第10話 鴉と猪と狼
とりあえず来てみた。
場所は、化けガラスが住処としていた森から北に13キロの森の中。
例によって《魔装:チェシャキャット》で身を隠して様子をうかがう
手配書の「猪」の他に、一回りほど小さな「猪」が数十頭。群っぽい。
「……むぅ」
これはもう唸らずにはいられない。
手配書の「猪」は牙が四本もあって強そうだったから多少は期待したんだが、実物は大岩ほどのただの猪だった。もちろん、大岩ほどもあれば一般人には十分に脅威だ。
しかし、俺はハクア大森林で小山ほどもある猪型の魔獣と戦ったことがあるのだ。
気性が荒すぎて軍勢には加えていないが、アレの子供以下の体躯では失望は禁じ得ないというものだ。
「どうする?」
一応、聞いてみた。
『不味そうだからパス』
「依頼内容だけこなしてぱぱっと終わらせたら?」
一冊と一人はどうやら乗る気でない様子。
「ボス格だけ倒して残りを『煤闇の世界』で飼うってのはどうだろう?」
「いいわね、カランチョにぼたん鍋にしてもらいましょう~♪」
「よし、そうするか!」
見返りがあればやる気も出るというものだ。
「あっ、アシェル。一応、アレのテストも忘れないでね」
「わかってる。今日はもともとその予定だしな。オークを1ダース呼んでおいてくれ」
「この前、ハイオークに進化した子が何体か出たから使ってみるわね」
今夜のぼたん鍋のためにいっちょがんばるか。
木陰から出て《魔装:チェシャキャット》を解除。
俺の気配に、猪共が一斉にこっちを振り向く。
ふんふんっと鼻息荒くして、敵意をむき出しにしてくる。
生意気にもやる気満々の様子だ。
生身でも十分だったが、まあいい。
「《魔装:クランヴァンMarkⅣ》!」
俺の影が、俺にぐるぐると巻き付き、異形に変わる。
その姿は、3メートル級の巨人だ。
クランヴァン要素といったら羊頭の兜と鉄塊のような両腕の籠手のみ。
全身は装甲を盛りに盛った重装騎士のようで、一応、各部は分節状に組まれ、動きに不自由はないが……重い、とにかく重い! たった一歩で、ずぅん! と足が地面に埋まる。
動きに鈍さを補うために各部には魔導スラスターが組み込まれてはいるが……。
「こなくそっ!」
挙動に多少の推力が加わる程度で、やはり重いことに変わりない。
推力をもっと上げるか、素直に重量を減らすか、要検討って感じだな。
おっ、と慣れない魔装に難儀している間に、猪共に動きあり。
地面をひっきりなしに前足で掻き、数頭が一斉に突撃してきた!
ボス格が大岩ほどの体躯に対し、こちらは小岩ほどの体躯。
回避……は無理そうなので、前傾姿勢で防御。
かんっ、かんっ、かんっ、とまるで雨粒がトタン屋根を打つような音。
しかし、実際は魔装を纏った俺に猪共がぶち当たった音だ。
魔装を纏った俺を1㎜も動かすことなく、ぶち当たった側から猪共が吹っ飛ぶ。
そして、無様に地面を転がったまま動かなくなった。
頭を強かに打って昏倒でもしたのだろう。
気絶させる手間が省けた。あとでオークに気絶させてから運ばせようと思っていたのだ。
「ぶひんっ! ぶひんっ!」
手下共の醜態に、四本牙の猪はお怒りの様子。
手下よりも一回り大きいが、はたして俺を動かせるかな?
「アシェル~、必殺技の実験もよろしくだよ~! だよ~!」
あん? ……まじか?!
「オーバーキルが過ぎると思うが?」
「やっちゃって~!」
……まあ実験だからな。仕方ない。
両腕の魔導スラスターを全力で吹かし、四本牙の猪に差し向ける。
「行け! ――ケイト! ラゴウ!」
魔装の肘のあたりから火と煙が噴く。そして次の瞬間だった。
魔装の肘から先の部位が……なんと! ぶっ飛んだ!
同時に、四本牙の猪が突撃を駆ける。
ぶっ飛んだ魔装の両腕は真正面から四本牙の猪の突撃を受ける。
単純な力比べ……否、もはや相手にすらならない。
数百キロは下らないであろう四本牙の猪の体重も、野生の底力から生み出されたその突進力も、破天荒にぶっ飛んだ魔装とかち合った瞬間、木片のように吹っ飛ばされたのだから。
「すげぇ……」
素直に感心する。しかしだ。
動きの鈍い《クランヴァンMarkⅣ》でも「ラゴウ」と「ケイト」のおかげで遠近に対応できるが、果てして魔装の両腕に、別に名前を付けるのは如何なものだろうか?
