第31話 夢オチ
この世界に来て、どれくらい経ったであろうか?
初めて俺が植えた野菜が、芽を出し成長して俺の背丈にせまろうとしていることから、きっと2・3ヶ月は経ったのだろう。
だいぶこの世界での生活も慣れてきたと、自分でも思ってる。
こんな生活も悪くはないな……と思う自分がいるのも否定はしない。
……だがしかし、
不満が無いわけではない。
その不満の中の一つに、娯楽というものが一切この世界には存在しないのだ。
現代日本で普通にあったもの……
テレビやネット、スマホ、なんか無いし。
雑誌や漫画も小説も、何にも無い。
カラオケもゲーセンもボーリングも、一切存在しない。
俺はここに来て、娯楽がない世界で退屈な時間を過ごしていたのだった……
畑仕事がない雨の日や夜なんかは、本当に何にもすることがない。
ただ横になって寝るだけ。
ここに来る直前まで俺はベッドに横たわり、スナック菓子を頬張りながら、ジュースを飲み、音楽聞きながら、マンガを読んで面白おかしく時間を過ごしてたっていうに……
あぁ……あ、なんでこんなこと……
ここにやって来る直前まで読んでた、あのマンガの続きが読みたい。
今頃最新刊が出ているはずだ。
あのアニメの結末は?
ちょうど良いところで見終わって、次回が楽しみだったのに。
ゲームの続きが……
直前までやっていたゲームがやりたい。
もうあの日には戻れないんだな……
この世界では、毎日泥だらけになって働くだけの人生。
しかし、そんなことで終りたくはない。
そう考えた俺は……
ついに、自分で新たな娯楽を生み出したのだった!
それは、
毎日寝る前に、読みかけだったマンガやアニメのその続きを、俺なりに勝手に空想して、続きを補完することだった!
「どうしたのですか? カズヤ様? そんな真面目な顔をされて?」
昼過ぎ、畑仕事の休憩として木に寄りかかって、意味もなく空をボケーッと眺めていた俺。
そこにお茶を持ってきてくれたエリスが、心配そうな顔で覗き込んできて、そう尋ねる。
「あ? ちょっと考え事を……な」
「考えごと? ですか?」
エリスからお茶を受け取り一口飲むと、俺の最近の趣味に関してエリスに説明するのだった。
「俺は今、物語を練っているんだよ」
「物語……ストーリー? ですか?」
「読みかけだったマンガの、今後の展開を想像してたんだ」
「マンガ?」
「アニメとかもそうだよ。来週を楽しみにしてたのに、いきなりこの世界に召喚なんてしやがるから、続きが見れないじゃないか」
「アニメ?」
「あの後の展開……どうなるんだろうな……気になるなぁ……
そう思った俺は、自分で続きを考えることにしたんだよ。そう、それはまるで神のように……」
「先程から、なにを言ってるのですか? また変なものでも拾って食べましたか?」
「別に変なもん食ってないっての! 考えごとしてんだよ!」
「そうですか、それは失礼しました」
エリスは、俺が考えごとをしている時は、変なもの食って腹でも壊してると思ってるのか?
「あのな、俺はな、ストーリーを作ってるんだよ。忙しいんだよ」
「ストーリー? それは一体どんなお話なのですか?」
「ん~~ なんというか~~ 俺が直前まで読んでたマンガなんだけどな。ファンタジーの世界なんだけどな」
「ファンタジー??」
「要するに、ここみたいな世界での話なんだよ。主人公は最強の魔法使いなんだけどな」
「魔法使いの話なのですか!?」
その単語に興味が湧いたのか?急に目付きを変えて身を乗り出してくるエリス。
そんな様子に、俺も気を良くして、つい熱く語り始めてしまう。
「ああ、でも、単なる魔法使いの話じゃないんだよ。なんと10歳の女の子が世界最強の魔術師なんだよ」
「なんと! 10歳の人間がですか? それが最強なのですか!?」
「そう! そのマンガのタイトルが『ワンマジガール』っていうんだけどな。どんな魔物でもモンスターでも、攻撃魔法で一撃必殺なんだよ!」
「まさか、そんな人間がいるとは……その子がいれば、この世界は滅亡せずにすみましたのに……」
「いや、これは、空想の話だからな? マンガの世界の話だからな?
