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第6話 今日も野菜スープ

日もすっかり沈み、洞窟の入って直ぐの部屋まで、暗闇が伸びてくる。

 ここは、いわゆるダイニングキッチン。

 今そこにいる俺の目の前では、エリスによって夕食の準備がなされていた。


 岩を囲んで作った簡易的なかまどに火が灯り、その上に置かれた鍋には、収穫された野菜が細かく切られて煮込まれていた。


 グツグツと音を立てて煮込まれる野菜を、お玉でかき回すエリス。


 その様子をただぼんやりと、丸太を転がしただけの粗末な椅子に座って眺める。


「さあ、できました」


 そう言ってエリスが、お碗一杯に野菜汁をよそって俺へと差し出してくれる。


 樽を置いただけの代用テーブルには、生野菜が乗せられた皿のみが、寂しく食卓を彩る。


「どうぞ召し上がってください」


 エリスもスープの入ったお椀を手に、俺の向かいに座って食事を取ろうとする。


「いただきます」


 なんとも質素な料理だが、腹も減っていたので、このスープには何が入っているのか分からない不安があるものの、そのまま食らいつくことに。


「いかがですか?」

「ん~ 不味くはないが、旨くもない。なんか薬を飲んでるみてーだな」


「薬のようでしたら、身体に良いので結構なことではないですか」

「そりゃ、そうだろうけどさ」


 なんと言うか……

 味気ないんだよね

 素材本来の旨味ってエリスは言うけどさっ。


 この料理は、野菜を煮込んだスープ。

 それしか表現できない。

 調味料もないんだろう。

 味噌味でも醤油味でもない。

 強いて言えば、薄い塩味。


 この状況下では、ろくな食材も手に入らないのだから、文句は言えない。


俺は黙ってスプーンを握った手を動かす。


 エリスは小さな口にスプーンを運んでは、相変わらず澄ました顔で美味しそうに、それを食べている。


 しょうがない、我慢して食べよう。

 そのうち、食事も豪華になっていくはず……


 そう自分に言い聞かせて、最初のうちは我慢しながら食べていた。


 しかし、これが数日続くとなると……



 今日も俺たち2人は近辺の探索をし、使えそうな遺跡物を拾って持ち帰ってきたりする。

 今回は布切れと、壊れた鎧を拾ってきて修理して使うようだ。


 そして夜になると、恒例のエリス畑で収穫された野菜を使った、ごった煮スープの晩餐会。


 また今夜も、丸い芋と、細長い芋と、太い芋とよく分からない草花を入れての鍋料理。


「できました。どうぞ召し上がってください」

「……」


 なにも言えず、無言でお椀を受けとる。


「どうしたのです? 食べる前から不味そうな顔をなさって」

「……あのさー こんなこと言うのも、なんだけど」


「なんでしょう?」

「ちょっと……飽きてきたんだよね、この食事」


「そうですか? 私はこれを5年ほど続けておりますが?」


 そんなことを、さらっと口にする。


 エリスって……

 修行僧なの?

 菜食主義者なのかな?


「あー 肉が食いてーなー」

「肉ですか? 今の世界では貴重な食材となりました。なかなか手に入らないです。そもそも生物がおりませんので」


「はぁ~ ステーキが食いて~ あと唐揚げも。生姜焼き……あぁ……いつから食べてないんだろう?」

「他の生物の命を奪って、ご自分の糧にしようなどとは、文化レベルの低い野蛮な行為です」


「この世界の住人だって、肉くらいは食ってただろ!?」

「ええ、だから人類同士で争いが絶えなかったのです」


 そういうもんなの?

 むしろ、たんぱく質取れなくてイライラしそうなんですけど?


「あーもー 二度と食べれねーのかな! にくー!!」

「野菜で我慢してください」


「あーあ! 食いてーな! 肉!!」

「……」


「にくー!!」

「……」


「ビーフ・アワ・ポーク! アンド・チキン!!」

「……分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら、ご用意いたします」


 エリスがお椀をテーブルに置くと、スッと立ち上がる?


