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第19話 帰ってきたあいつ

 人食堂の椅子に座り、鈍痛を覚えだした頭を抱える。

 人食堂が無事だったのは、本当に幸いだった。

 ここには非戦闘員のカランチョやミミル、妖精がいたからな。


「はぁ~」


 ため息に喚ばれるようにしてチェルシーが俺の頭に腰掛ける。


「あなたのお義姉さん、凄いわね。わずか13分で、オーク152匹、ゴブリン231匹、コボルト55匹の大戦果よ。これってひょっとしたら勲章ものじゃない? じゃない?」


「余所の損害ならな……」


「ま、まあこれでも飲んで落ち着いてください」


 カランチョが入れてくれたお茶を飲む。


「俺のお気に入りは?」


 聞くのは怖いが、聞かずにはいられないので聞いてみた。


「ネームド連中はみんな無事よ。未確認の敵に様子見を決め込んでいたり、あとは、先走ったオークやゴブリンが邪魔で前線にでられなかったのがよかったみたい」


「そいつはよかった。不幸中の幸いだな」


 どっちが、と問われれば、どっちにとってもだ。俺のお気に入りのハーゲンティやグシオンなどのネームド相手では、お義姉さんとて無双はできなかっただろう。


「さて、懸念事項がひとつ解消できたところで聞かせてらおうか?」


 顔を上げた途端に怒りがぶり返してくる。

 目の前でハティの馬鹿たれが美味そうにお茶を飲んでいたからだ。


「なぜ、お義姉さんを止めなかった?」


「アシェルが悪いです」


「俺が?」


「馬車ごとこの世界に突っ込ませるから……あのあと大変だったんですよ?」


「聞こうか」


 ハティの言い分はこうだ。

 煤闇の世界に突っ込んだ後、馬車はオークを引いてド派手に横転したらしい。

 そのときの衝撃でハティは気を失い、お義姉さんと他1名は事情を知らないまま魔物たちのど真ん中に取り残された。当然、魔物たちはお義姉さんたちを知らないから、ただの侵入者と見なし……あとは、まあ血で血を洗う……というには一方的な戦闘になったと。


「それ、俺が悪いのか?」


「悪いです」


「レディのエスコートはもっと丁重にするべきだったわね」


 お義姉さんの援護に、ハティが得意げに頷く。……む、むかつく!


「まあまあ2人ともアー君も悪気があってやったわけじゃないんだから」


「……」


 アー君言うな、と言いたいのを堪え、そいつの顔をじ~っと見る。

 盗賊に捕まっていたときにも見たが……なんでこいつがここにいるのだろうか?


「なっ、なにかな?」


 そばかすだらけの顔は、決して美人ではない。

 けど、愛嬌だけはたっぷりあるから、ある意味「可愛い」と言えなくもない。

 ……見慣れているせいか、俺はそう思ったことはないが。

 まあ第一印象でまず人に嫌われることはない顔だ。

 前に見たときはボサボサだった濃紺色の髪は、今は2本のお下げにまとめられている。

 村でも珍しい髪色で、なんでも祖父が東の異民族だったらしい。

 そいつの名前は、ルー・ル-・ルル・ルクレツゥア。

 村唯一の診療所の一人娘で、本人も白魔法使い。そんで俺の幼馴染みだ。


「ハティはまだしも、なぜ、お義姉さんとルー・ルーまで?」


「あら、ご挨拶ね。未来のお嫁さんに」


 ふんっ、と鼻を鳴らすお義姉さん。

 気取った仕草だが、それもまた絵になるから憎たらしい。

 ……いや、そんなことよりもだ。


「未来のお嫁さんだぁ? どういうことだ?」


「ちょっと長い話になるんだけど――」


 お義姉さんの話を要約するとこうだ。


 始まりは村長の奥さんのまったくの善意だった。


 男やもめの俺に「覇業を為すにしても男やもめでは何かと不便だろう」と村長の奥さんが気を回し、村の女を何人か手伝い向かわせようとしたそうだ。しかし、この話はいつの間にかすり替わり、俺のところに来る女は「俺の嫁」ということになったそうだ。


「そんで?」


「希望者が殺到して選抜大会が行われたわ」


「――は?」


「言うなれば『嫁決定戦』ね」


「いやいや、ちょっと待て! おかしい! 自分で言うのも何だが、俺はそんなにモテた覚えはないぞ?」


 言ってて悲しくなってくるが、紛れもない事実だ。

 せいぜい、ルー・ルーが優しくしてくれたくらい。


「もちろん、知ってるわ。村の女の目当ては、あんたじゃなくて、あんたの富と名声だもの。覇業で偉くなったあんたのお嫁さんになれば、誰からもちやほやされて、何十着というドレスで好きに着飾れて、美味しいものをたくさん食べられて、過酷な農業や家事仕事とは無縁に、日々を遊んで暮らせると思ってるらしいわよ? まさに玉の輿ってやつね」


「なっ、なんて不埒っ!」


 村の女の生活はそれなりに知っているから、ダメとは言わないが……、

 愛や何やより実益を求めるそのたくましさには呆れるばかりだ。


「それでどうなったんだ?」


「血で血を洗う『嫁決定戦』は数週間に渡って行われた」


「うわ……」


 女同士の血で血を洗う戦い……ちょっと見てみたい!

