第52話 エリスのクソクリ汁
今日も俺とエリスは畑仕事。
日中の労働は、ほとんど土いじり。
そして日も暮れ夜を迎える頃には、拠点に戻って夕食の支度を始める。
そんな毎日の繰り返し。
昨日も、
今日も、
明日も……
今日の畑仕事のノルマは達成した。
拠点に戻った俺は、肉体労働で酷使された体を労るために、横になってくつろぎながら、夕食の料理ができるのを待っていた。
せっせと調理するエリス。今日収穫した採れたての野菜を使って、特製の野菜スープを作ってくれるとのことだ。
なんの娯楽もないこの異世界では、唯一の楽しみと言えば食事くらいだ。
たた、そのエリスが作ってくれる料理だって、レパートリーの限られた野菜料理ばかり。しかも種類が少なすぎて、もうすでに飽きてきた。
エリスには感謝してるよ。
毎日食事を用意してくれて。
でもさ、米は食べれるようになったのはいいけど、おかずとなるものが無いんだよなぁ……
……と、俺は今晩の晩飯に取り立てて期待もせずに、暗くなっていく夜空をぼんやりと眺めながら、食事の時間を待っていた。
……のだったが、
ん?
この匂い?
エリスのいる調理場から、料理のよい香りが漂ってくる。
俺はこの匂いを知っている。
このスパイシーで食欲を掻き立てる、あの、馴染みのある……匂い?
まさか?
日本の……あの、国民的料理?
忘れるはずない!
あの、老若男女、誰もが愛してやまない料理!
もしかして……!?
「さぁ、できましたよ、カズヤ様」
エリスが両手で持ってきた鍋から、発せられるこの匂い!
俺は咄嗟に起き上がり、テーブルの上に置かれた鍋の中を覗き込む!
「こ、これは!?」
「とりあえず野菜を全部入れて煮てみました。あと香辛料と果物、野菜と……。
面倒なので薬草などの体に良いもの全部投入してみました」
茶色いスープに野菜が浮かぶ。
まさしくこれは!
「なあ、このスープ、茶色いけど……」
「きっと薬草のせいです。とある根から取った、薬の原料となる……
そうですね、カズヤ様の国の言葉で訳すと……
ターメリック?と言うのでしょうか?」
ターメリック?って聞いたことあるなあ。
ウコンだったっけ?
なら、このスープ、決定じゃん。
あれだよ! あれ!
「これは様々な薬草と果物、野菜を混ぜて作ったスープです。ポイントは薬草とスパイス、ハーブを使ったところです。カズヤ様が夏の暑さにも耐えられるように、体に良い約30種類のスパイスを配合してみました。ちょっと辛くなってしまいましたので、果物を入れて辛さをやわらげてみました。ただ色合い的に汚くなってしまいましたので、私としては失敗作です」
「やっぱり! これあれだろ! カレ……」
「“くそ汁”です」
「……はぁ??」
「“30種類の“やくそう”、とスパイスと野菜を煮込んだスープ”ということで、略して“くそ汁”と命名しました」
「はあ? 何考えてんの?
なんでお前のネーミングセンスは、いつも絶望的なんだぁ?
しかもなんでそこで略すかなあ!?
カレーでいいだろ! カレーで!!」
「なんですか? カレー?とは?」
「これのことだよ! これをカレーっていうの!」
「なにを言っているんですか!
これは私が今、発明した料理ですよ。
私が命名してなにが悪いんですか?
そもそもカレーってなんですか?
どこから出てきたんですか、その単語は!?」
「まあいいよ! お前が作ったことにしても!
ただその名前はやめろ!
辛いからカレーでいいだろ!」
「なんと浅はかで安直なネーミングなんでしょうか」
「くそ汁よりか全然いい!」
と、文句を言いつつもエリスが皿によそってくれたスープを口にする。
やっぱり味はカレーだ!