ただ、史上最強の魔術師の女の子にも欠点はあるんだよ」
「なんですかそれは?」
「怠け者で、やる気なくて、暇さえあれば寝てるっていう、どうしょうもない女の子なんだよ」
「……なるほど、カズヤ様みたいな人物なのですね」
「いちおう弟子というか……付き人の、ちょっと年上の少年と一緒に二人で暮らしてるんだけどさ。
まあ、なんというか、事件が起きてもなかなか活動しないし、逆に問題ばっか起こすし……
そんな、ドタバタコメディー?マンガになるのかな?」
「で? その話とカズヤ様と、どのような関係が?」
「そんな二人が暮らしてる王国にさ、ドラゴンの大群が押し寄せてくる時があって、国王のいる城がピンチになるんだよ」
「それは大変です。一刻も早く救援に向かわなくては!」
「で、要請を受けた二人なんだけどさ……」
「はい……」
「女の子がさ、なかなか起きないわ、仕度に時間かかるわ、道に迷うわ……」
「……それで?」
「しかも空飛ぶベッドで寝ながら現場まで駆けつけようとするんだけど、寝過ごしてさ……」
「寝過ごす?」
「戦場を通過して、隣の隣の、さらに隣の国まで行っちゃってさ……」
「それで、間に合ったのですか? 国王陛下は? 城は? 人々は??」
「…………知らない」
「……? はあ? 知らない?」
「そこから先は知らねーよ。この世界に召喚されちまったから。続き読めないし。俺だって知りたいさ!」
「…………」
あ―エルス、すげーがっかりした様な顔して……
「でも心配するな。その後のストーリーは俺が自分なりに考えたから大丈夫だ!」
「さすがです、カズヤ様! それで? どうなったのですか!?」
「…………夢でした」
「…………は?」
「実はその女の子は普通の少女で、最強の魔法使いでも、なんでもなかったんだよ」
「…………」
「この話は、魔法使いに憧れる少女が、居眠りして見ていた夢の内容だったというわけ」
「…………」
「どうだ! すごいだろ! 大どんでん返しの、予想外の結末に、誰もがビックリ!!」
「…………」
「我ながら名作だね! 俺にも作品を作る才能があったなんてな! もとの世界に戻ったら小説でも書い……」
「…………」
ビシッッャー!!!
「い、痛ぁぁー!!!」
突然無言でビンタしやがった!
エリスが俺の左頬をおもいっきし、叩きやがった!!
「いきなりなにすんだよ!」
「ああ、起きてらしたのですね? 失礼しました。寝言があまりにもうるさかったもので、起きてもらおうと叩きました」
「ね、寝言だとぉ! 俺は起きてるっての!!」
「はぁ……くだらないことに時間を使ってしまいました」
「く、くだらないだと!」
「早く仕事してください」
このやろう……
俺の、この世界で唯一といっていい楽しみを……
バカにしやがって!
「あのな! これだけじゃないんだぞ! 他にもあるんだよ、考えた物語が!」
「はぁ……今度はなんですか?」
「俺がここに召喚される前に見てたアニメなんだがな。なんの取り柄もない高校一年生の男が、学校内でモテまくるっていう、ハーレムラブコメのアニメ!」
「……学校? ハーレム?」
「幼馴染みから、アイドルの同級生。ツンデレ後輩、美人先輩に金髪美少女留学生と、ちょっとエッチなハプニングと女の子とで過ごす学園ものの話なんだけどさー」
「なんですか?その……チンデレ交換とは? 菌パンツびしょびしょりょうが臭い? とは?」
「それも結局、いいところで、こっち来ちまったから。この先どうなるか分からないんだよ。続きが見たいのに。これから面白くなるっていうのにさ!」
「で、その“チンタレが臭せえ”がどうしたと言うのですか?」
「あ? 分からないって、俺が教えてもらいたいくらいなんだよ。だから、しかたなしに俺が続きを考えたの!」
「なるほど、で、その顛末は?」
「…………夢でした」
「…………」
「なんの取り柄もない内気な高校一年生の男子生徒の、授業初日で居眠りしていた夢の内容だったんだよ。こんな学生生活送れたらなぁ……っていう願望が……」
「そんなくだらないことを考えていないで、少しは畑でも耕してください」
「く、くだらない、だとぉ!」
「夢でお腹はふくれませんよ。食べたかったら、畑を耕してください」
「くっ……このぉ……」
「もう十分休憩したでしょう。早く働いてください」
「いいだろ! 仕事の合間に空想するくらいは! それしか楽しみがねーんだよ!」
「……そうですか。なら私も……」
「な、なんだよ?」
「私も考えました」
「……え? なんだって?」
「ストーリーを考えました」
「エリスが? へぇ~~ どんなんだよ?」
「この世界の今後の展開と、私たちの将来です」
「……なんだよ、どうなるんだよ?」
「夢です」
「…………はあ?」
「実はこの世界は崩壊してなかったのです」
「なんだそれ?」
「エルフの杜での生活に飽き飽きしていた私は、杜を抜け出し都へ向かう馬車の中で、居眠りをしていたのです」
「おい、それって……」
「その夢の中で、この世界で魔族と人類とで争い、そして世界は崩壊してしまった……そういう夢を見ていただけなのです」
「…………」
「その夢は、私がカズヤ様という異世界からやって来た人間と生活するというだけの、なんの面白味もない内容です」
「…………」
「馬車が都に近づき、私が夢が覚めれば、そこはいつも通りに、人の賑わう町の中。世界はいつも通り平和なまま」
「……あっそ」
「なので、カズヤ様の存在は最初から無かったのです」
「なん……だと?」
「カズヤ様は私の夢に出てきた妄想なので、そもそも存在してないのです」
「んなわけあるか! 俺は俺で、ここにちゃんと存在してるっての!」
「私が夢から覚めれば、カズヤ様も一瞬で消えてしまいます」
「こ、こわ!! なに恐いこと言ってんだよ!」
「なので、カズヤ様には、なにをしても大丈夫です。ご飯抜きでも大丈夫です」
「ふざけんなって、俺は生きてるよ、存在してるってば!」
ビシッー!!!
