第14話 ハチミツ採取
天気の良い昼下がり。
畑仕事の休憩として、木の下の木陰に座りお茶を飲む俺とエリス。
異世界でエルフとティータイムとは、実に優雅なひと時。
……かと思えば、スイーツなんて高価なものは、この世界には存在しないもんだから、皿の上にはシワシワの干し芋が乗せられているだけ。
お茶だって、そもそもこれが紅茶なのかよく分からない。得たいの知れない草からのエキスだし。
砂糖もねぇし! ミルクもねぇ!
俺の想像する優雅な異世界のティータイムなんて、この世界にはどこへ行っても存在しない。
「……畑仕事の休憩に芋と茶って……田舎の爺さん婆さんじゃねーんだからさ」
「どうしましたか?」
平然と芋とお茶を交互に口の中に入れるエリスは、これはこれで満足している様子。
「いや……なんでもねぇ」
飲み物だって、毎日水かお茶か、もしくは果物の搾り汁か……
あ――
ジュースが飲みて――
炭酸が――!
砂糖ミルクたっぷりのコーヒーが飲みたい!!
「あのさ、エリス? 牛乳ってないの?」
「ミルクですか? 牛もヤギもこの辺では生息は確認されてませんね」
「砂糖とかは?」
「そういえば、そろそろ砂糖が底をつくころかと」
「砂糖無いのは困るよなー」
「この世界ですと、砂糖を手に入れるのも一苦労です」
「今の状況なら、砂糖に限らず、なんだって手に入れるのは苦労するだろ?」
「ですので、非常に手間ですが、砂糖を作ろうかと」
「砂糖を? どうやって?」
「簡単なのは、果実から甘みを搾り取る方法です」
「果汁の甘みね……」
「あとは芋から……」
「芋って万能なのね」
「それ以外には、ハチミツを入手するか」
「あー ハチミツね。それなら、そのまま採ってくればいいだけだから楽だよな。でも、あるの?」
「この前、森に入りましたら、ミツバチの音が聞こえましたので、どこかで生息はしているようですね」
「あー ブーンって音ね」
「ではこれから、その調査を兼ねてハチミツを採りに、森に行ってみますか?」
「ハチミツ採り? ……俺たち、全然冒険してねえな」
まぁ、生きるための身の回りのことを、先ずは整えなくてはいけないんだろうけど。
「しかし蜂って、危なくね? 刺されたら痛いだろ?」
「刺される? ええ、変に脅かしたり攻撃しなければ大丈夫です。ミツバチは基本臆病ですので」
「ふ~ん。危なくないんなら、様子でも見に行ってみるか」
―――こうして俺たちはハチミツを採りに、森へと向かったのだった。
木漏れ日が射し込む森の奥。
ひんやりと涼しい風が頬を撫でていく。
木や葉の香りと土の湿った匂いが鼻を震わす。
「この森も順調に成長しているようです」
まるで自分の子どもの成長を楽しんでいるかのように、木々をすれ違う度に撫でていくエリスは、そう言って顔をゆるめる。
「ここまで立派に育つまで、結構時間かかるもんな~」
と俺が感心していると、急にエリスの足が止まる。
「この辺は花が多く咲いておりますので、おそらくミツバチもやって来るかと」
「この辺りか?」
見渡せば、確かに木に絡まったツタや枝先、大地から伸びる草から色鮮やかな花の姿が確認できる。
「向こうの茂みの中に隠れて、様子を見ましょう」
「おう」
俺たちは茂みの中に座り込んで、息を潜めることに。
しばらく待つこと数十分……
「カズヤ様? 聞こえてきましたか?」
「……ああ、微かにブーンていう音が」
耳をすませば、ハチの羽音が聞こえてくる。
「ミツバチの後をつけて巣まで向かいますので、気づかれないようにしてください」
「わかったよ」
そうして枝と枝の隙間から様子をうかがっていると……
ガサゴソと、向こうの生い茂った草が動き出す。
来たのか?
……いや、でもやけに、揺れてる草の範囲が広くない?
しかも地面に近い付近が揺れてるんだけど?
なんか……まるで犬や猫がでてきそうな感じなんだけど……ミツバチにしては低い場所で、しかも大きくない?
そんな疑問を浮かべながら、目を細めて、まもなく現れるであろうミツバチを待っていると……
出てきたモノは……
全然、ハチなんかじゃねえ!?
さ、猿!!?
いや違う!!
サルみたいな大きさの!?
2本足で立ち、腕が4本ある!!?
トラみたいな黒と黄色のストライプの毛皮に身が包まれた!!!?
動物!! ?
顔だけがハチ!?
デカい複眼と牙みたいなのが!!
き、気色悪りい――!!
全然かわいくね――!!
なんだあの生物は!?
顔はめっちゃ蜂だし!
目が! 複眼がでかい!
