第30話 異世界理髪店
「ようこそ、エリス理髪店へ」
「うわぁ~ 不安しか感じられねえ~」
湖の畔で椅子に座らされた俺の背後に、エリスが毅然とした姿勢で立つ。
俺もこの世界に来て、しばらくの月日が経っていた。
おかげで髪の毛が伸びっぱなしで、うっとおしくなってきたので、自分で昨日切ろうとしたところ、
「私が切りましょうか?」
とエリスが提案してきたのだ。
「エリスが切るのか?」
「そうですが、何か?」
「大丈夫なのか?」
「いつも自分でやっておりますので」
なるほど。
確かにこの世界だと、俺とエリスしかいないわけだし。
自分じゃ無理だから、頼むしかないか。
「じゃあ頼むか」
「分かりました。では準備します」
……
そういうわけで今日、天気もいいので森の湖までやって来て散髪することに。
「ところで、髪を切る用のハサミとかあるの?」
座りながら後ろにいるエリスに、ちょっと疑問に思ったので聞いてみる。
物資も道具も設備もないこの世界で、果たして理髪用のハサミがあるのかと……
「ありませんよ。そのようなものは」
「……じゃあどうやって切るんだよ?」
「私はいつも魔法で切ってます」
「魔法? そんな便利な魔法があんのか?」
「風の魔法で、ズタズタに切り裂きます」
「表現が恐ろしい!!」
風の魔法ってなんだよ!
真空波とか、つむじ風とか、そんな感じの?
そんなんで髪の毛切られたら、たまったもんじゃねえ!
「普通にハサミとかで、やってくんねぇ?」
「ハサミ……ですか……」
「なんにもないのか? もしかして?」
「あいにく、持ち合わせがこれしかありませんが、よろしいですか?」
と見せてくれたのが……
玩具みたいな、文房具用の小さなハサミ!?
「こんなんで切れんのかよ!?」
「では、ナイフで……」
「やめろやめろ、やめろ!! いいよもう! 魔法でもなんでも、エリスのやりやすい方法で!」
「分かりました」
なんかもう、やめたいんだけど。
別にいいよ、髪の毛くらい。
へたに切ろうとして首とか切られて死にたくないからな。
「ではカズヤ様、どれくらい切りましょうか?」
「ん~~ そうだな。少しでいいよ。1cmとか2cmくらいで」
「いっせんち? にせんち?」
「あー そうか。単位が分かんねーのか」
「イッセンチとは、これくらいの長さでしょうか?」
と、エリスが首を傾げながら、両手を広げる!?
「お、おい、バカ野郎! それじゃあ1メートル以上あるじゃねーかよ!!
そもそも、そんなに髪、長くねーだろ。
どこにそれだけ切る長さの髪が、俺にあるんだよ!
これくらい! これくらいの長さだよ!!」
親指と人差し指で1センチの幅を作って見せた。
「なるほど。これくらいの長さですね。かしこまりました」
あぶねーな、本当に。
さらに不安になってきたぞ。
このまま俺の髪を切る前に、別のもので試させないと。
「あのさ、試しにそこに生えてる草を切ってもらえるか?」
「草を、ですか?」
エリスは不満そうな顔をしつつ、手のひらを草に向けてかざし、何か呪文のようなものを唱え始めた。
すると突然……
スパ―――――ン!!
数メートル先まで一直線に、草の上半分が切断されていった!
「どうですか? 切れ味はいいと思いますが?」
「殺傷能力、高すぎだろ!! こんなもん、俺の頭で使うなよ!!」
「大丈夫です。この魔法は使いません。威力の低いものでやりますので」
「……大丈夫……なんだろう……なぁ?」
「心配ですか? では頭以外のどこかで試してみますか?」
「そ、そうだな……」
「では……毛の生えてる……カズヤ様の足で試してみましょうか?」
「ああ、そうだな……」
そう言われ、俺はズボンの裾をたくし上げる。
とはいっても、俺、そんなに毛深くねーけどな。
すね毛のそこそこ生えた足にエリスが近づき、両手をかざす。
すると……
「おお!! 風だ!!」
すねの周りに扇風機で風を当てているような感覚が。
まるで風で足を包み込み、マッサージをしてくれてるような感じ。
これなら痛みもないし、うまく切れるんじゃ……
「さあ、できました。どうですか?」
「おお!! 毛が剃れた! つるっつるだ!!」
エリスが手を離すと、そこには綺麗に毛の剃れた、つるつるの俺の足が現れた。
「スゲーな! 一瞬でこんなに綺麗になるなんて!」
これ使えば散髪も……
ツ――
あ、あれ?
俺のすねに……
横に1本、赤い線が……?
ツ――
ツ――――
更に縦に横に……
赤線が1本2本……
その線から赤い液体が流れ出し……
「い、いてえ!! あ、足がぁ!!