痛ッ!!!
またぶちやがった! 2度も!
何の前触れもなく、突然ビンタしやがった!!
「なにすんだよ!!」
「痛いですか?」
「いてーよ、このやろう!!」
「痛いのなら、夢ではないですね。生きてる証拠です」
「こ、この……」
「さあ、起きましたか? 早く現実へと目を覚ましてください。畑仕事が待っていますよ」
くっそ、このエルフの女め!
俺のささやかな楽しみおも奪いやがって!
「あぁ、私も早く目が覚めて、普通の生活をおくりたいです」
「俺だって、これが夢だったらなんて、何回思ったことか……」
「いい加減、目を覚ましてください。くだらない妄想に浸ってないで、現実を見てください」
「現実って、目の前は崩壊した世界しかないじゃねーかよ! なんの楽しみも、娯楽もない、つまんねー世界によびやがってさ!」
「カズヤ様はこの世界が不満なのですか?」
「崩壊する前ならともかく、こんな状況じゃあ、毎日生きるので精一杯じゃねえかよ。文句ばっか言うんなら、俺をもとの世界に帰らしてくれよ」
「この期に及んで、まだもとの世界に戻りたいのですか?」
「そ、そりゃあ、まぁ……」
……と言いかけて、エリスを見ると、
なんでそんな悲しそうな目を俺に向けてくるんだよ……
「……別に戻りたいというか……ただ、俺はマンガの続きが読みたいだけなんだよ」
別にエリスとの生活が嫌だっていうわけじゃあ……
「エ、エリスだって、故郷に戻りたくないのかよ!? エルフの杜とか言ったっけ?」
「そういえば……」
俺にそんなことを言われて、首を傾けるエリス。
遥か昔に忘れ去られたような言葉を不意に投げられ、その場でしばらく顔をわずかにしかめて考え込む……
そして、思い出したかのように呟く。
「そうですね、かれこれ30……いや、50年ほど帰ってませんでしょうか?」
「だいぶ帰ってねーじゃん。っていうか、無事なのか? その故郷は?」
「確かに心配ではあります。でも一人では心細くて、帰るにも道中が不安でしたもので」
「まあ、こんな状況じゃあな」
「今ならカズヤ様もいますことですし、一度戻って様子を見に行くのも……」
「たしか、ここからちょっと離れた場所にあるんだよな。エリス1人じゃ、なにが襲ってくるか分からないからな」
……
………あれ?
これって、もしかして俺も一緒に行く流れ?
「では、行きましょうか? 私の故郷、エルフの杜へ」
「……でも、やっぱり凶悪なモンスターとかがいるんじゃ……」
「良いところだと思いますよ。自然に囲まれて」
「まぁ……そうだろうけどな」
「エルフの杜特産の、美味しいフルーツ、食べ放題です」
「ん~~」
「黄金の果実というものがありまして、そこでしか食べることができない、とても美味しい果実がありまして……」
「あ……それはちょっと……食べてみたいような……」
「ではさっそく準備しましょう」
「でもさ、ちょっと待ってよ。危険なモンスターとかいるんじゃ……」
「カズヤ様? なんの為の救世主の称号と、その剣なのですか?」
「…………」
こうして俺たちはエリスの故郷“エルフの杜”へと向かうのだった。




