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第11話 進化とおつかいと、あと兎

 一週間ほど《梟》級の依頼をこなす。

 主な依頼内容は街周辺を縄張りとする魔獣退治。

 ようやく暴れられる、と期待していたのだが……。

 なんでかなぁ~、俺が行くと群のボス格がさっさと腹を見せるのだ。

 チェルシー曰く。


「アシェルに染みついた本物の魔獣の気配が、魔獣モドキを本能的に屈服させるのよ」


 ……だそうだ。

 判然としないが、まあいい。


 使えそうな奴はとりあえず「煤闇の世界」に連れて行き、そうでない奴は街の周辺から追い出す。俺の縄張りだ! と主張するとやつらは二度と近づいてこなかった。


 依頼を順調だったが、気分はもやもやした一週間だった。

 それもこれもハティのせいだ。

 旅立ってからもう二週間も経っているのに未だに音沙汰がないのだ。

 道中で、もしくは村で何かあったか、はたまた逃げ出したか。

 戻ってこい、とは言ってなかったが、戻ってくるな、とも言っていない。

 もう我慢の限界だった。


 明日の朝一番に《メズルカンの具足》で村に行ってみようか。本気でそう考えながら冒険者ギルドで早めの夕食を取っていると、影からチェルシーが飛び出してきた。


「――おつかい?」


「そう、鎧が欲しいの。重装騎士が装備するようなやつね? ね?」


「魔装があるから必要ないだろ?」


 魔装がなくても俺の生身はそんじょそこらの鎧よりも丈夫だしな。

 かえって動きを阻害するだけだと思うのだが。


「あんたのじゃないわ、オークに着せるのよ」


「オークに? おいおい、うちにオークが何匹いるか知っているのか?」


「496匹よ。実験で使うだけだから1セットでいいわよ」


「実験とは?」


「オークの進化実験よ」


「上手くいってないのか? ゴブリンは上手くいったはずだろ?」


「残念ながら卵の提供者によって進化先は変わるのはゴブリンだけみたい」


「そうなのか?」


「そ。卵の提供者が変わっても知能特化の『サージェント』と肉体特化の『バーバリアン』の二派生は変わらなかったわ」


「ふ~ん……まあそれでも十分だと思うけどな」


「ま~ね」


「それで? オークの進化と鎧に何の関係が?」


「この前、大猪を軍勢にくわえたじゃない?」


「くわえたねぇ」


 ……食料としてな。


「オークが大猪に乗って遊んでいたのよ。それを見て、大猪に乗せれば足の遅いオークでも素早く移動できるんじゃないか、って思ったのよ」


「オークに大猪が乗りこなせるのか?」


 猪は気性が荒そうだから下手すれば馬より難しいと思うのだが。


「初めは上手くいっていないようだったけど、数日が経ってから見たら見事に乗りこなしていたの」


「ほぉ、オークのくせにやるじゃないか!」


 意外な才能だ。食う犯す戦う以外にできることがあったとは。


「調べてみたら『オークライダー』に進化してたわ」


「――は?」


