私と同居人の淡々とした日常
今日の夕ご飯は野菜炒めにしようか、それともカレーにしようか。
会社帰りのスーパーで私は今悩んでいる。
今日は同居人である北和と一緒に夕ご飯を食べるので、二人分作る予定だ。一人で食べるのならお惣菜かうどんでいいのだけど、二人分だとしっかり作らないと。
少し悩んだ末、カレーにする。鶏の挽肉とにんじんと玉ねぎ、それらをカートに入れて、ついでに明日のお昼ご飯にするパンもカートに入れる。
そのカートを持ってレジに行き、お金を支払ってから手早く持っていたエコバッグの中に商品をつめて、スーパーから出る。
夕方特有の優しいオレンジ色の光に包まれつつ、家に向かって歩く。
私が住んでいるのは小さいながらも一戸建てなので、住宅地の中にある。そこで少しだけ歩かないといけないのは大変だけど、こういう風にのんびりと歩いていけるのはいいかもしれない。
帰宅すると、洗面所で手を洗ってからキッチンで食材を詰める。
「スミ、帰ってきたの、おかえり」
「ただいま。北和こそ早いね」
北和は予定では私よりも後に帰ってくることになっていた。それなのになぜ今家にいるのか。
私は北和がどういう風な生活を送っているのかはよく知らない。とはいえ大体予定通りの生活をしているだけに、そうじゃないことに驚いた。
「今日は早く終わったんだ。思いのほか時間がかかると予想していたんだけど、そうじゃなかった」
「へーそれは良かった」
北和の事情に興味が無い私は聞き流して、部屋へと戻る。
部屋着に着替えてから洗面所で化粧を落として、キッチンへ料理するために向かう。
「今日の夕ご飯は何?」
「カレー」
「へーそうなんだ。じゃあできたら呼んでー」
「分かった」
北和は手を軽く振って、自室へ戻って行った。
私は炊飯器をセットした後に野菜を手早く切ってから、挽肉と合わせて炒める。そこに水をいれて、コトコトと煮る。
ここからは少し時間がかかるから、鍋を横目に見つつスマートフォンをいじる。無料の漫画や小説を読めるサイトを見ているうちに時間はしっかりと経ち、ルーをいれてかき混ぜながら煮る。
こうしてカレーができてから、チャットで北和を呼ぶ。いくら一緒に暮らしているとはいえ、わざわざ北和の部屋へ向かうことはめんどくさいので、大抵こうだ。
「ありがとー」
北和がやってきた。ご飯をお皿にのせて、その上にカレーのルーをかけてから、机に運ぶ。
「どーぞ」
「ありがと」
北和はスマートフォンで、カレーの写真を撮っている。
北和はインターネットで個人的に情報発信はしていないけど、メンバー内のチャットとかでのやり取りのために日頃から色々写真を撮っているらしい。
「今日は何カレー?」
「鶏の挽肉カレー」
「ありがと」
北和は写真を撮り終えても、少しの間スマートフォンをいじっている。その様子は真剣そのもので、そこに気楽さとかは見えない。
私は北和の仕事に興味が全く無いから、北和が他のメンバーとどんな関係を築いているのかよく分からない。
この様子を見ると、そこまで親しい仲ではないことくらい分かる。私なんか会社の日報ですら適当に書いているというのに、その数倍も真剣そうだ。
「そうだ、今度一緒にカラオケ行こうよ」
「土日ならいつでもいいよ」
「じゃあ今週の土曜日で。やっぱり個別でも色々練習したいから、スミが来てくれると助かる」
「そうかな?」
私は歌に関してアドバイスすることが出来ないから、他のメンバーと一緒に行った方が有意義な気はする。
北和は本格的なデビューをしていないとはいえ、大手の事務所に所属しているアイドルだ。
それで有名なグループのバックダンサーとして踊ったりテレビ番組に出演したりもしているんだから、私以外の誰でも、なんならファンとでも行った方がいいかもしれない。
「スミは僕のことあまり干渉してこないから。他の人と違って色々突っ込んで聞くとか色々言ってくるとかしないから、そこがすごいうれしい」
「そりゃあ単なる同居人だから」
家族でも恋人でも、なんなら好きな人ですら北和はない。それであれこれ干渉する方がおかしい。