左腕が「ケイト」で、右腕が「ラゴウ」。
星の名前らしいが、普通に「~パンチ」でいいと思うのだが。
ちょっとここら辺の妖精のセンスにはついて行けそうにない。
……まあいいが。
ほどなくして役目を終えた「ラゴウ」と「ケイト」が空を一回転して戻ってきた。
万歳の姿勢で待っていると肘から先に自動で、がしゃん! と繋がる。
「どうだった? どうだった?」
チェルシーが俺の頭にとまって聞いてくる。
「飛ぶ拳――」
「ラゴウとケイトね?」
「そのアイディアは面白いが、本体が動きづらいのはいただけない。素早い相手には苦戦は必至だ。もうちょっと本体の運動性を上げるか、もしくは飛ぶ拳――」
「ラゴウとケイトだよ?」
「そいつらのお仲間を増やすといいかも」
「じゃあ、今度は四本か六本に腕を増設ね。良い名前を考えてあげないと~♪」
ふんふん~♪ と鼻唄を歌って上機嫌なチェルシー。
生まれたときから腕が二本しかない俺がどうやって四本も六本も腕を動かすのか。俺には考えもつかないが、まあそこら辺は上手いこと考えてくれることだろう。
依頼をこなし、冒険者ギルドに戻る。
残念ながら最後のパールウルフとは戦闘にもならなかった。
せっかくハイオークを喚んだのだから戦力評価のために戦わせてみようとチェルシーと相談していたのに、パールウルフの巣に押し入った途端、ボスと思しき一回り大きなパールウルフが俺に対して即座に腹を見せたのだ。腹を見せる――つまり降伏だ。
流石の俺でも即座に降伏した相手には非道は働けない。
特に恨みがあるわけでもないしな。
チェルシーと話し合い、期待薄だが「何かの役に立つかもしれない」ということで、パールウルフの群をまるごと「煤闇の世界」に連れて行くことにした。
まあ番犬くらいにはなるだろう。
冒険者ギルドの扉をくぐると冒険者ギルドのマスターがしたり顔で待ち構えていた。
俺の戦果を待ち望んでいてくれたようだ。悪い奴じゃないのかも。
「どうした? 逃げ帰ってきたか? やはり村人は大人しく村の清掃を――」
「ここでいいか?」
「――は?」
「どの部位を持ってくれば討伐の証になるのかわからなかったから全部持ってきたんだが」
「なにを……言っている?」
なぜか言葉が通じんな。まあいい。論より証拠だ。
影に手を突っ込み、どこかな~、どこかな~、……あった!
「とりあえず現物を見てもらった方が早いだろうからな」
よ~いっしょ、と取り出す。
ずがらがばごぉん、とテーブルや椅子を弾き飛ぶ。
ああ、ちょっと手狭だったか?
大岩ほどの四本牙の猪の死体で冒険者ギルドのフロア一杯を占領してしまった。
……あれ? マスターは?
「あっ、ががががが! 誰か、誰か、たっ、助けてくれ~!」
おお、いたいた。運の悪い奴。猪の死体に押し潰されてやがんの。
「あと化けガラスの死体もあるんだが」
「化けガラスもだと?!」
受付嬢や冒険者に助け出されながら素っ頓狂な声を上げる。
「ちょっと待て。今取り出すから」
どうせなら一番デカい奴を見せてやるか。
「ちょ、ちょっと待て!」
「――あん?」
「羽根だけでいい」
「実物があるんだが?」
「羽根だけでいい!」
「そうか?」
実物を見せられなくて残念だ。
適当にむしったやつを取り出した。
「これだ」
デカいな。俺の顔くらいある。熱い日には団扇にいいかも。
「ぐぬぬぬぬっ!」
なんでか悔しそうなちょび髭。
「あとパールウルフだが……全部、恭順を誓ったので殺していない」
「殺していない、だと?」
にや~っと笑うちょび髭。
「なら、依頼は失敗だな!」
「いえ、どれか一匹を退治すればいいので――」
「殺さない代わりに手下にした」
受付嬢が何か言ってるけど、どれ、まずは一匹でも見せてやるか。
お手やらお座りやらをやってみせれば納得するだろう。
「こい、パールウルフ!」
俺の号令に、パールウルフが影から飛び出す。
一斉に、冒険者ギルドが騒然となる。
剣を抜いたり、魔法の詠唱を始めたりと、剣呑な雰囲気。
「よし、マスターにお手をしろ!」
「ばぅ!」
お手!
「うぎゃ!」
あぅ、やっちまった……馬鹿犬め、どうしてマスターの頭にお手をするのか!
おかげでマスターが潰れてしまったじゃないか。
「すまん、マスター。まだ躾が十分じゃないみたいだ。……マスター?」
返事がない。死んで……いや、気絶したみたいだ。
「お、おめでとうございます」
このマスターをどうしたものかと考えていると受付嬢が近づいてきた。
パールウルフから一時も目も離さず、おそ~るおそる距離をとって。
「依頼は達成されましたので、梟級に昇級となります。これが新しい冒険者カードです」
トレーに載せられた新しい冒険者カードを受け取る。
カラスの紋様がフクロウの紋様に変わっている。
「おお、ありがとう。これでフクロウ級の依頼を受けられるわけだ」
「アシェルさんならすぐにトンビ級に進級できると思います」
「それは楽しみだ」
評価よろしくお願いします。




