第48話 森の賢者
「こうしておけば、二度と復活することはないでしょう」
「なにも、そこまでしなくても……」
ゾンビらの襲撃を受けた俺たち。
エリスは土地を清めると言って、付近一帯に油をまき火をつけ、夜空が赤く染まるほど燃やし尽くした。
その後念入りに水を撒いて、今ようやく鎮火したところなのだった。
「さお、もう遅いので、休みましょう」
「お、おう……」
そんな事があった翌朝。
俺たちは湿地帯をぬけて、東の国への向かうため山を登ることに。
エリスが言うには、ここを通る方が稲作の産地に着くのは早いとのことなので、昨夜の戦闘の疲れも残っている中、険しい山道を通るのだった。
足取りも重く、息が切れる道中、この先の国の事など何も知らない俺は、不安に駆られエリスに聞いてみる。
「なあ、エリス? この先の国って、米作りが行われてたんだっけ?」
「そうですね。農業や畜産が盛んだったところです。米だけでなく、小麦や果樹園、畑なども多いですね」
「へ―」
「サトウキビや芋なども栽培してますので、砂糖の産地でもあります」
「おお、砂糖! そういえば最近、甘いお菓子食べてなかったな……」
「それ以外にも……そうですね、カズヤ様の世界の言葉で言いますと……
畜産や放牧、酪農など……行われてました」
「畜産? 放牧? 酪農?」
「ええ。言葉は通じますか? 翻訳が間違ってますでしょうか?」
「いや、ちゃんと日本語なんだけど。………その、違いや意味が分からん」
「……意味? カズヤ様の世界の言葉なのですが?」
「なんとなく分かるよ! だけど細かい違いが……その……」
「なるほど、しょうがないですね。カズヤ様は学が無いので」
「…………」
「"学がない”を訳しますと、バカということです」
「分かるわ! それくらい!!」
「では説明しましょう。畜産はですね、罪作りな人間が、牛や豚や鶏を食料にするために育てることです」
「……はあ」
「放牧は強欲な人間が、牛や馬や羊を飼いならし増やすことです」
「…………へぇ」
「酪農は人間による動物の性搾取です。主に乳を取るために、牛や山羊を育てることです」
「…………なるほど」
…………よく分かんねぇ。
しかも、ところどころ、人間をデスってるし。
「どれもその国では盛んですので、もしかしたら生き残りの動物がいるかもしれません」
「ってことは! 肉が食えるってことか!?」
「そんなことさせませんよ、私が。無益な殺生をするようでしたら、まず先に私がカズヤ様を息の根を止めます」
「うっぐ……」
結局米が食える保証もないし、肉も食えないとなると、ここまで来た意味ないじゃないか?
ゾンビを倒し、この急な山道を抜けて、苦労して辿り着いた先には、なんにもなかったなんて……
「さあ、もう少しです。山を登り切った先の、向こう側の山肌が、水田になっているはずですので」
「そうなの? 山の中にあるの?」
「山の斜面を切り開いて、階段状に土地を耕しておりますので」
「ああ。棚田ってやつ? なんか学校で習ったような気がする」
「山脈からの湧き水が豊富で、標高の高い方が稲作の気温に適しているようです。この国の者たちの長年の英知の結果のようです」
「なるほどね」
まあ、それもどうせ昔のことなんだろうな。
モンスターに荒らされて、人の手から離れた田んぼなんて、ボロボロになってるに違いない。
俺が今まで見てきた異世界の、あの荒廃した廃墟だらけの見慣れた景色が、どうせその先にも待っているだけだ。
あーあ、米が食いたかったなぁ……
どうせダメだと分かりきっているのに、山を登る必要があるのか?
なんか面倒くさくなってきた……
そんな足取りの重くなった俺を置いて、エリスは軽い身のこなして駆け上がっていく。
そして先に頂上に辿り着いたエリスは、
「さあ、着きました。この下には水田が……」
と、麓を見下ろしながら、言葉を飲み込んだ。
どうやら目にしたあまりの光景に、驚きのあまり言葉を失ったようなエリス。
どうせ予想以上に荒れ果てた田畑が見えてんだろう。
俺もゆっくりとエリスの側に追いつくと、期待もせずに覗き込む。
「えっ!?」
そこには……
予想に反して、
水の張った棚田が……!?
