第9話 初めての魔獣討伐依頼
翌朝。
依頼達成の報告のついでに昇級はどうなったか聞いてみた。
「今日はマスターがいらしゃっているので聞いてみます」
馴染みの受付嬢はカウンターの奥に消え、ややあってから中年くらいのおっさんと一緒に戻ってきた。
「貴様が最近、噂の村人か?」
ちょび髭を生やした、実に偉そうなおっさんだった。
金縁のついた生地の良さそうな服を着て、胸には勲章がずらりと並んでいる。
どうやらお貴族様のようだ。ぷ~ん、と品の悪い香水の匂いが漂ってくる。
「そうだ。俺が最近噂の村人だ」
「ふん、村人風情が冒険者の真似事ねぇ」
「それが何か?」
冒険者の真似事といっても街の清掃とかしかやってないけどな~。
……俺の軍勢が。
「ふんっ、生意気な……村人なら畑でも耕していれば良いのではないか?」
「俺も本当ならそうしたいんだが、やむにやまれぬ事情って奴があってな」
「ふんっ、皮肉も通じんか! これだから無学のものは困る!」
「ああ、無学ですまん。教育といったら読み書きくらいしか教わってないからな。敬語もろくに使えなくて恥じ入るばかりだ。ところで俺の昇級の話はどうなった?」
「くっ……生意気な!」
どかどかと「苛立ってます!」と言わんばかりのに足音を鳴らしてボードの前に行く。そして、経年劣化して変色していると思われる紙切れを三枚持って戻ってきた。
「そんなに昇級したいのならさせてやる! ただし、この中のどれかを倒せたらな!」
三枚の依頼書……かと思った違った。持ってきたのは手配書だ。「ウォンテッド」とデカデカと描かれ、その下には人相書きが……いや、人相ではないか。いずれも描かれてるのは牙が四本ある猪だったり、でっかいカラスだったり、狼だったりする獣の絵だった。
「おおっ! ここにも魔獣がいるのか!?」
見たところみんな強そうだ。軍勢にくわえれば大幅な戦力アップが見込めそうだ
「今この街の脅威となっている三凶だ。こいつらのうちの1匹でも退治できたら昇級を認めてやる! ははっ、生意気を言った許しを請えば今まで通りに清掃くらい――」
「よしきた! ちょっと行ってくる!」
「なっ――」
何か言いたげなちょび髭を振り切り、外に出る。
今日は新しい魔装の性能テストの予定だったが……ちょうど良い! 実地で試してやる!
大手門から街の外にでて雑木林に身を隠す。
「よし!」
木陰からイービルアイ30匹を解き放つ。
探索目的は、例の「三凶」とやら。
はてさて、どれが最初に見つかるかな~、あの牙が四本あった猪が強そうでいいけど。
「ねぇねぇ!」
俺の影からチェルシーが飛び立つ。
「どうした?」
「1匹ちょうだい」
「猪以外ならいいぞ。誰が戦うんだ?」
「ゴブリンよ」
「今さら? ゴブリン・エースの性能テストは散々やっただろ?」
「新種よ」
「なんと!!」
「盗賊の女の子の卵とゴブリンの種を掛け合わせた個体を人工子宮で培養していたんだけど、その個体に『アーチャー』と『スカウト』の進化が開放されたの。やっぱりゴブリンの進化には母方のジョブが深く関係していたんだわ!」
「おおっ! よくわからんがなんか凄い! 流石、チェルシー! サスチェル!」
「その褒め言葉もよくわからないけど、ありがと~!」
嬉しさのあまりに俺の頬に抱きつき、キスの雨を降らせるチェルシー。
お返しにちゅ~してやろうと思ったが、喰われると勘違いしたのか、チェルシーは全力で逃げて行ってしまった。
「カラスを見つけたら譲ってやるよ」
「見つけたみたいよ」
イービルアイから通信。森の奥で化けガラスを発見とのこと。
俺も興味あるし、同行することにした。
ゴブリン・アーチャーとゴブリン・スカウトを10匹ずつ召喚。
生後数日だが、人工子宮で培養されていたため、成体と遜色ない成長具合だ。
サテュロスの大工にでも作って貰ったのか、どちらも弓を装備している。
「どうするんだ?」
現在地は、化けガラスが根城としている大樹の数十メートル手前。
とある魔装を纏い、化けガラスからは死角となる木陰に潜んでいる。
「魔装を解いて」
「バレるぞ?」
「そうでなきゃテストの意味がないわ」
「わかった」
言われるまま《魔装:チェシャキャット》を解く。
漆黒の猫面に、漆黒の外套、獣人の手足を模した手袋にブーツ、猫の足よりも音を鳴らさない革鎧という出で立ちの、この魔装の特徴は「隠密特化」だ。
何であれ「影」を踏んでいる限りは「存在を察知されない」という性能で、その威力は魔獣の巣穴から卵を盗むのに、目の前に親魔獣がいても気づかれないレベル。
ただし「触れたものに対して効果を失う」という条件付き。
効果範囲は半径10メートル以内にいる味方にも及ぶので団体行動も可能だ。
さて、どうなることやら。
魔装を解いた途端、化けガラスどもがぎゃーぎゃーと耳障りな鳴き声で騒ぎ出した。
そりゃそうだ、自分達の目と鼻の先にいきなり魔物の気配が生じたいのだから。
……この場所を見つけて襲いかかってくるのも時間の問題っぽい。
「解いたぞ?」
あっ、化けガラスの一匹と目が合った。
俺と目を合わせたまま、空中で羽ばたきながらギャーギャーと叫ぶ。
すると、他の数匹が一斉にこちらを指向した。
「襲いかかってくるぞ!」
「うて~!」
チェルシーの間延びした号令に、アーチャーとスカウトは矢を引き絞り、放つ!
