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その1 ヴィオラ島

 ザメルが記した約束の期日までまだ一ヶ月ちょっとある。

 計画は一週間前に実行すればいいとして、三週間ちょっとまるっと暇になった。


「ねぇ、アシェル。わたしたちはどこで体を休めればいいのかしら?」


 とりあえずヴァルケルド山方面に向かって、適当に観光でもしながら時間を潰そうか、などと考えながら人食堂を出ようとしたところでお義姉さんにそう声を掛けられた。


「どこって……」


 どこだろ? カランチョとミミルは人食堂の休憩室に住んでいると聞く。

 リッシュは工房で、ラティンたち女ドワーフは鍛冶場で雑魚寝してるし、ツキミにいたってはそこかしこで丸くなっているのをよく見かける。

 俺は……街に居るときは宿屋を借りるが、大半は芝生のベットでごろ寝だ。


「長旅で汚れたからお湯にも入りたいんだけど」


「島の真ん中に湖があるが……」


「まさか嫁入り前の大切な体を衆人観衆の前に晒せと?」


 お義姉さんの眼が、ぎろりと鋭さを増す。

 衆人観衆って、ただの魔物じゃん? 犬猫に見られていると思えば、気にするようなことじゃないと思うだが……それに、人間の男なんてカランチョくらいしかいないしさ。


「逆に聞くが、どうしろと?」


「宿舎を作りましょ。もちろん、お手洗いとお風呂付きの」


 ……まあいいか。


「わかった。サテュロスの大工に命じておく。立地は……人食堂の横でいいか?」


「ダメよ」


「――なぜ?」


「門から近すぎるわ。人食堂だって……いきなりこの世界に放り出されたとき、窓からカランチョさんの顔が見えなかったら、真っ先に吹っ飛ばしていたわよ?」


「なる、ほど……」


 目から鱗だ。この世界に足を運んだ当初、侵入されるという頭がなかったため、利便性第一で「門」の近くに人食堂を作ったのだ。門から入ってすぐに食事が取れるようにと。


 お義姉さんの一件は稀な件とは思うが、確かに備えておくことに越したことはない。


「じゃあどこに造る?」


「見て回りたいから案内してよ」


「え? 俺が? 妖精の誰かじゃダメか?」


「未来のお嫁さんにつれないわね。結婚生活が思いやられるわ」


 やれやれ、と肩を竦めるお義姉さん。

 ……そういうもんだろうか? 

 まあ結婚経験者のお義姉さんが言うのだから間違いないのだろう。


「それに、ほら、仕事も探さなきゃだしね。どこに何があるのかわからないと仕事のしようがないわ。それとも三食昼寝付きで養ってくれる?」


 しなを作り、若干の上目目線でそう問いかけてくる。

 あざとい! 性根まで透けて見えるくらい、あざとい! 

 が、それが、それでも、いい! 


「わかったわかった。だが、案内するっても大したことないぞ?」


 くそっ! 美人には勝てんが、白旗は出さない!

 せめて鼻の下を伸ばさないようにがんばりながら、最後の意地でそう言い放つ。


「構わないわ」


 こうして、俺はお義姉さんたちに「煤闇の世界」を案内することになった。




 まずは本島であるヴィオラ島だ。

 全長30キロ。浮遊島では中型の部類に入る。


「改めて見ると凄いところよね」


「まあな」


 お義姉さんの感想に、素直に頷く。

 確かに……、凄いところだ。

 上を見ても、下を見ても、あるのは永遠無限に広がるような空ばかり。空の真ん中には太陽に似た何かが座し、その周囲を数多の浮遊島が魚群のようにたゆたっているのである。


「まったくの異世界なのかしら? それともあっちの世界のどこかなのかしら?」


「どうだろうな……」


 あっちの世界のどこかなら、こっちの世界の中心にある太陽に似た何かは、あっちの世界のお日様と言うことか? なら、浮遊島から飛び降りてみれば、あっちの世界のどこかにたどり着けるか? ……ふむ、今度、ゴブリンに縄をつけて試してみるかな? 


