第51話 乾燥ゔんこダシ
ついに念願叶って、異世界の地で無事に米を入手した俺だった。
……のだが、
これはあくまでもゴリパンと塩との交換であり、ある意味、貿易みたいなものだった。
というわけで、米と引き換えに塩が必要となった俺。
急遽、塩の増産を迫られ、今日も海へとやって来ていたのだった。
これからこの地域では、夏が本格的に始まるという。
そのためか、海岸を照りつける日差しが、いつにも増して厳しい。
俺は炎天下の中、海水を撒いて塩を作る。
海辺に来て桶に海水を汲んでは、海の拠点である“オレの家”まで運んで、地面に並べた木の板の上に海水をぶち撒ける。
そしてまた海岸に戻っては、海水を運んで撒く。
そしてまた……
はぁ、
なんか……地味な作業ばっかしてるよな。
異世界って、もっと華やかなもんだと思ってたけど。
米を食べるだけで、こんなに苦労するとは。
日本での生活が、どれほど恵まれていたということか……
ここ連日、朝から晩までこの繰り返し。
さすがに飽きてきた。
身体もあちこち痛くなってきたし。
浜辺に戻ってきたところで、俺は一息つくことにした。
砂浜に腰を下ろし、そのままボケ~っと遠くの海を眺める。
疲れたなぁ……
そろそろ飯にするかなぁ……
たしかエリスが食事の準備をしていたと思う。
米も炊き上がった頃だろうし。
しかし、こう、海の潮の香りが漂うと……
魚が食いたくなる!
焼き魚……さんまとか!
マグロの刺身とか食いたいなぁ……
夏の海と言えば、イカ焼きとかね。
シラス丼もいいよな
鮭……おにぎりや茶漬け。
魚と米。
刺身……
塩焼き……
照焼……
あぁ、米と醤油が手に入ったんだから、魚くらい食いたい。
いや、海は目の前で、魚なんていくらでもいるんだろうけどさ。
でも、俺には魚を捕まえる道具も手段もない。
さらに俺は、そんなに魚には詳しくない。
どの魚が食用なのか?
毒があるのは?
美味しいのは?
全然わからない。
ましてや異世界の魚なんて。
しかも海には危険がつきもの。
モンスターがいるかもしれん。
今まで散々酷い目にあってるし。
何よりも、エリスが魚を食べる事を許してくれない。
生き物はどうとか、生命への冒涜とかなんだとか言い出して。
俺はこの時、痛感した。
俺は、
米が食べたいんじゃなくて、
和食が食べたかったのだと……
そんな失意と無念さで、いつの間にか休憩がてらに海に沿って浜辺を歩いていた。
ぼんやりと遠くの海を眺めながら、遠い故郷、日本の食卓を思い返す。
魚、食いてえなぁ……
どっかに落ちてねぇかなー?
そんな期待を胸に、周りを見渡しながら歩いていると……
波打ち際に横たわる大きな岩の上に、緑色の布のようなものが引っかかっているのが見えた。
なんだあれ?
漂着した服か何かか?
布だったら、持ち帰ればエリスが喜ぶだろうと思い、回収してみることに。
近寄って確認してみると……
あれ?
布じゃなかった。
表面がヌメヌメした海藻みたいなもの。
モンスター? のたぐいではなさそうだ。
流れ着いた海藻か……?
いや、これは……
これどこかで見たことあるような??
……なんだっけ?
これはたしか……
昆布!?
昆布だ!! これ!!
きっとそうだ!
なら食べれるんじゃね!?
海藻ならエリスだって、食べるのを許可してくれるだろうし。
昆布ったら和食につきものだろ!
もしかしたら和食が食べれるという期待で胸が膨らみ、俺はエリスを連れてきて、これが食用なのかどうか聞いてみることにした。
食事の準備を邪魔され、不機嫌そうなエリスに問題の海藻を指さす。
「なあ、エリス? これ食べれる海藻だろ?」
「まぁ、私も海のことには詳しくありませんが、これは無害だったと思います」
「な! そうだろ? これ昆布だろ?」
「コンブ……??
カズヤ様の世界ではコンブと言うのですね」
「じゃあ、この世界だとなんて言うんだよ?」
「ブンコです」
「……ブンコ?」
「はい。正確には“ヴゥンコォッ”と呼んでます」
「ヴンコ?」
「はい。うんこです」
「……う? うん、こ? 今、うんこ、言わなかった?」
「いえ、ヴンコです。で、これをどうするのですか?」
「え? えーっと、どうするんだっけ? 昆布って乾燥させて出汁とるんだっけ?」
「乾燥させるのですか?」
「……あんまり詳しくないけど。
それをお湯に入れて出汁をとって、御吸物とか、煮物とか……」
「ダシ?」
「なんていうんだろうな……成分? 旨味成分っていうのかな? 要するにエキスだよ」
「ウンミ成分?……エキス?……ですか?」
「いやー これでこの世界での俺の食卓も華やかになるぞ」
「干からびたウンコを煮て、ウンミエキスを取り出すのですね?」
「うん……
……っていうか、うんこじゃねーよ!
ブンコなんだろう!」
「人間は変わったことをするのですね。一度干して乾燥させてから、また熱湯で茹でるなんて。ブンコがかわいそうじゃないですか」
「まぁ、ほかにも甘く煮たりして食べたりするんだよ」
「なるほど」
「とにかく、ご飯のおかずになるの!
それに出汁がとれれば、味噌汁とか作れるかもしれないし」
「なんです? その、クソ汁とは?」
「クソじゃねーっーの!! 味噌だよ!
さっきから汚ねーんだよ!
うんことか!クソとかよ!!」
「まあ、カズヤ様の好きにしてください。魚を食べさえしなければ」
まったく興味なさそうなエリスは、素っ気なく返事すると戻ろうとする。
「じゃあ、回収していくからな」
これで少しは米のおかずが増えるというもの。
一人で昆布を回収しようとする俺。
そこで、岩と岩の窪みに溜まった海水に、また別の深緑の海藻が漂っているのを発見した。
あれ?
これは昆布じゃない。
似たような海藻だけど?
……
…………もしかしてこれは?
ワカメ!?
「エリスー! ちょっと! エリスー!!」
「なんですか今度は? 私も忙しいんです」
「これ見て! これ! これも食べれるやっでしょ?」
いったん引き返したエリスをまた呼んで、水たまりに漂っている海藻を指さしてたずねた。
「……ええ、食べれると思いますけど?」
「これ、ワカメでしょ?」
「……われめ?」
「ちがーう! ワカメ!!」
「カズヤ様の世界では、そう呼ぶのですね。
ここでは、たしか……
“ウンデリア”
と言われてましたね」
「う? うんで……?
……そうなの?
まあ、どうでもいいけど、これからはワカメって言えよ」
「で、こちらも乾燥させてエキスでも?」
「……まぁ、そのままサラダにしたり、スープにしたりして食べるんだよ」
「ウンミエキスに、ワレメスープですか?」
「いちいち言い方が汚ねーんだよ! 食欲なくすわ!」
「カズヤ様の世界では、珍しい物を食するのですね。海藻を食べるとは。でも魚を殺して食さないだけ、マシですね」
少々呆れ気味のエリスを放ったらかして、俺は大漁の海藻を回収していく。
塩を生産しにやって来て、思わぬ収穫があった。
まさか昆布とワカメを発見するとは!
これで俺の食卓は、より日本食に近づいたわけだ!!
……というより、
俺はこの世界に和食を広めるためにやってきたのか?




