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第17話 油採り

 ここは毎日穏やかな天気の続く異世界。

 かつての帝国領内であったこの場所は、比較的温暖で過ごしやすい気候の、自然あふれる国だったらしい。

 いちおう日本と同じように四季があるらしいが、今は春の時期に位置するようで、外に出れば温かい日差しが降り注ぎ、シャツ一枚でも十分過ごせる、非常に過ごしやすい場所だ。


 今日もよく晴れた空の下、俺は庭で丸太に腰かけながら、エリスに任された作業を一人淡々と繰り返していた。

 よく分からない花の実を渡されて、それをひたすら割る作業。

 落花生みたいな実を割ると、小さな種みたいなのが、いっぱいこぼれてくるから、それを籠の中に入れる。


 それの繰り返し。


 ただひたすら実を割り、種を籠に入れる。


 この単純作業を何十回も繰り返す……


 これがまた、精神的に辛いのなんの。

 朝からずーっとこればっか。

 自然と手の動きも鈍くなる。


「どうですか? 順調ですか?」


 もう飽き飽きしている俺のもとにエリスが戻ってくると、目の前に追加の実を山積みにしていく。


「あのさーエリス? これ朝からやってんだけど、なんなのこれ?」

「これですか? ゴマです」


「これ、胡麻なんだ?」


 へー ゴマって、こうやって取るんだ。


「でもさ、こんなに必要?」


 ゴマって日常生活で、こんなに使わないよね。


「油が不足しているのです」

「え? 油?」


「そうです。このゴマも、油にするためのものです」

「へー 胡麻油ってやつか」


「ほかにも花や動物からも油は取れますが、ゴマは香りが良いので」

「ふ~ん」


「油はいくらあっても足りないくらいです」

「まあ、そうだね」


「現に今は、不足気味です」

「油が? そんなに使ってたっけ?」


 火は薪を使ってるし。料理だって煮物がほとんどで、炒め物はあんまり作ってない。

 夜、ランプを使うことも少ないし。

 日の出とともに起きて日没とともに寝る。実に健康的な一日を過ごしているですけど?


「実は油からソープを作りたいのです」

「ソープ? 石鹸のこと?」

「そうです」


 へ― 石鹸って、油からできてるんだ。


「カズヤ様が来てから、使用量が増えました」

「俺、そんなに使ってたかなー」


「私がです。カズヤ様が触れたところを触るたびに、手を消毒しますので」

「……俺ってバイ菌扱いなのか?」


 エリスはその冷めた目で、ゴマの入った籠を見る。

 俺が半日かけて取り出したゴマは、残念ながら籠の1割も満たない。


「まだまだ足りませんよ。これくらいの量では」

「一体どれくらい使うんだよ? そもそも、このゴマからどうやって油取るの?」


「焙煎します。そのあと圧力をかけ、搾りだします。それをろ過して熟成させ……」

「ちょっと待って! 結構、時間かかりそうなんだけど、どれくらいかかるの?」


「そうですね。籠いっぱいのゴマを、まる一日使って小瓶一つ分くらいの油でしょうか?」

「……あのね、エリス。忘れてるかもしれないけど、俺、人間だから。寿命短いんだよ? 油が樽一個分搾り取れるころには、死んでるよ?」


 スローライフもいいけれど、スロー過ぎて死んじゃうよ。

 エルフはいいよ、寿命長いんだから。


「では、もっと手っ取り早い方法で油を手に入れましょうか?」

「あるのかよ! 早く言ってくれよ!」



 ……というわけで、俺はエリスに連れられ、とある森まで連れて来られる。



「油の実の生る木?」

「そうです。手に収まるくらいの実が枝から生るのですが、その実に油がふんだんに含まれているのです」


「油の生る木か…… 日本に持ち帰ったら商売できそうだな」

「ただ、問題がありまして……」


「問題?」

「行けば分かると思います」


 そう意味深な言葉を告げ、日の光も遮られるほどの森の奥深くまで、俺は連れて来られる。

 エリスはお構いなしに、薄暗く、うっそうとした森の中を突き進んでいく。


 ついていく俺は必死!

 今にも変な生き物が飛び掛かってきそうで、怖いんですけど……


 足場も悪いし。

 岩がそこら中に転がって、大木の根が蛇のように地面をうねって生えており、歩くのにも苦労する。


「そろそろ近づいてきました。カズヤ様はなにか気がつきませんか?」

「え? なにかって……

 ん~なんか……臭うかな……?」


「その油の実なのですが、非常に甘い果実が腐乱したような、酸っぱく粘っこい甘臭い香りがし、虫や動物たちを引き寄せます。そうして花粉などを運ばせるのです」

「腐乱臭がする実なの?」


 もう嫌な予感しか、しないんですけど?


