第24話 海は怖いな大きいな
せっかく海に来たってのに、全然楽しめない。
エリスは林の中で、ずーっと海水を煮詰めているだけし。
俺は桶をもって海までの往復だけだし。
もう何回往復したか分からない。
海水で満たされた桶を持って、林まで戻ってくる。
それで、地面に敷き詰めたヤシの木の大きな葉っぱの、その上に海水をぶちまける。
水分が蒸発すれば、塩が残るのでそれを回収する。
…………の繰り返し。
なんて地味な作業なんだ。
エリスによって装着されたクソ重い鎧は外した。
だけど足と腰と胸、腕、頭は残したままだ。
エリスが着けとけって、うるさいから……
それに海の中に入ったらダメだって?
どんなモンスターが生息しているか分からなくて、危ないからだって。
もうこれじゃー わざわざ海まで何しに来たのか分からん!!
というわけで……
俺は海水を汲むと見せかけて、海岸沿いを散策してサボる。
せっかく貸し切り状態の綺麗なビーチに、やってきたってのに……
海には入れないし。
竿がないから釣りもできないし。
浮き輪もボールも無え。
食べ物も、携帯用のクソ硬いパンと、干し芋だけ。
飲み物だって、水しか無い!!
遊び相手も、女の子も、人っ子一人いない!!
つまんねぇ~なぁ~
異世界、なんにもねえなあ!!
足元の砂を無駄に蹴り上げながら、ただぼんやりと海岸沿いを歩いて行く。
なんか面白いもんでも転がってないかな~~
……あれ?
むこうの……波打ちぎわに……
なんかいない?
海面から真上に突き出してるのって……人?
よ~~く、目を凝らしてみると……
……あれは……長い金髪、かな?
……女の人?
もしかして……人魚じゃないの!?
アニメとか映画で見た感じ、そっくりの!?
下半身は海中に沈んで見えないけど。
海面から出てる上半身は、なんにも着てない!?
胸……は垂れ下がった髪の毛で隠れて、よく見えない。
が、形からして、それはきっと豊満な胸に違いない!!
た、たいへんだ――!!
この世界で生き残りがいた――!!
こ、これは早く助けないと!
「エリス! おーい、エリス!!!」
ダメだ、離れすぎて、しかも波の音で声がとどかない。
どうしよう話しかけてみようかな……
でも一人で海に近づくのは危ないってエリスが……
と、視線を元に戻すと、
ちょっと目を離した隙に、人魚が沖の方へと引き返そうと戻っている!?
「ち、ちょっと待って――!!」
せっかくの出会えた生き残り!!
しかも、美人お姉さん!!
急いで波を掻き分けて、人魚お姉さんのもとまで駆けつける。
腰まで海に浸かってしまうところまで入って行き、ようやく追いつくと、お姉さんの両肩を捕まえる。
「あ、あの待って下さい!」
驚いているのか困っているのか、無反応で無表情なお姉さん。
「怪しいもんじゃないです。ちょっとお話でも……」
怖いくらい美しい人魚さんは、虚ろな目でこっちを見つめているだけだった。
確かに綺麗な表情なのに……どこか生気がない?
本当にお人形さんみたいな美人な女性。
それでいて焦点の定まっていない目が、なんか魚の目みたい……
「あ、あの……」
と、話しかけた瞬間、
目の前の人魚さんが消えた!!?
いや、真上に飛んでいった!!
え? 飛んだ? 人魚が!?
急いで顔を上げて、目で追うと……
……
…………え?
人魚とばかり思っていたその子の下半身は、魚などではなく……
腰から先がすぼまって、紐みたいになって伸びて……
伸びた先まで目をやると……
いつの間に!!?
目の前にはクジラ並みのでかい魚の顔が!?
え?
なに!なに!?
巨大な魚の口!!!
ああ!!
これって、触覚だったのね!!
人魚さんじゃなくて!
チョウチンアンコウのように、獲物を誘き寄せるための餌だったのね!!
……獲物って?
この場合…………俺のこと?
ヤバッ!!
逃げようと思った時には、すでに遅かった!!
その思った瞬間には、大きな口が開き閉じる途中だった!!?