「浮遊島が動いているようだけど……風、かしら?」


「――風だ」


「でも、風だったらこうやって呑気におしゃべりできないと思うんだけど? ほら、浮遊島を押し流すくらいの風なんだから表層にいたら木っ葉のように飛ばされるはずよ?」


「大丈夫だ。チェルシーたち妖精の学者連中が言うには、浮遊島の周囲には謎の力場が張られているらしい。力場の外に出ない限りは風に吹っ飛ばされることはないそうだ」


 ちなみに、浮遊島の昼夜は、その浮遊島の上昇と下降で再現される。

 太陽に似た何かよりも下なら昼間、上なら夜といった感じに。


 ヴィオラ浮遊諸島は、ほぼ決まった時間に昼夜を迎えるため、「何らかの気流に乗って運ばれているのではないか」というのが学者連中の支配的な意見だ。


「他に質問は? ないなら、さっそく案内したいんだが」


「あとでこの世界に関する資料を見せて貰ってもいい?」


「良いけど、大して調べられてない、っぽいぞ?」


「あれ? それはまた何で?」


 暗に「今まで何をしていたのかしら?」とでも言いたげなお義姉さんのきっつい性格を物語るような口調だが、もちろん、それにはちゃんとした訳がある。


「力場の外に出て探索できないからだ」


 積極的に調査したくてもにも力場の外を自由に移動できるような乗り物がないのである。

 せいぜい、ヴィオラ浮遊諸島の力場に何らかの偶然で小型の浮遊島が接触したときに、俺と魔物ら総出で綱引きして、引きずり込んだのを調査できるくらい。


「ふ~ん……」


 何やら何か言いたげだが、……まあいい。

 人食堂から歩いて歩いて、しばらく歩いて湖畔に辿り着く。


「ここがヴィオラ湖だ。正確に計ったわけではないが、ヴィオラ島の約1割を占める」


 約30キロメートルのヴィオラ島の1割だから、単純計算で3キロメートルほど。

 今は天候に恵まれているおかげか、対岸がかろうじて見ることができる。


「水はどこから湧いているのです?」


 ハティの問いに、俺は湖のほぼ中央に鎮座している巨石を指差した。


「あの岩だ。仕組みはわからんが湖の水の供給と浄化はあの岩が一手に担っている」


「調べないのかしら?」


 お義姉さんの質問に、俺は首を横に振った。


「変に弄って不具合でも起こされると島の存続にまで関わるからな。何かあったときに調べよう、ってことで今は完全に手つかずだ」


「なかなか興味深いわね」


「好奇心で水源を枯らすようなことはよしてくれよ? ――次行くぞ~」


 ヴィオラ湖の岸沿いに奥地に進む。

 黒い森が視界いっぱいに広がるだけの、ある意味、殺風景な光景が目につく。


「奥に見えるのが、ヴィオラ大森林だ。ヴィオラ島の残り全部、七割にも及ぶ。動植物に恵まれ、生きるだけなら不自由はしない。俺の軍勢の大多数はあの森林を住処にしている」


「魔物が大人しく森の中で暮らしているの?」


 なかなか鋭い質問だ。流石、ルー・ルー。


「いざというときに役立たずでは困るし、魔物は大人しくしているとストレスがたまる生き物だからな、軍勢内の地位を決める順位戦が昼夜を問わず行われている」


「順位戦?」


「そうだ。小型の魔物は12体、中型は5体、大型は3体で小隊を組んで、血で血を洗う抗争を繰り広げるんだ。ただし、ただ殺し合いをさせていたのでは軍勢が弱体化するだけだから、順位が書かれたバッチを奪い合うような方式でな」


 翼を広げた鷲の意匠に「1」と掘られたバッチをポケットから取り出して見せる。


「これだ。奪う方法は問わない。殺しはもちろん、騙すもよし、盗むもよし、とにかく奪えばいい。高い順位ほど軍勢内では優遇される。主に、魔物食堂の利用、新装備の先行配給、進化の選択権、瀕死時の治療優先など。あとは単純に軍勢内で威張れることか」


 最後のが、実は一番大きい。

 魔物は他者よりも優位に立つことに、この上ない愉悦を覚える生き物だからだ。


「あの子たちは?」


「――あの子?」


 ルー・ルーが指摘したのはヴィオラ湖の湖畔にたたずむ魔物の一団だった。

 ゴブリンの一団に、オークとコボルトの混合部隊、ミノタウロスの3体小隊に、ヒュドラのソロ小隊と様々だが、一様に体に包帯を巻き、思い思いにくつろいでいた。


「順位戦で傷ついた魔物だろうな。湖の周辺は非戦闘地帯に設定しているから、ここで傷の手当てをしたり、休息したりしているんだろうさ」


「治療所とかはないの?」


「ないな」


「……むぅ」


 ルー・ルーは唸りながら、自分の上唇を噛んだ。

 むむっ、この顔は……明らかに何か言いたいのに我慢している顔だ。

 経験上、この顔をしたルー・ルーを放置するのは上手くない。

 社会の窓が開いていたとき、母親からの用事を忘れていたとき――。

 はっきり教えてくれれ良いのに、こいつはこんな顔をするばかりで黙ってしまうのだ。


「あった方が良いのか? 魔法の工場でも治療が受けられるんだぞ?」


「でも、順位戦上位の子だけでしょ? そうでない子はあんた風に、湖の周りで、ただ傷が癒えるのを待つだけって……可哀想じゃない?」 


「それは、魔物たちの弱肉強食の結果だからしょうがないと思うのだが……」


「自然界ならそうかも知れませんが、軍勢の強化のためには必要だと思います」


 と、これはハティ。


「どういうことだ?」


「簡単です。自然回復を待つ暇があったら、さっさと回復させて戦線に上げた方が、より多くの経験を積めて、結果的に軍勢のレベルアップに繋がる、という話です」


「なるほど」


 弱い奴ほど、よく傷を負うからな。傷を治す暇に、一戦でも二戦でも余計に戦えば、弱い奴でもそれなりに戦えるようになるかも知れん、ってことか。一理ある。


「採用だ。必要なものは、あとでチェルシーと相談してくれ」


「ありがとう、アー君」


「お前は頭が良いんだから、気づいたことはどんどん言うべきだ」


「今度からそうするよ」


 屈託もなく微笑む。……ぐぅ、可愛い、なんて思ってないんだからね!


「と、とりあえずヴィオラ島はこんくらいだ」


 大森林の奥地には、毒の沼地や精霊の祠、一枚岩の岩山、地下世界に通じる大洞窟などなどがあるのだが、割愛。ネームドの縄張りだし、そもそも人の住めるところじゃない。


「次は……どこに行こうか?」


「あの巨大な建物は、――何?」


 お義姉さんがあさっての方を指差す。ヴィオラ島とマゴニア島の隙間にぴったりと収まるように係留されているヴリトラ島の一角だ。かなり遠くに台形の建物が見える。


「バベル棟だな……最近できたばかりの複合研究施設だ」


「バベル……棟? 塔じゃなくて?」


「確かに塔っぽいが、いくつもの実験棟からなるから棟っぽい。詳しくは知らんが」


「どんな研究をしているの?」


「……」


 知ってる限りのことを説明しようと思ったが……辞めた。面倒くさい。


「詳しくは妖精に聞いてくれ。次はヴリトラ島に行くから」

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