私だって北和に干渉されたくない。そりゃあ北和よりはできないことだって多いし、社会的に見れば弱者だから、誰かを頼ることは多くなるけど。
そう考えているから、北和に対しても他の人よりも関わらないことになっているかもしれない。
「よく考えたら男性アイドルと同居するって少女漫画でよくありそうなパターンじゃん。そこから恋が育まれるとか」
そう北和は一応男性のアイドルとして活動しているらしい、私はどういうことなのかよく知らないけど。
「私は北和のアイドル活動に興味ないし、恋愛とも無縁だから、そーなることはないよ」
「スミは僕のアイドル活動に対して、全くと言っていいほど興味ないよね」
「そりゃそーだよ。何をしても北和は北和でしょ、北和以外の何者でもないじゃん。それはアイドルじゃなくてもアイドルであっても変わらないって」
恐らくこんな考えをするのは私くらいなんだろう。
北和が所属している事務所は有名な人がたくさん所属していることもあって、そこのアイドルは例え本格的なデビューをしていなくても特別に見られやすい。特に北和みたいにグループ活動をしている人はそうだ。
昔から知っている人であったとしても、売れるかもしれないアイドルとして認識する。それが普通とみんなは考えているはずだ。
だけど私は違う。
私にとって北和は北和だ。それ以外の何者でもない。アイドル活動をしていようがしていまいが、私にとってはどうでもいいことだ。
それで北和に対して持っている感情は変わらない、変えることもできない。
「スミはそこのところ昔から変わらない。他の人はそうじゃないし、同じグループのメンバーだってそうなのにさ。スミだけがずっと芸能人として特別に見ない」
「そりゃそうだよ。別に芸能人だからって、すごいってわけじゃないから」
テレビをほとんど私は見ないから、芸能人のことをほとんど知らない。
特別な存在として考える事なんてできないし、それならむしろ個人で小説や漫画を作っている人の方が尊敬できる。ああやって自分で世界を作って色々な人に発信できることは良い。
「スミは僕が出ているテレビ番組やライブの映像なんかも見ないし、ライブの関係者席とかも欲しがらないし」
「だってそういうの気にならないから」
「会社の人とか話題に出さない?」
「同じ会社の人とは芸能の話をするほど仲良くないもん。面談でもそんな話ないし」
基本的にどこでも北和の話はしない。
会社では雑談を全くしないし、定着支援の面談だって単なる社会人の同居人としているだけだから、今のところ私が北和と関わりがある事自体誰も知らないはずだ。
少しでも話題になってしまえば、大騒ぎになってしまうのは流石に分かる。親戚でもない男性アイドルと暮らしている女性なんて、恋人にしか見えない。実際はただの同居人なのに、そんなこと他の人には分からないだろう。
「北和こそ私と同居していることとか話していないわけ?」
「同居人がいるって話をしているけど、それ以外は特に何も。週刊誌に追われるほど有名じゃないから、別に何も問題無いし」
「へーそうなんだ」
週刊誌が来たら平穏な生活が送れなさそうになるので、そうでなくてほっとする。
やっぱり北和も具体的な同居の話を他にはしていないんだ。世間的にはマズい話題だから、仕方ないけど。
「それじゃあー、僕がアイドルを辞めるって言ったら?」
「転職するの? 次はどんな仕事?」
「いやちょっとは驚こうよ」
呆れたように北和は私を見る。
「北和の人生は北和が決めるんでしょ。私何も関係ないじゃない」
「そりゃそうだけど、普通はもうちょっと驚くはず。とりあえず知人のお店でアルバイトしながら、歌い手として活動していく予定」
「へーそうなんだ。次の仕事が決まっているなんて、かなり用意周到だ」
「そりゃあ生きるためにはお金がいるから。家賃とかも滞納せずに、払い続けることができるよ」
「そりゃあ良かった」
私の母親に頼まれて北和は同居しているから、実のところ多少家賃を滞納しても問題は無い。
だけどお金で北和は甘えたくないって考えなのだろう、私よりもしっかりしている北和らしい。