「『オークライダー』に進化していたのよ」


「なんで?」


「『大猪を与えたから』よ。試しに他のオークにも大猪を与えてみたら『オークライダー』に進化したから間違いないわ。オークの進化開放条件は『装備』だったのよ!」


「お、おおお! ――大発見?」


「大発見! それで今度は金属製の武具を与えてみようってことになったの」


「なるほど。……面白い!」


 なかなか興味深い実験だ。


「でしょ? でしょ?」


「重装の鎧で良いんだな?」


「そうそう、全身を覆えるような奴ね」


「わかった。買ってくる」




 冒険者ギルドで武具屋の場所を聞き、さっそく向かってみた。

 ――『火竜の微睡み亭』

 受付嬢はそう教えてくれた。なんでも冒険者の間で評判のよい店らしい。

 大通り沿いに、目的の看板を見つけた。

 鎧を着たマネキンがショーウィンドーに飾られている。

 なかなかお洒落な店のようだ。

 さっそく中に入る。チィリン、チィリン、とドアの呼び鈴が鳴った。

 店内は、なかなかに壮観だった。

 壁一面には武器の類が飾られ、防具を纏ったマネキンがずらりと居並んでいる。

 棚には小物や服の類が雑然と置かれ、奥にカウンターが見える。

 ざっと見た感じ、オークが着られるような鎧は見当たらない。

 縦に長く、横に短い、普通体型の防具がほとんどだ。

 いちいち探すのも面倒なので店員に一声掛けてみよう。

 カウンターに向かおうとした……矢先、奇妙な武器が目についた。


「……なんだ、これ?」


 棚の上で、他の小物を押しのけるようにして置いある。

 実に奇妙な武器だ。刀身を囲うように無数の小型の刃がくっついてある。柄の部分には謎の出っ張り。大きさも奇妙で、大剣ほど分厚いのに、長剣よりも短く、短剣よりも長い。

 手に取ると、ずっしりと重い。下手したら大剣よりも重いんじゃなかろうか?

 ……まあいい。

 気にはなったが今は用件を……何だ、これ?

 今度のは奇妙な防具だ。背中に亀の甲羅みたいな機構がくっついていた。


「そ、それに興味あるっすか?」


 出し抜けに声を掛けられた。気配は察していたので驚きはしなかったが。


「これは何のために?」


 声に振り返り、問いかける。

 ……あん? 


「誰もいない?」


「それはドラゴンに吹っ飛ばされても無傷で済む画期的な仕組みっす!」


 声はすれど姿は見えず。

 いや、視界の下の方で何やらもふもふしたものが。

 顔を下げると、兎の耳をつけた女の子がもじもじしていた。

 金髪に、褐色の肌をした女の子で、この店では店員に兎の格好をさせて客を喜ばせるようなサービスでもしているかな? と思ったが、兎耳はしっかりと頭から生えていた。

 どうやら彼女は兎の獣人らしい。眠たそうな眼をして、子供っぽい顔つきだが、獣人の実年齢は見た目ではわからないから、ひょっとしたらもう成人しているのかもしれない。


「滅茶苦茶硬い、ってことか?」


 叩いてみるがそこらの鎧と大差ないように思える。素人にはわからないか?