「肉、あるの? なんだよ、早く言ってくれよぉ!」


「あるにはありますが、いいのですか? 生命を奪う覚悟はございますか?」

「肉を食わなきゃ、俺が死ぬ!!」


 しばらくエリスは、その真剣な眼差しを俺に向けていると、


「そうですか……分かりました。用意しますので、しばらくお待ちください」


 そう言い残し、エリスは洞窟から出ていった。


なんだよ、結局、あるんじゃん!

 でも、今からどこ行ったんだろう?

狩りに? まさか……

 もしかして、秘密の食料庫とかあるの?

 美味しいもの隠してるんじゃない?

自分だけ、こっそり食べてたりしてんじゃないの!?


 俺はその場で、肉、欲しさでイライラしながら、しばらく待つことに……



 ……そして数十分後。



「お待たせしました」


 戻ってきてエリスの手には、ひと切れの肉が刺さった短剣が握られていた。


「おー スゲー 本物の肉だ!!」


 赤茶色い楕円形をした、マンガ肉!

 これは絶対、旨いやつだ!

あるんじゃん! ちゃんと探せば!


 エリスは、まかまどの火の中に肉を刺した短剣ごと差し込み、肉を炎であぶる。

 辺りに肉の焼けるいい香りが充満し、しばらくして肉はこんがり茶色に焼きあがる。


 ん~ いい匂い!


「はい。焼けましたよ」


 香ばしいステーキを、俺の前の皿に落としてくれる。


「いただきまーす!」


すぐさま、かぶり付く!


「うん、うめー やっぱり肉だよなー」


 この食感! 前歯で噛みきり、奥歯で噛むと肉汁がほとばしる。

 塩コショウがあれば、なおいいのだが、このままでも旨い。俺の肉食動物としての本能を抑えるには十分だった。


「美味しいですか?」

「おー 旨い旨い! しかし、どこで手に入れてきたんだ?」


「そこです」

「そこ?」


 エリスは黙って洞窟の入口を指差す。


「さっきまでいました」

「え?そこに?さっきまで?いた?」


 入口にいた?


 いたの? 肉になる動物が?


 入口には……


 確か……


 馬が……


 え? さっきまで……いました?


 え? もしかして、この肉って……


 えっ? えぇっ!?


 さっきまで勢いよく咀嚼していた口が、ピタッと止まる。


「も、もしかして……

 あ、あの……

 エリスさん?

 この肉って……


 ………………馬……の?」


 暗闇に沈んだエリスは、無表情でうなずく。


「しかも?

 さっきまで乗ってた?

 あいつの!?」


 もう一度、静かにうなずく。


 え!

 マジかよ!!

 う、嘘だろ!!!


「おい! 馬って貴重なんじゃないのかよ!」

「そうですよ。カズヤ様が食べたいとおっしゃるので」


 平気な顔して、なにそんなことを言ってんの!


「うわぁ……最悪だよぉ……なんでそんなことするんだよぉ……」

「生きるためには、なにかを犠牲にしなくてはならないのです」


「確かにそうだけどな! だからって!」

「さあ、早く召し上がって下さい。仲間の死を無駄にするのですか?」


 うわぁ……

 なんで?

 確かに肉を食いたいって言ったのは俺だけどさぁ……

 なにも、今まで乗ってた馬を……


「……」

「こうやって私たちが生きていられるのは、多くの人たちの積み上げられた死の上に成り立っているからです」


エリスのお説教なんて耳に入らない。

 テンション、ダダ下がりだよ……

 急に全身の力が抜け……

 罪悪感で頭が膨れ上がり、それを避けるため、もうなにも考えたくなくなる。

 さっきまで旨いと感じてたこの肉が、全く口を通らなくなった。


「……はぁ……なんか食欲、無くなったわ」

「……」


 はあぁぁ…………



「嘘です」



「……え?」


「嘘です。それは馬の肉なんかではありません」

「ほ、本当か?」


「騙して申し訳ありませんでした。あまりにも……」

「見てくる!」


 エリスの言い訳を聞く前に、俺は確認すべく外へと飛び出す。


 するとそこには……


「いた! ちゃんと馬、いた!!」


 今まで行動を共にしてきた白馬が、木の横に縄で繋がれていた!!


