した魔法も生み出せなかったしな!』


「進化に期待だな。――《メディ……いや、ルー・ルー!」


「任せて!」


 俺が回復しても良かったが、ここはルー・ルーに任せよう。

 ここで暮らすのなら妖精と仲良くなっておいて損なことはないからな。

 傷を治してくれたルー・ルーを悪く思う奴はおるまい。

 お義姉さんとハティも治療を手伝い、怪我をした妖精は治療室に運ばれた。

 とりあえず一段落。恨み辛みを募らせた妖精がギブ・モアに落書きしているが……。まあ見なかったことにしよう。どう考えても今回はギブ・モアが悪い。


「ここはもう良いだろう。気になることがあったら後で個人的に聞いてくれ。他に行きたいところは?」


 は~い、とハティが手を上げた。


「魔法工学の研究室が見たいです!」


「うぃ、――他は?」


「薬草学に興味あるんだけど、いいかな?」と、これはルー・ルー。


「あっ、アシェル~」


 チェルシーが飛んできた。


「パックルがお義姉さんたちを生体工学研究所に連れてきて欲しいって」


「パックルが?」


 何用だろう? いや、考えるまでもないな。パックル、生体工学、お義姉さんたち……いや、この場合「女」と言うべきか。あと「ゴブリン」というキーワードがあれば完璧だな。


「わかった。一通り案内したらな」


「何の用かしら?」


 お義姉さんが不思議そうに首を傾げる。

 俺は、馬鹿正直に答えようと思ったが、……やめた。

 何事もサプライズは大切だ。


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