第34話 迷いの花園
「もう少しです。カズヤ様」
「はぁはぁ……
本当なんだろうな?」
疲れた……
息は切れるし……
足腰は痛いし……
エリスに言われて、ここまでやって来たけわけだが……
不気味な森の中を歩かされて、
巨大ヘビにからまれるわ、
食虫植物には襲われるわ、
ホンダさんとスズキさんが、猿みたいな生き物に噛られそうになるわで、
さんざんな日だ!!
「この森を抜けますと、ひらけた場所に出ます。そこは辺り一面、季節かかわらず花が咲き誇る広場になってます」
そんなことを顔色一つ変えることなく、涼しげな顔で言うエリス。
「へー んじゃ、そこに出たらちょっと休憩すっか。俺、もう、疲れたよ」
「休憩ですか? 人間はそこを“迷いの花園”と呼んでますが……」
「おいおい、なんだよその怪しげな名前は? 休憩どころか、通って大丈夫なのか?」
「私がおりますので、ご心配なく」
さっきから「大丈夫です」「心配いりません」「平気です」とか、そんなこと言っておいて!
俺がなにも言わず黙ってついてきたら、こんな有り様じゃねーか!
身も心もボロボロの俺。
泥だらけのホンダさんとスズキさん。
……エリスだけ汚れ一つ無く、ピンピンしている。
「さあ、そこを出ますと迷いの花園です」
先導するエリスについて、森に入ることいく数時間……
ようやく俺たちは森を抜け出す。
すると……
俺たちは、まばゆい光につつまれる。
生い茂る枝葉で薄暗い森の中とは一変して、そこは明るい日差しが降り注ぎ、思わず目を細めてしまう。
そしてゆっくりと目を開けると、そこには……
クレヨンの箱を床にひっくり返したような、色とりどりの花!!
そこは小さな球場くらいの広場になっており、エリスが言うような周囲一面色鮮やかな花々が咲き乱れていた。
森の中にこんな空間があるとは!
「なんかスゲーな!」
思わず気分も明るくなり、疲れも和らぐ。
「エルフの村に行くには、必ずここを通らないと行けないのです」
「へー そうなん?」
「迷いの花園と呼ばれるのは、ここが円形に広がっており、周囲は木に囲まれているため、方角が分からなくなってしまうのです」
「あー たしかに」
周りは似たような風景だから、花園の中心でぐるぐる回ったら、どこから来てどこへ向かおうとしていたか分かんなくなるな。
「しかもこの花からは幻覚作用を引き起こす花粉が飛んでます」
「な、なんだと?」
「そして人間にとっては毒なので、吸いすぎると死にます」
「ここで休憩なんか、できねーじゃねーか」
「愚かな人間は不老不死の秘薬を求めてここまでやって来て、そして迷い彷徨い、息絶えていくのです」
「急に恐ろしい話しになってきたんだけど?」
「その息絶えた人間のエキスが花の養分となり、このような美しい景色がうまれたというわけです」
「うぇ……こんな綺麗な景色も、血生臭い歴史があるんだな」
「ですので、花の下にはいくつもの死体が埋まってるとのことです」
「……俺、帰るわ」
「さあ行きますよ」
「嫌だよ、こんなところ、行きたくねえよ!」
「村はもう、すぐそこです」
「これってさ、わざわざ花の中を突っ切らなくて、迂回していけばいいじゃん?」
「周囲の木々も生きてますので、動きますし危険ですよ」
「え? 動くって?」
「根っこが足のようになり、前後左右に移動します」
「なにそれ?」
「なので村への入り口は変化するのです。時間によって右にずれたり、左によったり。そのため花園の中央から周囲を観察しなくては、入口がどこにあるのか判断できないのです」
「俺やだよ。ここで待ってるから、エリスが探してきてくれよ」
「ここで待っているのも危険ですよ」
「……なんで?」
「周囲の木々も獲物を狙ってますので」
「はあ?」
「ここに迷い込んで逃げだそうとする者を、枝で捕まえて喰らうのです」
「ちょっと、聞いてないぞ、そんなこと! とんでもないところだな! ここは!!」
「見てください、後ろを。今来た道は無くなってますよ」
「えっ? ああ! 本当だ!」
振り返ったら、森の中の道がなくなってる!?
ここまで来た時には、人一人が歩けるくらいの木と木のちょうどよい間をすり抜けて来たのに、今じゃ木と木が隙間無くくっついて壁のようになってる!?
「この森全体が生きているのです。こうして人間を中まで誘きだして逃げ道を塞ぎ、ゆっくりと草木達が人間を美味しくいただくのです」
「なんて所だっ!!」
「さあ、日が暮れますと真っ暗になりますので、早く行きますよ」
「だ、大丈夫なんだろうな!?」
「私がいますので心配なさらずに……」
エリスがなんの躊躇もなく花園へと足を踏み入れる。
俺も置いていかれないように、後ろをピッタリとついていく。
そうして腰の高さまである草花を掻き分け侵入する……
と?
一斉に咲き乱れていた花が、上空に浮かび上がった!?
いや、これは……
蝶!?
物凄い数の蝶!
花にとまっていた蝶達が、一気に飛び立ったのか?
空中で衝突するんじゃないかというくらいの大群が、空を覆いつくす。
あまりの数に、
周囲が!
見えない!
「エリスっ!?」
「気をつけてください。蝶からも幻覚作用のある鱗粉が放出されますので」
「マジかよ!」
周りにキラキラ浮いてる塵みたいなのが、それなのか?
