第44話 酒と拳と男とエルフ
「だからカズヤ様は! 全然なっていないんです!」
「はぁ……すいません」
「なんなんですか! この世界に来て100年経ってるっていうのに、全然救世主らしいことしてないじゃないですか!」
「あの~ 俺、100年もい……」
「なんか文句あるんですくゎぁ!!」
あああ!!
もう!!
これだから酔っ払いは嫌いなんだよ!
日も暮れて、拠点の洞窟内での夕食。
エリスは隠し持っていたワインを飲み始めたのだが……
たった一口飲んだだけで、顔を赤ワインよりも真っ赤にして、目も焦点が合わず半開きで、頭はグルングルン振り回し……
で、見事に酔っぱらって、このありさま。
なんだよ……
酒飲めるって言ってて。
全然弱いじゃねーかよ。
しかも酒癖が悪いときたもんだ。
普段の無表情で口数少ない、落ち着いた素行のエリスなのだが……
こうも粗暴で荒々しい口調になるとは!
「はなし、聞いてるんですくわあ!!」
ドンドンとテーブルを何度も叩いて声を荒げる。
「そんなに怒鳴らなくったって、聞こえてるってば」
「だいたいなんなんですか! なんにもできないなんて! 剣術も!魔法もできない! 料理出来ない! 知識も無い!」
「すんません」
「%&§£₩₦₱∂♯₴ー!!」
「もうなに言ってんのか分かんねーって」
酒に酔って翻訳魔法が切れたのか、それとも本当に呂律が回らないのか……
「それにですよ!」
「は、はい」
「何の能力も取り柄もないのはいいですよ!」
「…………」
「それにしても……そのぉ……あのぉ……」
「…………?」
怒ってたかと思えば、急にモジモジし始めて、モゴモゴと歯切れの悪い口調に?
「なにもできなくても……男としての機能はないのですか?」
「……? 男としての?」
「絶世の美人エルフが毎日近くにいるというのに! 何にも感じないのですか!」
あっ……
エリスって、自分で自分のこと美人って認識してるんだ……
「どうなんですかあ!!? 何にも興奮しないんですかあー!?」
「そういう……」
「毎日一緒にいるっていうのに! なんにも感じないんですくゎあ!!」
「たしかにエリスは美人だけど……四六時中興奮してたら変態だろ?」
「え? なんですか? これって人種差別ですか? 私がエルフだからですか?」
ドンドン!ドンドン!!ドンドン!!!!!
「テーブル叩くなって、壊れるだろ。やめろって」
「エルフは! 恋愛対象にならないって!!言うんですかああーぁ!!!」
……めんどくせーな、こいつ。
「あの、その~~ なんていうか……エリスは仲間っていうのか、家族みたいなもんで」
「バカ―――!!」
ヴバコ――ッ!!
痛っ!!
え? なに?
俺? 頭? 殴られたの?
エリスにグーで?
なんで?
え?
「私たちが家族とか!! 気が早すぎなんですよ!!
……その、
…………だって、
まだ……手も繋いだことだって、
ないのに!!!」
「……そういう意味で言ってんじゃねーょ」
「私、怖いです。寝込みをいつ襲われるか」
「そんなことしねーよ」
意味もなく俺を殴っておいて、なにが怖いだよ。
急に怯えたように震えだして。
そんなことしたら返り討ちにあうっての。
情緒不安定なお前を見てる方が怖いわ。
「は? なぜです? ああ、そうですか、なるほど」
「……?」
「カズヤ様はメスのクマにしか興味が無いのでしたね」
「……いつ、俺がそんなこと言った?」
「なるほど。それなら説明がつきます。この世界で私たち二人しかいないというのに、いっこうに私に興味を持たないのは」
「…………」
もう否定するのも、めんどくせー
ほっとこう。
「ふ~ん。そうですか。そうでしたら……この世界からメスのクマを駆逐するまでです!」
!!?
なに考えてんだこのエルフ?
こえーんだよ、さっきから。
物騒な言動のあと、エリスはグラスいっぱいについだワインを一気に飲みほす。
おいおい。
ワイン飲み過ぎじゃね?
ペース早いよ。
というか、お前はもう飲むのやめろ。
「んで? カズヤ様はどんな女性が好みなんですか?」
「はあ? なんだよ急に?」
「クマみたいに、たくましくて毛深い人間ですか?」
こいつ、突然なに聞いてくるんだよ。
中学生の修学旅行での就寝時間かよ?
「男ですか? 女ですか? 年上年下? で?」
うっ……近い近いって!
身を乗り出して聞いてくるな!
酒臭い顔を近づけるなってば!
「そ、そうだな……」
好きな子か……
そりゃあ、学校にいたけどさ。憧れの女の子が。
クラス委員の女の子で、みんなの人気者というか、アイドルというか。
「歳は同じでさ」
「はい」
「小柄でほっそりしてて」
「ふむふむ」
「髪はサラサラで、黒くて長くてさ」
「ふむふむ」
「周りには優しくて、仕事は真面目で」
「ふむふむ」
「どちらかというと控えめで、みんなの前に出るような子じゃなかったんだけど、明るくて」
「ふむふむ」
「男子からは学年のアイドルみたいに見られててさ」
「ふむふむ」
「美人、というよりか可愛いタイプの子かな」
「それって……
まさしく……
私のことじゃないですか!!」
「はああああああ!!?」
なに言ってんのこいつ!?
両手を頬にあてて、上半身をくねらせて!
全然性格違うだろ?
そもそも黒髪でもないだろ? あ?
歳だって、全然お前の方が歳上だろ!?
「違う違う!