 さぞキャットなファイトに違いない。


「上位5名が選出され、そのうちの上位3名がまずあんたを手伝うためにやってきたわ。残りの二人は準備が終わり次第、後日くるそうよ」


「ちなみにその上位3名とは?」


「わたしよ」


「あ、あたしも!」


 お義姉さんに続き、ルー・ルーが慌てて手を上げる。


「1人足らないようだが?」


「いるじゃない、目の前に」


 ……目の前?

 いやいや、知らん顔でお茶を飲んでいるハティしか……まさかっ!


「お前か?!」


「……」


 ずずっ、とハティの茶を啜る音だけが響く。


「もしかして今の今まで街に戻ってこなかったのって……そういうことか?!」


「しょ、しょうがないじゃないですか!」


 ハティは泡を食ったように言い放った。


「いつの間にかトーナメント表に組み込まれてて、棄権して、さっさと村から出ようとしたら『抜け駆けするつもりね!』ってやっかまれて、数十人の女の人に取り囲まれて、もう大変だったんですからね! 生きて村から出るには勝つしかなかったんですから!」


「で、うっかり俺の嫁にされたと?」


「遺憾ながら……」


 ……遺憾ながら言うな。


「お義姉さんとルー・ルーはそれでよかったのか?」


「結婚するかどうかはさておき、わたしもあの人の敵を討ちたいわ」


「なら、別にトーナメントを勝ち抜く必要はなかったのでは?」


「冗談、村の女なんて舐められてたまるものですか! それに、村から出るにはハティちゃんの言う通り、勝つしかなかったしね」


「……左様で」


 無駄に気位の高いお義姉さんらしい、と言えば、お義姉さんらしいが。


「リッカは?」


「長い旅になると思ったからお義父様とお義母様に預かって貰っているわ。こんな素敵な拠点があるなら呼び寄せようかしらね?」


「情操教育に悪そうだから辞めてくれ」


「冗談よ」


 ふふっ、と笑うお義姉さん。


「ルー・ルーは?」


「あ、あたしは……」


「お前も巻き込まれた口か?」


 しかし村の女上位3名に入るほど腕っ節が強かったとは初耳だ。

 昔は、虫も触れなかったのに。


「何を言っているの? この子が1位よ?」


「――は?」


 思わず変な声が出た。


「『アー君のお嫁さんにはあたしがなる!』って凄かったんだから」


「……マジで?」


 耳まで真っ赤になりながらルール-は頷く。


「白魔法の神髄を見たような気がします!」


 回復と対アンデット用の攻撃魔法くらいしかない白魔法でどうやってハティとお義姉さんに勝ったのか、じっくり聞きたいところだが、まあ後のお楽しみにしておこう。


「それで、アー君、あたしたちは何をすれば良いの?」


「――え?」


 ルー・ルーの質問に、俺は答えを詰まらせた。

 ルー・ルーはやる気満々って感じだが……。


「何も――」


「なにも?」


「――ない」


「ない?!」


 邪険にしたくて言っているのではない。本当に「ない」のだ。

 炊事洗濯掃除のことを言っているのだろうが、飯はカランチョが作ってくれるし、洗濯は妖精がしてくれる。掃除は、そもそも掃除する部屋そのものがない。

 ないないないで、男やもめの俺を助けに来てくれたのに、大変に申し訳ないことだ。


「別に家事仕事とかじゃなくてもいいのよ?」


「というと?」


 お義姉さんの呆れたようなひと言に、首を捻る。


「わたしは魔法全般が得意だし、ルー・ルーは白魔法と薬学に秀でているわ。ハティちゃんは騎士学校を出ているそうだから一軍でも任せてみたらどうかしら?」


「おおっ! それは助かる!」


 なるほど、家事仕事だけが女性の仕事じゃないものな。目から鱗だ。


 魔法全般が得意ならチェルシーの研究の手助けになるし、白魔法や薬学に秀でるなら傷ついた魔物の治療に役立つ。一軍を率いられる人材は前々から欲していたところだ。


「あとで島を案内して。きっと役に立てる場所があると思うの」


「わかった――」


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