おい!!
よく見たら切れてるじゃねーか!
血、出てるじゃねーかよ!!」
更にその切り傷が増えていき、俺の足はいつの間にか血だらけに!?
「これは失礼しました。今すぐ治癒いたします」
悪びれた様子もなく、手をかざし温かい光でもって俺の無数の切り傷を治していく。
「では、そろそろ本番に……」
「だれがやるかよ!!
こんなの頭でやられたら、首、切られて死んでしまうわ!」
勘弁してくれよ。
異世界に来てまで、なんで命がけで髪の毛切らなきゃいけないんだよ。
「力の調整が難しいのです。もう少し毛深いところで練習してみないことには……」
「はあ? 毛深いところって、なんだよ?」
頭髪以外に毛深いところなんてないぞ?
しかし、エリスは見つけたようで、
ジ――
っと、俺の一点を見つめる。
ジ――――
その視点を辿っていくと、
ジ―――――――
俺の股間へと行きつく……
「お、おまえ! どこ見てんだよお!!!」
「試しにそこで切らせてもらえませんか?」
「ダメに決まってるだろ!!」
「どうしてですか?」
「俺の大切なもん、間違えてちょん切られたら困るだろ!!」
「カズヤ様の、大切なものなのですか?」
「そうだよ!!」
「使い道もないのに、ですか?」
「そ、なっ、おまえ!」
「なくても生きている人もいますが?」
「男だよ! 俺は!! 使い道だって! これからあるかもしれないだろ!!」
「使うこと、あるのですか? いつ? どこで? 誰と? ですか?」
「ぅくっ……!!」
「この世界では私とカズヤ様しかいないのですが? もしかしてクマに使うのですか? 馬とですか? 一人でですか?」
「うるせーなあ!! とにかく、俺にとっては必要なもんなんだよ!!」
「そうなのですか。カズヤ様にとっては大切なものなのですね。そこまでおしゃるのでしたら。今回はやめておきます」
このエルフは!
いちいち頭にくるなぁ!!
「では、そのまま本番といきますか?」
「ああ、もう早くしろ!!」
座った俺の、背後にエリスが近づく。
さんざん感じていた不安も、怒りでどこか行ってしまった。
「では、いきます」
エリスが俺の頭を手で覆う。
そして呪文のようなものを唱えると……
頭全体にドライヤーで涼しい風を全体に吹き付けているような、風の膜が全体を覆う。
うわ――
なんか、すげ――
髪の毛が逆立ち、カットされていくのが分かる。
気持ちいいっちゃ、いいんだけど……
大丈夫なんか? おい?
髪はいいけど、目とか鼻とか、首とか切らないでくれよ。
自然と閉じる目の、まぶたに力が入ってしまう。
そして頭が風に巻かれること数分……
「さあ、カズヤ様、おわりました。サッパリしましたよ」
風が止み、エリスの声が聞こえた。
それを合図に、ゆっくりと目を開ける。
よかった……目は見えるぞ。
急いで鼻が取れてないか、顔に異常がないかを手で触って確認する。
うん、よし。
どこも切れてない。
さて、問題の髪の毛は……
……
……あれ?
髪が……ない?
手で自分の頭をさすってみるが、さっきまであった髪の毛がない!?
いや、正確に言うと、手に刺さるくらいに短く残ってはいるが……
「おいエリス! これ、切りすぎじゃねーのか!?」
慌てて目の前の湖を覗き込み、水面で俺の顔を確認する。
な、なんと、そこには!?
高校野球の選手ばりの坊主頭になった俺の姿が!?
「おい! エリス!! これなんなんだよ!!」
「だいぶすっきりしましたね、カズヤ様。どこにも傷はありません」
一仕事終えたような達成感で、満足そうに胸を張るエリス。
「ちげーよ! なんでこんな短く切るんだよ!」
「カズヤ様が、これくらいにしろと……」
と、親指と人差し指で長さを示してくる。
「ちが――――う!!!
これくらいの長さにしてくれって言ってんじゃないんだよ!
これくらいの長さを切ってくれって言ってんだよ!」
「そうでしたか。それは失礼しました。」
「どうしてくれんだよ……こんなんじゃ外に出れねーじゃねえか……」
「大丈夫です。この世界には私以外に見られる人はいないのですから」
「くっそ!! そういう問題じゃねえ!」
「心配なさらずとも、あと30年ほどすれば、すっかり伸びて元通りになりますので」
「30年も待ってられっか!!」
30年あれば髪の毛は伸びまくってるだろうが、俺の寿命は短くなってんだよ!!
ここまで読んでいただいたき、ありがとうございます。
次回からは新章、エルフの杜へ行く話です。
幽霊に襲われたり、大鷲にさらわれそうになったり、森で迷子になったり、川に流されたり、結婚式?あげたり……そんなお話です。




