第12話 枕を作る (前編)
「カズヤ様、お願いがあるんですが?」
「え? なに?」
洞窟近くの畑にて土を耕している俺のもとに、珍しくエリスが頼みごとをしてきた。
なぜか手に枕を持ちながら……
「新しい枕を作りたいのです」
「まくら?」
なんで?こうも世界を救うのに関係ないものばっかり作ろうとするんだよ。
「枕なんて優先順位低くない?」
「快適な安眠は、次の日の活力につながります。美容にも睡眠は欠かせません」
「確かに睡眠は重要かもしんねーけどさ」
「これとは別に、旅先で使うための携帯用の枕を作りたいのです」
あーなるほど。枕が変わると寝れないタイプの人なのね。
「分かったよ。で、なにをすればいいんだ?」
「この枕と同じ物を作りたいのです」
そういって渡された枕は……
「あれ? これ、凄く触り心地がいい!!」
一見普通の長方形をした白い布地の枕。
しかし、軽くてサラサラしてるけど、力を加えると沈んで固まって形状を維持する!?
で、また元に戻って!?サラサラになる?
「この枕、スゲーな!!」
「これは私が作りました」
自信に満ちたような、ちょっとだけ嬉しそうに口元を緩め、胸を張るエリス。
「これ、エリスの手作りなんだ。スゲーな!」
「だいぶ苦労しました」
「で、これ、なにでできてんの?」
枕っていったらビーズとか、そば殻や綿とかだと思うけど、異世界で作られたこの枕の素材は一体何なんだろう?
「これは……ポテトスターチと言うんでしょうか?」
「……スターチ?」
「カズヤ様の世界でいう、片栗粉ですね」
「か! 片栗粉!!? えっ? カタクリ!?」
え? 今、片栗粉って言った?
聞き間違い? 翻訳間違えてる?
か、かたくり粉!?
「えーっと、片栗粉って、料理に使うやつだよね?」
「そうです」
「あの、白い粉の……」
「ある日、料理をしてまして、その時気がついたのです。これで枕を作ったら、寝心地良いのではないかと」
「だからって……食べ物でしょ?」
「植物です。ポテトです」
「いや、そうかもしんないけどさ……」
「これは世紀の大発見です。きっとこの世界で私が初めて発明したものです」
そんな勝ち誇ったかのような顔されても……
「自信満々に言うけどさ――」
仮にこの世界に俺たちしかいないとすれば、なにをやっても世紀の発見で、第一発見者になるよ。
「なので私はこの枕を“エリスエール”と名付けて、世界が復興した暁には、大量生産して販売いしたいと思います」
「そうなの…… でもこれ、濡れたら、ヤバくない?」
「硬くなります」
「でしょ? 洗濯とかどうすんの?」
「基本使い捨てで」
「効率わるっ!」
「寝汗も危険です」
「涙で枕を濡らすのも無理だな」
「いざとなれば、非常食にもなります」
「ん~ まあ~ そうかもしんないけどさー」
もういいや。
枕を我が子のように、そんなに強く胸に抱きしめて……なんかすごく気に入ってるっぽいし。
これ以上否定的なこと言ったら、なにされるか分かんないし。
「まあ、いいけどさ。で、俺は何をすればいいの?」
「片栗粉を作ってください」
はぁ……
「どうやって作るの?」
「まず、これくらいの量の片栗粉を作るのに、荷馬車一台分のポテトが必要です」
「はああ!! そんなに使うの!?」
「はい」
「無理だろっ!!」
「私は一人で、たったの1ヶ月くらいで作りましたよ」
「エリスの1ヶ月は、俺の1年くらいだろ!」
「まずは収穫するところからです。幸いに、ポテトはいっぱい生りますので」
「もしかして、今俺が耕してる畑って、芋の……?」
「はい」
俺は必死になって、エリスの枕製作のために汗水流してきてたのか……
「せっかくですので、カズヤ様の枕も新調しますか?」
「あ? ああ、俺のも?」
俺のはどうでもいいよ。俺のも片栗粉で作るってなったら、2年を費やすことになるし。
そんなエリスは俺の部屋へ戻って、今度は俺の枕を持ってきてくれ、手渡してくる。
「まあまあ、これ、寝心地がいいんだけど、なにでできてんの?」
フカフカしていて、硬さもまあまあ備わっていて。
結構、お気に入りなんだけど?