「ハエとかが、大量に集まってきます」

「……」


「そして、この実の厄介なことは、油が十分採れるくらいまで成熟すると破裂するのです」

「はれつ?」


「その臭い油を周囲に撒き散らします」

「なんて迷惑な実なんだ!」


「周囲に匂いを撒いて、虫たちを誘き寄せます」

「くせーし、虫来るし、最悪じゃねーか」


「その油が木の幹や枝に付いて、防腐剤や防虫剤の作用を発揮し、コーティング剤の役割をするのです」

「ふ~ん」


「実が枝から地面に落下すると、根にかかってしまい水を弾いてしまうので、そうならないように枝にぶら下がったまま破裂するのです」

「なるほど、賢いんだな」


「なので回収には苦労するのです。触ったとたん破裂して、全身腐った果実臭の油まみれになります」

「それは……嫌だな」


「しかも、油として使えはしますが、なにぶん臭いもので、石鹸にもロウソクにも、料理にも使いにくいという欠点があります」

「燃料としてなら、いいんだろうけどな」


「さあ、カズヤ様。どちらにしますか? ゴマを煎って少量の油を摘出するか、手っ取り早く油の実を採取するのか?」


 えっ? 究極の選択!?


「まあ、せっかくここまで来たから、試しに取って来るよ」

「そうですか。では私はここで待ってますので」


「え? 一緒に来てくれないの?」

「採るのは一人で出来るのですから、2人も必要ないじゃないですか?」


「そ、そうだけど……」

「臭くて脂ぎってるのは、好きではないので」


 ……なんで俺を見ながら言うんだよ?

 俺って脂臭いの?

 本当ならショックなんですけど?


「さあ、近づいてきましたよ。あの先です」


 そう言われエリスの視線の先を見ると、他の木とは違って、ひと際大きな木がそびえ立っているのが分かった。

 その奇妙な所は、枝が幹から横へではなく、垂直に伸びている、何とも不思議な木だ。

 所々から白い大きな花を咲かせている。


「あれ?」


「そうです。臭いので私はこれ以上行きませんので。ちゃんと採って来てください」

「お、おう」


「私は向こうで待ってますので」

「へい」


 と言うわけで、ここから先は俺一人で向かうことに。


 ん~~

 近付くと、たしかに臭い。

 これは生ごみの匂いだ。

 おまけにハエとか、すごいし。

 見たこともないような、くそデカいスズメくらいの大きさのハエまで飛んでるし!

 かと思えば、細かいコバエが、大量に群れで飛び回り、霧みたいになって前が見えねーし!


 ブフォ!!


 は、鼻の穴に侵入してきた!!

 呼吸すると虫が!

 臭いが!!


 俺は手ぬぐいを口に巻いて、マスク代わりにする。


 これは思っていたよりも過酷だぞ。

 楽して油が手に入るかと思ったら、結構キツイな。

 うわぁ……

 足元にもムカデとか蜘蛛みたいな……


 変な虫が大量に!?

 歩くたびに踏みつける!


 うっわ! 最悪!

 気持ちわるー!


 い、いったん退却ー!!


「エリスー エリス――!」

「早かったですね、どうしましたか?」


 エリスは少しひらけた場所に腰を下ろし、薪に火をつける準備をしていた。


「あのさー 油の実なんだけどさー」

「いくつ採れましたか?」


「いや、その……」

「5つあれば、当分はもちそうですけど」


「あの……臭いというより虫が……」

「いくつですか?」


「…………5つ、採ってきます」


 最低1個でも持って帰らないと、エリスに嫌な顔される……

 俺はまた虫が飛び交い、悪臭立ち込める中に戻ってくる。


 うぅ……最悪だよ、これ。


 なんとか虫をかいくぐり、枝の下までやって来る。

 そこから見上げると、薄い緑色をした洋ナシのような実がいくつかぶら下がっているのが確認できる。


 あれかー?

 高いな。背伸びしても、ちょっと届かない。

 ジャンプすれば届くかな?


 試しにジャンプするも、もう少しのところで手は虚しく空を切ってしまう。


 惜しい!


 と思って着地するも……


 地面の油で足が滑って……


 痛――!!


 思いっきり背中から倒れ込んでしまう。


 あ――!

 背中で何か潰れた!!