「そんな野蛮なことを、するはずないじゃないですか」


 ひょっこり俺の後ろを、洞窟から出てきたエリスが、呆れたかのように、そんな言葉を口にする。


「よかったな~ おまえ~ 食べられずにすんで!」


 スゲー ビックリした!

あー よかった!

こいつ、喰われなくてよかったなあ!


 思わず近寄って馬にしがみつき、首もとに頬ずりしてしまう。

 ブヒブヒ言って逃げようと抵抗するが、それがまた愛くるしい。


「心外ですね。まるで私が食べようとしているみたいじゃないですか」

「エリスはエルフなんかじゃない! 鬼だ! 馬おも食べようとする血も涙もない鬼だー!!」

「お、オニ? なんです? 私がオニ?」


「よし! おまえは今日からホンダさんだ! お前は俺が絶対守ってやるからな!」

「ほんだ……さん? カズヤ様の世界では、白馬のことをホンダと呼ぶのですか?」


嬉しさと安心感で自然と顔が緩んでしまう。

 そして、ホンダさんの顔を撫でくりまわす。

 喜んでくれているのか、足をバタバタさせながら跳び跳ねている。


「あれ? でも、そうなると、さっき俺が食ってた肉って、なんの肉だったんだ?」

「あの肉は、実は、とある木の幹です」


「え? あれ、木なの?」

「はい。肉の触感と味のする木です」


 そんなの、あるんだ~

 さすが異世界。


「その肉の味がする木って、どこにあるんだ?」

「この山の奥に生えてますが、取るには危険が……」


「ちょっと行ってくる!」

「あ! カズヤ様!」


 エリスの呼びかけも聞かずに、俺は肉欲しさに暗闇の山の中へそのまま駆け出す。


 エリスが慌てて何かを叫びながら、俺の後ろを追ってくる。


 なんだよ、エリスのやつ。

 もったいぶらないて、早く教えてくれよ。

 それなら最初から……


 と、走っている俺の右足に!


 ぶっふぇー!!


 なにかが絡み付いて、そのまま俺は地面へと倒れ込む!?


 と同時に足が上へと持ち上げられ?


 あ、あれ?

 俺、宙吊りにされてる!?

 視界が上下逆さまに?


「えっちょ? なっ、助けてくれ――!!」


 いつの間にか俺は、ウネウネと触手のように動く木の枝?に、足をからめとられ、逆さで宙吊りにされていた!


「カズヤ様、その木は、近づく動物を捕食する肉食のモンスターです。そのため、その幹は肉の味がするのです」


 目の前には逆さまに写ったエリスの姿が。


「いいから早く助けてくれって!」


「それくらい、ご自分で倒してください。その枝も、噛れば肉の味がしますから」

「おいちょっと、待ってくれって!」


 振り向いて背中を見せるエリス!?


「食べられる前に、食べてください。私はもう寝ますので。夜更かしは肌に悪いので」

「おーい!! 助けてくれって!」


 無情にもエリスの姿は闇の中へと消えていってしまった……


「くっそ! こうなったら、食われる前に食い倒してやる!」


 大きな大木の、その幹から、大きな口がパッカリ広がり、俺を飲み込もうとしていた。


 俺は足に絡まった枝を握ると、体を曲げて渾身の力でかぶり付く!

 血のような肉汁が飛び散る!



 どっちが先に喰われるか勝負だ!!



 そうして……


 俺がようやく、肉の木モンスターから抜け出して洞窟に戻ってきたのは、もう既に日が昇った明け方だった……

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