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第18話 湖のほとりで

 今日も俺は、森の湖まで水を汲みにやって来る。

 その水を持って、帝都の城跡近くの畑に水を撒く。

 それが終わると、湖に引き返してまた水を汲む。


 今度は洞窟近くのエリス畑に水を撒く。

 それが終わると、また引き返してさらに水を汲む。


 次は奥の森にある、油の実の生る木(炎上した木とは別の生き残り)に水を与える。

 同時に油の実(俺が命名した“油実ゆみくさい”)をいくつか持って帰る。


 その実を持って、次は洞窟裏の肉の味のする木(俺が命名した“すきや木”)に、この油実をぶつける。

 するとこの匂いによって昆虫や小動物が引き寄せれ、食虫植物である“すきや木”の餌となるのだ。


 この“すきや木”は、挿し木によって増えるということなので、少し離れた場所に植えておいた“すきや木2号”、通称“とんて木”の様子を見に行く。

 俺の膝くらいの高さしかない“とんて木”は、まだ細い枝でハエくらいしか捕まえられない。

 ここにも油実をかけておく。


 そして少し離れた場所に3号“かばや木”が植えてある。

 こいつもまだ植えたばかりなので、挿し木の枝が地面に刺さった状態のままだ。

 “かばや木”はまだ虫を補食できないので、湖からの水を与える。


 それら全てに水やりを終えると、また湖まで戻って来て、今度は生活用の水を汲み取る。


 は~ 疲れた。少し休憩しよう。


 湖のほとりに腰を下ろし、

 ぼんやりと水面を眺める。


 タメ息が出るほどの美しい湖と森林という景色を前にし、思わず別の意味でのタメ息が漏れてしまう。


 ……俺って、なにやってんだろう?

 毎日毎日、こんなことしてて。

 生きるためとはいえ、こんなことして一生を終えてしまうのか?

 毎日、湖と畑の行ったりきたり。


 別に植物は放っておいても育つのだが、エリスが湖の精霊の加護のある水の方が育ちがいいとか言うから、面倒だけどこうやって毎日ここまで来て水を汲んでいるのだ。


 水面に写る俺の顔。


 なんか、痩せたかな?

 いや、やつれたのかも?


 ……髪の毛も少し伸びたかな?

 ここに来てどれくらい経ったんだろう?

 1ヶ月以上は経ってるよなぁ……

 こんな生活を後何年続ければいいんた?


「カズヤ様? どうしたのですか?」


 そんな物思いに耽る俺のもとに、エリスがやって来る。


「いや……別に……」

「そんなに水面に写った自分の姿を眺めて、カズヤ様は自己愛陶酔変態人間なのですか?」


「……俺のいた世界にもそんな話あったな。そういうやつはナルシストって言うんだけどな」


「ではカズヤ様は、その、“あなるシスト”なのですか?」

「“あなるシスト”じゃない。ナルシスト!」


「どうしたのです? そんなにカリカリして」

「べつに……」


「お腹が空いたのですか?」

「ちがうよ!」


「では、変なもの食べて、お腹を壊したのですか?」

「食べてないって!!」


「どうしたのです? 疲れたのですか?」

「いや、ちょっとな。髪も伸びたなぁ~って……思ってただけだよ」


「そうですね。ここに来られた時よりも少しは伸びましたね。髪の毛は成長するのに、カズヤ様は全然成長しませんね」

「…………」


「先程から元気がないですね?」

「……べつに」


 エリスが俺を顔を覗き込みながら、隣に腰を下ろす。


「もしかして……カズヤ様は? ホームシックという病気なのですか?」

「そんな大げさなもんじゃないけどな。まぁ……」


「分かりました。今日はこれくらいで切り上げて、洞窟に戻りましょう。今日は薬草をいっぱい摘んできましたので、今晩はこれを使ってスープを……」

「そーゆーんじゃ、ないんだよな――」


「今、ホームが恋しいと?」

「あの洞窟は、俺のホームじゃねぇ!!」


「……」

「……な、なに?」


 俺の顔を真剣な眼差して、じーっと見つめてくるエリス。


「……もしかして、カズヤ様?」

「な、なんだよ」


「元の世界に戻りたいと?」


 そう言い、こちらを真っすぐ見つめるエリス。

 俺に向けられた澄んだ瞳に、一瞬ドキッとする。


 元の世界……

 俺の生まれ育った現代日本に……

 戻りたい……のか?

 俺は?


「……別に。


 帰りたくない。


 ……というと嘘になるかな?