ちょっと待っ……
あああ――!!
目の前が真っ暗になる。
終わった!!
食べられた!!
し、死んでしまう……
……
…………ん?
あれ? まだ生きてるぞ?
とっさに閉じた目をゆっくりと開けると……
てっきり暗闇の口の中なのかと思ったが、
見上げれば、細い縦一直線から、澄んだ青空の光が漏れ出しているのが見える。
どういうこと?
疑問に思っていると、俺が剣を構えて握りしめながら立っていることに気がついた。
あっ!
とっさに剣を取り出して、上に向けてたから!
閉じてきた口に自然と刺さって、口が裂けたのか!!
そういえばエリスが、剣はいつでもどこでも携帯しろってうるさいから、背中に背負っていたんだっけ?
あ―――――びっくりした!
この巨大魚野郎! 驚かせやがって!!
俺はそのまま剣を振り下ろすと、魚は真っ二つ!
波と海面もろとも左右に裂けながら、魚は声もあげずに二枚におろされて左右にバシャンと崩れ落ちた。
そこへ騒ぎを聞きつけ、エリスが駆け寄ってくる。
「カズヤ様!? どうしたんですか!?」
「ん~ いやちょっと、いろいろあってね」
「なにがあったのですか! あれほど言ったではありませんか! 海の中には入らないで下さいと!!」
エリスは波のとどかない砂浜に立って、大声で怒鳴りつけてくる。
けっして波の中に入ろうとしないで、俺に海から出るように促す。
「はいはい、今戻りますって」
エリスの顔を見て安心したのか、急に脱力感が襲ってきた。
ため息をつきながら剣を引きずり、浜へと上がる。
「なんで海の中に入ったりしたんですか!?」
「いや~ その~」
……言えない。
とてもじゃないけど、裸のきれいな人魚さんに釣られて海の中に入っただなんて……
それよりも……
あ~あ、ビショビショになっちゃった。
着替えあったかな?
「カズヤ様、早く戻りますよ……」
と急かすエリスの足元に……
主を失った……
物言わぬ人魚の姿をした疑似餌が……
流れ着く……
ちょっ!
なんでこのタイミングに!
「……」
「あっ、エリス、それは……」
実に冷めた目つきで、足元に転がるそれを見下ろすエリス。
「……これは、なんですか?」
「……さ、さあ……なんなの、これ? 俺が知りたいくらいなんだけど?」
「アンコウの誘引突起ですね。
若い女性に似せて、
バカで、
変態で、
マヌケで、
どうしようもなくスケベで、
いたずら目的か、
いかがわしい行為を目的とするか、
淫らなこと期待しているのか、
そんな救いようの無い愚かな男の人間を、
誘き寄せ、餌として食べる魚モンスターですね」
「へ、へぇ…… そ、そうなんだあ…… ふぅ~ん」
「カズヤ様? まさかこの擬態に惑わされて、のこのこと魚の前に……?」
「そ、そんな! まさかぁ――」
「では、後ろに浮かんでいるのは、なんですか?」
「えっ!?」
さっき真っ二つにした魚の残骸が浮かんでる!!
「…………」
「…………」
エリスの視線が痛いほど刺さってくる……
「カズヤ様?」
「に……人間の!生き残りがいたと思ったんだよ!!」
「裸で海に入った若い女性が、一人でこんなところに、ですか?」
「べ、別に、やましいこと考えてたわけじゃないっての!!」
俺が勝手な行動をとったからなのか、エリスはその後しばらくの間、凄くイライラした様子で俺にあたってきた。
「海臭いんで、早く川に行って体を洗ってきてください」
「……はい」
「服もちゃんと洗って……いや、それは絞って塩にしてください」
「……はい」
「その塩はカズヤ様のです」
「……はい」
「鎧もちゃんとすすいでから、水分をふき取ってください」
「……はい」
「錆びないように、手入れもしておいてください」
「……はい」
「そのアンコウは今日のカズヤ様の晩ご飯です。責任もって完食してください」
「なん……で…………はい」
死ぬ思いをした俺だっていうのに、その後の今日一日中、塩対応のエリスだったのだ……