「なんなんだよ!! あいつは――!!!」
「静かにしてください」
「なにあれ! あのハチモドキ、立ってるじゃねーかー!!」
「ミツバチです。普通に2足歩行しますよ、ハチは」
「するわけねーじゃん!! そもそも何あれ? 虫じゃないの!」
「……虫? 動物ですよ、ハチは」
「違う違うちがーう! 俺の世界のハチは、あんな気持ち悪い生き物じゃない!」
「静かにしてください。あれは正真正銘のミツバチです」
いたって普通に話し返すエリス?
あれがこの世界でいうミツバチなの!?
目の前の奇妙で不気味なモンスターが、蜜の香りにつられて周囲を探し始める。
キラキラといくつもの緑色に反射する眼が、周囲を見渡す。
うわあ!! 動きがキモい!
昆虫特有の、カサカサ動く感じの!
無駄に手足をバタバタさせるような!!
〈ブーン ブ―――ン〉
「あいつ、ブーンって言ってる! 口で言ってる!!」
「鳴き声ですよ、ミツバチの。臆病なんでこうやって自分の存在を伝えながら、相手に避けてもらうために鳴いたり、仲間を呼んだりするときに鳴きます」
〈ブンブンブン ブ―――ン〉
「ブーンじゃねえ!」
「静かにしてください。逃げてしまいますよ」
「しかもなんなんだよ! 腕が4本あるって!」
「木に登るためです。樹液やら花の蜜を取るために進化したのでしょう」
「アシュラマンかよ!!」
「……あしゅら……まん?」
「あ……いや……いるんだよ、そういう超人が」
「アシュラマンは腕は6本なのでは?」
「なんで知ってるんだよ!」
未だ俺たちの存在に気付かない様子のモンスター・ハチモドキは、その奇妙な姿で蜜を探して辺りをうろうろと歩き回る。
「もうダメだ、気色悪い。ここで駆除する!」
「やめてください。何にも悪いことはしてませんよ!!」
俺は剣を手に取り、茂みから飛び出す。
〈ブ!!? ブブ――ン!?〉
驚き、こちらを見るハチモドキ。
悪いが逃げられる前に叩き潰す!
俺はゴキブリを退治する要領で、目の前の気持ち悪いモンスターめがけて、剣を振り下ろ……
……の瞬間、エリスが目の前に立ちはだかる!?
「やめてください! 怯えてるじゃないですか。しまってください剣を!」
「怯えてるのは俺の方なんですけど!」
〈ブンブン ブンブ~~ン〉
ここぞとばかりにエリスの後ろに隠れるハチモドキ。
「この子は何も悪いこと、してないじゃないですか!」
「存在自体が気持ち悪い!!」
「カズヤ様がそんなこと言えるんですか!?」
え? 俺って気色悪いの?
え? こいつよりも?
ウソだろ、おい。
「見てください。泣いてるじゃないですか!」
〈ブーン(涙) ブ――ン(涙)〉
「泣きたいのは、こっちのほうだよ!」
なんなんだよ。
これじゃあ俺が悪い奴みたいじゃんかよ!
あぁ、なんだか……悲しくなってきたよ。
「さあ、早く巣にお帰り。このままだと残忍な殺戮救世主様に殺されてしまいまよ」
なんだよ、殺戮救世主って。
殺すのか救うのか、どっちなんだよ。
〈ブンブン ブーン ブン~~~〉
モンスター・ハチモドキはエリスに何度も頭を下げながら、もと来た茂みの奥へと去って行った……
「なんてことするんですか!!」
「いや……だってさぁ……」
「カズヤ様には、もう、ハチミツはあげません!!」
「……別にいいけど」
……結局、今回はエリスが言うこの世界でのミツバチの存在を確認しただけで、この後は洞窟に戻ることになった。
後日、エリスがミツバチの巣へ向かい、ハチミツを分けてもらうことに。
帰る道中、エリスに散々叱られる俺。
「本当にカズヤ様には困ったものです!」
「だって、あんなもん急に見せられたらビックリするわ」
「カズヤ様は全ミツバチを敵にまわしました」
「…………なんだよ。全ミツバチって」
「今度見つかったら敵と認識されて、攻撃されるかもしれませんよ」
「それは困るなあ~ もしかして刺されるの?」
「刺される? ハチは刺しませんけど、噛みついてきます」
「そうなの?」
「単体では大したことはありませんが、集団で襲ってきますので。蜜で動きを封じられて、体中噛まれて、押しつぶされて、カズヤ様は息絶えます」
「……ひでぇ死に方だな、おい」
……まあ、確かに悪いことしたかもしんない。
さっきは気が動転してしまい、穏やかではない行動をとってしまった。
だってさ、ミツバチって聞いてたからさ。
あんなのが出現するなんって、分かんねーじゃん!
まあ、今度機会があったら謝っておくか。
……話が通じればだけど。
「そういえば、エリスさぁ?」
「なんですか?」
「ちなみに、アイツらって、どうやって蜜を集めてんだ?」
「舌で舐めとって、口の中でため込んで、特殊な唾液と混ぜ込んで、巣に持ち帰って、貯蔵室に吐き出して貯め込むんです」
……ああ、俺、やっぱりいらねーや。ハチミツ。