 帰れるならなぁ……」


「どうして帰りたいのですか? 家族ですか? 友人ですか? 会いたいのですか?」


 まるで純粋無垢な子どもが質問してくるように、エリスは俺に問いかける。


「家族は……いてもいないようなもんだしな……」

「家族が? いても?いない? とは?」


「いちおう両親はいるけどな。

 ……ただ、喧嘩ばかりしててな――

 どうやら俺は、望まれて生まれてきた子じゃない……みたいでさ」


「望まれないで生まれる子どもなんて、この世にいるんですか?」


 またもや、そんな穢れを知らないような純粋な質問をしてくる。


「まあ、いるんだよ、俺のいた世界では。望まれない子っていうもんが。

 で、親はしょっちゅう喧嘩してたな。「あんたのせいで!」とか「お前さえ生まれてこなければ……お前が悪いんだ」とかさ。

 そんで結局、母親はどこかの男と出て行っちまったし。父親は酒ばっか飲んでたし。そのくせ長距離トラックの運転手やってて、一週間二週間は家に戻ってこなかったからな。

 たまに帰ってきたかと思えば、酒飲んで怒鳴って寝てるだけだし」


 なんで俺、こんなこと、エリスに話してるんだろうな。

 人は俺のことを可哀想だと思うかもしれないが、俺にとってはそれが普通の事だったし。

 特に同情してくれとも思ったことはなかったし。


 そんなエリスは、俺の言葉の意味を一つ一つ理解しようと耳を傾けていた。


「別に元の世界に帰ったところで……」


 たいして今と変わらない。


「友人は?」

「そりゃあ、学校には仲の良い奴もいたさ。馬鹿みたいにはしゃいだり、遊びに行ったりさ。

 でも、学校を卒業しちまったら、どうせ散り散りになって音信不通になるんだろ。

 みんなは進学。俺は就職するんだけどさ。でも仕事なんて全然見つからねーし。こんな、なんにも取り柄のない俺を雇ってくれるとこなんて、どこにもなくてさ。

 毎日バイトして。土方や工事現場の作業したり、道路工事の誘導員やったりさ。あんまり面白いもんじゃないけどな」


 そう考えると、元の世界に戻ったとしても、ここでの生活とあまり変わらないのかもしれない。


 俺がそう言うと、お互いなにも話さなくなり、しばらくの間、俺たちの回りは沈黙で覆われた。


 ……そういえばエリスは?

 家族とか、友達とかは、どうなったんだろう?


 そのまま膝を抱えて座り込むエリスに、俺は尋ねる。


「あのさ、エリスは? 家族とかは?」

「いません」


「それって、この前の戦争だか何かで?」

「いいえ。もともと私にはいません」


「いない?」

「はい。親もきょうだいも家族も……」


 どういうことだ……?

 家族がもともといない、って、孤児とかだったってこと?


 エリスは姿勢を変えることなく、いつもの口調で続ける。


「私はここから西の方角にあるヤチヨの杜と呼ばれる、エルフ族の暮らす森で生まれました」

「じゃあ、そこに……」


「そこでは数百年に一度、男女の営みを経ずに子が生まれることがあります。それを私たちは“神の申し子”や“精霊からの贈り物”と呼んだりします」

「へ―― って、それって……もしかして?」


「私です。ですので、私には親も、きょうだいも、親族もいません。周りには遥か年上の同族の仲間がいるだけ。同年代の子どももいませんでした」

「そっか……そうなのかぁ」


 そんな重い身の上話を、まるで他人の事のように話し続けるエリス。


 エリスは……生まれた時から、独りぼっちだったんだな。


「ずーっと私は一人でした。しかも同じ場所で何年も何年も……」

「……」


「ある日、退屈で飽き飽きしていたこの生活に嫌気がさして、こっそりと森を出たことがありました。

 その時やってきたのがこの帝都でした。見るものすべてが新鮮で、楽しくて仕方ありませんでした。

 しかし、道行く人々は私のことを特異な目で見るのでした。ハイエルフが、しかもその子どもが街に一人でやって来ることは非常に珍しい事でした。

 人々は腫れ物に触るように、あまり関わらないように素っ気ない態度で接してきました。

 なかには私を誘拐しようと悪事を働くような人間もいました」


 そうか……

 ハイエルフのエリスって、この世界でも珍しい存在だったんだな。


「でも、ここで出会った同じくらいの背格好の人間の子どもたちとは、よく遊びました。世情に染まっていない彼らは、私を仲間の一員として迎え入れてくれました。しばらくここで仮暮らしをしながら、ときおり街に行っては遊んだりしてました。