「それにしてもなんで歌い手?」
「好きな歌を歌うことができるし、何よりも性別公表しなくてもいいこと」
性別公表しなくてもいい、その言葉に私は引っ掛かった。
男性アイドルとして活動することに疲れたのだろうか? そんな気がした。
「ねえ知ってた? 菟田野北和って辞めるらしいよ」
「CDデビューすることが決まっていたのに」
「一体どうしたんだろうね?」
北和が男性アイドルを辞める、それは私が思ったよりも影響力があるらしい。
週刊誌で報道されただけで正式な発表はまだなのに、ツイッター上ではよく分からない憶測が飛び交い、あまり雑談しているところを見ない会社ですらその話を聞いてしまう。
そんなわけで会社帰りの電車でこんな風に話を聞くことも珍しくなく、私はいつものように外の景色を見ながら聞き流す。
「これからって時だったのに」
「そうだよね。一番人気があって、あちこちのテレビ番組に出てたよね」
「そうそう。私北和と冬吾のトーク好きだから、辞めて欲しくない」
「だよね」
どうやら私が知らないだけで、北和はしっかりと男性アイドルとして活動をしていたらしい。
あんな風にあっさりと辞めてしまうのだから、そこまで真剣に取り組んでいなかったのではと考えたのだけど、そうじゃなかったみたい。
駅に着いたので二人の話を聞くのをやめて電車から降り、いつも通りに夕ご飯の買い物を済ませてから帰宅する。
「今日の夕ご飯は何?」
待ち伏せしていたのかたまたまか、北和が玄関にいた。
「今日は飛鳥鍋」
「うわー美味しそう。楽しみ」
北和は楽しそうに玄関からキッチンまでついていく。
自分の行動によりあちこちで色々な人を驚かしているとは考えもしていなそうな顔をしていて、とても気楽そうだ。
「だから今日はいつもよりも少しだけ時間がかかるかも」
「あっ大丈夫。いつも食事作り任せてごめんね。アイドル辞めたら暇になりそうだから、僕がやるよ」
「北和って料理できたっけ?」
北和が料理しているところを見たことがない。学校で料理のやり方は学ぶだろうけど、ちゃんと身についているのかは不安だ。
「大丈夫だって。じゃあ出来たら呼んでね」
と具体的なことを何も言わないので不安だけを残して、北和は立ち去っていった。
北和は掃除やゴミ出しなどをしてくれているから、別に料理をしてくれなくても大丈夫だ。とはいえ男性アイドルを辞めて色々なことに挑戦したいのかもしれない、その一環で料理も頑張ろうってことかな?
北和のことを考えても仕方ないので、ひたすら料理作りに集中する。飛鳥鍋はいつもよりも複雑な作り方なので、他のことを考えること無く集中できるのがいいところだ。
料理が出来たら少し寒くなったので、部屋に上着を取りに行く。その帰り、ついでに北和の部屋へと行ってみた。
「北和、夕ご飯できたよー」
「分かった」
ドアをノックしてから声かけすると、北和がドアを開けた。何か本を持っていて、手が邪魔なので題名が全部見えないけど、性別違和と書いてあった。
「北和が本を読んでいるなんて珍しい」
「そうかな?」
「そうだよ。北和って読書しているイメージないもん」
漫画すら読んでいるところを見たところがないから、読書は苦手な方だというイメージがあった。そうなのにこんな真面目そうな本を読んでいるなんて、本当に驚いた。
「僕だって本くらい読むことあるよ。ほらご飯食べよう」
北和は本を布団の中に慌てて隠してから、私がいるドアの近くへ戻ってきた。
隠すことなんてないのだけど、まあいいや。私は北和と一緒にリビングへと戻る。
「そういえばご飯の写真撮らなくて良いの?」
いつもなら食事を始める前に、必ず北和は写真を撮っていた。だけど今日は撮っていない。
「もう必要ないから」
「それならいいけど」
何の変化があったのか分からないけど、もう写真を撮ってメンバーに伝える必要が無くなったらしい。どうしてなのかは興味が無いから、理由は聞かない。
「それに僕が作った料理じゃないから」
「じゃあ自分が作った料理はインターネットにアップするの?」
