第7話 街道沿いの遺品
ある晴れた日のこと。
ホンダさんに乗った俺とエリスは、街道を進み隣の街まで向かっていた。
かつては石で鋪装されてたであろう道は波打ち、砕かれ、崩れ、その隙間からは草が生い茂る。
ホンダさんは俺たち2人を乗せて、それらを避けながら慎重に進んでくれる。
本当に賢くて可愛いやつだ。
「この道を辿れば、隣の街まで行くことが出来ます」
手綱を引いたまま振り向くことなく、背中越しに話しかけてくるエリス。
「で、今回は何をしに向かってるわけ? 」
「もちろん、生存者がいないかどうかの捜索です」
「でもさ? さんざん、エリスが見回りしてきたんでしょ?」
「まだ、どこかに潜んでいるかもしれません」
「まあ、俺らも洞窟の中に籠りっぱなしだからな」
「私一人ですと、怪しんで隠れてしまうでしょうが、その剣を手にしたカズヤ様の姿を見れば、きっと向こうからやって来るはずです」
「俺って有名人なんだな!」
「いえ、その剣が有名なのです」
「……」
背中に担いだ伝説の剣とやらが、やけに重く感じられて、しょうがない。
「あとは環境がどの程度回復しているかも、観察する必要がありますので」
「なるほどねぇ……」
「他にも、新たな驚異となるモンスターが出現していないかどうかも……」
「え? モンスター、出るかもしれないの!?」
そんな不安になるような言葉を言うもんだから、急に怖くなって周囲を見渡してしまう。
それにしても……
改めて注意深く、辺りに気を配れば、博物館で展示されているような恐竜の化石のような……巨体な骨?のようなものが所々な横たわっているのが目に飛び込んでくる。
「あのさー エリス? その辺にあるのって、骨だよね?」
「そうです。そこにあるのは、おそらく飛竜のでしょう」
そう言って顔を右に向け、視線で俺に指し示す。その先には、確かに灰色の白い棒のようなものが、いくつも地面に刺さってる。
「え? 飛竜って、羽がはえた竜みたいなの?」
「そうですが」
「こんな、巨大なやつが飛んできて、襲ってくるの?」
「そうです。それに対し兵士たちは果敢に戦い、そして散っていきました」
結構な大きさの骨だよ。
象とか熊とか、それ以上の鯨並みの巨大さ!
そんなのが空飛んで、火を吐くって!?
「ふぇ~ 戦いたくねぇ~」
「上空高くから炎を吐いて攻撃してくるので、とても厄介な相手です」
「そんなの今来たら、どうすんの?」
「弓矢か魔法で攻撃してください」
「……俺、両方とも使えないんだけど?」
「多くの兵たちは、その相手をするのに苦戦しました。そしてなす術もなく高温の炎によって焼き尽くされました」
ひえぇぇ~~~
「その証拠が、いたるところに残されてありますよ」
「証拠って?」
そう言われ、さらに目を凝らし見渡すと、生い茂る草に深く隠れて一目では分からないが、灰色の人骨らしき物体が、いくつも転がっている。
そして砕けた鎧や盾、折れて刺さった剣などか、無惨にも、激しい戦闘の後を物語るかのように散らばっていた。
それ……人間の頭蓋骨……だよね。
俺……生まれてこのかた、人骨なんて見たことねーよ。
そんなものが、いたるところに転がっている。
長い年月、雨風にさらされ、草木に侵食され、今まさに自然に還ろうとしている。
「古戦場跡地……というか、墓地だよね、これ」
「これも全て、カズヤ様が遅いのが悪いんです」
「だから俺のせいじゃねえって!」
死んでいった人達には申し訳ないが、俺のせいじゃないよね?
呪ったり、化けて出てきたりしないよね?
「……でもさぁ……仮にだよ? 仮にもし、俺が間に合っていたら、俺がこいつらと戦わなくちゃ、ならなかったってこと?」
「当然です」
マジかよ!
そんなの無理!!
「よかった~~」
「今なんと?」
「なんでもない」
そんな生き物の姿も見えない骨だらけの街道を、ホンダさんの蹄が音を立て、俺たち2人を揺らしながら、ゆっくりと進んでいく。
「でもさあ、なにか使えるもんとか落ちてないかな?」
「使えるものですか? 激しい戦いで、しかもあれから、15年ほど経っておりますので、使えるものなど……」
「だってさー俺、剣はあるけど防具はなんにもないんだぜ。ちょっと使えそうなの装備してかないと、こんなドラゴンみたいなバケモン現れたら瞬殺されるって」
「しかし、私が探索したときには、めぼしいものは……」
「おー これちょうど良くね?」
ちょうど今、通りすぎた道の脇に、灰色の丸っこいヘルメット?兜?みたいなのが見えた!