 でもある時私は、ふと、故郷の様子が気になり森に戻ることにしました。戻ってきた私は周りから酷く叱られ、外に出れないように監禁状態になりました」


 自由に遊ぶ場所も相手もいなかったのか……

 その点、俺は恵まれていたのかもな。


「しばらくは大人しく森で静かに暮らしてましたが、それでも何年かして飽きてくると、私は隙を見て抜け出して、また街へ向かいました。

 しかし、街ではあの時一緒に過ごした子どもたちの姿はどこにも見られませんでした。かわりにその時の子どもに似た、どこか面影の残る別の子どもがいました」


「もしかしてそれって……」


「そうです。あの時一緒に過ごした子どもは成人し子を産み、その子が育っていたのでした。

 親となった子どもたちは、私が初めて街を訪れて人々に向けられた様な、あの特異な何か恐れ敬うような眼差しを私に向けていました」


「…………」


「その繰り返しです。

 森に戻り、また町へやって来る。すると最初に遊んだ子どもたちは年老いて、そして亡くなっていました」


 それは、人間よりも寿命の長いエルフの宿命なのかもしれない。

 エリスの抑揚のない口調で話すその言葉は、いくつもの悲しみを乗り越えてきた代物なのかもしれない。


「そんなある日、いつものようにこっそりと森を抜け出してここにいた私は、魔王軍の襲来を耳にしました。

 すでに私の故郷は滅ぼされているとのことで、行き場所の無くなった私はこの国とともに最後まで戦い抜くことになったのです」


 そうか……

 それで俺が来るまでの間、みんな死んでいく中でエリスだけはずっと俺を待ち続けていたのか……


 エリスは産まれてからずっと孤独で、さらにこんな世界になって、本当に独りになってしまったのだ。

 もし俺が元の世界に帰ったとなると、エリスは……


「カズヤ様は、元の世界に戻られたいのですか?」


 エリスはこちらを覗き込むように首を傾げながら、目の前の湖よりも深く透き通った瞳を俺に向けて聞く。


「……そりゃあ、まあ。俺のいたところは娯楽もゲームもいっぱいあったし、美味しいものもすぐ手に入ったし」


「ここはそんなにつまらない世界ですか?」

「え?」


「つまらないのなら、カズヤ様が作ればよいではないですか。面白く、楽しい世界に」

「作るって……」


「娯楽だか、ゲームだか、そういった町や、国や、世界を作ればいいではないですか!?」

「作るって言ったってなぁ……」


「カズヤ様は救世主ですよね!?」

「まあ、そうなるのかな?」


「そんなに、つまらないのですか? この世界は?」

「…………」


 俺自身どうしたいのかよく分かってない。

 もとの世界の方が楽といえば楽だ。

 金次第で何でも手に入るし。


 逆に言えば金がすべてみたいなところがある。

 俺には金も学力も能力も何もないし。

 その割には面倒くさい人間同士のしがらみは存在しているし。


 一方この世界は食べるのにも一苦労だけど、本当の意味で自由なのかもしれない。


「なにが不満ですか? 私も協力します」

「不満っていうか……」


 エリスの言葉にいつも以上に力が込められているのが分かる。

 でも、今の俺にどちらがいいかなんて判断できない。

 ただ、俺が元の世界に帰ったら、エリスは正真正銘の独りぼっちとなってしまう。


「それに……」

「それに?」


「美味しい食べ物だって、まだたくさんあるんです」

「おいしい……食べ物?」


「最近私は、料理をする楽しみを覚えました」

「はぁ……」


「今まで自分のものしか作ってこなかったのですが、誰かのために、カズヤ様のために美味しい料理を作ろうとすると、自然と意欲が湧いてくるのです」

「そ、そうなの?」


 なるほどね。自分一人で作って食べる料理ほど悲しいものはないからな。

 俺なんかカップラーメンばっかだったし。

 毎日、食事を作ってくれているエリスには感謝している。


「ですから!」


 身を乗り出し近寄るエリス。

 その奇麗な顔で迫られ、俺は視線を落とし、うつむいてしまう。


「ですから……」


「……分かったよ。もう帰りたいなんて言わないよ」

「本当ですね!!」


「……たぶん。しばらくは」

「まだやらなくてはいけないことが、たくさん残っているのです!」


「まぁ、そうだろうけど……」

「隣国の調査もまだですし、住居の移転も必要です。衣服の調達も、道具の製造も、動物たちの生態の……」


「あ――分かったから、分かったから!」


 心なしか、いつも無表情のエリスから安堵の表情が垣間見れた……ような気がした。


「いちおう俺って救世主なんだもんな。まあ、当分は、世界が復興するまではここにいることになるんだろ?」

「そうです。ちゃんと役目を果たしてから帰ってください」


 考えていてもしょうがない。

 今できることを精一杯やって行こう。

 最悪、元の世界に戻れなくたって、待っている奴なんて誰もいないんだから……


「しかし、どれくらいかかるもんなのかね。この世界が前みたいに戻るのって?」

「そうですね……早くて500年ほど、かかるでしょうか?」


 ……500年?


 俺、6回くらい死んでるんですけど?


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