「違うっす! こいつの背中にはスライムが仕込んであってな、ぶっ飛ばされた先で大岩に叩き付けられようとスライムが衝撃を吸収して守ってくれるっす!」


「ほぉ、なかなか面白いアイディアだ」


 経験上、魔獣の攻撃で一番怖いのは、単純にぶっ飛ばされることだ。

 ぶっ飛ばされた先で何が待ち受けているかは、完全な運任せ。

 大岩に叩き付けられようものなら下手に噛まれるよりも大ダメージだからな。


「こっちの槍っぽいのは?」


「槍っす。もちろん、ただの槍じゃないっす。伸縮自在で長槍にも短槍にもなるっす」


「こっちの籠手は? 飛ぶのか?」


「手の甲のところにナイフが仕込んであるっす」


「こっちのは?」


 もののついでにさっきの奇妙な剣のことも聞いてみた。


「魔導で大きな刃の周りを小さな刃が高速回転するような仕掛けが施されてあるっす。少々、重くなっちまったっすが、竜の鱗だって寸断できる自信があるっす」


「ほぉほぉ」


 なかなか浪漫溢れる武器の数々だ。俺もだが、特にチェルシーが喜びそう。

 チェルシーたち妖精は《魔装:クランバンMarkⅣ》よろしく浪漫武器が大好きだからな。


「使ってみていいか?」


「どうぞどうぞっす! 試し切り用の鉄板もあるっすよ?」


「それは――」


「おい、兎! 客か?」


 いい、と言いかけたのに、野太い声に遮られた。

 奥からスキンヘッドでむきむきのおっさんがやってくる。

 見た感じ、ここの「親方」っぽい。とても偉そうだ。

 親方は俺を見て相好を崩すが、すぐに露骨に顔を歪めた。

 視線の先には、俺が手にする例の武器があった。


「兎! またあのガラクタをお客さんに勧めていたのか!」


「ガラクタじゃねぇ――」


 っす、と続いてであろう言葉は、ごちぃん、と兎っ子の頭に落ちた拳骨に遮られた。

 兎っ子は頭を抑え、あわあわ言っている。

 ちょっと可哀想に思えたが……赤の他人の俺がこいつらの関係に口を出すのは野暮というものだ。こいつらにとっては日常茶飯事の出来事なのかもしれないからな。


「すみませんね、お客さん。……それで今日は何が入り用で?」


「鎧が欲しいのだが」


「鎧ですか?」


 希望のサイズを伝えた。


「オークにでも着せるんですかい?」


「そうだ」


「はははっ、お客さん、冗談が上手いねぇ!」


 ……いや、本気なんだが。まあいいが。


「とにかく必要だ。ないのか?」


「特注になりますね。その分だけちいとばかり値が張りますが」


「うっ、うちが作ろうか? 安くしとくぜ!」


 兎っ子がしゃしゃりでる。


「てめぇはひっこんでろ! この半人前以下が!」


「作れるのか?」


「もちろんっす! ――うぎゃ!」


 親方にぶん殴られ、兎っ子は吹っ飛んだ。

 どんがらがっしゃーん! と奥の棚を突っ込み、棚に置いてあったものに頭から埋まる。大丈夫か? お、大丈夫っぽい。もぞもぞと起き出し、暗い眼で親方を睨み付けている。親方は気づいていない、気づかれたらまた殴られるだろうに、なかなかのファイトだ。


「すみませんねぇ、客人」


「いや、いい。おいくら」


「これくらですかね」


「むぅ、なかなかだな……」


 いつかの串焼きが200本以上買えるじゃないか。

 周りに飾られている鎧の値札を見ても、明らかに「0」がひとつ多い。


「特注のため一から図面を起こさないといけませんからねぇ」


 へへへっ、と気色の悪いおべっか笑いを浮かべ、親方は揉み手でそう言った。


 ……困ったな。一つくらいなら買えるが、「大猪」の件から見て、何かしらの進化が開放されるのは確実だから、将来的には相当数の鎧が必要になるかもしれないのに。


「すまん、ちょっと検討してみる」


「わかりました。ご用命は是非、当店を!」


 気持ち悪いおっさんの笑顔に見送られ、店の外に出る。

 ……あっ、あの浪漫武器くらい買ってくるべきだった。まあいいや。


「さて、どうしようか……」


 露天で果実水を買い、ベンチに腰掛ける。


「……困った」


 どっかに鍛冶職人でも落ちていないだろうか?

 もしくは鍛冶が得意な魔族とか?

 チェルシーに聞いて……いや、知ってたら初めから「買ってこい」とは言わなかっただろう。あいつなら「鎧を造らせたいからちょっと掠ってきてよ、群ごと」とか言いそう。いや、言うな。前例がある。大工仕事をさせているサテュロスの一族がまさにその犠牲者だ。


「また冒険者ギルドに聞いてみるか?」


 もしくは冒険者の誰かか。一人くらい事情通がいるかもしれないしな。

 そうとなれば……おや?

 大通りの向かい側を大荷物を持ってとぼとぼ歩いているのは……あの兎っ子ではないか。


「おーい!」


 声を掛けると、兎っ子はしなだれている耳をピーンとさせ、俺を見て嬉しそうに笑った。


「旦那~!」


 そして、俺に向かって駆け寄ってくる。

 ……途中、何度か馬車に轢かれそうになりながら。


「あぶあぶ、あぶねっす! 危なく兎の叩きになるところだったっす!