俺はホンダさんから飛び降り、それを拾いに行く。
パッと見、ヘルメットだけど?
頭は大事だから、こういうのは欲しいところだ。
試しに土や埃を軽く払い、頭に乗せてみると……
ちょうどいい!!
「これ、ヘルメットに! どうよ!」
「カズヤ様?
それは……
オーガの頭蓋骨では?」
「うっわっ!! きもっ!」
頭に被っていた灰色のそれを、急ぎ慌てて投げ捨てる!
なんだよ~
使えそうなもの、ないのかよ~
と今度は、やや曇った銀色をした、金属製の長方形の盾が転がっているのを発見!
「なら、これどうよ! 盾、見つけた!」
「よく見てください。手が付いたままですよ」
「……え?」
両手で持ち上げた盾を裏っ返すと……
持ち手には、人間の白骨化した手がぶら下がっていた。
「うっわ!うわー! 気持ちわりぃ――!」
ありったけの力で、遠くに放り投げると、盾は鈍い音とともに大地に突き刺さる。
「不用意に落ちている物、拾わないでください。置いていきますよ」
あぁ……エリスが呆れて、ホンダさんにまたがったまま、そのまま通りすぎようとする。
「ちょっと、待ってくれよぉ~」
俺は置いてかれないように後を追いながらも、しばらく街道沿いの遺物を物色して回る。
巨大なバケモノが、いつ襲いかかって来るのかと思うと、防具の一つや二つ装備しておきたいというのが、誰もが考えることだろう。
しかし、しばらく探し歩いても、これといって使えそうなものはなかった。
目に入るのは砕け散った防具と、バラバラの骨ばかり。
それだけ激しい戦いだったのか?
それとも月日の流れが、そうさせたのか……
結局、特に成果が無かったので、俺は大人しくエリスとホンダさんのもとへと戻る。
「遊んでなどいないで、早く行きますよ」
「へい」
叱られた俺は、どこへ行くのかも分からないまま、エリスの後ろに黙って乗る。
あっ、そうそう。
さっきまで遺品なんかを調べてて、気になったものがあって、持ってきたんだっけ。
「なあ、エリス?」
「なんでしょう?」
「これ、兵士たちが身に着けてたものなんだけどさ。みんなこれ持ってたんだけど、なんなの?」
俺が前に乗るエリスに見せたもの。それは小さな木でできた丸太の人形。
太いマーカーペンくらいの、ただの丸太を切って削ったりして作った、簡易な人形のような物だ。
顔が鋭利なもので彫られてあるが、どれも手作りなのか、一つ一つ若干形が異なっている。
なぜか兵士たちみんな、この人形を身につけていたのだ。
気になったので、一つだけ拾ってきたんだけど、大丈夫だったかな?
「これは……お守りのような物です」
「へー この世界にもお守りなんてあるんだ。神様とか仏様とかが守ってくれるの?」
「いえ。救世主様です」
「……俺?」
「これは『救世主様と共に』という意味が込められています。共に戦い、いつでも見守っていてくれる。身に着けることで救世主様の加護があるものと信じて」
「……」
この小さな木彫りの人形で?
そんなの信じて、戦ってきたっていうの?
存在するかどうかも分からない救世主とやらに?
遅刻するかもしれないようなやつに?
「……もしかして、また、俺のせい?」
「……さあ、どうでしょう」
「エリス、ここにいる人たちって、無駄死にだったのかな?」
「いえ、彼らのお陰で、こうやって世界は残っております。ただ、人もモンスターも滅んでしまいました。それだけです」
「そうか……」
俺たちは、旅人や商人などが行き交い、賑わっていたであろう街道の、朽果てたその上を、ゆっくりと進んでいく。
今は誰の話し声も、小鳥のさえずりも聞こえない静まり返った自然の中を、俺とエリスとホンダさんのみが、無言で進んでいくだけ。
「あのさー エリス?」
「なんでしょう? 動きながら喋ると舌を噛みますよ」
「俺が来るのは遅かったけど……これから世界を救うのって、遅いのかな?」
「……いいえ。そんなことはありません」
「そっか……じゃあ、頑張らないとな」
「はい。もっと精進してください」
俺はポケットの中に入れた木彫りの人形を、強く握りしめながら、そう誓ったのだった。