 なんかの虫、潰れた!!

 最悪だ――!!


 なんでこんな目に……

 くせーし、服汚れるし……


 じゃあ、木を上って採るか……と試してみると、

 木がツルツル滑って、登れない!?


 今度は、その辺に転がってる石を積んで足場にして……

 あ――もぉ――

 虫が! 虫が邪魔!!


 よく見たら転んだ時の背中と、木に登ろうとした時の胸と腰とに、油がべっとりと付着し、その匂いにつられて虫がやって来ていた。


 ……


 …………


 もう、帰りたい……


「エリス― エリス―― 無理だった――」


 エリスのもとへ引き返すと、そこにはフライパンを火であぶっているエリスの姿があった。


「早かったですね。いくつ収穫できましたか?」

「いや……あの……」


「カズヤ様、臭いのであまり近づかないでください」

「くっ……」


 人が必死になってるっていうのに、その言い方!


「いくつ採れましたか?」

「いや、その、まだ……」


「……では、私の代わりに、これをやりますか?」

「これって?」


「ゴマを火で煎るのです」


 今、エリスがやってるこれ、ゴマを火であぶってるんだ。

 フライパンにゴマを一面引き詰めて、火の上でくるくる円を書くように回してる。


「火加減が重要です。このように、フライパンの位置をずらしながら、火力を調節します。焦げるといけないので、こうやって回し続けてゴマを転がします」

「……それ、どれくらいやるの?」


「ゴマの水分が完全に抜けるまでです。だいたい15分くらいでしょうか? それまでずーっと回し続けます。それを、この籠いっぱいのゴマ、全部やります」


 なんて地味な重労働!!


「私と代わりますか?」

「…………もう一度行ってくる」


 俺にはじーっと座って、ゴマを煎るなんてことはできない。


 一攫千金の油の実の収穫に、全てを賭ける!


 とはいっても……あの虫さえなんとかなれば、集中できるんだよなー

 なんかいい方法ないかなー


 …………ん?

 いいこと思いついたぞ!


「エリス、ちょっとそれ借りてもいい?」

「これ、ですか?」


 俺はゴマを温めている火のついた薪を一本引き抜いた。


「そんなもの持って、どうするのです?」

「ま――ちょっとね」


 俺は火のついた薪を手にし、これが消えないうちに、あの木へともう一度戻る。


 この火で虫を追い払えば……


 火を振る俺。


 俺の作戦はうまくいき、薪を振るたびに虫が逃げていく。

 その隙に石を積み上げ、それを踏み台にして油の実へと手を伸ばす。


 よしよし、上手くいきそうだぞ。


 これで一つ目ゲット!


 と、触れようとした瞬間……



 パ――ン!!



 うっわ!!

 油が!!

 飛び散った!!?


 思わず両手で顔を覆おうとするも、全身油まみれに。


 あ――そうだった。

 この実って、確か地面に落ちる前に破裂するんだっけ? ちょっと触れただけでも?

 もう少しで採れたところなのに……


 惜しかったなー

 もう少しだったのに……


 臭い油まみれになった顔を、右手で拭う。


 ……あれ?


 そういえば……


 右手には確か……


 薪を持っていたと思ったけど……


 ……


 …………?



 あああ!!!



 落ちてる!!


 足元に!!


 しかも!?俺の知ってる大きさの炎じゃない!?

 周囲の落ち葉や木の枝に燃え移って……!!


 これはきっと油が、延焼のスピードを速めて……



 あああ――!!



 ああああああ!!!



 エリス――!!


 エリス―――!!!!


 大変だあ!!!



 ……


 …………


 エリスの精霊魔法により、風のバリアを周囲に張ることで、これ以上の延焼を防ぐことは出来たのだが……


 ただ……


 油の実の生る大木は……




  大

  炎

  上

  !!




 轟音と共に天高く燃え上がる火柱。


 それをただ茫然と眺める俺とエリス。


「カズヤ様……なんてことを……」

「すいません……本当に、すみません」


「貴重な油の実の木だったのですよ」

「ごめんなさい」


 申し訳なさと、恐ろしさで、まともにエリスの顔を見れない。


「なぜ、油に火を近づけるようなことをするのですかねぇ」

「俺がバカでした。申し訳ありません」


「罰として、油の実の生る木を100本、植林してください」

「……はい」


「育つまで、ちゃんと世話をするように」

「…………はい」


「これくらいの大きさに成長するのに、100年はかかりますよ」

「………………はい」


 どうやら俺の一生は、植林事業で費やされてしまうようだ……

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