「うーんするところがない。あっでも辞めたらツイッターとかインスタとか始めることができるから、そこで発表することができたらいいかも」
「アップできるような料理、作れると良いね」
「やればできる」
いやそれだったら世の中に料理が苦手な人なんていなくなるよ、そう言いたいのを我慢する。
最近はレシピをインターネットで調べることが出来るので、頑張れば大丈夫かもしれないけど。
こんな風に穏やかな感じで食事を終えてからは二人で食器を片付けて、北和はシャワーを浴びに行き、私は部屋で漫画を読むことにした。
「ピンポーン」
チャイムの音が鳴る。北和は今出られる状況じゃないので、仕方ない。はんこを持って、玄関へと向かう。
こんな時間に来るとしたら荷物か郵便物を届けにきた人しかいない。もう夜といってもいい時間なので、本当に大変だな、尊敬する。
「すみません。お待たせしました」
私がドアを薄く開けて、外の様子を確認する。
そこにいたのは年が同じくらいのお兄さんだ。何か荷物を持っていなさそうで、ラフな格好をしている。
あれっ、何か想像していたのと違う。
「もしかして北和の同居人か?」
「そうですけど、北和の知り合いですか?」
北和の知り合いらしい、それで荷物を持っていなかったのか。
だけどその北和の知り合いが夜家にやってくるなんて、何があったんだろうか? 最近は連絡手段ならたくさんあるから、家に来る必要なんてないのに。
「えっ俺のことを知らないわけ」
「会ったことがないので当然です」
「俺は榛原冬吾。北和とは同じグループに所属しているんだけど、本当に知らない?」
「知らないです」
「ホントのホントに?」
「本当です」
北和と同じグループということは男性アイドルなんだろう、電車の中でも冬吾っていう名前が出てきたような気がするし。私はアイドルに全く興味が無いから知らないだけで、知っている人が多いのかな。
「うっそー。北和と同居しているんだから、むしろ詳しいと思ってた」
「そういうわけじゃあないんですけど。別に北和が男性アイドルだから、同居しているわけではありませんので」
「だけどさー、男性アイドルと同居している女性だったら、少しは興味持たない?」
「そういうのは人それぞれです。北和が女性と同居しているってご存じだったんですね」
「まーな。単なるルームシェアで恋人じゃないって北和が言ってたし。北和は女の子とかなり距離取ってたから、誰も恋人と同居しているなんて思ってないよ」
男性アイドルが恋人と同棲だなんて大きなニュースになることは私にだって分かっている。そこでそういうことになっていなくて、少しホッとする。
いやそれよりも大事なことがあった。
「ところでご用事は何でしょうか?」
楽しそうな話題でないのは想像がつく。
なんせ北和は男性アイドル、この人も所属しているグループを辞めようとしているわけだ。
そんな状況でグループのメンバーがやってくる。これはグループに引き留めるためか恨み言を言うために違いない。
「そうそう。とりあえず家の中にいれてくれない? デリケートな話だからさ」
「そうですね。ではどうぞ」
私は玄関の中にその人をいれる。
リビングへ案内しなかったのは、厄介なことになりそうな気がしたから。万が一この人が北和と会ってしまうと、大変なもめ事が起きそうな気がする。
「ありがと。ところで北和は今いる?」
「います。ちょっと今出られない状況ですが」
「あーそうなんだ。それでさ、北和がグループに引き留めることを手伝ってくれないか? 北和が一番グループで人気があって、作詞や作曲も出来るからこれから活動を続ける上で有利だし、何よりも今まで一緒に頑張ってきたメンバーでCDデビューしたいし」
「北和がどんなことをしているのか私は知りませんので無理です」
北和がアイドルとしてどんな活動をしているのかを私は全く知らない、それで説得なんて無理だ。
「それじゃあなんで今アイドルを辞めようとしたのか理由とか思いつかない? 俺は全く思いつかない」
「私も思いつきません。よくあるのは人間関係の悩みですが、何か思い当たることはありませんか?」
