第10話 草原の馬
俺とエリスは森の池で身を清めた後、馬を確保するために草原へと向かっていた。
「カズヤ様のお陰で、草原まで一直線で来ることが出来ました」
「本当に、すみませんでした」
俺が振り放った剣撃により、森から草原へと突き抜ける一本の道が出来上がってしまった。
そこを俺たちは進んでいく。
「さあ、カズヤ様にふさわしい馬を見つけますよ」
「へい」
「いい加減、私の後ろに乗るのは、やめてもらいたいんです」
「すみません」
そうして森を抜け草原へ。
ひらけた場所には小高い丘があり、数頭の群れとなった馬や、山羊や鹿のような動物が、のんびり草をむしっていた。
「お―― スゲ――! こんな場所、日本の大都会にはなかったぞ!」
「ではカズヤ様は、ここでホンダさんに草を与えておいてください。私がカズヤ様にふさわしい馬を探してきますので」
「りょーかい!」
俺は手綱を持ち、ホンダさんを散歩させる。
そして……数十分後。
エリスは一頭の焦げ茶色の、大型二輪程度の小柄な馬を引き連れて戻ってきた。
「カズヤ様、ちょうどよい子が見つかりました」
「お―― かわいいじゃんか! ポニーじゃね?」
「ポニー?」
「こっちの世界ではポニーって言うんだよ、小さい馬のことを」
「そうですか」
大人しいこの子は、口をむしゃむしゃさせながら、エリスの後ろを付いてきている。
「で……このポニーは、この世界では集団で生活し、草食で、非常に大人しい性格をしております」
「いいじゃん、いいじゃん。俺みたいじゃん。これなら乗れるかも?」
「早く走ることは出来ませんが、持久力と体力はあります。重い物も運ぶことが出来ます」
「俺にピッタリじゃね?」
「ただ、のろまで、どんくさいので、よくモンスターに捕食されます」
「あ―――」
「そっくりですね、カズヤ様に」
「なんでだよ!」
「この子がいるということは、周辺にはモンスターの復活は見受けられない。ここは平和な地域のようですね」
「よし、その子を連れていこう。名前は……スズキさんだ!」
「ただ扱いが少々難しくて……」
「なんか問題でもあんの?」
「基本的にやる気がないので、走るのが苦手です。エサをチラつかせて歩かせてください」
「エサでつるんか?」
「怠け者ですので、エサでつらなければ動きません。まるでカズヤ様……」
「なんでだよ!」
「そこで、この葉を与えてください」
そう言ってエリスがポーチの中から手のひらほどの大きさのある、大きな楕円形をした緑の葉っぱを見せる。
「この葉は……スズキさんの好物です。いくつか採取しましたので使ってください」
そう言って、葉で満たされた革のポーチを渡してくれる。
それに勘付いたのだろうか? その葉につられて、さっそく鼻を近づけてくるスズキさん。
「おいおいおい、今、食べるんじゃないよ。まだだよ」
「さあ早く乗って、それを使って練習してみてください」
よーっし!!
俺がスズキさんの横に立ち跨ると、いとも簡単にスズキさんの背中に乗ることが出来た。
鞍がないけど……まあまあの乗り心地だな。
そして前かがみになり、目の前に好物の葉をチラつかせる。
それを食べようと口を近づけるスズキさんは、そのたびに少しずつ前へと進んでいく。
「おー おお――― 前進んだ! 食べようとして進んだ!」
「向きを変えて、進む方向を調整してください」
「ははは、こいつ単純だな。スズキさん、アホだなー」
「まるでカズヤ様みたいです」
「なんでだよ!」
「適度に休憩させて、草を与えなければ諦めてしまい、ふてくされて動かなくなりますので気をつけてください」
「おう、分かった!」
「では、私は見回りと資材、食料の調達に向かいますので、扱えるように慣れておいてください」
「まかせとけ!」
そして俺は一通り乗りこなせるよう、訓練する。
そんなこんなで1時間ほどすると、ある程度は乗りこなすことが出来るようになったので、俺はいったんスズキさんと共に休憩を取ることに。
「よーし、なかなか上手く扱えるようになったぞ」
森近くの一本の大木の下までやって来ると、その木陰で一休みする。
スズキさんも足を崩し、そのままくつろぎ始める。
多分疲れたんだろう。口の近くに好物の葉っぱを、そっと置いてあげる。
「よしよし。これで俺も移動手段で苦労することは無くなったぞ。エリスに嫌味言われずにすむわ」
スズキさんの体を撫でる。
ちょっと固めの毛質だけど、なかなか触り心地はいいかもしれない。
「ふぁ~~ 俺も少し休むとするかな~~」
ちょっと……眠たくなってきたんで……
スズキさんのお腹を枕がわりにして……
……
…………
………………
「カズヤ様……カズヤ様?」
「……ん?」
「カズヤ様、起きてください」
「あ、あれ? いつのまにか寝ちまってたのか、俺?」
気が付くと、遠くの空が赤く染まり、日が暮れようとしていた。
どうやら俺は日々の疲れにより、眠りに落ちていたようだ。
視界の上には、俺を覗き込むエリスの顔が。
資材や食料を調達して戻ってきたエリスに起こされたようだ。
「さあ、暗くなる前に帰りますよ」
「おう、そうだな。まあ、スズキさんがいれば……」
俺の枕代わりにいたスズキさんは、まだ大地に完全に横たわり、そのだらしない長い寝顔をこちらに向けていた。
「あれ? お、おい、なにまだ寝てんだよ! スズキさん!」
「満腹で、もう、動けないようです」
「満腹? あ――!! 木の葉が無くなってる!?」
俺が寝ている隙に、すっかり食べ尽くされていたのだった。
しまった―― お腹を枕にして寝てたもんだから、腰のポーチにある葉っぱまで顔を伸ばして食べ尽くされてしまったのか。
「おい、起きろって! 起きてくれよ、スズキさん!」
「当分起きないでしょうね。たとえ起きたところで、好物の葉が無ければ、走らせるのは難しいですよ」
「あの……エリス、悪いんだけど……」
「ダメです」
「まだ何にも言ってねぇ!」
「荷物が多いんです。無理です」
うぐっ……
「え、じゃあ、どうすれば……?」
「歩いて帰って来るか、スズキさんを無理やり起こすか、どうにかしてください。好物の木の葉は、さっきの森の中にある木に生えてますので」
「一回荷物置いて、迎えに来てくれない?」
「スズキさん、どうするんですか?」
「それは……」
「では、私は先に戻りますので」
「ちょっと、待ってくれよ。エリス――!!」
無情にも去って行くエリス。
森の中の木の葉って言っても、広くて分かんねーし。
夜になったら暗くなるし。
どうしろって言うんだよ!!
結局、俺がスズキさんを引きずりながら拠点の洞窟に辿り着いたのは、夜が明けた次の日の朝だった……