第22話 初めての野営
「あまり暗くならないうちに、野営の準備をしましょう」
まだそんなに疲れてもいないし、まだまだ先に進めそうなのだが、エリスは大事をとって早めにキャンプ地の選定を始めた。
「ちょっと泊まるには早くない? できるだけ海に近づきたいんだけど?」
「カズヤ様、夜になると真っ暗なんですよ。なにも見えなくなるんですよ。理解してますか?」
「そうだろうけどさぁ……」
……と俺が渋っていると、急に目の前が真っ暗になる!!?
「ちょ!! なんだよこれ!!」
頭に布の袋をかぶせられた!?
「どうですか? なにも見えない気分は?」
「分かった!! 分かったから、はずして!」
結局、エリスの言う通りに、これ以上進むのはやめてキャンプ地を探すことに。
たしかに見知らぬ広大な土地で、真っ暗な夜を迎えるのは怖いけど……
それ以上に……エリスの行動が怖すぎる……
しばらく周囲を探索した結果、
「カズヤ様、この民家の廃墟などは、どうでしょうか?」
と、街道から少し離れた場所にポツンと存在する廃屋を、エリスは指定する。
すでに風化して自然と一体化した元民家。
床は抜け落ち、草が伸び放題。屋根もほとんど崩落している。
一部の残った壁だけが、寂しげに立ち尽くしている。
庭らしき場所には木が数本立っていて、周りから身を隠すにはちょうどいいかもしれない。
「ここでいいんじゃない?」
適当に俺が答え場所が決まると、エリスは手際よく準備をしていく。
馬たちを少し離れた木に繋ぎ止め、水や草を与えて休ませる。
そして壁を背にして俺たちの座る場所を整えると、中央に火を起こし始める。
初めてのキャンプか――
なんかワクワクする反面、不安もいっぱい。
でも、エリスと一緒にキャンプするとなると、緊張やらワクワク、不安やらと、いろんなドキドキが重なって興奮が止まらない。
エリスは慣れた手つきで、まだ日が暮れる前に火を焚き、お湯を沸かし、食事を準備する。
料理はいつもと代わり映えのしない野菜のスープやら、芋やらなんやら……
ただ、キャンプとして外で食べる食事は、なぜかいつも以上に美味しくかんじてしまうのだった。
……毎日、自給自足のキャンプしてるみたいな感じの生活おくってるけど。
のんきなことを考えてながら食事が終わると、日が完全に沈みあたりは闇に包まれる。
気がつけば、回りを照らす頼りはこの焚火の明かりだけ。
広大な大地の中、俺たち二人を弱々しく照らす。
ん~~ これは心細い。
こんなところで寝ろってか?
不安と緊張で寝れそうにない。
そもそもどうやって寝るんだ?
寝袋とかテントとか?
持ってきているんだろうか?
きっとエリスは用意してくれてるんだろう。
たぶん……
「ところでエリスさ―― これからどうやって寝るの?」
「私は上で寝ますので」
「上? って?」
「木の上です」
「木の上で寝るの?」
そう言い残すとおもむろに立ち上がり、フワッと浮かび目の前から消えてしまう。
見上げると、木の上をフワフワと浮きながら、何かを結び付けている。
なにしてんだ?
木と木の間に……紐だか布を張って……
あっ? もしかして、ハンモック?
寝床の準備が整ったエリスは、再び俺の目の前に降りてくる。
「では、私は上で寝ますので」
「いーなーそれ! 木の上なら安全じゃん! 俺も……」
「カズヤ様はダメです」
「なんで!?」
「重いからです」
……俺、そんなに太っちゃいないって。
「カズヤ様は下で見張りながら寝て下さい」
「見張りながら?寝る?って、そんな器用なこと出来るか!」
いいよ、分ってましたよ、どうせ!
俺は、この荒んだ地面の上で寝ろっていうんだな!?
「分かったけどさ―― 俺の布団とか寝袋みたいなものはないの?」
「カズヤ様のは……これです」
なにやらゴソゴソと荷物の中から取り出して……
目の前で広げたものは……
「こ、これ! クマかなにかの毛皮じゃねーか!!」
以前、服を探して回った時の戦利品だ!
「そうです。寝袋としても使えそうなので、この中に入って寝てください」
マジかよこれ……
まぁ、確かに中に入れば温かいかもしれないし……
これしかないなら、着るしかないだろうって……
うっわ! くせーし!!
獣臭というか、その、なんか……臭い!!
動物園の匂いがする!!
「これしかないの?」
「ないです。いやなら、そのまま寝てください」
「…………」
俺はこの黒いクマの毛皮の中に入り、着ぐるみを着た状態で寝ろと?