「どうですか? カズヤ様?」
「あぁ……美味しいよ! この味だよ。故郷の味がする」
「喜んていただき光栄です。
……で、泣くほど美味しかったのですか?」
「うるせぇ! 辛いんだよ!」
あぁ……やっぱりカレーは美味い。
偶然できた産物にしては、本物以上の美味しさ!
忘れかけていた日本の食卓を思い出し、思わず涙が出てしまった。
たしか、米もそろそろ炊きあがる頃だ。
そうすればカレーライスが食べられる!!
しかし……
「……ただ」
「ただ? どうかしたのですか?」
「ただ、なにか足りないんだよね。
味はまさしくカレーなんだけど。
これ、とろみが無くてサラサラなんだよね。
これじゃスープカレーなんだよ」
「なにが悪いんですか!?
スープを作ったのに、スープじゃ不満と?」
「もうちょっと、そのー ドロドロしてるのがいっていうか……だな」
そう、これはスープなのだ。
味は再現されているのだが、俺の知っている、あのカレーライスのルーとは若干違う。
トロミを……
小麦粉か……片栗を入れて……
……片栗粉!
「ああそうだ! 片栗粉! あっただろエリス? 片栗を入れてトロミをつけてくれよ」
「片栗粉……ポテトスターチですか? この前、ダメになった枕を作り直すのに全部使ってしまいましたよ」
「また!!
片栗を枕なんかに使いやがって!!
やめろ!!
その、枕に片栗粉を詰める習慣!」
俺はエリスに枕を持ってこさせ、中から少量の片栗粉を取り出し、水で溶いて、火で温め直したカレー鍋の中に注ぐ。
すると、徐々にトロミが増して……
「これだよこれ!」
「まあ、たしかにこれはこれで、味にコクが出るといいますか……」
味見するエリスもブツブツ文句を言いながら、納得する。
「それでさ、これを米にかけて食べるんだよ!」
「ライスにかけて? なんと下品な食べ方!」
「そーゆーもんなの! カレーって!
騙されたと思って、エリスも食べてみろよ」
俺が炊きたての米を皿によそり、その上からエリス特製カレーをゆっくりとかける。
それを、怪訝な顔をするエリスに勧める。
「ほれ、スプーンですくって一緒に食べるんだよ」
「はぁ」
目を細めつつそれを口の中に入れるエリス。
しかし、口にした瞬間、目を大きく見開く。
「なるほど!
これは美味!!」
「だろぉ?
これをパンにつけて食べたりしてもいいんだよ。
カレーライスにカレーパンと……」
あれ?
俺の話を聞かず、ものすごい早さでカレーを食べ始めるエリス。
「これは……
……
…………売れますね!」
「はあ?」
あっという間に一皿を完食してしまったエリスは、食器をテーブルに置くと、わけのわからない事を口走った。
「この、カレーライス?ですか?
この美味しさなら、大ヒット間違いなしです!
世界が復興した暁にはこの商品で……
フフフフ……
大金持ちに!
くそ汁宮殿を建てるのです!」
……こいつ、また変なこと考えてやがる。
「“くそ汁”に片栗粉を入れた、
“くそくり汁”をライスにかけて、
“くそくりこめ”で億万長者にー!!!」
「ちがーう!!
カレーライス!
これはカレーライスって言うんだよ!!」
暴走しかけたエリスを必死になだめる。
「とりあえず水飲んで落ち着け!
宮殿でもなんでも稼いで建てりゃいいけど、名前だけはなんとかしろ!
いいか、救世主の名のもとに命ずる!
この料理は今後、カレーと呼ぶことにする!!」
「まあ、いいでしょう。この料理は私が発明しましたが、発展させて命名したのがカズヤ様ということにしておきましょう。
しかし、儲けの取り分は9割が私で、残りカズヤ様ですからね」
「好きにしろ!」
こうしてこの異世界にカレーライスが誕生したのだった……。