美しい青い絨毯の様な水田が、山肌に沿って一面に広がっている!?
おおー!!
眼下を遥か先まで見渡せば、山の斜面を切り開いて平にした水田が、段々と階段状に山肌にそって平地まで広がっていた。
水面が青い空を反射し、そこには美しい絵画の様な光景が広がる。
まるで魚の鱗のように青く輝く水田が、果てしなく続く。
しかも驚いたことに、その田んぼには、ちゃんとまだ青緑色の苗が規則正しく植わっているのだった。
兵隊の様に整列した苗は、風にたなびき、水面と共に揺れている。
これにはエリスも驚きの表情を隠せない。
「これは……まさか、このような事に……これは凄いです。このように、しっかりと手入れされ管理されているなんて。いったい誰が?」
人類が滅亡して数年。
人の手が加わることなく、自然のままでこのような状態になることは、決して無いことは俺にでも分かった。
するとどこかで人類の生き残りが?
しかもこの広さの棚田を管理するとなると、かなりの人数が?
米が食べれるという期待以上に、人に会えるかもしれないという希望が、俺の胸を膨らませていた。
しばらく俺たちは、この美しい日本の田舎のような風景を、唖然とし立ち尽くしながら眺めていると……
「あっ! カズヤ様! あそこに!!」
何かを発見したエリスが指を刺す。
目の良いエリス。
俺がエリスの示す方向を目を凝らしてみると……
遠くの……
田と田の間の道を……?
動く?人影??
「人!?」
全身赤黒い服を着た……いや、そうじゃない。
毛に覆われてる?
「いえ……あれは、人間ではないですね」
「人……じゃないのか?」
よ~く目を凝らして辺りを見渡してみると、
他にも動くものが数名? 田んぼの中に入って……田植えをしている?
よく見ると、あっちにも?こっちにも??
「あれは……ゴリパンタン……です」
「……え? なんだって?」
いきなりエリスが謎の単語を発する?
「"ゴリパンタン”という猿です。略して“ゴリパン”です」
「ゴリパン……だと? 猿?なの?」
そう言われてみれば……大きな猿のような?
全身、赤茶けた毛に覆われた、人間と同じくらいの背丈の?
しかも、田植えをしているのかと思ったら、両手を突きながら歩いているようだ。
ゴリラみたいな? いや、チンパンジー?
ゴリパン?
名前の響きが嫌すぎる……
「彼らは"森の賢者”と言われるほど賢い動物です。
そうですか……なるほど。人類が滅亡した後、ゴリパンたちが水田の管理を引き継いでいたと言うわけですね」
一人納得し、感心しているエリス。
「……ってことは、人間はいないってこと?」
「そのようですね。何らかの事情で、ゴリパンが稲作を引き付いでいたということで」
そっか、米は食べられそうだが、人は相変わらずいないのね。
「ちょっと、話を聞いてきます」
「えっ? ちょ?」
エリスがたまらず飛び出すと、俺たちを置いて一人勝手に風に乗って飛び降りるかのように、山を下って行ってしまった。
エリスの姿が小さくなると、水田の合間を潜り抜け、近くにいたゴリパンタンと接触する。
立ち話でもしてるのだろうか?
……っていうか、会話できるの?
しばらくその場にとどまっていると、わらわらと周囲から他のゴリパンタンがやって来て、
あっという間にエリスが囲まれる!?
大丈夫か!?
エリス、大丈夫なのか!?
襲われたらひとたまりもないぞ!
俺も向かおうかとした時、群れを掻き分けて戻ってくるエリスの姿を確認する。
戻って来た……
一体どんな話をしてたんだ?
「お待たせしました、カズヤ様」
「大丈夫か? 話せる相手なのか?」
「カズヤ様よりもよっぽど賢くて、寛大ですよ」
「…………そうですかぁ?」
「この水田は、やはり彼らが管理しているようです。人類がいなくなり、魔族によって田畑も荒らされ、食料が無くなった彼らは、かつて人間が行っていた事を思い出し、米を作るようにしたようです」
「なるほどねえ」
「この村の村長に会いに行きましょう。どうやら米を分けてもらえるようです」
「マジか!! よっしゃー!」
一時は絶望視されていた米だが、ここに来てまさかの入手できる可能性が!