こんな崩壊した世界で、綿とかも手に入れるの大変だろうし。
もともとあった物なのか?
同じもの、作れるの?
「カズヤ様の枕は、埃でできております」
「え? なんだって!? ほこり? ほこりぃ!?」
「はい。部屋を掃除して、溜まりました埃を袋に入れて作ったのが、その枕です」
「…………道理で、朝起きたら必ずくしゃみするわけだよ」
仮にも救世主様の枕が、部屋で取れた埃でできてるとはね。ひどい扱いだよ、本当に。
「俺のも新しくする!」
「そうですか? ではどうぞ」
どうぞ、じゃねえよ!
素っ気ないな!
なんで俺ん時には、乗り気じゃないんだよ。
「なにを詰めますか? 石にしますか?」
「石!? なんで石を入れるんだよ! 後頭部、痛いじゃないか!」
「石なら、その辺にありますので、すぐできます」
「それはもう枕じゃなくて、ただの石だよ!」
「では……土?」
「同じようなもんだろ!」
「落ち葉や枯れ葉?」
「もうちょっとなんかあるだろ!? なんで俺んときはゴミを入れようとするんだよ!」
「……私にはこれ以上思いつきません。逆に何があるのですか?」
「……そりゃあ……綿とか……そば?とか……」
そう考えると、この世界の限られた物資で作る枕となると……なかなか思いつかない。
え―― 嫌だよ。落ち葉の枕なんて。
臭そうだし、虫いそうだし。
「私もお手伝いできれば……いいのでしょうが……」
本当にそう思ってるの?
顔色ひとつ変えずに、そんなこと言ってくれるけど。
まぁ、エリスが手伝ってくれるとなると……
……
…………
お!!
「一つあったぞ!!
エリスにしか作れない枕が!!」
「私にしか作れない枕?ですか?」
「そう。で、エリスにお願いなんだけど?」
「はい」
「膝枕、してよ」
「ひざまくら? ですか?」
あぁ、しまった。
言葉が通じてない。この世界で膝枕って習慣無いのかな?
「じゃあ、正座してみて」
「せいざ?」
「あ―― 膝をたたんでお尻をつけて座るの」
「こう……でしょうか?」
足をくの字に曲げて、お尻を地面に付けて、ちょこんと座るエリス。
「そうそうそう! ちょっと、そのままでいて」
早速、俺は仰向けになり、遠慮せずに後頭部をエリスの太ももの上にのせる。
「うん、固さも高さも、ちょうどいいかも」
真上には、突然の出来事に、驚いたかのように目を大きく見開いて、俺を見下ろすエリスの困惑したような顔が……
ハハハッ!!
驚いてる驚いてる!
いつも俺のことからかってくるから。
たまには……
バコヅッ!!!
ぐっふぉっ!!
おもっきし叩きやがった!!
顔面をグーで殴りやがった!!
痛っぅ!!
は、鼻が!
陥没した!?
血、出てない?
慌てて手で顔をさすりながら、他に異常無いから確認してしまう。
「冗談だってば! なにも叩くことないじゃないか!!」
勢いよく立ち上がるエリスに、俺は身体を振り落とされる。
「あんまりふざけてますと、二度と目覚めないよう永遠の眠りについてもらいますよ」
こ、こわ!!
ドスの効いた声で、物騒な言葉を俺に投げつけると、手にした片栗枕に何度も拳をめり込ませながら、そのまま部屋へと戻っていってしまった……
痛たたた……
顔の形、変わってないかな?
ちょっと、悪ふざけしただけで。
冗談の通じない困ったエルフだよ、本当に……
結局、俺の手元には埃枕が残されただけ……
しょうがない。
今日は枕を濡らしながら、寝るとしよう。