第16話 パックル
というわけで、やってきましたヴリトラ島。
研究棟の一室にある「生体工学研究所」と表札のあるドアを開ける。
「待っておりましたぞ、アシェル殿!」
すると、白衣を着た1体の羽妖精が俺を出迎えた。
彼女の名前は、パックル。
チェルシー同様、ヴィオラが生成した人口妖精の1体だ。
「悪い、色々用事があって忘れていた」
「構いませんぞ、その分、より精査することができましたからな」
「ふむ、それで? 何かわかったか?」
「もちろんですぞ!」
踵まであるくせっ毛だらけの髪の毛を躍らせ、くるりと俺の周りを一回転。俺の目の前で止まると、せっかくの妖精の美貌を隠す厚底ビンみたいな眼鏡をキラン☆と輝かせた。
「結論から言うと新種ではありませんでしたぞ」
「なに?」
「血の記憶に弄られた痕跡を見つけましたぞ」
「どういうことだ?」
「つまり! あの個体は人為的に作られた魔物……キメラですぞ!」
「なん、……だと!」
「天才の仕事ですな! しかし、ご安心召されよ! 弄られた痕跡を解析すれば、術式の解析は可能! 早晩、この天才的な技術は我らのものとなりましょうぞ!」
「おおっ! 素晴らしい!」
思わず拍手。パチパチパチ!
「つきましてはこの書類にサインをいただきたい」
一枚の紙ペラを渡された。……むぅ、字がびっしりと。
がんばれば読めないこともないが……、頭が茹で上がりそうだ。
「この書類は?」
「実験許可証ですぞ」
「何の実験だ?」
「血の記憶をちょちょいと弄ってですな、不出来な部分を、出来の良い部分に変えたり、ああなりたい、こうなりたい、という願いを叶えて、みんなを幸せにする実験ですぞ」
「ふ~ん……」
うん、よくわからん! 百歩譲っても意味不明だ。
みんなが幸せになるなら別に良いか?
「チェルシーはなんて?」
聞いてみてから、あれ? と思った。
そうだ、チェルシーだ。
研究棟で許可が必要となる事案はすべてチェルシーが取り仕切っているはずなのだ。
それが、チェルシーを通り越して、何だって直接、俺にくるのか?
「チェルシー殿は、その……少々前時代的と言いましょうか……」
「つまりチェルシーに許可が貰えなかったと?」
「いやいや、まずはアシェル殿に、と思いまして。素晴らしい技術故、いの一番にお耳に入れていただきたく、こうしてご足労いただいた次第でして、はい」
えへへへへ、とパックルは笑う。人の顔色を疑うような媚びた笑みだ。
どうにも胡散臭い。でも、悪い気はしないのだ。
チェルシーより先に俺の許可が欲しいなんて実に健気じゃないか。
……まあ、話くらい聞いてやろうかね。
「具体的に何ができる技術なんだ?」
「そ、そうですな……」
俺の質問に、パックルは手をもじもじとさせる。
厚底ビンみたいな眼鏡の奥で気弱そうな眼が右へ左へと揺れ動く。
「キメラを……そう、キメラを作り出すことができますぞ!」
「なんとっ!」
俺の心の中の男の子が「キメラ」と聞いて小躍りした。
「首が三つあるキメラも、尻に顔がついたキメラも思うがままですぞ!」
「採用!」
素晴らしい! アギオンじゃないが、この技術があれば俺でも「ぼくがかんがえたさいきょーのまじゅー」を作れるじゃないか!
「では、ここにサインを」
「うむ」
ペンを受け取り、指定された箇所に署名する。
……あっ、そうだ、念のため。
「新種はダメだぞ?」
「――ぎくっ!」
「『ぎくっ』?」
口で『ぎくっ』って言うやつ初めて見たわ。
「ピトさんに怒られるからな。作るのはあくまでキメラだ」
屁理屈のようだが、キメラという種の枠内なら、どんな姿のキメラを作ろうと、例えそれが世界に1体しかいなかろうと、キメラはキメラなのだ。
しかし、キメラ以外のまったく新しい種を作るとなると話は変わってくる。
新しい種の創造は、創造神の領分だからだ。
特段の配慮で魔物の量産を許されている俺らだが、だからといって勝手に新種を作ろうものなら、どんな罰を受けるかわかったものではない。
最悪、指パッチンひとつで泡ぶくにされる未来さえあり得るのである。
「も、もちろんですぞ!」
……なんか、嘘臭い。
「まさか俺を欺そうとしていないよな?」
今になってチェルシーよりも先に俺に許可を貰いに来たのは、俺なら簡単に騙せると踏んでのことではなかろうか、と斜に構えてしまうが、―……まあいい。
「も、もちろんですぞ!」
「欺したら首チョンな?」
親指を立て、首に横一文字の線を引くように走らせる。
「も、もちろんです、……え! ええ、ももももっ、もちろんですぞ!」
「言質は取ったからな?」
署名を終えた許可証を差し出す。
受け取るパックルの手は気の毒なほどに震えていた。
帰り道、ばったりチェルシーと出会した。
「何の用事だった?」
「例のギガントピテクスだ。どうやら新種じゃなくてキメラだったらしい」
「ふ~ん……他は?」
「ギガントピテクスを解析すれば同じようなキメラが作れるようになるかもってさ」
「大丈夫かしら?」
「――何が?」
「ただのキメラですめばいいけど」
意味深なひと言を残してチェルシーは飛び去った。
後にはなんとも言えない後味で立ち竦む俺がいた。