嫌々ながらも、それを受け取り試しに中に入ってみると、案外心地よい感触。
「カズヤ様、すごく、お似合いですよ」
「うるせえ!」
「これを着ながら寝てれば、他の生き物は近寄ってこないと思います」
「本当か!? 本当に大丈夫なのか!?」
「クマにしか見えませんから」
「……そうか?」
「クマが寝ていれば、大抵の動物は近寄ってはきません」
「……そういうもんなのか?」
まあいいよ、どうせこれしかないんだろうし。
それに、エリスの言う通りクマの格好してるから、意外と変な生き物は近寄ってこないもんかも。
「あとカズヤ様、火は消してください」
「え!? 消すの! なんで!」
「焚火をしながら寝るクマなんていませんよ」
「そ、そうだけどさ! ちょっと不安というか……」
「では、おやすみなさい」
「まてって!」
「なんですか?」
「いや……なんていうか、その……一人じゃ心細いっていうか」
「大丈夫です。この辺の精霊たちにお願いして、いちおう見守ってもらっていますので」
「本当か!? 全然精霊なんて見えねーし、なんにも聞こえないんだけど?」
「ちゃんといますよ。ちなみに、カズヤ様が激悪臭を放っているので、近寄りたくないと嘆いております」
「この臭いは俺のせいじゃねえ!!」
「クマが寝ているというよりも、クマの腐乱死体が横たわっているようで、これなら誰も近寄らないと言っております」
「…………もうなんでもいいよ。安心して寝れるんなら」
「では、明日の夜明けと共に起床し、出発の準備をしますので」
「はいはい」
「おやすみなさい」
「はい、おやすみ」
就寝の挨拶を済ますと、エリスはなんの迷いもなく火を吹き消して、木の上へと登ってしまった。
うわぁ……
真っ暗だぁ……
さすがに不安になってくる。
でも、今まで狂暴そうな動物には出くわしてないので、多分今夜も何事もなく過ぎていくんだろう。
そう自分に言い聞かせ、俺は横たわって目を閉じるのだった……
……
……
…………サッ……
……ガサッ……ッ……
(…………?)
……ガササ……サッ……
(……え? なんか聞こえる?)
草を押し倒して歩く何かの足音?で、目が覚めてしまう。
風?
いや、たしかに………なにかの……
急に不安になり眠気もすっ飛び、おそるおそる目を開けてみると……
暗闇に浮かぶ2つの小さな光……
怪しく輝く光の粒が、こちらを向いている。
あれって……動物かなにかの……眼、なんじゃないの!?
……ガサガサ……ガサガサガサガサ……
重そうな足音が、近づいてくる!!?
それに合わせて光が揺らめき、大きくなっていく!
「ちょっと! ねえ、エリス。エリス――!!」
「……なんですか?」
さすがに恐くなって、耐えきれず上で優雅に寝ているエリスに声をかける。
「なんか、いる!」
「なにがですか?」
「分かんないけど、でかいのが!!」
「落ち着いてください。騒ぐと危険ですよ」
騒ぐなとは言うけどさー
この沈黙の中で迫ってくる足音なんか耳にしたら、落ち着いてなんかいられるはずない。
「エリス!!」
「今、確認しますから…………あぁ、あれは、クマ、でしょうか?」
「クマ!! クマだとぉ! エ、エリス!!!」
「静かにしてください」
「喰われる――!!」
「それならとっくに食べられてるはずです。ちょっと様子がおかしいです」
こっちは襲われるかどうかという状況なのに、いつものように冷静に答えてくる。
「これは……ホラアナグマですね。絶滅したかと思いましたが、まさか生き残っていたとは」
「クマ!! やっぱりクマなのおぉ!!」
「落ち着いてください。ホラアナグマは穏やかな性格で、主に草や木の実、たまに魚を食べて生活しています。滅多に他の動物は襲いません」
「滅多に!? でも襲うんでしょ!? 食べるんでしょ!!」
「静かにしてください。驚かすと襲ってくるかもしれませんよ」
「ぅぅぅ……なんとかしてくれよぉ……」
「その毛皮、もしかしてホラアナグマのものでは? 仲間と思って近づいて来ているのではないでしょうか?」
「な、仲間なんかじゃないから、早く助けてぇ!」
「ちょっと様子を見てみましょう」
「は、はやく、た、助けて……」
フグゥウウゥッ!!
グヴゥウ!!
「これは……興奮してますね」
「や、やばいって! 喰われる!!」
「……いえ、
これは……
性的に……
興奮しているだけです」
「…………はあ?」
「発情してます」
「……」
「カズヤ様をメスの仲間と勘違いしているようです」
「いや、それも困るんですけど……」
グウッワァアアー!!
「ちょっ! なんか乗っかってきた!!」
「これはこれは……」
上半身に体重を押し付けられて、逃げられない!!
こわっ!
鼻息が顔に!
ヤバイって!
俺がよく知っている犬とは、比べ物にならないくらい大きいし!
こんなのに噛みつかれたら痛いとか、そんなレベルじゃねぇー!
「見てないで、助けろって!」
「下手に動くと攻撃されるかもしれません」
「痛っ! なんか、いて! ちょ、なんかこいつ! 腰、振ってくるんだけど!! なんか当たって痛いんだけど!!」
「だいぶカズヤ様の事、お気に入りのようで」
「痛いってば!! なんか刺さるんですけど!
エリス、なんとかしてくれ!!」
「カズヤ様は……実は雌だったのですか?」
「そんなわけあるか――!!」
なんで異世界に来てまで、クマに襲われなきゃいけないんだよ!
しかも、性的な意味で!!
……えっ?
クマが大人しくなり、急に俺の体が軽くなり宙に浮いた?
いや、これは……
クマに担がれてるんだ!!
「おい――!! エリス――!!」
「カズヤ様のこと、大変ご執心のようで。どうやら寝床に連れて帰るようです」
「お、俺……どうなっちゃうんだ?」
「ささやかな結婚式でも挙げるのでは?」
「バカ言ってないで、助けてくれって!!」
体が動いて、クマに連れていかれてるのが分かる。
ここで下手に暴れたり正体をばらすと、逆に何されるか分かんねえ。
かといって、連れていかれた先に、どんな結末が待っているのかも恐ろしくて知りたくねえ。
「エリス!」
「このクマの生態や住みかが気になりますので、連れて行ってもらいましょう」
「はあ!?」
「大丈夫です。私も距離を置きながら尾行しますので」
「ちょっと、エリス? エリス――――!!」
こうして俺は一晩中、ホラアナグマの寝床である洞穴で情熱的な求愛を受け続け……
夜が明けるとともに、エリスの手助けでようやく脱出することが出来たのだった……