「どうした? 大荷物を持って」


「辞めてきたっす!」


「辞めてきた? あの店をか?」


「うちの作品を理解できない人とは一緒にやれないっす。方向性の違いっす」


「ふ~ん、よくわからんけど……行くところがないならうちに来るか?」


「だ、旦那の家っすか? そ、それはちょっと……まだ知り合ったばっかじゃないっすか」


 褐色の頬をそれとわかるほどに赤らめ、兎っ子は内股でもじもじ。


「何を言っているのかわからんが……お前さんはああいう発明が得意なんだろ?」


「大好物っす!」


「俺、傭兵団みたいなのやっているから兵器開発担当でどうかなって思ってな」


「おお、旦那は団長さんだったんっすね! 一目見たときか何か違うと思っていたっす!」


「そうだろうとも」


「あれ? 傭兵団をやっているなら……専属の鍛冶職人はいないんっすか?」


「専属の鍛冶職人?」


 ……専属の料理人ならいるが?


「国の軍隊はもちろん、傭兵団でも騎士団でも自分達の武具の面倒を見させるために衣食住と仕事を保証して専属の鍛冶職人を雇うっす。いちいち街の工房持ちに頼むのは手間だし、高くつくっすからね。特注の武具の生産だってやってくれるっすよ?」


「マジか?!」


「マジっす」


「お前さん……そういえば、名前は?」


「リッシュっす」


「リッシュは鍛冶は?」


「自分はご覧の通り無理っす」


 確かに……、その細腕で鎚を振るうのは大変そうだ。

 自慢のもふもふの毛も鍛冶場ではちりちりになるに違いない。


「自分は頭脳労働専門っす」


「どこに行けば雇える?」


「鍛冶ギルドっすかね、普通は。でも、腕の良いのはすでに自分で店を出すか、誰かに雇われいるっすから、雇えるのはよほどの悪たれか、新人くらいっす」


「むぅ、なかなか上手くいかないものだ」


「あっ、奴隷市に行ってみるのはどうっすか?」


「――なぜ?」


「この前、どこかの王様がドワーフの王国を征服して、最後まで恭順を誓わなかったため、そのドワーフの王国の国民全員が奴隷に落とされたそうなんっす。今、奴隷市はその王国民のドワーフで溢れかえっているそうっす。親方とお客さんが話していたっす。ひょっとしたらドワーフの鍛冶職人が奴隷として売りに出されているかもしれないっすよ?」


「なんと!」


 ドワーフと言ったら生まれながらの鍛冶職人だ。その腕前は半人前でも人の匠を凌駕し、ただの鉄屑でさえ伝説の武器に変えると聞く。そいつらが奴隷で売られているだと?

 ――こうしてはいられない!

 果実水を一息に飲み干し、ベンチから跳び上がる。


「奴隷市場ってどこだ?」


「あっちっす」


 大通りの向こうの向こうを指で差すリッシュ。


「よし、ちょっくら行ってくるぞ!」


「ま、待って欲しいっす、旦那! うちも連れて行って欲しいっす!」


 リッシュはひぃひぃ言いながら、一度地面に下ろした大荷物を背負い直そうとする。

 ……いや、したのだ。しかし、見事にべちっと荷物に潰されてしまう。


「大丈夫か?」


 大荷物の下から這い出した手足が段々と慌ただしくなっていくのを見かねて、大荷物を持ち上げてやった。


「し、死ぬかと思ったっす!」


 褐色の肌をそれとわかるほどに青ざめさせ、リッシュはぜぇ~ぜぇ~と病的に息を継ぐ。


「凄い荷物だが、何が入ってるんだ?」


「うちの発明品っす!」


「お? ってことは店で見たギザギザ剣も?」


「入ってるっす。欲しいっすか?」


「欲しい!」


「感激っす! うちの発明品がこんなにも求められるなんて! マジ感激っす!」


「でも、今は奴隷市場に急ごう」


 大荷物を背負い、ついでに小脇にリッシュを抱きかかえた。


「はわわわわ~、旦那の手がうちの大事なところに~!」


「これか?」


 揉み揉みと揉みしだく。


「ひぃ~、旦那のいけず~、うちをどうする気っすか!?」


 とりあえず奴隷市場に急ぐことにした。


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