お・ま・え・じゃ・ない!!!」
「前からうすうす勘付いてましたが、私が女神様みたいだと……? それほどではありませんって!」
何を勘違いしてんのか、一人勝手にふんぞり返って悦に入ってやがる。
こいつ完全に酔っぱらってるよな。
そうじゃなかったら、ただのバカだ。
「フフフ、そうですか。カズヤ様はやはり私のことをそういう風に見ていたのですね。フフフ……」
早くだれか――
こいつを黙らせてくれないかな――
「カズヤ様の気持ちも、まあ、十分わかりますよ。でも、いきなり家族というのは順序がおかしいですね」
「…………」
「まずはお友達から始まるものじゃないですか?」
「…………そうだな。じゃあ、どうすればいい?」
「そんですね~~ まずは手を繋ぐところからですかねぇ~~」
「握手か? じゃあ、ほら」
と、俺が握手を求めようと右手を差し出すと……
「馴れ馴れしく触らないでください!!」
バシュー!!
っと、おもいっきり手をはじかれる??
「じゃあ、どーしろって言うんだよ!」
「まだ、心の準備というものがぁ!!」
「……」
俺は心の準備なしに、性格の豹変した酒癖の悪い女の相手をさせられてるんだが……
「あぁぁぁ…… もう食べるものが無いじゃないですかあぁぁぁぁ……」
「もういいだろ? 今日はもう寝ろって」
「な! なんですってえぇ!?」
グフォッ!!
「痛てえな! 何度も殴るんじゃねえよ!」
こいつ、また顔殴りやがった!?
「寝ろとか、そんな……まだ……
私たち……
そんな仲じゃないじゃないですか……
そ、そんな……手だって繋いだことないのに、
体と体を繋げるだなんて……
はしたない!!」
「……そんな意味で言ってねーよ。俺ももう寝てえんだよ」
「私はカズヤ様より先には横にませんからね!!
先に休んだら寝てる間になにされるか分かりませんからね!!!
ほら、早く! 食べ物もってきてくださいよ!!」
ドンドン!!
ドンドンドン!!!
「分かったから、テーブル叩くなっての!」
……
…………チッ!
しょうがねーな!!
なんで俺が酔っぱらいの世話をしなきゃなんねーんだよ!
酒のつまみになるもの……
調理場の棚に何かあったような……?
ああ、この漬物とピクルスでいいか。
エリスが漬け込んでいたキュウリやら人参、大根を取り出し、一口サイズに切って持って行ってやる。
「ほれ」
「うぃ~」
もう座ってても、フラフラじゃねーか。
「これは……“おちんこ”ではないですか!?」
「お新香って命名したろ!? 何度も言わせ……」
「うぃ~ おちんこ~ 美味ちぃ~」
「黙って食え!」
「カズヤ様の~ おちんこ~ コリコリして~ 歯ごたえが絶妙で~ おいちぃですぅ~」
「もうこれ食ったら、早く寝ろよ」
はぁ……
異世界に来てまで、酔っぱらいの相手とは。
酒の存在しない世界に行きたいな。
そしてさんざん食って飲んだ後、エリスは酔いつぶれてテーブルに突っ伏す。
「ぅ……ゥィ……」
「おい、こんなところで寝たら風邪ひくぞ」
「ス――
スゥ――
スゥィ~~」
……こいつ、さんざん騒いだ後、寝落ちしやがって。
世話のかかる奴だなぁ。
ベッドまで持っていこうと、後ろから抱きかかえる。
あれ?
俺って、女の子抱きかかえたのもしかして初めてじゃね?
なんか女の子って柔らかくて……細くて……いい匂いがする?
いや、こいつは女の子じゃないよな。
200歳越えの婆さんだ。
「…………ぅ……カズ……さま
……なんで……わた……
こんなに……がんば……って
りょう……りも……
ぜんぜ…………ん……
…………ほめてく………
くれな…………」
なに寝ぼけてんだよ。
しかし、
こいつの寝顔をこんな近くで見たのも、初めてかもしれない。
……こうやって黙ってれば可愛いのに。
普通の女の子なんだよな。
……って、なにを考えてるんだ俺は?
こいつは大事な家族みたいなもんで、そういう関係じゃないんだから……
それに下手に手を出して後でばれたら、とんでもない仕返しをされるかもしれないからな。
俺は湧き上がる様々な感情を押し殺し、気持ち良さそうに寝息を立てるエリスをベッドに寝かせて、部屋をあとにするのだった。
――そして次の日――
昨日は散々だったな。
俺は散らかったテーブルの上を片付けていると……
「おはようございます」
いつも通りの様子で、なにくわぬ顔でシレっとやって来たエリス。
「おはよう。気分とかどうだ?」
「気分ですか? 普通ですけど?」
見た感じ、顔色も表情もいつも通りのエリスだ。
「昨日、散々酒飲んでたじゃん?」
「ええ? 美味しくいただきましたよ」
……こいつ覚えてないのか? 昨晩のこと?
「覚えてないのか?」
「なにがですか? 昨日は普通にワインを飲んで、食事して寝ましたよ」
覚えてないじゃんか!!
「昨日大変だったんだぞ!」
「カズヤ様がですか?」
「違う! 本当になんともないのか? 二日酔いとか? 気持ち悪いとか? 頭痛くないの?」
「私がですか? 二日酔い? 私がお酒に酔うはずないじゃないですか」
ダメだこいつは。
こいつは酒を飲ませてはいけないタイプのやつだ。
「ただ……」
「ただ?」
「なぜか起きた時から、手が痛むんですよね?」
それは……
その手で俺を何度も殴ってたからだよ……