「そんなことないと思うぜ。グループ内の人間関係も良いし、北和は先輩にも可愛がられていたし」
「北和が他人と仲良くするイメージがありませんから、信じられません」
北和の友達関係には詳しくないけど、親しい人がいなさそうなのは見て分かる。同居している私とも、何よりも家族と距離を取っているから、誰かと仲良くするなんてありえない。
「いやいや北和って話しやすいぞ。あっでも銭湯やサウナとか誘っても絶対行かねーし、露出が多い服も着ないし、潔癖なんかな? 上半身裸にもならないし」
「北和は人に肌を見せることを嫌いますから」
「それもなんでだろうな? 同じ男なんだから気にしなくていいのに」
「最近は同性でもセクハラが成立しますから」
「だーけーどーさー、仲間だぜ、仲間。そんなこと気にしなくていいじゃねーか」
これかもしれない、北和がアイドルを辞めようとした理由は。というよりもこれ以外の理由が思いつかない。
「仲間だから仲良くしなきゃいけない、その考え方に北和は馴染まなかったのかもしれません」
「そんなわけねーよ。仲間だから仲良くするし、隠し事もなしなのは当たり前だろう」
「そうじゃないです。とにかく私はどうして北和がアイドルを辞めたのか本当に知らないですので、とにかく今日はお帰り下さい」
「ありがとな。よく今の話を考えて、また来る」
「いやもう二度と来ないで下さい」
これ以上ややこしいことに巻き込まれたくない。そこで私はその人が出て行った後、ドアに鍵を閉めてからロックもかける。
世間的な考えとしては男性アイドルが家に来るってことは女性にとって幸せなことかもしれないけど、私にとってはやっかいごとだ。そんなこともう二度と起きて欲しくない。
気分転換にキッチンで野菜ジュースを飲む。にんじんの優しい甘さがさっきまでの会話でできた疲れを癒やしてくれるような気がする。
北和は私の母の知人で、母が単身赴任でこの家から離れることが決定したときに出会った。
その時すでに北和は男性アイドルとして事務所に所属していて、私は会社で働き始めたところだった。
大人になってから始まった関係だったこともあって、プライベートにはお互い深入りしない。単なる同居人なんだから知る必要もなかったし、知りたいとも思わなかった。
それは今も変わらない。
北和が男性アイドルを辞めて他の仕事をしたとしても、私にとってはどうでも良いことだ。それは誰に何を言われても変わらない、ただの事実だ。
「スミって、野菜ジュース好きだよね。よく飲んでる」
「野菜ジュースの方が健康的だから」
「そうなんだー」
北和は私の野菜ジュースを一瞬見た後で、冷蔵庫からお茶を取りだした。北和はお茶が好きなのか、ジュースをほとんど飲まないし、野菜ジュースもそうだ。
そこで野菜ジュースに対して興味を持ったことが気になったけど、単なる雑談だろうな、多分。
「明日は一日オフだから家にいる予定。というよりも事務所と辞める辞めないで今揉めているし、週刊誌に辞めるってことを報道されちゃったから、どこにも行けないんだけどね」
「すんなりと辞められないんだ」
「そりゃそうだよ。本当はこれ以上続けるのは無理じゃないかと思ったのだけど、事務所的にはまだまだいけるって。だから辞められない」
「そんな引き留められるほど、北和って人気あったんだ。知らなかった」
「そうかもな。でも人気はあっても僕のことを受け入れてくれる人なんていないよ。事務所の先輩や同じグループのメンバー、それからファンの人達。みんな本当の僕を知ったら離れていくはず」
そう言い切ってから冷蔵庫にお茶を片付けて、キッチンから出て行く北和。
それはそうかもしれない。
さっき会った人とか固定概念が強そうで、色々な意見を受け入れることが難しそうに見えた。
信頼している人に自分の大事なことを否定される、それはどうしようもなく辛いことだ。
そこで北和が男性アイドルを辞めることは仕方ないことかもしれない。
北和は周りが自分のことを受け入れてくれないと考え続けるかぎり、このままいくのは難しいから。