耳障りな鳴き声に、苦悶めいた響きが混じる。数匹の化けガラスが地面に落ちる。
「自分の身は自分で守らせて貰うからな?」
「好きにして、――うて~!」
気に入ったのか、妙にのりのりの号令だ。
いや、それよりも俺だ。
化けガラスと言うだけあって子供くらいなら簡単にお持ち帰りできそうなほどの体躯。嘴なんてツルハシみたいで、あんなので突かれたら、流石の俺でも頭に穴が空きそうだ。
「《魔装:シャテオン》!」
俺の影が、俺の体にぐるぐると絡みつき、見る間にその姿を変える。
頭には、鍔が尖った羽付き帽子。体には、鳥の翼を模した外套に、鳥の羽で編まれた軽鎧。足には、鳥の足を模したブーツ。そして――両腕そのものが巨大なボウガン。
異形の狩人のような出で立ちの、この《魔装:シャテオン》の特徴は「射撃特化」だ。
未来視にも等しい感覚で獲物の軌道を読み、小麦粉一粒よりも狂いのない精度で獲物を狙い撃ち、直射でも曲射でも視認できる限りは矢玉を降らせることができるというもの。
おまけに、左手のボウガンは速射特化の6連射、右手のボウガンは威力特化の大型矢を放て、装填は全自動。一発でも矢を放てば即座に装填が行われるという優れもの。
魔装の装着と共に視界に「+」のマークが二つ浮かび、両腕のボウガンの指向に合わせて揺れ動く。照準というやつだ。「+」を化けガラスに合わせ、撃って撃って撃ちまくる。
素人の手慰みくらいにしか弓を使えない俺でも面白いように化けガラスが墜ちていく。
しかし、油断は禁物だ。
心臓を貫かれようと暴れ回り、暴れ回っているうちに心臓の傷さえ完治してしまうのが魔獣という生き物だ。矢を射られ、地面に落ちようと……あ、あれ? 起きてこない?
なんだかピクピクして……あっ、動かなくなった。え、死んだ?!
「……罠か?」
死んだふりをして、まんまと近づいてきたら……って感じのやつか?
ハクア大森林でもいたな、そういうの。小狡い奴。
左手のボウガンで、たたたっ、と三連射。たんたんたんっ、と化けガラスの頭に直撃。
心臓と脳味噌の同時破壊は魔獣退治の基本なので、今度は頭に撃ち込んでやった。
これでもう起き上がることもできまい。……できないよねぇ?
「念のため、もう一発……」
『もう死んでるぜ?』
影からギブ・モアが飛び出し、浮き上がる。
「死んだ?」
『もう生体反応はねーし……しっかし、喰っても不味そうな鳥だな』
「空を飛ぶ魔法が完成したりは?」
『無理だな。魔獣は魔獣だが、こいつは魔獣もどきだ』
「なんだ、それ?」
『大方、生存競争に負けてどこぞの魔境から逃げ延びた個体が、安心安全なこの地で繁栄したんだろうよ。数こそ多いが、すっかり魔性が抜け落ちて、ただの鳥と変わらんわ』
残念。
確かに……、見回すと矢の1発2発で地面に落ちて、そのまま事切れているのがほとんどだ。そもそも本物の魔獣なら矢の1発2発くらいで落ちることさえないだろう。
「役不足だわ。この程度じゃアーチャーとスカウトの性能テストにもならないわ」
チェルシーが戻ってきた。
「とりあえず根絶やしにして死体を『煤闇の世界』に運んでくれ。おやつくらいにはなるだろう」
「雛を見つけたんだけど……どうしよ?」
「雛、か……」
親の後を追わせてやるのが情けというものだが。
「うちで育てて何回か進化させたら使えるようならないかな?」
「なるほど、雛のうちから魔性を含んだ食べ物で育てれば……面白いわね!」
「将来的には、空を飛べるようになる魔法か、貴重な空戦力が期待できるかもな」
空を飛べる奴がいれば「煤闇の世界」の探索もはかどるしな。
「わかった~、ダメ元でやってみるわ。――あっ」
そのとき、ぴぃん、とチェルシーのアホ毛が空を突いた。
「イービルアイ28号から入電よ」
「なんて?」
「『猪』を見つけたって」
「そうか。魔獣もどきの話を聞いた後だとあまり期待はできないがとりあえず行ってみるか」