うおっ!ぶふっ!ちょ!
なんか、吸い込んだ!?
「毒とか、大丈夫なんだろうな!」
「吸いすぎますと毒で、痺れて体が麻痺して動けなくなり、そのまま植物の餌になりますよ」
「なんとかしてくれよ!」
「毒消し草は持ってきてますので大丈夫です」
「なってからじゃ嫌なんだよ。防ぐ方法とか!」
「口を閉じててください。喋ると吸い込みますよ」
くっ!!
俺は呼吸するのも苦労しながら、無言で必死にエリスの後ろを追っていく。
蝶と毒鱗粉の嵐の中、遭難しないように……
ホンダさんとスズキさんは大丈夫か?
手綱を放さないように、握る力も強くなる。
「カズヤ様、ちょっと待ってください」
「な、なんだよ!」
急に立ち止まりやがって!
あぶねーな!
「花を摘んでいきます。村でお供えするために」
「あ……そうなの? 早くしてくれる!?」
のんきにエリスが、足元に生えている花を摘んでいく。
俺は焦る気持ちを落ち着かせながら、エリスの様子を尻目に周囲を見渡す。
ちょうど花園の中心まで来ただろうか?
周囲は森で囲まれているから、どこを見ても木、木、木……
たしかに方角がどこなのか分からなくなりやすい。
しかも、木は動いて位置が変わるんだろ?
そしてこの幻惑作用のある花と蝶。
こりゃあ、エリスがいないと、完全に迷子になるな。
これで日でも暮れた時には……
そんなことを想像すると恐ろしくなり、エリスの方へ振り返り先に進むことを促す。
「おい、エリス。もういいだろ? そろそろ……」
……
…………え?
いない??
エリスが?
いないっ!??
さっきまでここに!?
振り向いたその先にはホンダさんとスズキさんがいるだけだった……
「おい! エリス! 何してんだよ!」
………………
返事がない?
「エリス! どこだよ!」
………………
見渡しても、どこにもいない??
「ふざけてないで、出てこいって!!」
………………
嘘だろ、おい??
どこ見てもエリスの姿が見えない。
体から急に血の気が引いていくのが分かる。
もしかして、
俺、
迷ったのか?
おい、嘘だろ!
さっきまでエリス、いたじゃんか!
すぐそこに!
全然離れてないのに!
気がつけば俺は駆け出して、草木を必死に掻き分けてエリスを探していた。
どこだよ!!
どこにいるんだよ――――!!
エリス――――!!
なんで?
なんでこんなことに?
案内するって言ったじゃんかよ!
なのに……
なにも言わずに消えるなんて……
これは、夢なのか?
毒のせい?
幻覚か?
なら早く覚めてくれ!
このままじゃ、日も暮れて……
俺一人でどうやってこの世界を生きていけって言うんだよ!?
そしてやってくる焦り、恐れ、不安、疑問、怒り、悲しみ……
どこにいったんだよ。
出口はどこだ?
これからどうすればいいんだ?
「エリス――――!!」
俺のありったけの叫び声も、不気味に広がる森の中へと吸い込まれていくだけ。
「俺一人でどうしろって言うんだよ!」
返ってくるのは風で揺れる木々のざわめきの音だけ。
だんだんと忍び寄ってくる死の恐怖。
俺もここで彷徨いながら息絶えて、花の養分となってしまうのか……
「エリス……
どこいったんだよ……
早く……
戻って……
わがまま言わないから……
優しくするから……
真面目に救世主するから……
……
…………
どこにいるんだよ!!」「ここにいますけど?」
うおおぉ!!
後ろからエリスの声がしたかと思えば、普通に居やがった!!
「どうしましたか?」
「どうしましたか?じゃねーんだよ!!
どこいってたんだよお!!!」
「普通にカズヤ様の後ろに、ずっといましたが?」
「お前! だってさっきまで!」
「花を摘むのにしゃがんでましたので、草で見えなかったのでは?」
「なにいぃ!?」
「そのうちカズヤさまが私の名前を叫びながら走り出しましたので、後ろを付いて回りました」
「お前なあ!! 早く言えよ!!」
「なにか必死に叫んでおりましたので、話しかけるのは遠慮した方がいいかと思いまして」
「俺がどんな思いだったか……」
「私の名前やら、俺一人でどうやって、とか、言うこと聞くから、とか……」
「うるせーなあ!! そんなことを言うはずないだろぉ!!」
「いえ、たしかに大声で」
「はあ? あれなんじゃね? 毒で幻覚でも見てたんじゃね?」
「いえ、そんなことは」
「そうなんだよ!!」
「……そうですか? ではそういうことにしておきましょう」
くっそ!!
いつもの感じで普通に存在してるエリスを見て、ほっとしたと同時に……
なんか、すげー腹が立ってきた!!
「さあ、行きましょうか。花も摘んだことですし」
何事も無かったかのように、エリスは両手いっぱいに抱えた花束を、ホンダさんの背中へと載せる。
「早く案内しろっての!」
「分かりました。
……
………
……私がカズヤ様を見捨て、
一人でどこか行くなんて、
するはずないじゃないですか」
「あ? なんか言ったか?」
「いえ、なにも。もしかして幻聴ですか?」
「は? 早くこんな場所から出たいんだよ!」
「わかりました。では先を急ぎましょうか」




